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第14話 新たな旅のはじまり

「あら、二人共私の提案は不満?」

 ルルアが答えずにいるとルディは小首を傾げた。

「じゃ、少し考える時間をあげる。その間にそこで寝ているヴォルペを罰するわ」

 ルルアの魔法ですっかり傷の癒えたヴォルペだったが気を失ったままだった。

 そのヴォルペに片手を伸ばすルディに「何をするのっ?」とルルアが問う。


「魔力を全て奪うの。黒魔法士とえど人に危害を与えるのは禁止よ。保護すべきビビを売ろうと企んでいたのも法で裁かれれば死罪は確定よ。でもビビのあなたがそれを望んでいないのなら魔力を奪うだけにして通報はしないでおくわ」

「誰も……傷ついて欲しくない」

「分かったわ。でもどんなことにも過程と結果があって、そこにどんな理由があろうと報いを受けなければならないの。魔法界の秩序を守ることはこの世界の秩序を守ることにも繋がってるから。例えあなたが罰を望まなくてもね」

 ルディがそう言い終えた瞬間、ヴォルペの体から黒い煙が溢れ出し、渦巻くように丸い球体へと変化したかと思うと伸ばされたルディの手に吸い込まれて行った。


「さて、そろそろレオへの罰は決まったかしら?」

 仁王立ちになるルディにルルアはムスッとした表情でしゃがみ込んだままのレオを見下ろした。


「レオのおうちを一緒に作りたい」

 ぽつりと呟いたルルアの言葉にルディは「ん?」と首を傾げた。

「レオへの罰を訊いたのだけど?」

「そうよ。レオのおうちを壊してしまったのは事実でしょ? だから私がレオのおうちを作ってレオが私のおうちを作るの。それじゃ……ダメ?」

 上目遣いに見上げて来るルルアにルディはうーん、と唸ってしばし空を仰いだ。

 少し考え込んでからルディは「分かった」と言ってルルアの頭を優しく撫でると、「二人共私のところへいらっしゃい」と笑顔で両手を広げた。


「はあっ?」とレオが吠え、ルルアは「いいの?」と目を輝かせた。


「ルルアはせっかく魔力を受け継いだのだから私のところで白魔法を学んで活かしなさい。あなたに託した想いを無駄にしないように村の魔法士の誰よりも立派にならないと駄目よ?」

 ルディの言葉にルルアは決意を新たに「はいっ」と返事をした。


「レオはルルアの護衛として魔力の使い方を学びなさい。既に人を助ける喜びを知ったでしょう? 魔法とは本来、人を助ける為に生まれたものなの。攻撃的な印象が強い黒魔法も襲って来るモノから身を守る為に生まれたものであって、人を襲う為のものではないのよ?」

 諭すように言われ、レオは「フンッ」とそっぽを向いた。

 だが、内心では納得している部分もあり、自分の心境の変化に一番驚いてもいた。

 人間などうるさく飛び回る羽虫のようだとしか思っていなかった。

 羽虫を殺すのと同じ感覚だったのが今は胸が痛むし、情も湧いている。


「そんな二人に最初の課題を与えるわね」

 唐突なルディの言葉に「課題?」と二人は顔を見合わせた。

「私の家を探して訪ねて来なさい。簡単には見つからないわよ? まずは大きな街の真ん中を目指して来なさい。そこで私の家への道が見つかるはずよ」

「大きな街ってどこ?」

「これ以上ヒントはあげないわ。よく考えてよく見て行動しなさい。それからルルア、あなたはもうビビじゃないわね。記憶が戻ってどんなことが自分の身に起こったか知った上でレオを許したのだから。それは誰にでもできることじゃないわ」


 ルディがぽんぽんとルルアの頭を撫でると真っ白だった髪がライトブラウンに変わる。

 柔らかな雰囲気が更に増し、幼さも増して見えた。

 ルルアは自分の髪に触れ、元の髪色に戻ったことに笑みが零れる。


 レオは密かに一緒にいられることに安堵し、ルルアもまた皆と一緒に旅ができることを喜んだ。


「それからそこの二人っ」

 唐突に呼ばれてランとルウはびくりと顔を上げた。

 法で裁かれると聞いてどこへ逃げようかなど今後の身の振りについてヒソヒソと相談していたからだ。

「今回は通報しないであげる。ただし、ルルアとレオの護衛として旅のお供をしなさい。旅費もこの二人のも含めてあなた達が工面するのよ? ビビの恩恵はもう受けられないから罪を犯さないで頑張りなさい。見逃すのはこの一度だけだから次何かしでかしたら……分かってるわね?」

