第13話 選択の時

 青い光はレオに続いてヴォルペ、ルウ、ランとその場の全員へ広がり、一際強く光った後、思わず目を閉じていた全員が再度目を開けると体の傷は全て癒えていた。

 そしてレオはその場から姿を消し、代わりに見知らぬ青年が立っていた。

 突如現れた青年にその場の全員の視線が注がれる。


 黒い短髪に青く鋭い瞳、華奢に見えてそれでいて引き締まった体躯たいく

 長身でランよりも背が高く、歳もランより少し上に見える。

 スタンドカラーで五分袖のコートは銀ボタンを留めてピッチリ着ており、膝丈のコートの裾から覗くボトムスはややゆったりした七分丈にブーツを合わせている。

 いずれも全て漆黒の色をしている。


 そしてその傍らに空からふわりと舞い降りて来たのは妖艶な女性だった。

 女性の登場に青年は不快感を露わにして逃げ出そうとするのを女性は目を細め、人差し指をクイッと猫を呼ぶように曲げた。

 その動きに合わせて青年は女性の方へ引き戻され、「お座り」と女性が言うと犬のようにその場にしゃがみ込んだ。


「初めまして、フィニアン。私はルディ・ルフス。深紅の魔女とも呼ばれているわ」


 女性の自己紹介に全員が驚きの表情で固まる。

「私がここに来た目的はこの馬鹿猫とそこのお馬鹿さんを処分するためよ」

『馬鹿猫』という表現にしゃがみ込む青年がレオだと分かり、さらに驚く。

「そしてビビの証書を悪用した子達にもそれなりの罰が待ってるわ。それは私の仕事ではないけどこの国の民の一人として通報だけはしないとね」

 ルディの言葉にランとルウ兄妹は顔をあおくして項垂うなだれた。

 ビビは保護されるべき存在でそのための証書を悪用したとなればその罪は重い。

 死罪とまではいかないがかなりの重罪となる。


「処分って……どうするの?」

 フィンが恐る恐る問い掛けるとルディは不敵に笑んで「どうしたらいい?」と問いで返した。

「わ、私が決めていいの?」

「勿論。だってあなたは被害者でしょ? 酷い目に遭わされたんだもの。同じ目に遭わせる? それともこの世から消してしまう?」

「け、消すって……殺しちゃうの?」

「そうね。消すにもいろんな方法があるわよ?」

「そんなこと……したくない」

 俯くフィンにルディは「じゃあ、どうしたい?」と優しく声を掛けた。

 だがフィンが答えられずにいると「記憶は戻ったのでしょう? 今なら自分の本当の名前が言えるわね?」と促され、顔を上げる。


「ルルア。真珠という意味なの」

 フィン、改めルルアの生まれた村は白魔法士が集まってできた村で『白』にまつわる名を持つ。

 友達の一人にフィニアンという名の子がいたのを思い出し、胸が痛む。


「ルルア、あの日何があったのかちゃんと話す必要があるわね。あなたが気を失っている間のことは記憶を取り戻しても分からないままだもの。それじゃ処分を決められなくて当然よね」

