あの日の出来事
第12話 変貌
「ルウッ!」
怒りに満ちた目で睨みつけるランにルウは矢を射った。
低く飛んだ矢はランが手にしていた袋を射抜いて壁に留めた。
ランが手元からルウへ視線を移すと既にルウは次の矢を構えていた。
「相変わらず頭の悪い子だなぁ」
ヴォルペが呆れた声を出しながら一歩前に出る。
「魔獣に魔法が使えるビビが目の前にいるんだぞ? しかも魔獣の方はただの小汚い猫だ。簡単に捕まえられる時に捕まえるべきだろ。化け物を捕まえて魔法士に渡せば幾らになるか知らないのか? ハンターなら誰でも知ってると思ってたが」
「あたしは恩人を売るようなクズじゃないわ」
「恩人? それは人に対して使う言葉だ。化け物に使う言葉じゃないぞ?」
「レオは化け物じゃない。化け物はおじさんの方よっ」
「これだから
その語尾に呪文が続き、ルウに向けて片手を突き出すと弓を構えたまま後方に弾き飛ばされた。
家の外まで飛ばされ、思わず弓を手放して地面に転がったルウは背中の痛みですぐには起き上がれなかった。
「ルウッ」
ランが気遣う声を上げ、次いで非難するようにヴォルペを睨みつけた。
「ラン、お前は妹と違って馬鹿じゃないだろ? それにこれはお前が持ち込んだ話じゃないか。なのにそんな目で私を見るのか? お前は賢い。だろ?」
そして冷ややかな目で見降ろされ、ランは蛇に睨まれた蛙の如く委縮した。
そんなやり取りの最中、レオは怒りで全身に血が駆け巡るのを感じていた。
それは以前にも感じたことのあるもので自分の意思で制御できないくらいの強い感情だった。
一方、フィンは自らシャボン玉のようなものに包まれた後、夢を見ていた。
深い森の中で家族を探して
薄暗く霧が深い森の中は視界が悪く、どこをどう歩いているのかも分からない。
鳥や獣の気配もなく、不気味なほど静かな中に自分の息遣いと親を呼ぶ声だけが響く。
歩き疲れてその場にしゃがみ込んだフィンの耳に知らない女性の声が降って来た。
「いつまでここにいるつもり?」
その声に顔を上げて周囲を見回すが声の主の姿は見えない。
「辛くて悲しいことに背を向けることはできても逃げることはできないわよ?」
「だ、誰?」
「その目に何が映っても見ようとしなければ何も見えて来ないわ」
「どこにいるの?」
「目に見えないものは存在しないとは限らない。目に見えないものを信じるのは難しいけれどあなたなら感じ取ることはできるはずよ」
「……何のこと? 目に見えないものって何なの?」
「このまま眠り続けるの? 忘れてしまって良いの?」
「忘れてない。もう思い出したもん。レオが……私から皆を奪ったの」
「じゃあレオも同じように消え去るべきね?」
そう言われてフィンは口を
同じ目に遭えばいい。
そんな風には思えなかった。
何度も助けてくれたレオの姿が浮かんだからだ。
レオは知らないのだろうか。
自分がレオのせいで独りぼっちになったことを。
知らないから助けてくれたのだろうか。
それとも知ってて罪滅ぼしに助けてくれているのだろうか。
フィンは傷ついたレオの姿を思い浮かべた。
魔力のないレオはただの黒猫だ。
それでも相手が狼だろうと魔法士だろうと向かっていく。
フィンのためにボロボロになるのはなぜだろう。
「起きなさい。目を開けて背けずにしっかり見なさい。辛くても悲しくても真実を見なさい。常に目の前にあるとは限らないわ。見逃してしまえば手遅れになるわ。後悔する前に目を開けて見なさい」
混乱するフィンに尚も女性は優しい声音で
そして霧が一気に晴れて行くと同時に強い光が辺りを照らし、その眩しさにフィンは思わず目を閉じた。
少ししてそっと目を開けるとシャボン玉のようなものの中にいたが触っても割れる気配はない。
家の中は滅茶苦茶で壁は壊れおり、その中で血だらけの黒猫と大人の男と青年の姿があった。