 ルディの声音と表情に二人は小刻みに頷き、法の裁きを受けずに済んで安堵した。


 ルディがパンパンッと手を鳴らすとヴォルペの家があっという間に元通りになり、ヴォルペは自室のベッドに寝かされた。


「これで旅の準備はできたわね。じゃ、私は家に戻るから頑張って」

 そう言うや否やルディはその場で霧散して消えた。

 その様子に一同は驚いてルディがいた場所を見つめていたが、ランが「よしっ」と声を上げて全員の注意を向ける。


「悪いが俺達は手持ちがぇ。お前らと出会った時点で家に帰る途中だったからさ、あるのは兄貴に渡す弓の売上金だけで使える金は無いに等しい」

 ランの言葉にレオが疑うように目を細めるとルウが「嘘じゃないわ。本当よ」と力説した。

「だからビビの証書に手を出したんだし、宿代もあたしが狩った猪でどうにかしようとしてたくらいなんだから」

 その言葉でレオはそういえば、と思い出して納得した。


「だからまず軍資金が必要だ。ルウが狩った獲物を俺の交渉術で高く売るくらいしかできねぇ。俺もルウもまだ子供だからな。稼ぐ手段が無い。俺は一八だから二歳くらいサバ読んで大人の振りもできるがさっきの魔女に脅されたからな。できれば詐欺の真似事は避けたい」

「オレ様は長く生きてるから大人だぞ」

 立ち上がって威張るように仁王立ちになった瞬間、レオの体は小さく縮み、黒猫の姿になってしまった。

「なっ! なんでだよっ」

 レオが吠えるとランが冷静に「魔女が言ってたじゃん」と答える。

「人を助ける時だけ戻れるっての、アレがまだ有効なんじゃない?」

 とルウが指摘すると「チビのお守りに変わったんじゃなかったのかよっ」と悔しがった。

「魔力の使い方を学べってことだろ」

 とランが追い打ちをかけるとレオはキッと睨み返すが猫の姿では凄みがない。


「そういえば、フィンは記憶が戻ったんでしょ? 本当の名前がルルアっていうのは分かったけど何歳いくつなの? ちなみにあたしは一五よ」

 今にも暴れ出しそうなレオの様子にルウは話題を変えるべくルルアに話を振る。

「一四よ。ルウと一個違いだね」

 ルルアの年齢を聞いたランは「一四?」と驚きの声を上げる。

 見た目だけでなく、話し方も何もかもが幼く見えたからだ。

 記憶がないせいかとも思ったが記憶が戻ってもその雰囲気や印象は変わらなかった。


「とりあえず今夜の宿を探すかぁ。大きな街って城がある街か?」

「この国で一番大きな街ならお城があるところしかないけどこの近くだったら商人が集まる街があるけど……」

「とりあえずそこ行くか」

「宿代とかどうするの?」

「弓の売上金を先行投資して何かで稼いで穴埋めするしかないだろ。お前らが魔法でどうにかしてくれたらいいんだけど」

「魔女が何て言ってたか忘れたのか? オレ達の分もお前らが工面しろって言ってただろ。オレ達は財布すら持ってないからな」

 先程の仕返しとでも言わんばかりにレオが威張って言うと今度はランが「クッ」と悔しそうな声を出した。


「私にできることは怪我を治すくらいしかできないけど、それでお金稼げる?」

 ルルアが純粋な瞳でランを見上げるとランはニヤリと笑み、「稼げる稼げる」と大きく頷いた。

「よし、それで行こう。宿の主もそれなら喜んで泊めさせてくれるぜ。そうと決まったら街目指して行こうかっ」

 おー、とルウとルルアが片手を挙げて歩き出す後ろでレオがチッと舌打ちをした。


 こうしてどこにあるか分からないルディの家を目指して再び旅路に着いた四人。


 ビビで白魔法士のフィニアン改めルルア。

 黒猫や黒豹になる護衛のレオ。

 話術に優れたランと弓使いのルウの兄妹。


 そんな四人を水鏡から見守るルディは密かに笑みを浮かべる。


「レオだなんて名乗って可愛いわね、フィニアス。あなたはまだ本名を教えないのね。ちゃんと告白していたら人のままにしてあげたのに」

 残念ね、と零してルディは水面を撫でて部屋の扉を開けた。


 そしてその姿は老女に変わり、とある街の雑踏に消えて行った。

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アムネジアのフィニアンと呪われた黒豹 紬 蒼 @notitle_sou

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