第4話 女子中学生がピンチに!?

 あの飲み会のあと、レイは少しずつ俺と話してくれるようになった。まあそれでも冷たいけど、いくらかマシって感じだ。決して自分から出会おうとして中学生とマッチしたわけじゃない、と根気よく説明している。


 一方で、五月になった今もRyoとのやり取りは変わらず続いていた。向こうは決まって夕方から夜にかけてメッセージを送ってくる。その内容はほとんど学校の話で、何を勉強したとか、部活で何を練習したとか、そういう話が多かった。Ryoは大学の話が聞きたいみたいで、俺は講義やサークルの話をしてやっている。文面からも興味津々なのが伝わってきて、なんだか微笑ましい。


 最初は渋々やり取りに応じたけど、いざ話してみるとなかなか面白いもんだな。何かあって落ち込んでいれば励ましてくれるし、何より性格がポジティブだから気楽に話すことが出来る。もっとも、折を見てこんな関係はやめないといけないとは思っているが。


 なんだかんだで女子中学生との会話を楽しんでしまっていた俺だったが、最近問題が生じるようになった。どうにも彼女(?)との話がうまくいかないことが多いのだ。今日だって夕方くらいから話をしているが、様子がおかしい。


Ryo:それでね、今日は土砂降りだったでしょ? だからさ、ランニング練習が無くなって嬉しかったの

陽介:雨なんて降ってないけど

Ryo:あれ? 朝からすごい降ってたじゃん


 俺もRyoも同じ仙台に住んでいるはずだ。多少は地区の違いがあるにしても、天気に関する話がここまで食い違うことなどあるだろうか。


陽介:なあ、お前本当に仙台に住んでるんだよな?

Ryo:当たり前じゃん!

陽介:そうか……


 本人はこう言い張っているが、今までにも話がかみ合わないことは何度もあった。例えば、Ryoに好きな音楽なんかを聴くと少し前のものを答えてくるのだ。別に悪いことじゃないが、女子中学生といういかにも流行に敏感そうな存在としては不自然だ。


陽介:疑うようで悪いけど、なにか嘘をついてないか?

Ryo:えっ?


 思い切って単刀直入に聞いてみたが、Ryoはなかなか返信を寄越さない。おや、もしかしたら核心を突いたのかもしれん。


Ryo:嘘なんて、ついてない

陽介:本当か? なんかお前の話は不自然なんだよ

Ryo:そんなわけないじゃん!!

陽介:そうかなあ……


 やはり、Ryoの反応が不自然だ。考えてみれば、こんな古い出会い系サイトで女子中学生がやり取りしているなんてやっぱりおかしい。サクラやら美人局やらを疑うのが自然というものだろう。


陽介:申し訳ないけど、この前からなんだかお前の話は怪しいよ

Ryo:だから、嘘なんてついてない なんでそんなこと言うの


 本当に女子中学生だったとしたら心苦しいが、こっちだって変なものに巻き込まれたくはない。楽しい会話相手を失うのは惜しいが、ここはやむを得ないか。


陽介:ごめん お前が中学生だと信じられないよ

Ryo:どうしたら信じてくれるの

陽介:どうしたらって…… 逆にどうしたらいいんだよ


 この会話を最後に、Ryoからのメッセージが途切れた。最初は少し申し訳ない気持ちだったが、これを機に関係を断てると思えば丁度良かった。やれやれ、ほっとしたよ。


 ……と思っていたのだが、会話が途切れた翌日、俺は部室で再び「であいっちゅ」を開いていた。放っておけばいいものを、いつもの思い切りのなさを発揮してしまったのだ。別に女子中学生との会話が惜しいわけじゃない。……本当だぞ? ただ、Ryoがどうしているのか気になっただけだ。って、Ryoから何かメッセージが来てるじゃないか……うん?


Ryo:お兄さん、助けて


 た、助けて? 何が起こってるんだ? いや、これは俺の気を引くための罠に違いない――と思ったそのとき、かつてRyoに言われたことを思い出した。


「お兄さんが相手してくれないなら、他の男の人にメッセするよ」


 ……まさか? 違うよな? 


陽介:なんだ、どうした?

Ryo:他の人とメッセしてさ、電話番号まで教えちゃったの。そしたら、ずうっと怖い電話がかかってきて……

陽介:は!?


 はあっ!!??!??? コイツ、何やってるんだよ!!??? ネットで会った見知らぬ相手に番号を教えるなんて、危ない目に遭いたいと言っているようなもんじゃないか!!


陽介:とりあえず着信拒否しろよ!

Ryo:したよ! でも「なんで拒否するんだ」ってメッセがすごい来て

陽介:ブロックしてやれ

Ryo:「ブロックしたらお前の家を特定してやる」って言われたの


 ヤバいヤバいヤバいヤバい。俺のせいか? 俺が変にコイツを疑ったからこんなことになったのか? クッソ、いたいけな女子中学生を悪者扱いだなんて神様が許さないのか。


陽介:だからって、俺にどうしろってんだよ

Ryo:この人に電話してほしいの

陽介:は?