何が起こっているのか思い出すのに少々時間がかかったがレオと悪い大人とランだと思い出すとシャボン玉が割れて床に落ちた。
その音で全員の視線がフィンに向く。
「フィンッ」
背後から聞こえた心配する声にフィンが振り向くとルウが痛みに顔を歪めながら弓を構えていた。
汚れた服から覗く手足に傷があり、ルウもまた彼らによって酷い目に遭ったのだと知る。
「ルウ……レオ……」
二人の名を口にしながら眠っている間に起きた惨状にフィンは胸が痛んだ。
ルウがレオとフィンを守るために矢を放つが矢は途中で失速してヴォルペに届かない。
「なんでっ」
不思議がるルウをヴォルペが
「その弓には目に見えない特殊な文様を刻んである。その弓から放たれる矢は獲物に向かって真っ直ぐに飛び、向かって来る敵から身を守るための魔法を施してある。お前が弓の名手でいられるのは私のお蔭だ。魔法をかけた私には絶対に当たらない」
ヴォルペの言葉にルウは構えていた弓を下ろした。
魔力の使えない黒猫姿のレオ。
癒しの魔法しか使えないフィン。
そしてヴォルペの側についた兄のラン。
あたしが守らなきゃいけないのに、あたししかいないのに、とルウは自分の無力さが悔しくて弓を握る手に力が入る。
その時、フィンの頭上に一陣の風が輪を描くように吹き抜け、思わず目を閉じる。
フィンの長く白い髪がふわりと風に
そこには黒豹の姿のレオがいた。
その瞳は燃えるように赤い。
『馬鹿猫を落ち着けなさい』
フィンの耳に囁くような声が聞こえた。
ルウの声とは違う。もっと大人の声だ。
周囲を見回すが声の主はいない。
だがその声に聞き覚えがあった。
「レオッ」
声に従ってレオに呼びかけ、片手を伸ばす。
が、その手を握り締めて下ろした。
記憶は戻ったが魔法の使い方が分からなかった。
でも手を下ろしたのは自分から大切な家族や友人達、全てを奪ったレオのために魔法を使う気になれなかったからだ。
レオは自分を痛めつけた
ランは攻撃が始まると同時にレオの背後にいたルウに攻撃を避けて駆け寄り、擦り傷程度で済んでいたがヴォルペは防戦に徹するのに精一杯だった。
が、それも防ぎきれずに傷だらけになっていた。
自分を檻に閉じ込め、レオやルウにまで魔法で傷つけた。
そんな悪い人がレオに反撃されて傷ついている。
自業自得ではあるがフィンはそんな相手にも胸が痛んだ。
誰であれ人が傷つく姿は見たくない。
それは自分から家族や大切な人達を奪ったレオにさえ抱く感情だった。
許せない気持ちも強いが、だからと言って死んで欲しいとは思えなかった。
一緒に過ごした時間は僅かでも守ってもらった事実もある。
記憶を失ってから見たレオの姿は黒猫の時も黒豹の時でさえも悪い印象はない。
だからレオを止めなきゃと思いながらも口から呪文は滑り出て来ない。
そんな中、レオの体の周囲に
さらに激しく強烈になった攻撃を防ぎ切れず、ヴォルペの体はとうとう後方へと吹き飛ばされてしまった。
「レオッ」
思わず叫んだフィンの声にレオの左耳が僅かに動いた。
そして赤い瞳が青く変わり、怒りに満ちた形相も穏やかになって目の前の光景を冷静に見つめた。
致命傷には至らなったものの、ヴォルペの両腕は焼け
振り返ると傷を負ったルウの傍らにはそれを
フィンの瞳に自分がどう映っているのか。
それを悟ってレオは自分を振り返った。
そんな瞳で何を見ている? とフィンから目を背ける。
いつだってフィンは誰かが傷つくのを
そんなフィンと僅かな時間を共にしただけだが、レオもまたフィンに今自分に向けられているような瞳をさせたくないと思うようになっていた。
「レオ……」
怯えながらも気遣うような声音で呼びかけられた瞬間、レオの体は再び青い光に包まれた。
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