『第5章 気持ちを届ける階段(side 壁の内側)』
『第5章 気持ちを届ける階段(side 壁の内側)』
人間の集中力は、知らない所で発揮されるとはこういうことなんだろうか。私は、青くんへのミサンガづくりに夢中なってしてしまい、気づけば明日提出の塾の宿題もやらず、深夜2時を回っていた。おそらく塾の宿題をしなかったら先生にやりを刺されるように怒られるだろうけれど、私は青くんに気持ちを伝えられるのであれば、そんなものはかすり傷よりも痛くない。堂々と怒られようと思う。
「おお、いいじゃん。今日これ、渡すの?」
青くんの誕生日の天気は、決まっていたかのように私に味方してくれた。当然のごとく暑いのは変わらない。ただ、今日だけはこんなに暑いのも許せる。私の心にエネルギーを注入してくれるから。結芽にも、青くんにあげるミサンガの出来を褒めてくれた。
「うん、渡す! 人生の中で一番楽しみだけど、不安だな」
私の視線はいつも以上に青くんの方に向いてしまう。今も数十メートル先で仲の良い部活の友達の子とお弁当を食べている青くんのことを目で追っている。
今、青くんのことは正直に言えば、私の手の届かないところにいる人だと思っている。でも、今日、ちょっと手を伸ばすことで一度だけかもしれないけれど、青くんの手を掴むのだ。すぐに手をほどかれてもいいから、一度だけ握りたい。
「うう、助けてあと少しで終わっちゃうのに勇気が出ないー」
ただ、まだ私の勇気メーターは100を超えていない。だから、青くんをどこかに誘うことができていないのだ。このままだとミサンガを渡すことすらもできなくなってしまうかもしれない。だが、それだけは避けたい。
「頑張れ! 応援してるから!」
結芽がさっきから、何度も私の肩をポンポンと叩いて活を入れてくれるけれど、まだあと少し足りない。勇気が。
そんな時、青くんが私たちの方にやってきたのだ。おそらく廊下の方に出るのだろう。私たちの席は教室の後ろの廊下側にあるのだ(前は今、女子たちが占領中なので出れない)。
絶好のチャンス。
その言葉はこのときに使うのが適切なんだろう。ただ、私の頭の機能が止まってしまったのか、回りそうにない。
私はその瞬間、手の感覚を失い、自分が持っていた箸を床に落としてしまった。自然に落ちていく箸を見つめ、身体はまるで椅子に固定されたかのように動けなかった。
それを青くんが気づいてくれた。青くんは私の箸を取ろうとしてくれたのか、しゃがむような体勢をする。
「瑠夏さん、はいっ」
本当に自然な動きで、まるでハヤブサが目の前を通りすぎたかのように一瞬だった。青くんは私の落ちた箸を私に渡した。私はそれをなんとか落とさないように掴む。ただ空気の抵抗が意地悪しているのか、再度落ちそうになってしまうけれど必死に堪える。
「……あ、あっ、ありがとう」
私がタジタジながらお礼を伝えると、青くんはうんとだけ言って廊下の方に出ていく。
だめだ、私。何やってるんだ、私。
こんなことで緊張しているんだから。気持ちを伝えるなんてできるのだろうか。
「大丈夫……? 固まってますが……」
「えっ、私、そんなに固まってる?」
「うん、すごく」
私が気づいていないほど、私の身体は固まっているのだろうか。結芽は、私の身体を手でつついてきて、再度固まってると言う。確かに硬そうだ。カチンカチン。
このままでは、本当に終わってしまう。後悔の渦に飲み込まれてしまう。もう、そんなのは嫌だ。いっそ、好きにならない方が幸せだったのかとも考えてしまう。
その時、どこからともなく、私にだけ聞こえる声がしたような気がする。その音は、空からか、地面からか、水中からなのか、どこからかは分からない。
ただ、はっきりと
――
と聞こえた。
私は、白幸なんて人と出会ったこともなければ、その名前を聞いたこともない。ただ、その白幸という人の声は、私の心を刺激させた。なぜ、白幸という人が応援してくれているのかわからない。でも、白幸は私に何かを求めているのだ。
「行ってくる」
白幸という人のお陰で、私は残りの1%の勇気を無事に得ることができた。ミサンガをしっかりとポケットにしまい、私は、生まれてから初めていけないこと――廊下を走った。
廊下にいた数人の人たちが、私に視線を向けてくるけれど、私にはその視線は関係なかったし、気になることはなかった。むしろもっともっと風のように走りたかった。青くんに向かって。そして、もしかしたら白幸という人に向かっても。
