第1話
家のなか。
少し広めのリビングにて。
「…………」
俺はうねり声をあげていた。
目に映るのは机においてある手紙。
何度見ても変わらない内容。印鑑も本物。住所も合っている。
絶句していた。
「もう元気だしなよ。別にいいじゃん。自分の家に帰るってだけでしょ」
そんな俺を見て、ふわっとしたどうでもよさそうな声を出す楓。
寝っ転がりながらさっき買ったおやつを片手に漫画を読んでいる。
完全にのんびりモード。
こっちが焦っているっていうのに……なんだかムカついてきた。
「……お前、本当にわかってないのか。これが緊急だってことに!?」
「なにが問題なの?」
「ここんとこ約三年間なんの連絡もなかったのに、いきなり呼び出されたんだぞ。しかも明日とか緊急すぎる。なにか不慮の事態が起こったに決まってるだろ!」
「考えすぎだって。本当は久々に会いたいってだけかもしれないじゃん。私だって急に家族と会いたくなる衝動あるし」
「んなわけあるか」
「でも、残っている肉親は隼人だけなんでしょ。妹さんからしたら」
「ああ、一応そうなるな。父さんも母さんも俺が小学5年の頃に死んだ」
「だったらありえるんじゃないの」
「……それでもありえない。あいつが……そんな理由で呼びだすはずがない。絶対特殊な理由が絡んでる」
恨みこそすれ会いたいだなんて思うはずがない。良い感情を抱くはずがない。
自由に生きるはずだった妹は俺のせいで神崎家を受け継ぐはめになった。
それもまだ中学生で、だ。
どれだけの苦労を重ねたのか想像もつかない。
最後の会ったのは親父の葬式。絶望していたようなあの真っ黒な瞳を覚えている。
「……前にも言っただろ。俺の家はあの神崎家だったんだけど、破門されたって」
「あー才能がなかったらうんたらかんたらってやつ?」
「ずいぶん適当な物言いだな。結構俺のなかでトラウマなんだぞ!?」
ただの授業中の夢にまで見るくらいのトラウマだ。
いつになったら解消されるのか知りたいほどに。
「だって私知らないし。私が知ってるのは今の隼人だけ。昔、魔術師目指してたとか……私にとってはどうでもいいんだよ。だって私たち《普通》の人間だもん」
「…………」
《普通》の人。それは魔術師とは対極に位置する存在。
魔力がなく、魔術を使うための組織もなく、魔術に適応するための体もなっていない人間のことだ。
魔術師は家柄で決まるといっても過言ではない。
かつて存在したとされる魔術の王の血を強く引けば引くほど魔術の才は高まる。
そのなかでも神崎家は最有力候補の一家だ。
――だから、俺は期待されていたはず、だったのに。
「とりあえずさ、色々言い訳並べるよりまずは行ってみようよ。じゃないとなんにも始まらないし!」
楓はそういいながら立ち上がった。
手でV字を作り、ニコッと笑顔を見せて来る。
「そう軽くいうけどな……」
それが簡単にできたら苦労しない。
でも……楓が元気づけてくれているのはわかった。
勇気を出してみよう。
俺はそう心に誓った。
「まいいや。……それよりさ、早くご飯作ってよ。私、お腹すいちゃったよ!」
「この流れでご飯かよ!?」
「いいじゃん。せっかくこんだけ大量の素材買ってきたんだし! もう待ち切れないよ!」
よいしょ、といいながら楓は食材が入ったビニール袋を机に置いた。
「食べきれるのか……この量」
なんどみてもえげつない量。
二人だけで食べきれるのか心配になってくる。
「大丈夫! 私たちならできる!」
「いつしかのアメリカ大統領か」
「ほら、御託はいいから作って!」
「……もう仕方ないな! 俺も鍋食いたいし作るか!」
買ってきた食材を並べ、料理を始めた。
こうしているとなんだか気持ちが落ち着く。
なにも考えなくていい。ただこの料理を作ることだけに集中すればいいのだから。
そうしてしばらくすると、鍋が完成した。
ぐつぐつと泡立っている。
芳醇な香りが漂いだして、食欲をそそる。
「いい匂い~。じゃ、いただき……」
「ちょっと待て」
速攻で肉を取ろうとする楓を呼び止めた。
「その箸は取り箸だ。皿にそれでとって自分の箸で食え」
「えー細かいな隼人は。別に間接キスくらい良くない? 私たちの仲じゃん」
「俺は嫌なの! そういうのめっちゃ気にするタイプなの! 何度も一緒に食べてるんだから知ってるだろ」
「っち、細かい男は嫌いよ」
「嫌いで結構。ほらこの皿と箸を使う」
「…………」
目で講義してくるが、対抗して睨み返した。
すると仕方なさそうに、皿と箸を使いだす。
なんども言っているはずなのにいつになったらわかってくれるんだろうか。
「って肉取りすぎ!?」
あきれていると、いつの間にか半分以上の肉がなくなっていた。
「嘘だろ……」
「ふっふっふ……早いもの勝ちだよ。残念だったね」
ずる賢く笑う楓。
せっかく楽しみにしていたというのに……
ため息をつきながら、俺はしょぼい肉を頬張るのだった。
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そして、次の日。
「結局来てしまった……」
電車で三時間。さらに徒歩で移動して一時間ほど。
ようやくついたその家は少し田舎にあった。
誰も住んでいなさそうな豪邸だ。
木々に囲まれ、森の館とでもいうような存在感がある。
この辺にあった方がいざというときに対処しやすいのだろう。
「…………」
ごくりと固唾を飲む。緊張感にさいなまれていた。
いざ入ろうと思っても、恐怖があった。
すると、
「お待ちしておりました。隼人様」
「え!?」
気づけば目の前にはメイドがいた。
一般的なメイド服を着ている。
「要件は承っております。どうぞ、こちらへ」
「は、はい……」
言われるがままついて行く。
屋敷のなかに入った。
「…………」
どこもかしこも豪華だった。下には高級そうなカーペットがしいてあり、ほこり一つ落ちていない。
メイドもここから見えるだけで数人はいる。
そのうえ広い。とにかく広い。玄関もなかも共に広く目を奪われた。目が足りないと感じるほどだ。
会話なしに螺旋階段をあがり、最奥の部屋までついて行く。
そこで彼女は止まった。
「ここで晴香様がお待ちかねです。……では、私はこれで」
そういうと、一瞬でメイドは消えていく。
みるみるうちに見えなくなった。
「ここに入れってことか……勇気をだせ、俺」
部屋をゆっくりと開けた。
そして、そこには
「晴香……」
椅子に座っている妹の姿が見えた。
昔みたよりも数段大人びていた。
同じ遺伝子とは思えないほどのツヤがある黒の長髪。黒のスーツに身を包んでいる。
父さんと同じ瞳だった。
椅子から立ち上がった。
「兄さん。来てくれたんですね」
「ああ……まあ、な」
片言な会話。少し気まずい。
なんて話しかけたらいいのかわからなかった。
微妙な間が空いた。
ごほん、と晴香が咳ばらいをして、
「……それで、兄さん。私が今日呼びだした件ですが……単刀直入に言いましょう」
「ああ……」
「あまり驚かないでくださいね」
表情を崩さず、淡々とした口調で。
「兄さんには魔術学園に入学してもらいます」
そういった。
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