第10話



「それで、この子が君たちに紹介したい先生だ」

「君たちの部の顧問になってくれるそうだ」


 そうカタ先生が紹介してくれたのは先ほどまでユーリと睨めあっていた赤髪の人だった。

 彼女は部屋に入ってきた時と同じテンションで


「は〜い」

「君たちの自慢の顧問、チェルシー先生だよ」

「よろしくね♡」


 と挨拶をしてきた。

 

 「こっ、こちらこそよろしくお願いします」

 「チェルシー先生」


 俺は精一杯平然を装って会釈を返した。

 

 『ジーーー…………』


 隣のユーリはまだ先ほどのことを引きずっているのか、チェルシー先生を警戒気味に睨んでいる。


 チェルシー先生は少し気まずそうな様子で続けた。


「ところで、エル君……と、ユーリちゃん、でいいかな?」


『……そうよ』


「もしよかっら、一緒にお昼にしない?」

「ここで?」

「……親睦を深めるという意味もこめて……」


 

 **



 机の上に広げられたいくつもの料理


 よく知っている洋食と言われる料理から、果ては聞いたところによると、極東の方の料理まであった。

 その様子はここが学校であると言うことを忘れさせるほどで、さっきまで不機嫌だったユーリでさえも興味津々といった様子だ。


「好きに食べちゃっていいよ〜〜」


 そう言って机についたのはチェルシー先生だった。

 彼女はカタ先生の職員室にある冷蔵庫にある物でこれらの数々の料理を短時間で作ったのだ。


 カタ先生曰く、いわゆる念力と言われるもので、魔力で対象を囲うことで自在に操る操作魔法をチェルシー先生は得意としているらしく、それに初級の炎魔法を組みあわせることで、何もないところで料理できると言う原理だそうだ。


 チェルシー先生は料理が趣味で、日々の生活が少しでも便利になるような魔法の研究をしているらしい。


 これらの魔法は一見簡単そうに見えるがマジックアイテムによる補助もなしに完全に自力でするには、相当高度な技術が要求されるはずだ。

 

 ――やっぱ、この学校にいる先生は、みんなすごい人ばっかりだな


 俺はそんなことを考えながらも目の前の光景に我慢ができなくなり、手始めに一番近くにある料理に手を伸ばした。


 それは一個が一口ほどのサイズの茶色のゴツゴツとした肉の塊で、フォークで刺してみるとサクッといい音を響かせた。

 俺は恐る恐るそれに齧り付いてみた。


 ――――サクッ――


 再びそう小気味良い音を立てたと思った次の瞬間

 

 「――――あっ、あっふ、あっふ、――」


 予想以上の熱さに襲われた。


「――フー、フー、フー――」


 俺は頬張った手前それを吐き出すわけにもいかず、口の中でそれに息をかけて噛んでも痛くならない程度まで冷ました。


「だ、大丈夫?」


 対面に座ったチェルシー先生が心配そうに聞いてくる。


「……はふっ、たいほうふ……てふ」


 俺はそう返すのが限界だった。

 

「はっはっは!」

「エル君、やっぱりその料理、初めて食べる時そうなるよね!」


 そう愉快そうに言ったのはカタ先生だった。

 

「僕も初めて食べた時はそうなったよ」

「その料理は’’唐揚げ’’ってものらしくて、この国だとあんまり流行ってないんだけど、肉を衣をつけて油で揚げてものなんだって」

「だから、出来たてだと火傷するほど熱いんだって」


 そういったカタ先生は、ちびちびと齧っていた。

 なるほど、丸ごと頬張るからああなったのか。


 それに気付き、俺もカタ先生の真似をする


 しかし、それを見ていたチェルシー先生は何やら微妙そうな顔で

 

「…………いや〜〜、それもあってはいないんだけどな〜……」


 とぼそっと呟いていたが、みなそれぞれ料理に夢中で気づくものはいなかった。



**



 俺は最初に取り掛かった唐揚げを攻略して、次の標的を探し始めた。


 すると、今度はそれは何やら柔らかい白の直方体の塊の上に、魚の切り身が乗せられているものに目が留まり、手を伸ばした。


 その時、俺より少し先に同じことを考えていたのかユーリも同じものに手を伸ばしており、先に取られてしまった。


 ユーリはドヤ顔で俺の方に振り返り、まるで見せつけてくるかのようにその料理を口に放り込んだ。


 「――あ!」


 突然向こうでチェルシー先生が声を上げた。


「……それ、ワサビ……入り、なんだけど……」

「……それ、カタ先生用の方で、こっちがユーリちゃん用なんだけど――」


 そう言い終えたかどうかのところで、今度はすぐ横で悲鳴が上がった。


『――――――――――』


 すぐさま振り返ると、ユーリが目に涙を浮かべながら鼻を抑えていた。


「どうしたの、ユーリ?」


『――――グスッ……な、んか……鼻が……ツーン、って……グスッ……』


 すると、チェルシー先生がすぐさま水をユーリに飲ませた。


「……それ、お寿司って言って、辛いワサビが入ってる私とカタ先生用のやつなの」

「好みが分かれるものだから、君たちはこっちのサビ抜きを食べてね」


 そう言って、見た目は全く変わらない、もう一つの皿と交換した。


「ユーリ、こっちは大丈夫らしいよ」


 俺はユーリを安心させようとそう言ったが、ユーリはすでに借りてきた猫のように警戒しており


 『……エルが先に食べて…………』


 というばかりだった。


 俺としてもすでにチェルシー先生に辛くない方に変えてもらったため、ためらう理由がない。

 俺はユーリの了承も得たことでその’’お寿司’’なるものに手を伸ばした。


 一口に食べると、微かな酸味のあるフワッとした食感に味の染み込んだ切り身の二つの食感が融合しながらも、溶けるような柔らかさに、俺は舌鼓を打った。


「――――うまっ、これ!」

「ユーリ!」

「これ、めっちゃ、うまい!」


 もう、そんな言葉しか出てこなかった。

 俺がもっと色々な言葉を知っていたらそうではなかったのだろうが、俺は初めて食べたこの寿司なるものの美味しさの感動を誰かに共感して欲しかった。


「はは!」

「エル君、いい反応してくれるじゃん!」

「そんなふうな反応をしてくれると、こっちも作った甲斐があるってもんだよ」


 向こうではチェルシー先生が嬉しそうにしている。


 しかし、そんな中ユーリはいまだに疑わしいという目をしていたが、俺が猛烈な勧めに折れたのか再び寿司に手を伸ばした。

 そして、恐る恐るといった感じでそれを口に入れた。



 その時、今度はカタ先生が


「……あれ?」

「チェルシー先生、これワサビ入ってないのもあるよ?」


 と、言っているの聞こえた。

 

「えっ?」

「……もしかして、作る途中で混じっちゃた?」


 そしてチェルシー先生の不穏な言葉もそれに続いた。


 ――――あれ?

 ――――それじゃあ、俺は偶然辛くないのを選べただけ――


「「「…………じゃあ――」」」


 そんなことを考え、ユーリの方をみんなが一斉に見た時には時すでに遅しだった。


 『――――――――――』


 再び、涙を流しながら鼻を抑えているユーリがいた。


 『もういやあああーーーーー』

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ラナキュラス学園AF回収部〜お仕事は青春の後で〜 ケルケル @Levyfive55

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