24-叶わない恋

退場門も近づき、ようやく佐仁田の腕の中から抜け出す。ふと前を見ると祁答院けどういんがトボトボと内山先生の隣を歩いている。そういえば彼女は彼女で不憫な状況だった。


何と声をかけてやろうか。頭の中で言葉を選んでいると、内山先生が祁答院の耳元に顔を近づけ、何やら囁いた。祁答院は上から引っ張られたのかというくらいに丸めていた背中を勢いよく伸ばす。まるで電気でも流されたかのようだ。そして、真っ赤な顔で内山先生に言いながら数回会釈をすると、見たことない速度で走り去った。


「アレは……愛でも囁かれちゃったかな?」


いつの間にか隣にいた夢乃さんが先生方から離れたタイミングで冗談混じりに言う。彼女らの関係を考えるとあまり上品とは言えない冗談だ。ただ、それに近いことを囁かれたと言われれば信じてしまいそうな反応ではある。


「そうね……内容に興味があるのは私も同じ。聞くのは野暮だと思うけれどね」


放っておけばいつかのように根掘り葉掘り聞き始めそうな夢乃さんに釘を刺す。


「そうだね、あかりちゃんの大切な宝物だもんねー。私たちが勝手に触るのは良くないかー」


言葉の割には結構残念そうな顔で夢乃さんは言う。


「そうそう。部外者が土足で踏み込むわけにはいかないわ」


ひとまず夢乃さんの好奇心を抑えられたようで安心する。


「それにしても、佐仁田先生には少しガッカリだなー。あんなに褒めて最後は平たく褒めて終わりなんて」


夢乃さんはつまんないのー、と口を尖らせる。


彼女はあれか。一見佐仁田を咎める態度だが、ラブロマンスが見られなくて残念に思っている口か。


「もしあのまま褒められ続けても、夢乃さんが期待するような展開は無かったわよ」


努めて冷静な口調で言う。


「えー? それにしては満更でもなさそうだったけどー?」


ニヤニヤと、夢乃さんは小悪魔モードに入る。


「……そりゃあ、褒め言葉は誰からだって嬉しいものよ。別に佐仁田先生のものだから特別な反応をしたわけじゃないわよ」


自分に言い聞かせるように言う。そうだ。下僕からの誉め言葉なんて、特別なことじゃない。


「本当かなー? まあいいや。幸恵ちゃんは佐仁田先生、どう思った?」


私より幸恵さんの方が楽しいと判断したのか、それ以上深くは聞いて来ない夢乃さん。


「え? う、うーん……しょ、正直……」


幸恵さんは声を落とし、


「ちょっと……羨ましかった……な」


赤面して目を伏せる幸恵さん。私たちの注目が集まると、でも、と更に小さい声で続ける。


「私が同じことされたら、恥ずかしかったり嬉しかったりで気絶しちゃいそう……かも」


想像してしまったのか、真っ赤な顔をして消え入りそうな声で言う幸恵さんは、正に恋する乙女だった。


……友人として、丁寧に繕っているとはいえあの変態に夢を見ているのが心配になる。まあ、それを婚約者に据えている私が言えた話でもないのだが。


「でも、あの後皆好きだよー、みたいな感じでサラッと終わっちゃったんだよー?」


私だったらヤだなー、と夢乃さん。


「それは、先生って立場上仕方なかったんじゃないかな。むしろ、あそこで皆を褒める方向にいくのは、器の大きさの現れかなって思うな」


佐仁田の事を何も疑わない顔をする幸恵さん。


実際にやられると苛立つし、客観的に見た夢乃さんだって嫌と言っているが……これがあばたもえくぼ、というやつか。


ゆったりと歩いていたが、長く話した。陣地に到着する。見ると、祁答院が心ここにあらず、といった様子で宙を見つめていた。


「……あかりさん?」


呼んでも返事はない。原因が分からなければ医者を呼ぶことも選択肢に入れる程の様子だ。


「ダメだねーこれは。しばらくは戻ってこないんじゃない?」


「そうねえ。まあ、しばらくは暇だし、放っておいてあげましょうか」


「そうだね」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


昼休みがやってきた。私たちの話題は先生と昼を一緒に食べるか。権利は全員持っている。そこでぼんやりしている祁答院も含めて。


「田辺先生と楠本先生との食事は断る、ってことでいいのかしら?」


それぞれの権利を持つ二人に聞く。


「うん」


「そうだねー。楠本先生には悪いけど、私は友達と食べたいなー」


二人は頷く。それより、と夢乃さんは続ける。


「あかりちゃん起こさないと! 折角デートのチャンスなんだから!」


デートという表現は適切ではないだろうと思うが、それは脇に置く。呼び方はともかく折角想い人と一緒に食事を取る機会だ。無為にしてしまうのはあまりにもったいない。


「あかりちゃん。お昼。お昼だよ!」


幸恵さんが祁答院の肩を掴み大きく揺らす。


「ふえっ!? お昼? ああっ、お昼ですわね!」


ようやくこちらに戻ってきた祁答院は昼という言葉に大きく反応する。そのまま勢いよく内山先生の元へ向かうかと思ったが……


「ど、どうしましょう……」


その場でもじもじとし始めた。


「どうしましょうって……行かないの?」


そんな選択肢は無いと思うのだが。


「だって……あんなに大きいお弁当、見せられませんわ……」


大食いを知られたくない、と思う恥じらいくらいは持ち合わせているらしい。


「そんなに大きいの?」


夢乃さんが聞くと、


「こ、このくらい……ですわ」


祁答院がジェスチャーで表したのは、体の大きい祁答院が抱えるレベルの大きさ。


「それを一人で食べるつもりっだったの……?」


驚いた顔で言う幸恵さん。私もびっくりだ。


「え、ええ……運動すると、特にお腹が空きますから……」


お腹を押さえて言う祁答院。


「あー……分かったわ。なんとかしてあげる。弁当は教室にあるんでしょう? 付いてきて」


祁答院に言って、足早に教室へ向かう。


「な、なんとかって! どうしますの!? 龍造寺さん!」


慌てた様子で祁答院が付いてくる。一呼吸遅れて、残りの二人も付いてくる。


わざわざ説明するのも面倒なので、教室まで無言で歩く。そのまま鞄を開き、あるものを取り出す。


「はいこれ。自分の弁当ってことにしていいわ」


祁答院に食べる予定だった弁当を差し出す。


「え、いいんですの!?」


「いいと言っているでしょう。代わりに貴方の弁当を貰ってもいいかしら? 多分食べきれはしないけれど」


要するに交換ということだ。まず祁答院からすると足りない量ではあるだろうけれど、体裁は保てるはず。


「もちろんですわ! ありがとうございますの! 早速先生の所へ行ってきますわ!」


私に大きな弁当を渡して猛スピードで駆けていく祁答院。重量からして食べきれる気がしない……


「優しいじゃん」


夢乃さんが言う。


「当然のことをしたまでだわ。友人の恋を応援しないわけにいかないもの」


それが例え、叶わない恋だとしても。教師と生徒の恋愛なんて、そう簡単に成就するものじゃない。私と佐仁田のパターンが特殊過ぎるだけだ。


「で、それ……どうしよっか……」


幸恵さんが困った顔で言う。それ、というのは当然私が持つ重たい弁当だ。


「そうねえ……こういう時こそ、男性に手伝ってもらうべきじゃないかしら」


二人に目配せして言う。


「そうだね! じゃあ、私たちも先生のトコ行こっか!」


夢乃さんは大きく頷いた。

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