第11話 真実の姿
数時間前。
弓を失くしたことに気づいたルウは戻って探すか、このまま次の町まで行くか迷っていた。
そして戻ると決意し、森の方へ踏み出した瞬間、森から出て来る影に足が止まった。
ゆっくりと近づいて来る小さな黒い影が猫だと気づき、それが大きな弓を引き
先程の光景を思い出したからだ。
やっぱり普通の猫じゃなかった。
ルウは自分の直感が正しかったことを自負すると同時に自分が何を狙っていたのかその正体を知って愕然とした。
大きな黒い豹。
それはただの豹じゃない。
肉食獣を相手にしたことはある。
ルウが得意とする弓は間合いを取って狩りをする道具だ。
だから間合いを詰められると焦るし、恐怖を感じるが、それでもハンターとして獲物と向き合う術を身に付けて来た。
だが、それは普通の動物相手の話であって、魔力を持つ獣相手ではない。
今までそんな獣がいるとは知っていたが対峙したことはない。
初めて出会う獲物にルウは好奇心よりも恐怖を感じた。
例え自分を助けてくれたのだとしてもそれが善意だったか疑問だ。
獣は自分の獲物を横取りされるのを嫌う。
それを守られたと勘違いすれば恐ろしい目に遭う。
逃げなきゃ。
ルウはレオに視線を合わせたまま、ゆっくりと後退る。
数歩後退してから踵を返し、走り出そうとした背に「忘れ物だぞ」とよく通る声がした。
思わず振り返るとその場に弓を置いて佇むレオの姿があった。
「大事な物じゃないのか?」
ルウが答えずにいると「フィンはどこにいる?」と訊かれ、ルウはドキリとした。
フィンがビビであることを悪用していることを見透かされた気がしたからだ。
親切にする振りをして宿代や飯代はおろか旅支度までその恩恵に
「し、知らないわよ。ラン
思わず嘘が口から滑り出る。
だがそれも見透かすように目を細めるレオにルウは更に嘘を重ねる。
「さっきの森で狩りをしてたらはぐれちゃったのよ。フィンもラン兄と一緒にいるはずだからまだ森にいるかも」
「森にはいなかった。今は魔力はないが鼻は利くんだよ」
「……じゃ、じゃあ森の近くの村かも」
言いながらルウはレオの真っ直ぐに向けて来る視線から目を逸らす。
そしてしばらく押し黙った後で観念して「西の町へ行ったわ」とぽつり漏らした。
「魔法士が集まる町があってね、そこで魔女の情報を集めるみたいよ。あたしはあんたを追ってた」
「オレを? なんで?」
そこで心底予想外だったという風にレオが目を丸くする。
「だってなんか……普通じゃない気がしたから。それにフィンが凄く心配してたし」
ルウの言葉にレオは複雑な表情になる。
そんなレオの様子にルウは思い切って疑問を口にしてみた。
「あんたは何なの? なんでフィンの傍を離れたの?」
「お前はなんで嘘を吐いた? その程度の狩りの腕でオレ様を狩れるとでも思ったのか?」
狩りの腕を侮辱され、ルウは「なんであんたなんかにっ」と怒りに任せて言いかけたが、レオの冷たい瞳に冷静さを取り戻す。
ルウがこれまで狩って来た動物の目ではない。
人の目でもない。
冷たく底知れない闇を感じさせる見たことのない目だった。
狩るどころか逃げることさえできない。
そんな恐怖を与える目だ。
辺りが暗くなって来たせいもあって黒猫の姿は闇に溶け込みつつある。
今は小さな黒猫の姿をしているが、森の中で見た大きな黒豹の姿がレオの
それを思い起こしてルウは口を
「どうした? オレなんかに何だ?」
「……さっきの質問に答えてよ。あんたは猫じゃないでしょ? 何なの?」
「オレが何だろうがお前には狩れない。お前もオレの質問に答えろ。なんで嘘吐いた? ランは本当に西へ行ったんだな?」
「……あたしを食べるつもり?」
「喰わないよ。さっき助けてやっただろ? 忘れ物まで届けてやったんだぞ? 礼も言わないガキは喰われても仕方ないがな、オレは人間は喰わない」
レオの言葉を
「あ?」
聞こえなかったようでレオが苛立った声を出すのでルウは大きく息を吸って「ありがとっ」と大声で叫んだ。
突然の大声にレオも少し驚いた顔をしてから再び不機嫌そうな顔になり、「そんなことより質問に答えろっ」と吠えた。
「魔女の情報を集めに西の町へ向かったのは本当よ。嘘吐いたのは……ビビの証書を悪用したからちょっと後ろめたくて……フィンならラン兄と一緒だから大丈夫よ。ラン兄は弓は作るのも使うのも下手だけど喧嘩は強いから」
早口に必死な表情で言うルウにレオは「分かった」と頷いて踵を返した。
その背に「待って」とルウが叫ぶがレオはまるで聞こえていないかのように足を止めない。
それでもルウは続ける。
「あたしの質問にも答えてよっ。フィンから離れてどこへ行くつもりだったの?」
しかしやはりレオは足を止めることなく、すっかり日の落ちた夜の森へと入って行った。
さすがのルウも森の中までは追う気になれず、レオが置いて行った弓を拾い上げ、しばらく森を見つめていたが踵を返して町へと向かった。
そして夜明けと共に宿に繋がれていた馬を盗み、森を迂回して西へと駆けた。
当初西の町を目指していたが道中で西にはヴォルペの家があることを思い出した。
元々ヴォルペに今回の分の売上金を渡しに行くところだった。
ランが西の町へ行く前にヴォルペの家に寄る可能性は高い。
しかもヴォルペは魔法士だ。
フィンについて何か分かることがあるかもしれない。
そう思い至ったルウはヴォルペの家を目指した。
そしてその予想は当たり、半壊した家でレオと再会することになったのだった。
だがその光景は予想していなかった。
何が起こっているのか分からなかったが半壊した家とボロボロのレオの姿からヴォルペが魔法を使ったのだということは分かった。
袋を手にするランの姿も半壊した壁の陰から覗いて見えたがフィンの姿はルウの位置からは見えなかった。
何が起こってるの?
頭の中は疑問だらけだったがルウは大きく息を吸って弓を構え、素早く射る。
その矢はレオではなくヴォルペに向かって真っ直ぐに放たれた。
ランの鼻先を掠め、ヴォルペの頬を掠めて背後の壁に刺さった。
「今のは警告よ、ヴォルペおじさん」
ルウは幼い頃からヴォルペに遊んでもらった記憶はない。
一番上の兄の友達でランとも商売の話で意気投合をしている。
そのついでに話をすることはあるが何を考えているか分からないところが気に食わなかった。
優しい言葉で優しく接してくれるがそれが本心とは限らない。
そう思わせる何かがヴォルペにはある。
ヴォルペは打算的な男だ。
ランやルウとは情で繋がっているのではない。
金で繋がっているに過ぎない。
弓と一緒にヴォルペの魔法薬を売るようになってそう思うことが増えた。
そして今はそれを確信している。
ランとルウが目を付けたようにヴォルペもまたフィンとレオを金として見ている。
でもルウはヴォルペとは同じじゃない。
一緒にされたくない。
そう思った。
ボロボロに傷ついたレオの姿と壊れた家の中で見たフィンの姿を見てそう思ったのだ。
ルウはもうレオを獲物として見てない。
森で助けてくれた時と猫の姿でフィンを守ろうとする今のその雄姿に報いたいと心の底から思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます