魔法使いの生き残り

シア07

プロローグ

 ――隼人、お前は魔術師にはなれない。


 顔に黒い霧がかかった男が俺に言った。

 俺よりも背が高くて、無機質な声。淡々と話すその口ぶり。

 間違いなく俺の父さんだった。もう死んだはずの父さん。

 

 そこで俺はここが夢のなかだと気づく。幾度となく見続けてきた子供の頃の夢だ。

 俺のトラウマの根源でもある。

 

 ――お前はこれから私の子ではない。《普通の》人間として生きなさい。


 ごめんなさい、と夢のなかの俺は言った。

 何度も何度も謝り続けて離れたくないと懇願する。手を伸ばし父さんの手を掴んだ。

 けれど、聞く耳を持ってはいなかった。


 ――お前には失望した。


 俺の手を軽くひねって振りほどく。

 何事もなかったかのように父さんはその場からいなくなった。

 泣き崩れる俺を残して――


「うわああああああああああああああ!」


 目が覚めると、俺、神崎隼人(かみざきはやと)は飛び上がっていた。

 手と足、身体つきも元に戻っている。現実だという実感が湧いてきた。

 息があがり、心臓の鼓動もいつもより速い。

 深呼吸して落ち着く。


「ふぅ……」


 久しぶりに見たあの悪夢。今もなお鮮明に思い出せる出来事だが、最近は特に音沙汰がなかった。

 それなのにどうして今更……


「何年も前なのに……なんで俺は……」


 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 すると、前から声が震えた声が聞こえてきた。


「おい隼人……」


「あ……」


 向けば、顔が真っ赤な先生がいた。

 数学の教師でものすごく怖い。大きめの三角定規で手を叩きながら、鬼の形相でこっちを睨んでいた。

 そうだった。今は授業中。俺は疲れて寝ていたんだっけ。

 これから起こる処罰を想像して、絶望する。


「何のために学校に来てるんだ。お前は廊下に立っとれ!」


「は、はい!」


 当然のごとく放たれる罵声に怯えながら、廊下に走り出た。

 クスクスと笑い声が響いてくる。

 やらかした。

 

「まったく……もう卒業だってのに、あのまま高校に入る気なのか……ふぅ、とりあえず続きやってくぞ。教科書の――」


 授業が再開される。


「最悪だ……」


 がっくりと肩を落とし、うなだれる俺であった。


-------


「…………はぁ」


 疲れ切ったため息を吐いた。

 ホウキを手に持ち、ゆっくりと履いていく。ほこりが舞い散った。

 俺がいるここは理科準備室。居眠りしていた罰としてここの掃除をやらされることになった。

 なんという理不尽。まあ、寝てた俺が悪いのはわかってるんですけどね。


「めんどくさ……明日はせっかくの休日だってのに。早く帰りたいのに!」


 やってられるか!と思ったその時、


「なに一人で騒いでるの。さっきもだったけどさ。今日の隼人、変だよ!?」


「……っていたのか楓」


 目線を合わせてみると、そこには金髪の美少女がいた。

 ニヤッと小悪魔な笑みを浮かべている。

 名前は椎原楓(しいはらかえで)。俺の幼馴染である。

 しなやかな短髪を揺らしながらこっちに近づいてくる。


「ちょっと前からね。隼人、今日何するか忘れたの?」


「……? なんのことだよ」


 なんか大切な用事なんてあったか。


「鍋パだよ鍋パ! 鍋パーティ。せっかくだから一緒に買いに行こうって朝話してたじゃん。もう忘れたの!?」


「……あーじゃパスで」


「軽くない!? そこそこ仲のいい友達に遊びに誘われて、いきたくないけど嫌な断り方したくないなあみたいな時の言い方じゃん!」


「どっちかっていうと、嫌いな奴に誘われたからどうでも良さそうに断るときの言い方だな」


「わかってないな。わかってないよ隼人。……鍋だよ鍋。この極寒な季節に食べたくないの!?」


「楓のその鍋にする執着はなんなんだよ!? ていうか、もう二月だからそこまで極寒じゃないし。少し肌寒いってだけで」


 冬の全盛期はとうに過ぎている。

 今はその余波に過ぎないのだ。服一枚重ね着すればあったかいくらい。どうってことはない。


「というか、ろくに手伝いはしないわ、変な総菜買おうとするわ、お代は全部俺もちにさせるお前が鍋食べたいなんてよく軽々しく言えたな」


「ぐ……」


「痛いところを突かれたみたいな顔すんな」


「…………わ、かりました。わかりましたよ。等価交換ね! なにが望みなの! 言って見なさい」


 指をピッと差し、宣言した。

 覚悟が決まっている。どんとこいっといった感じ。


「……じゃ、この掃除手伝ってくれたら鍋にしてやるよ」


「!? ほんと、やったあ!」


 目を輝かせながら喜んでホウキを走って持ってきた。

 こいつが言いだした時から鍋食いたいと思っていたのだ。どうせならからかってやろうと思っていたのだが……ちょろいな。

 俺は心のなかでそう思った。

 

-------------


「ふんふんふん~ふふふん」


 鼻歌を歌いながら歩く楓。

 傍からみれば可愛い絵面。

 ……なのだが、

 

「なあ、ちょっとは持ってくれないか。流石に重いんだけど」


 俺の両手にはびっしりと入ったビニール袋が握られている。

 とても可愛いなんて言っている事態じゃない。

 重い! 非常に重い! 文句のひとつやふたつ言いたくなるレベルの重さ。

 楓があれもこれも買いたいとか言ってたせいだ。

 本来ならそこまで多くする気はなかったのに。


「男の子でしょ。それくらい我慢しなさい」


「お前は俺の親か」


 我慢しながら歩いていく。

 右手が痛い。明日、絶対筋肉痛だ。


「普段から少しは運動してればいいのに……」


「うっせ」


「運動神経はいいし、顔もいいはずだから、部活入ればモテると思うんだけどな……でもダメ」


「なんでだよ」


「私と遊ぶ時間が無くなるから」


「え……」


「な~んてね。冗談冗談」


「…………」


 ぽんぽんと肩を叩いてきた。

 小っ恥ずかしいことをぬけぬけと言いやがる。

 そのおかげか少し気が楽になった。

 適当な雑談をしながら、家に向かう。

 

 数十分歩いて、家が視界に入った。

 ようやく帰れる、そう思った時だった。


「って見て、カラスがいるよ!」


「カラス?」


 楓が指さした方をむくとたしかにそこに一羽のカラスがいた。

 俺の家の真ん前だ。ポストに乗っかっている。

 

「捕まえて肉にしちゃう?」


「鶏肉はさっき買っただろ」


 こいつの脳内食べ物しかないのか。

 少し心配になるぞ。


「ってなんかカラス口になんかついてるよ。ほら」


「ほんとだ。なんだこれ……」


 ゆっくりとカラスに近づく。

 荷物をゆっくりとおろし触れようとするが、


「うわ!?」


 逃げられた。飛び去り、空の彼方に消えていく。


「なんだったんだ……」


「見てこれ。手紙!」


 楓に渡される。

 カラスが咥えていたのは一通の手紙だった。

 そこには神崎隼人様へと書かれてある。

 

「俺向け?」


 差出人をみると、


「神崎……晴香。まさか……」


 予感が頭をよぎり、手紙を一気に破く。

 なかを確認した。


「まじかよ……」


 兄さんへ。

 大切なお話があります。

 明日15時頃、本家にいらしてください。


 たったそれだけのことが書かれてあった。

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