25-憧れられる側

体の大きな縦巻きロールの女子が息を切らして職員席に近づく。


「はぁ、はぁ……う、内山先生! お昼……ご一緒してもよろしいでしょうか……?」


祁答院は緊張した声でテントの中に声をかけた。


「うん? おお、祁答院。メシか。いいぜ、折角だしな」


パイプ椅子に座り、両手を頭の後ろに回してテントの天井を見つめていた内山は彼女の方へ目を向ける。そしてよっこらせと声を出しながら立ち上がり、パイプ椅子の下に置いてあったビニール袋を持って彼女へ向かってゆっくりと歩きだす。


「そしたら校舎の方に移動するか。適当な教室で食おう」


「は、はい!」


「……」


「~♪」


緊張した様子の祁答院。一方の内山は対照的にご機嫌な様子で下手な口笛を吹いている。


しばらく歩き、グラウンドの喧騒も薄れてきたころ、彼は口笛をやめる。


「それ、お前の弁当か?」


祁答院が持つ、小さな弁当箱を見て言う内山。


「え、ええ。そうですわ」


想い人に嘘をつくことへの罪悪感か。はたまた単に緊張によるものか。彼女は少し上ずった声を出す。


「……そうか。流石はお嬢様。外面からして上品な弁当だ」


内山は一瞬ピクリと片眉を動かした後、普段通りの柔らかい笑顔を浮かべる。


「あ、ありがとうございますわ!」


ペコリと頭を下げる祁答院。


「さて、じゃああそこで食うか」


空き教室を見つけ、指で示す内山。


「分かりましたわ!」


向かい合わせで椅子に座り各々食事を開ける。


「いただきます」


普段通り、手を合わせる祁答院。


「そういやそんな文化もあったな。独り身だとそういうのが抜けていけねえ。たまには神様に手ェ合わせとくか」


彼女に倣って手を合わせる内山。そのまま割り箸を割り、コンビニ弁当に手を付ける。


「と、ところで先生……退場門での言葉は……」


本当か。祁答院が言いかけると、


「アレか? 俺は確かに不真面目だが、あんな嘘をつくほどワルかねえぜ? 本心からだよ。安心しな。可愛いと思ってるぜ」


ふにゃっと笑って言う内山。


「そ、そうですのね……」


俯いて赤面する祁答院。


そのままお互い無言で食事をとる。祁答院は普段の1/3程の速度で少しづつ小さな弁当を空にしていく。


「ふう。ご馳走様でしたっと。おっといけねえ」


先に弁当を食べ終えた内山はジャージのポケット部分を叩いてわざとらしく言う。


「煙草切らしちまった。ちょいと買ってくる。悪いがこの教室で待っててくれ」


「わ、分かりましたわ」


言われた通り大人しく教室で待つ祁答院。内山はというと相変わらずのんびりと歩いている。


「はぁ……平常心、ですわ」


祁答院は胸に手を当てて自分を落ち着かせる。深呼吸をして、残り少ない量の食事を再開する。


彼女が食べ終わるころ、内山は変わらぬ様子で戻ってくる。しかし、その手には大きく膨らんだビニール袋が。


「先生、それは?」


先程と比べて大分落ち着いた様子で尋ねる祁答院。


「ああ、これか。ついでに家のメシでも買い込んどくかと思って買ったんだがな」


「そ、そうなんですのね……」


何も体育祭の途中で買わなくても、という思いが祁答院から言葉にはしないものの、表情となって表れる。


「しかし一つ問題に気付いてなあ」


言葉とは裏腹に全く問題なさそうな顔で言う内山。


「問題?」


祁答院が首をかしげると、


「ウチの冷蔵庫壊れてんの忘れてたぜ」


いやー参った参った、と笑う内山。


「それは……困りましたわね」


想い人の行動とはいえあまりの抜けた行動に呆れの色が出る。


「てなわけだ。俺を助けると思って貰ってくれや」


頭を下げ手を合わせる内山。


「え、ええ? そういうわけには……」


反射的に遠慮の言葉を口にする祁答院。


「いやあ、俺は元々そんなに食う方じゃなくてなあ。冷蔵庫無しじゃ腐らせちまう。んな事したら、折角拝んだのが帳消しになっちまうからな。自分で食ってもいいし、家族とか……もしくは使用人かなんかと一緒に食ってくれても構わねえ。ともかく、受け取ってくれ」


祁答院に袋を押し付ける内山。彼女が思わず袋を支えたタイミングで内山は手を放す。慌てて袋を持ち直す彼女を確認して、彼は足早に教室の扉へ向かう。


「じゃ、俺は行くぜ。朝サボったので絞られてなあ。面倒なことに仕事が待ってるんだわ。悪いな、祁答院」


彼にしては珍しく駆け足で立ち去る。


「先生は、なんでもお見通しですのね……」


不服そうに彼のいた場所を見つめる祁答院からは、腹の虫の鳴き声が鳴っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「あれ? 内山先生、早いですね。祁答院さん……でしたか? 彼女と食事に行ったのでは?」


職員席で紙を手になにやら確認作業を行っていた若い女性教師が内山の足音に顔を上げる。


「ええまあ。ちょいと事情があって、早めに切り上げてきたとこです。ところで増田先生、何か手伝う事ってありますかね?」


「え? 手伝う事ですか?」


増田先生と呼ばれた彼女は、怪訝な顔で内山を見る。普段こういった事務的もしくは肉体的な仕事を極度に嫌がる彼が、その嫌がる仕事を自ら申し出たのだ。驚きもする。


「はい。まあ、こっちもちょいと事情がありましてね。ま、流石に自分から申し出た仕事くらいは真面目にやりますから」


「そ、そうですか……ではこの仕事、替わってもらっていいですかね? このままだと昼抜きになりそうだったもので……」


「そいつは大変だ。替わりますとも。何をすれば?」


「ええと、まず―――」


紙を見せて、あれこれと指示を出す増田。


「あー、はい。分かりました」


若干。面倒だなと思っているのが見え隠れする態度で返答をする内山。


「……本当に任せて大丈夫ですか?」


ジトッと睨む増田。


「ああ、大丈夫大丈夫! 自分で申し出た仕事くらいはちゃんとやるんで! ささ、増田先生は早くメシでも食ってきてください!」


増田の背中を押して言う内山。


「指示された仕事でもちゃんとやってくださいよ……」


ボソッと文句を言って昼を食べに行く増田。彼女が離れたのを確認して、内山は呟く。


「参ったな。まさか俺が恋されるなんて」


言い終わり、伸びをして、内山は先程よりも大きな声で


「さて、やるかー!」


珍しくやる気のある台詞を言った。

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令嬢だけど皆金目当てなのでドMの変態に決めました 角 秋也 @bakusokuyamada

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