Ryo:「俺の女に手出すんじゃねえー」ってお兄さんが怒ってくれれば、向こうも手だししてこないかなーって


 コイツ、アホか? 女子中学生に電話して家に押しかけようとしているヤバい男だぞ? そんな奴に電話したら何が起こるか分かったもんじゃない。


陽介:そんな危ないこと出来るわけないだろ

Ryo:でも、怖いよ なんとかしてよ

陽介:親に相談したら?

Ryo:出会い系使ってるなんて言えるわけない


 そりゃそうか。出会い系で遊んでたら怖い男に付きまとわれた、なんて親に伝えたら怒られるに決まっている。


Ryo:とにかく電話してよ お兄さんしか頼れない

陽介:分かったよ、電話するからそいつの番号を送ってくれ


 やれやれ、仕方ないか。もちろん、Ryoとこのヤバい男がグルで、俺を陥れようとしている――っていう可能性もある。でも、仮にRyoが本当に女子中学生だった場合は手遅れになってしまう。それなら、俺が危ない目に遭った方がまだマシというものだろう。


 間もなくRyoから番号が送られてきた。幸い、部室には俺しかいない。よし、かけよう――と思ったけど、向こうに俺の番号が知られるのはマズイ。そうか、非通知でかければいいのか。


 俺は携帯の設定を変えてから、Ryoに教えられた番号を入力し、電話をかける。しばらく発信音がしていたが、間もなく向こうが電話を取った。よっしゃ、ストーカーでもオバケでも何でも来やがれ!


「……あの、もしもし?」

「えっ!?」


 その声に驚き、声を上げてしまう。なんと、スマホの向こうから聞こえてきたのは女の声だったのだ。そんな馬鹿な、変な男に付きまとわれてるって話じゃなかったのか? ……いや、もしかして。


「すいません、どちらさまですか?」

「お前、ひょっとしてRyoか?」

「そ、そうですけど」


 ビンゴだ。Ryoの奴、俺の気を引くために電話の話をでっちあげやがったな。俺に女子中学生だってことを信じてもらいたくて、電話をかけさせる方法を苦心して考えたんだろう。もちろん女の声だからって中学生とは限らない。が、こんなしょうもない手段を思いつくのはある意味中学生らしいとも言える。俺は心の中で納得し、話を続けた。


「分からないか? 俺だよ、陽介だよ」

「えっ、お兄さん!?」

「そうだよ。お前、何を驚いてるんだよ」

「いや、その……」


 自分から電話しろって言ったくせに、何がそんなにビックリなんだ。どちらにせよ、これにて一件落着ってわけだな。


「ちょっとー、陽介いるのー?」


 そのとき、レイの声が聞こえてきた。どうやら部室に入ってくるらしい。おっとっと、電話を切らないと。


「すまんRyo、またあとでな」

「えっ、ちょっと待って」

「じゃあな!」


 俺はRyoとの会話を打ち切り、レイを出迎えた。女子中学生と電話してるとこなんて見られたらまたロリコン呼ばわりだからな、あぶねえあぶねえ。


「誰かと電話してたの?」

「ああ、ちょっとな」

「ふーん、そう」


 レイも俺が電話していることには気づいていたようだが、それ以上は追及してこなかった。やれやれ、助かった。そうだ、「であいっちゅ」でRyoに謝っておかないとな。俺はレイからスマホの画面を隠しつつ、休憩室に向かった。


陽介:悪かったな、疑って

Ryo:えっ?

陽介:いや、お前が女子中学生じゃないとかいろいろ言っちゃったからさ

Ryo:じゃあ、信じてくれるの?

陽介:ああ、信じるよ

Ryo:良かった~!

陽介:無駄に心配させたのは許してないけどな

Ryo:てへ


 むやみに人を疑うもんじゃないな、やっぱり。Ryoの方も安心したみたいで、あとはいつも通りの会話を交わした。相変わらずかみ合わないこともあるけど、そもそも出会い系なんて使ってる女子中学生の話を真正面から受け止める方がおかしいのかもしれんな。ま、気にし過ぎない方がいいだろう。


 だんだん遅い時間になってきたので、今日のやり取りはこれくらいにしようという話になった。最後に、俺は改めて詫びの言葉を述べる。


陽介:今日はすまなかったな

Ryo:ううん、信じてくれたならよかった

陽介:そうか


 ま、何もなくてよかった。この関係を終わらせる機会を失ったのは痛いけど、そのうちなんとかなるだろう。そう思って俺はサイトを閉じようとしたのだが――次の瞬間、Ryoが驚くべきことを言い出した。


Ryo:でもせっかくなら、お兄さんの声を聞いてみたかったな

陽介:え?

Ryo:……なんちゃって じゃあ、また明日!

陽介:ああ また明日


 Ryoに対して平静を装った俺だったが、内心は穏やかでなかった。「お兄さんの声を聞いてみたかった」とはどういうことだ? 電話で話したはずなのに、忘れてしまったのか? ……分からない。まあ、そのうちまた電話する機会もあるかもしれんしな。そのときに確かめればいいか。


 そう、この時の俺は気づいていなかったのである。電話で話した人物は、Ryoとは「別人」だったということに――

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出会い系サイトで女子中学生に脅迫されて交流するようになった。 古野ジョン @johnfuruno

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