エピローグ

 今、あとる人に書いてもらった小説は、一旦ここで終わっている。まだ続きがあるのだけれど、その執筆にはかなりの時間がかかりそうだ。


「編集者さん……いや、瑠夏、この作品はどうですか?」


 私の仕事部屋に、生後1ヶ月ほどの赤ちゃんを抱きかかえながら、この小説の著者が尋ねてくる。私はそう、編集の仕事をしているのだ。そしてこの著者からは下の名前、それも呼び捨てで呼ばれるほどの関係なのだ。


「うん、青先生、とてもいいと思いますよ」


 もう、今のやり取りでバレてしまったかもしれないけれど、この小説の中にいる私、瑠夏と青は私たちのこと。私の話したあの出来事を小説家の青に書いてもらったのだ。


「ね、白幸もいいと思うでしょ?」


 私は、まだこの世界に生まれてきたばかりの白幸に対して、青が書いた原稿を見せた。もちろん文字なんて読めるはずもないのだけれど、小さく微笑んだ。白幸がこの小説の中に登場していることが、もしかしたら分かったのかもしれない。そんなわけはないか。


「でも、白幸、すごいよな。僕らを繋いでくれたんだから」


「うん、白幸、本当にすごいと思う。未来の答え合わせを白幸は知っていたんだからね」


 もう少しちゃんと解説をしておこう。さっきの小説の壁の内側にいたのは、今から6年前の私が実際に体験したものを夫に伝え、書いてもらったのだ。そして、壁の外側にいたのは、ほんの数ヶ月前、私たちが実際に体験したものだ。あの壁は、どうやら6年間時間がずれており、私たちを繋いでいたのだ。ちなみに今の私には、あのときにはないほくろができている。大人になったという証拠と捉えよう。


「じゃあ、白幸と行く、初めての夏祭りの花火を見に行くか」


「うん、出かけようか」

 

 今日はこの辺りで一番大きなお祭りがある。白幸はまだ小さいため屋台などに行くのは難しい。でも、花火は一番いいところで見ることができる。だって、その場所を知っているからだ。


 青と私は、浴衣姿に着替え、白幸のいる中、お互いに褒め合うと、あのトンネルに向かって夏の夜道を歩く。あそこの近くから一番花火がきれいに見えることを、6年前に知ったのだ。


 私たちがちょうどトンネルの近くについた時、大きな音がした。


 静けさを破るように、夜空に一発目の大きな花火が打ち上がったのだ。その瞬間、周囲の暗闇が一瞬にして昼のように明るく照らされる。火花は鮮やかな色をまとい、まるで星々が舞い降りたように、空を彩る。初めて見る花火に、白幸は興味津々のようだった。


「きれいだね」


「うん、きれい。ここから見る花火が、一番きれい」


 花火は途切れることなく、さまざまな形に変化しながら次々に上がっていく。そして最後はどれも、花びらのように散り広がる。


 特に白幸が興味を示したのは四葉のクローバーの形をした花火だった。だって、白幸の名前はここから来ているのだから。6年前は、白幸が誰だか分からなかったけれど、今では白幸が誰だか分かる。うん。


 最後の一発が上がる。これが今夜の締めくくりだ。轟音とともに、色とりどりの光が一斉に解き放たれ、満天の星々と競うかのように輝く。


 そして、私にはもう1つ花火と同じように美しい光景を目にしたのだ。


 トンネルの壁には、6年前のわたしたちが浴衣姿で花火を見ている様子が絵として描かれていた。


 おそらく、6年前の私たち側から白幸の姿も見てているんだろう。


 そう思うと、胸がいっぱいになる。


 このトンネルがどうしてこのように繋がってしまったのかは未だにわからない。でも、いつか彼の書いてくれる小説で答えが出るのかもしれない。ただ、一つ言いたいことがあるのだとしたら、


 ――白幸、青これからもよろしくね。 


 いつまでもそう言いたい。

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壁の向こうの君 友川創希 @20060629

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