 そう前置きをしてルディはルルアの村に起きた出来事を話し始めた。


 ルルアの村は薬草の多い森の中に村を作り、白魔法士の中でも特に病を癒す魔法を極めんと研究していた。

 それ故、既存の薬や医者にさじを投げられた患者の最後の希望の地として名をせている。


 そんな村に三人の猟師が訪れたのが事の発端だった。

 猟師達は村の近くで魔物の巣穴を見つけたと言い、魔法士達に逃げるよう伝えた。

 どんな魔物がいるか見当もつかない、見たことのない大きな巣穴だったという話を聞いた魔法士の一人が若い魔法士を数人連れて昼間のうちにその巣穴を見に行った。

 白魔法士は攻撃魔法が使えないが大きな岩を動かす程度の魔法は使える。

 巣穴の中に魔物がいないのを確認し、入口を大きな岩を動かして閉じ、その場所を隠す魔法をかけた。


 その巣穴こそがレオの家だった。

 戻ったレオは自分の家が消えていることに激怒し、魔法の痕跡を見つけてそれが近くに住む魔法士達の仕業だと分かるや否や、怒りに任せて村で暴れたのだった。


 白魔法士達がレオに抵抗できるのは防御の魔法のみだ。

 村の魔法士全員で大きな魔法の盾を作ってもレオの放つ業火にいつまでも耐えることはできない。

 全滅を悟った村長は村で一番白魔法士の素質を持つルルアに全ての魔力を注いで守ることを提案した。


 魔法士は白黒いずれかの魔法しか使えない。

 両方が使える者は現在この世界に二人しかいない。

 その一人がルディであり、魔法士と区別するために女の場合は魔女、男なら魔導師と呼ぶ。


 魔法士が一度に大勢死ぬと白魔法士と黒魔法士の均衡が崩れる。

 その監視と均衡を保つのは魔女であり、魔導師だ。

 故に白魔法士の村が一つ丸ごと消えればルディが動く。

 それを知っていた村長は自分達亡き後、ルディがルルアを救ってくれると信じて決断したのだった。


 巨大な黒豹の恐ろしい形相とその行いに震えながら他の魔法士達と一緒に防御魔法を必死で唱えていたルルアを母親が後ろから優しく抱きしめた。

 それからルルアに「こっち向いて」と母親の方を向かせ、優しく頭を撫で、村長の元へ手を引いて連れて行った。

 そして突然強力な魔力を注ぎ込まれ、それに耐えかねて気を失い、次に目を覚ました時には誰もいなくなって灰と化した村が広がっていた。

 その時にはもう髪は白くなり、記憶を全て失っていた。


 ルディが異変に気付いて村に降り立ったのはルルアが気を失って間もなくのことだった。

 魔法士達の遺体と怒りに我を忘れた黒豹を目にしたルディはレオの魔力を全て封印し、黒猫の姿へと変え、森の中へと放り出した。

 魔法で何が起こったのか調べたルディはルルアから記憶を消した。

 そしてその足が森へ向かうように魔法をかけた。

 そしてレオのところへ行き、子供を救うことが呪いを解く鍵だと伝えた。


 そこまで淡々と話し終えたルディは最初にした提案を再度した。

「レオをどう処分する?」

 問われてルルアはお座りの態勢のままのレオを見下ろした。

 その視線にルディが「人の姿だと心が痛む? なら黒豹に変えましょうか?」と気遣うがルルアは首を横に振った。

「人でも豹でも猫でもレオはレオだもの。それに先に悪いことをしたのは私達の方だった。レオはただ家を壊されて怒っただけ。でもレオがやったことはやり過ぎだと思うし、とても許せることじゃない」

 ルルアの言葉にレオは暗い表情で項垂れる。

「でもレオが私を狼や悪い人達から守ってくれたのも一人ぼっちで不安だった私の傍にいてくれたことも事実で……魔力がなくても傷ついてボロボロになっても立ち向かってくれたのも……だから……」

 涙が溢れるのを拭うこともせず、ルルアは声を震わせながらもルディを真っ直ぐに見つめた。

「私はっ……レオを許すっ」

 そう宣言した。


「あなたから大切な人達を奪ったのに? 全てを滅茶苦茶にした張本人を許していいの? また誰かを傷つけてあなたみたいな子を増やしてしまうかもしれないのに?」

 ルディが意地悪くそう言ってもルルアは大きく頷いて「許すわ」と力強く言って手で涙を拭った。

「でもこの世界の均衡を司る魔女としては何のおとがめも無しという訳にはいかないわね。レオの魔力は危険過ぎるから封印したままにしましょうか。それともあなたに託そうかしら?」

「私には魔法士達みんなの魔力があるんでしょ? それだけで充分よ」

「謙虚ね。確かにこの国一の白魔法士達の魔力があなたの中に宿ってる。でもその一部はあなたをレオから守るのに使い果たされて全て残ってる訳じゃないわ」

「……それでもこれ以上は望まないわ」

 ルディは俯くルルアの様子に憐れむように目を細め、次いでレオを厳しい表情で見下ろした。


「では、こうしましょ。これまで通りレオの魔力は人を守る時だけ解放する。これならどう?」

 ルディの言葉でレオは不思議に思っていたことの謎が解けた。

 フィンを助ける時だけ黒豹になれるのだと思っていたがルウを助けた時も戻れた。

 なぜ黒豹になれたのか不思議だったがフィンに限らず人を助けたいと思えば戻れたのだと知ってルディを睨みつける。

 そんなレオの表情にルルアは寂しそうな表情を浮かべた。


 二人の様子にルディはなぜか満足そうに笑んだ。


 全てがルディの思惑通りになったと感じたからだ。

 ルルアの心に触れることでレオが人を守り、慈しむようになれば、ルルアが恐ろしい記憶を思い出した時、一人生き残ったことを絶望せず生きていけるかもしれないと思って二人を引き合わせた。

 被害者と加害者ではあるが、だからこそ二人ならこれから課すことを成し遂げられると確信した。

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