「青くん!」
「おお、びっくりした」
青くんはちょうど階段を降りている途中だった。しかし、私はその階段を上りたい。そう思って、階段を一段分上る。その一歩はとても高く感じた。力が必要だと感じた。でも、もう一歩。
「瑠夏さん、どうしたの?」
「あの、これ、誕生日プレゼント」
もう大丈夫だ。2歩も気持ちの階段を上ったのだから。私は一気にその階段を上り、青くんに誕生日プレゼントを渡す。
青くんは、少し驚いた様子だったけれど、ちゃんとそれを両手で受け取ってくれて、ありがとうと言うと、早速ミサンガを足に巻いてくれた。私には、錯覚かもしれないけれどとても喜んでくれたようにも見えた。
できた。渡すことが。ずっとできないと思っていたことができた。想いを届けられた。
「ありがとう、ミサンガのプレゼントなんて初めてもらった。きれいだね。お守りみたい」
でも、ここからが本番だ。
――白幸は知ってるよ。ここからがスタートなこと。2人の物語が始まることを。
また、白幸という人が私に対してそう語りかけてきた。さっきよりも、近くで語りかけてきたように思えた。周りをふと見渡してみるが、やはり白幸という人はいそうにない。だけど、ありがとう。心が決まった。そして、白幸だろうか、誰かが吐いた優しい息がスタートの合図になった。
「あの、誕生日にこんな事言うの、あれかもしれないんですけど、私、実は青くんのこと、好きなんです」
言った。うん、言った。これでもう後悔はない。そう、もう大丈夫。
「……えっ!? 本当!?」
青くんはまさか告白されるんなて、隕石が落ちる確率よりも低いと思っていたのか、うまく状況を飲み込めていないようであった。ただ、私がうんと頷くと、青くんはちゃんと理解してくれたかのように、分かったと言ってくれた。
「いや、今すぐに結論を出すのはちょっと難しいかもしれない。でも、実はさ、半月ぐらい前、日直当番の仕事であったメダカの餌やりを忘れて帰っちゃったことがあって……。急いで戻ったんだけど、教室を覗いたら、瑠夏さんがメダカの餌をあげていたところをちょうど目撃したんだ。その後、少しみてから黒板とかもきれいにしてて……。それに、今もこんな素敵なプレゼントをくれてさ。自分、あまり表情に出すのが上手くないけど、心の中ではすごく嬉しいんだ。だから、僕も瑠夏さんのこと、もっと知りたいと思う。今の答えはそれでもいいかな……?」
そんなことがあったのかは、正直に言うと覚えていない。何度も何度もメダカの餌やりは日直の人が忘れた時にやっているから。でも、青くんがそういうのならそうなのだろう。その姿をちゃんと見てくれていたんだろう。
プレゼントをあげたときも、青くんの表情がどんなことを表しているのか正直わからなかった。でも、青くんはちゃんと足につけてくれたみたいに、すぐに想いを受け取ってくれた。
今思うことは、ちゃんと私を見てくれる青くんに、想いを伝えられて正解だったと思う、それだけだ。
私は、青くんからの返事に、笑顔でうんと答える。
それがいい。
それが、おそらく正解だろう。あの、白幸という人からも拍手をされているように感じた。おめでとうと言われているように感じた。
白幸……。
「もしかしたら、瑠夏さんと深い関係になってるかもな。それは、未来で答え合わせしようか」
「うん」
心の中で静かに高鳴る期待感に包まれていた。これからどうなるのか、まったく予想がつかない。けれど、今はただこの瞬間を楽しみたいという気持ちでいっぱいだ。
未来での答え合わせ――そんな未来を私はみたいと強く思う。
未来への期待と夢を乗せて、私たちの物語はここから動き出すのかもしれない。これからの毎日が、ちょっと特別な日々になるように願いながら私は、青くんの手をそっと握った。
(今現在はここで終了)
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著者より編集者さんへ:未来で答え合わせ。ここの言葉、僕、異常に好きなんですよ。というか、答え合わせはいつになるんでしょうね。1年後、5年後、10年後……!?
(7月19日午後7時記入)
編集者から著者さんへ:確かに、いつまでまてばいいんでしょうね。でも、いつかは分かる気がする。それが今日かもしれないし、明日かもしれないし……。楽しみです。
(7月20日午後7時記入)
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