彼女のアルバム

香久山 ゆみ

彼女のアルバム

「ね? おかしいでしょう」

 彼女が僕の目を見つめて言う。

「うーん……、これ、この髪の長い女の人のこと?」

 家族写真の何枚かに写っていた薄幸そうな女性を指差す。彼女は溜息を吐く。「それは父方の叔母よ」

「ねえ、もっとちゃんと見てよ。うちのアルバム、おかしいでしょう?」

 目の前には十冊近くのアルバムが広げられている。もうすでに二周も見ていて、溜息つきたいのはこちらの方だが、彼女は真剣そのものだ。

 先日彼女にプロポーズした。婚約の前に、実家に招待したいと彼女は言った。ただその目的は、家族に会わせることよりも、むしろアルバムを見せることのようだった。

 ご両親への挨拶もそこそこに、彼女の部屋に引き上げて「見て」とアルバムを渡された。本当に私と結婚していいか、これを見て判断して。彼女に乞われるままに、一頁ずつ繰って写真を確認していった。どうやらそこに、彼女の言うところの「恐ろしい現象」が写し出されているらしい。

 しかしそれは平凡な家族写真だった。彼女とその両親と妹との日常や、運動会、旅行など、ありきたりで幸福な日々が切り取られているだけだ。「かわいいね」と感想を告げるも、彼女は表情を固くしたままだ。

 三周目を見終えた僕は、アルバムを閉じた。特にこれ以上の感想もないし、引っ掛かるものも何もない。お義父さんの浮気相手とか、ストーカーや変質者が写り込んでいるのかもしれないと疑ってもみた。もしや整形をカミングアウトするつもりなのかとも。しかし、何の発見もなかった。顔を上げると、彼女は泣き出しそうな顔をしていた。

「何で?」

 彼女は言った。

「そのアルバムには私が一枚も写っていない」

 震える声は真剣そのものだ。

 僕は手元の一冊を開く。紛れもない彼女がピースサインを向けている。当然他にも何枚も。なら、これは誰? 僕が訊くより先に彼女は頭を振った。「それは、私じゃない」

 結局、その件については埒が明かなかった。しかし、破談になる程のことでもない。僕らは結婚した。結婚式では新郎新婦の生い立ちを辿る写真上映はしなかった。それだけのことだ。

 子宝にも恵まれ、家族写真も増えてきた。けれど、彼女がそれを見返すことはない。

 ただ最近ふと考える。もしも彼女が亡くなった時、遺影として飾られるのは一体誰の写真なのだろうと。

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彼女のアルバム 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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