産まれてきてくれてありがとう
薄れていく意識の中で走馬灯を見ている。良い思い出も悪い思い出も。ほんの数分の前の事柄もハッキリと。
トシとのことも。あいつは体がデカいくせに泣き虫で弱虫で。俺は別に笑ってるワケじゃないのにヘラヘラしてるとか言われてて。クラスで二人一組をつくる授業で二人で必ずあぶれて。その結果いつも一緒で。
クラスの女子にキモイとか男子に無視されるとか。その中でたまに出てくる母親と父親はいつも優しくて。
「キッモ」「和也…学校はどう楽しい?」「うん!小学校に上がって良かった!」「みろよ、かずや菌だ!うっわ」「和也…一杯食べて大きくなるのよ」「ヘラヘラインプ」「もう自転車乗れるようになったのか!偉いな!」「うん!一杯練習した!母さん観て!」「お前みたいな奴誰が好きになるんだよ。あぁトシとかいう奴いたな。」「キッショ」「泣き顔もヘラヘラしてんのな」「今日は和也の一番好きな唐揚げよ」「誕生日会お前だけ呼ばれなかったのな。あぁトシもか」「和也。お誕生日おめでとう。また大きくなって母さん嬉しいわ」
やめてくれ
「隣?あぁあの童貞ぽい奴だろ。むしろきかせてやろうぜ」「ほんとに聞こえたらどうすんの」「和也!父さんとキャッチボールしようか!!」「和也はホントにいい子ね。友達も沢山出来るといいわね」
やめてくれ!!!
「お前なんかはやくいなくなればいいのに。クラスの皆、いや世界中の奴がそう思ってるぜ」
「和也。生まれてきてくれてありがとう」
もう…泣きたいのに泣けなくて。苦しいのに言葉が出なくて。薄れていってる筈の感情がずっとずっと飛び出してきて。暗くなったり明るくなったり。憎んだり優しくなったり。晴れたり曇ったり時には豪雨で雷雨で晴天で最後に見た吹雪で。
この連鎖はどこまで続くのだろうか。和也の心は狂ったように泣き叫ぶ。その気持ちが次の瞬間に言葉に出た気がした。
「おぎゃあ」
「あら、泣いちゃった。貴方が顔近づけるからでしょ」
目を少し開けると良くは見えないが眼鏡を掛けた優しそうな男がじいっとこちらを覗いていた。
「だって!初のわが子!見てよこの超プリティな顔!写真!写真!」
バタバタと音を立てて眼鏡を掛けた男が和也の前からいなくなる
「どうしたの。何か辛いことでもあった?って赤ちゃんにはまだ分かんないか。大丈夫よ。安心してお眠りなさい。富美子。良い子だからね。」
富美子はそれでもまだ泣いた。ありたけに。おぎゃあと。
「もしかしてこれは前世の辛い記憶や楽しい記憶でも見てたり…」
「そんなことないわよ。それに生まれた子の前で前世とか辛いなんて言っちゃダメよ。一杯幸せに生きて貰うんだから。この子には。」
「…そうだね。ま、女の子でママにそっくりだからこの子はきっと幸せに生きるだろうね」
「あら、貴方にだって似てるわ」
「ママに似た方が良い」
「じゃあパパみたいに優しくなるわね」
「やっぱりパパ似じゃダメ?」
「良いのよどっちに似たって私たちの子なんだから」
「そうだね…」
その優しい響きに誘われるように富美子は眠ってしまった
「あら。寝ちゃったわ。」
「泣きつかれたんだ。今はゆっくりおやすみ」
「富美子。産まれてきてくれてありがとう」
転生恋愛物語 健全過ぎる紳士 @kenzen-ero-life
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