出会い系サイトで女子中学生に脅迫されて交流するようになった。

古野ジョン

第1話 出会い系に女子中学生が!?

 桜が咲き誇り、新入生を勧誘するサークル生の声が聞こえてくる。俺も隣の恋人と一緒に――と言いたいところだったが、あいにくひとりでパソコンをいじり、写真を編集している。


「うーん、なかなかうまく撮れてるな」


 画面に表示された写真を見て、自画自賛した。我ながらなかなかの腕前だ。次の展覧会ではこれを出品しようかな――


「ねえ陽介ようすけ、まだそっち終わらない?」


 と、後ろからロングヘアの美人が話しかけてきた。コイツの名は岸本きしもとレイ。俺と同じ大学三年生で、一年の頃から同じ写真サークルで活動している。百七十センチメートル近い長身と誰もが羨むそのスタイルで、学内では有名な存在だった。今日もその美しい黒髪をなびかせ、凛とした雰囲気をまとっている。セーターをお洒落に着こなし、まるで雑誌に載っていそうな感じだ。


 しかし俺にとっちゃ高校から大学までずっと一緒の腐れ縁で、どちらかと言うと気の置けない友人という感じである。コイツも写真サークルで、こういう感じに部室で一緒になることも多かった。


「もう終わるところだよ。このパソコン使うの?」

「それじゃないと出来ない作業があって」

「じゃあ、これ使っていいよ。俺はちょっと休憩するからさ」

「ありがと、陽介」


 パソコンをレイに明け渡して席を立ち、隣の休憩室に向かった。ふと窓の外を覗けば、講義が終わったばかりの男女の組がキャンパスを楽し気に行き交っている。そう、今は春。出会いの季節なのだ。


「彼女欲しいなあ~!」


 誰もいない休憩室でソファに腰掛け、思わず声を出した。こう言っちゃなんだが、恋人なるものとは縁のない生活を送ってきた。が、最近やたら周囲の奴らに彼女が出来やがる。ちくしょう、遅れてるのは俺だけかよ。


 そういや、誰かがマッチングアプリで彼女を作ったとか言ってたな。マチアプってなんだか流行ってるけど、そんなにいいものなのだろうか。


「……試してみる価値は、あるな」


 俺はスマホを手に取る。時間があったので、何個かアプリをインストールしてみることにした。とりあえず聞いたことのあるアプリを入れてみたのだが――


「全く分からん!」


 ソファに倒れ込み、思わず大声を上げてしまった。なんだか目がチカチカしてきた。便利な機能を使うには課金してくださいとか、プロフィールを埋めるとどうたらこうたらとか、情報がたくさんあって理解が追い付かない。なんだよ、マチアプで彼女を作った連中はみんなこの関門を突破してきたのかよ。


「……俺には無理だな」


 スマホをソファに置き、静かに呟いた。あーあ、やめたやめた。そもそもネットで彼女を作ろうなんてのが間違いなのかもしれんな。もっと身近な存在を見つめてみるってのも……いや、それもイヤだな。近くにいる女と言えばレイしか思いつかんし、アイツと恋人だなんて考えたこともない。こっちから願い下げだ――とまでは、言わないけど。


 こうして無為にあーでもないこーでもないと時間を消費していたのだが、ふと昔のことを思い出した。まだ中学生の頃、なんだか出会い系サイトにアクセスしたことがあったような気がする。そう、あれはマッチングアプリなんて言葉が出始めの頃だったか。


 男子中学生というのは無駄に好奇心と行動力がある生き物だからな。たしか雑誌のいかがわしい広告に惹かれてアクセスしたんだったか。


 どんなサイトだったかな。掲示板とかメッセージ欄とかがあって、そこから気に入った相手を探してコンタクトする仕組みだったような気がする。適当に目についた女の人にメッセージを送って、からかったりしていたなあ。今思えばとんでもないクソガキだな!


「……あのサイト、どうなってるかな」


 俺はスマホを手に取り、昔の記憶を辿った。えーと、なんてサイト名だったかな。そうだ、「であいっちゅ」だ! なんか出会い厨みたいで嫌な名前だなと思ってた記憶があるな。などと考えつつ、俺は「であいっちゅ」と検索してみる。すると、トップにそのサイトが表示された。その強烈な名前は、周囲のサイトから浮いているように見えていた。


「うわー、まだあったんだ」


 さっそくクリックして、そのサイトに入ってみる。すると古の出会い系サイトといった感じのページが表示され、思わず苦笑いしてしまう。


「たった六、七年前のサイトだってのに、ずいぶん古めかしいな」


 とりあえず掲示板を覗いてみたが、なんだか怪しい雰囲気だ。「今日会える人募集 お泊りアリ」とか、「お金ありません 今晩泊めてください」とか、まるで夜の街のような雰囲気。俺はつい気圧されてしまい、メッセージ欄に移ってみる。「メッセージ機能を使うにはログインしてください」と表示されたが、なんとか中学生の頃に使っていたアカウント名を思い出し、無事にログインすることが出来た。


