第3話 腐れ縁の同級生に迫られた!!

 数日後、写真サークルの飲み会があった。学生らしく、安い居酒屋の座敷席で酒を酌み交わしている。レイも珍しく参加していたが、俺とは遠く離れた席に座って周りと会話していた。なんか睨まれてる気もするし、本当に嫌われちまったな。トホホ。


「陽介先輩、飲んでなくないですか~??」


 と、隣の奴が俺のコップにビールを注いできた。左を向くと、そこには金色に染まったミディアムヘアといたずらっぽい笑顔。


「飲んでるよ、ていうかお前は飲むなよ」

「分かってますよお! 陽介先輩は真面目だなあ~!」


 そいつはビールの瓶を置いて、ジュースの入ったコップを手に取った。この生意気な後輩の名は五十嵐いがらし朱音あやね。一個下の二年生で、まだ二十歳になっていないというわけだ。


周平しゅうへいは来ないのか?」

「おにーちゃんは最近忙しいみたいなんで」

「なるほどね」


 俺とレイは情報系の学部だが、朱音と周平は経済学部だ。以前からこの兄妹とは親しくしており、こういう飲み会のときも一緒に話すことが多い。


「最近、調子はどうだ?」

「まあまあです。ちょっと困りごとがあるんですけど」

「なんだ? 聞いてやるぞ」

「いや、いいですよ。そ~れ~よ~り~!」


 突然声のトーンを高くすると、朱音は俺の胸にぐりぐりと拳を当て、問い詰めるように口を開いた。


「レイ先輩と何かあったでしょ~!!」


 う、鋭いなコイツ。


「べ、別になんもないよ」

「嘘つかないでくださいよ~! いつもだったらレイ先輩は陽介先輩と一緒じゃないですか~!」


 朱音は生意気な表情でこちらに顔を寄せてくる。こんな調子だが、コイツは意外と可愛い顔をしているので迫られるとドキッとしてしまう。が、今はそんな場合じゃない!


「そんなんじゃないって! あと顔近い」

「え~、私としては悲しいんですよ~?」

「何がだよ」

「前からレイ先輩と陽介先輩はお似合いだって言ってるじゃないですか~!」

「おいおい、勘弁してくれよ」


 たまらず、俺はビールをぐいと飲み干した。朱音は以前から俺とレイをくっつけようとしているのだ。サークル合宿の部屋分けをいじくったり、移動の際に必ず隣同士になるようにしたり、とにかく余計なことをしてくる。まあ、そのたびに俺たちから大目玉を食らうわけだが。


「それで、陽介先輩とレイ先輩はどこまでいったんですかっ?」

「なんで進んでる前提なんだよ。むしろ後退してるわ」

「そんなあ。もー、先輩は何やらかしたんですか? このっこのっ」

「ちょ、小突くな」


 朱音は目をキラキラとさせ、指で俺の身体をつついてくる。ふと周りを見渡してみると、レイが冷たい視線をこちらに送っていた。ちょちょちょ、ますます悪化してるじゃねえか!


「いい加減やめてくれ、朱音。レイとのことはなんとかするからさ」

「そんなー、ちぇ」


 朱音は俺に攻撃するのをやめ、ジュースをちびりと飲んでいた。言われなくたって、レイとは仲直りするつもりだ。コイツ、なんでそんなにこだわってるのかなあ。


「お前、どうして俺たちにちょっかいかけてるんだ?」

「え?」

「俺たちがどうなろうとお前にはどうでもいいじゃないか。なんでここまでする?」


 きょとんとしていた朱音だったが、間もなくコップをテーブルに置いた。そしてなんだか意味ありげに、ゆっくりと切り出した。


「……昔、好きな人と会えなくなった子がいたんです。そばで見ていて、とても悲しかった」

「……ほう?」

「だから、お似合いなカップルは絶対応援しようって決めたんです。好きな人と結ばれるってことは、誰にでも出来ることじゃないんだって思ってるんです」


 意外な言葉に、俺は黙り込んでしまう。朱音は昔を懐かしむかのように、少し笑みを浮かべていた。コイツにも意外な過去があったんだな――


「もー、絶対許さんぞ陽介ー!」


 などと思っていると、遠くのテーブルから大声が聞こえてきた。レイが瓶から直接ビールを飲んでおり、周りが慌てて止めている。おいおい、アイツどんだけ俺にご立腹なんだよ。