 どうやら中学生の俺は相当にいたずら好きだったらしく、いろんなアカウントにメッセージを送りまくっていた。とほほ、こんなしょうもないことをしていた自分が情けなく思えてくる。って、おや? メッセージの申請が来たな。アカウント名は……Ryoというのか。向こうも俺と同じで仙台の人みたいだな。どれどれ、せっかくなら相手をしてみるか。


Ryo:こんにちは! 学生さんと書いてあったので、メッセージを送りました!


 どうやら昔の俺は学生というプロフィールでこのサイトを使っていたらしい。まあ、中学生が学生と名乗っても嘘ではないもんな。ていうか俺、ハンドルネームが本名じゃねーか。ネットリテラシーの欠片もないな。


陽介:こんにちは よろしくお願いします

Ryo:あれ、前にもやり取りしてませんでしたっけ?


 そんなわけないだろう。俺は六年ぶりにアクセスしたっていうのに。だいたい、やり取りしたことがあるなら履歴が残っているはずだ。


陽介:多分人違いだと思いますよ

Ryo:なーんだ、そうでしたか

陽介:あなたも学生ですか?

Ryo:はい、そうです! ていうか同じ学生同士ならタメでよくないですか?


 しょっぱなから図々しいな。けど、実際敬語を使うのも面倒だしな。ちょうどいいか。


陽介:いいよ

Ryo:ありがとう!

陽介:なんで俺にメッセしてきたの?

Ryo:このサイト、若い人があんまりいないんだよね お兄さんのプロフに学生って書いてあったからさ、送っちゃった

陽介:なるほどね


 そうか、「であいっちゅ」の年齢層は高めだもんな。よく考えたら、このままこの人とメッセージをやり取りしてみるのも悪くないかもしれんな。同じ学生だし、ひょっとしたら恋人に――なんてこともあるかも、むふふ。しかし、いったいどうしてこんな古いサイトを使っているのだろう。


陽介:なんでこのサイト使ってるの?

Ryo:なんか広告で見たから


 こ、広告? 「であいっちゅ」の広告なんて最近はそうそう見ないが、このRyoという人にとってはそうではないらしい。よく分からんな。


 学生ってことは分かったが、どうにも素性がはっきりしないな。もう少し詳しく聞いてみるか。


陽介:学生って言ってたけど、大学生? それとも専門学校?

Ryo:んーん、違うよ


 大学生でも専門学生でもない? となると、いったいなんだ? 十八歳以上じゃないと登録できないはずだ(中学生の頃にアクセスしていた俺が言えたことではないが)し、大学院生だろうか――


「なーにしてんの、陽介」

「うわぁ!?」


 頭を悩ませていると、いつの間にかレイが隣にいた。人懐っこい笑みを浮かべて、俺のスマホを覗き込んでくる。


「もー、なに見てんのよ」

「ちょ、見るなって」

「いいから、見せてみなさいよ――」


 次の瞬間、レイがぴたりと動きを止めた。みるみる笑顔が消えていき、その顔に怒りが浮かんでくる。


「な、な、なにしてんのよあんた!!」

「えっ、なになになに!?」


 急に大声で騒ぎだすレイを前にして、俺はわけがわからなくなっていた。コイツはいったい何を怒ってるんだ!?


「ちょちょちょ、急になに怒ってんだよ!?」

「あんた、その画面は何よ!?」


 レイの指さす先には、俺が手に抱えたスマホがあった。その画面にはRyoからのメッセージが表示されている。あ、いつの間にか新しくメッセージが来てたみたいだな……って、うん?


Ryo:お兄さんだけに教えるけど、中学生だよ(はーと)


 はああああああああ!???!!!???!? 中学生!? 俺みたいなクソガキがこの令和の時代にいるってのか!?


「あんた、出会い系で中学生と出会うとかどういう了見よ!!!!」

「いや違ッ、俺はただ」

「サイテーッ! このロリコン! クズ! 女の敵! 男の敵!」


 女と男の両方の敵だとしたら、俺はだれの味方なんだ!?


「もうサイアク! 陽介、アンタとは絶交だから!」

「おい、待てよレイ!」

「帰る!!」


 レイはぷりぷりと怒ったままに部屋を出て行き、バタンと扉を閉めていった。松本陽介二十歳、大学三年生。出会い系のせいで、貴重な女友達を失ってしまう――

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