「あはは、レイ先輩めっちゃ怒ってるー!」


 気づけば朱音もいつも通りに戻っており、甲高い声でケラケラと笑っていた。さっきちょっと感心した気持ちを返してくれ。


「仕方ねえ、飲むか」


 俺は自分でビールを注ぎ、一気に飲んでしまった。



 結局どんちゃん騒ぎした挙句、一次会が終わった。レイは既に酔いつぶれており、店の前に座り込んでいる。


「レイ先輩、二次会行きますか~?」

「行く……」


 行くのかよ! あれで飲み足りないのか。ていうか、どんだけ俺に怒ってるんだよ。


「あの~、陽介先輩」

「どうした、朱音?」

「二次会でカラオケ行くんですけど、レイ先輩のことおぶっていってくれませんか?」

「はあ?」

「私たちは先に行くんで。では、またあとで!」


 朱音は他の部員たちと一緒に歩いて行ってしまい、店の前にレイと二人で残される羽目になった。おいおい、どうしろってんだよ。こんなとこに女一人で置いて帰るわけにもいかんからなあ。俺はレイの肩をとり、立つように促す。


「ほらレイ、行くぞ」

「……ちょっとぉ、触んないでよロリコン!」

「ちょっおまっ、大声でその単語を叫ぶな」


 周囲の歩行者が俺たちの方をじっと見ている。酔いつぶれている長身の美女と、ロリコン呼ばわりの変な男。周りからすれば相当変に見えているに違いない。朱音の奴、今度は覚えとけよ。


 俺はぎゃーぎゃーと文句を言うレイをおぶって、歩き始める。変態とかロリコンとか散々な言葉を浴びながら、よたよたと歩を進めていった。ようやくカラオケに着き、フロントに向かったのだが――


「該当するお客様はいらっしゃいませんよ」

「えっ?」

「待ち合わせの方と連絡されてみてはいかがですか?」


 店員に冷たくあしらわれてしまい、路頭に迷うことになった。おかしいな、別のカラオケに行ったのかな。俺はスマホを取り出し、朱音に電話をかける。


「もしもし、朱音か?」

「あ、陽介先輩ですか~?」


 電話先からは、ガラガラとピンが倒れるような音が聞こえてくる。時折り「ストライク!」って音声も入るし、どう考えてもカラオケじゃない。


「お前、いったいどこにいるんだ?」

「あ~ごめんなさい、本当はカラオケじゃなくてボウリングなんですよ~!」

「はあっ!?」

「だいたい、あんな酔っぱらってるレイ先輩を二次会に連れて行くわけないじゃないですか~!!」


 朱音の野郎、謀ったな! 酔ったレイと俺を二人きりにさせようとして、わざと違った行先を伝えてきたのか、コイツ。許さん。


「お前、何のつもりだよ!?」

「だってえ、二人の関係がいつまでも進まないから~!」

「お前、次会ったとき覚悟しろよ」

「きゃー、こわーい!」


 全然響いてない。俺は半分やけになりながら通話を切り、背中で眠りこけているレイを起こした。


「おいレイ、起きろ」

「え~? もう、なにぃ~?」

「朱音にまたやられちまったぞ」

「……それで?」

「それでじゃなくて、どうする?」

「……あんたの好きにして」

「お前は歩けそうにないし、このまま送ってやるよ」

「……送り狼だなんて、流石は変態ね」

「お前が好きにしろって言ったんだろ!」


 文句を言いつつ、俺は再び歩き出した。たしかレイはアパートでひとり暮らしだったよな。実家もそんなに遠くないはずだけど、大学に入ったときに引っ越していた記憶がある。


 アパートを目指し、繁華街を出る。レイは眠り込んでしまい、すーすーと寝息を立てていた。ちくしょう、人の背中ですやすやといいご身分だな。でも、この柔らかい感触は悪くない……って、本当に変態みたいなことを言い出しちゃおしまいだ。


「陽介ぇ……」


 レイは寝言を漏らしている。コイツ、夢の中でも俺に怒ってるのかよ。まあたしかに、大学の同級生が出会い系で中学生とやり取りしてたら怒るのも当然だよな。早く誤解を解いて、仲直りしないとな。


「ふー、やっと着いた」


 膝を壊しそうになりながら、ようやくアパートに着いた。俺はレイの服のポケットから鍵を拝借して、中に入る。大学に入ってから女の部屋に上がるのは初めてだな。と言っても、まさかレイの部屋だとは思わなかったが。


 玄関から上がると、そこには綺麗に整頓されたワンルームがあった。洗濯後の服もぴしっと畳まれており、ベッドの布団もきちんと足元に整えられている。そのすぐそばにある棚もよく整理されてるし、レイの性格が窺えるな。


「レイ、着いたぞ」

「うっさい、このロリコン」

「なんでだよ」


 レイをベッドに下ろし、寝かせてやる。このままじゃ風邪をひくし、布団も被せてやるか。そう思って掛布団に手を伸ばそうとした瞬間、レイに身体を引っ張られた。


「おわっ!?」


 俺はそのままベッドに引き倒され、思わず声を出した。。レイの身体に乗っかるような形になり、なんだか俺が押し倒したような体勢になってしまう。


「何すんだよ!」

「……ねえ、陽介ぇ」

「だからなんだよ!?」

「中学生なんかよりぃ、私の方がいい女だと思わないのぉ……?」


 気がつくと、レイは顔を紅潮させてじっと俺の方を見ていた。何かをねだるような顔つきで、甘えた声を出している。思わず唾を飲んでしまうが、ここは冷静に――


「お前、なんか変だぞ」

「いいじゃん、ねーえ」


 レイは俺の手を取り、自分の身体に近づけている。ちょちょちょちょ、さっきまでロリコン呼ばわりしてたのはどこにいったんだよ!?


「とにかくやめろって。俺たち、恋人でもなんでもないだろ」

「私とじゃ、嫌なの?」

「……嫌じゃ、ないけど」

「じゃあ、いいでしょ……?」


 ゆっくりとレイが顔を近づけてくる。くそう、コイツ美人だなあ。このまま、一緒に堕ちてしまいそうな――って、ん?


「なあレイ、そいつは誰だ?」


 俺は棚に飾ってある写真が気になり、指さした。レイと思しき女と、もう一人女が写っている。あれ、光の反射でもう片方の顔が見えないな――


「見ないでっ!!」

「いでっ!?」


 次の瞬間、俺はレイに突き飛ばされた。何が起こっているのかわからずにいると、レイはいつの間にか写真を抱え込んでしまっていた。


「おい、どうしたんだよ?」

「ご、ごめん」

「それはいいけど、誰が写ってるんだ?」

「……妹」

「え? お前、妹なんていたのか?」


 レイとは何年も一緒にいたが、そんな話は一度も聞いたことがない。もしかして、今まで隠してきたのか?


「これは私の妹の写真。ただそれだけ」

「なんで隠すんだ?」

「別になんでもいいでしょ!」


 声を荒げ、レイは写真を抱きかかえたまま離さない。どうして妹の存在を隠したがるんだろうか。何かまずいことでもあるのか?


「聞いちゃいけないことだったか?」

「別に、そうじゃない。……あの子が可哀想なだけ」


 レイは少し寂しそうに、そう呟いた。なんだか不可解だが、隠したいなら無理に詮索する必要もないしな。それにしても、今の騒ぎですっかり酔いが覚めちまった。レイもすっかり元通りだし、帰るとするか。


「じゃあ、俺は帰るぞ」

「さっさと帰ってよ、変態!!」

「自分の姿を確かめてから言うんだな」


 俺の一言で、レイは自分の身体を見た。シャツがはだけて胸元が見えそうになっており、顔を真っ赤にして手で覆い隠していた。


「~~!! 本当にサイテーッ!! 帰れ!!」

「へーへー、帰りますよ」


 俺は追い出されるようにして部屋を出て、家路に就いた。あーあ、所詮俺とレイは友人止まりだな。しっかり誤解を解いてやらないとな――

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