血と絆

第10話 乱入者たち

「魔女? 魔女って?」

「ああ。あの魔女の呪いがかかってるってことはとんでもない奴だぞ。ビビとあの猫。これで私達は大金持ちだっ」

 興奮するヴォルペにランは改めてレオを見た。


 ただの猫だと馬鹿にしていた。

 ルウは知ってて追っていたのか? それともただのハンターとしての勘か?

 だがいずれにせよ猫を追っていたルウは真逆へ向かっている。

 早く報せた方が良いのかと思ったランだがこの場にルウがいない方が都合が良いと考えた。


 ルウはヴォルペやランとは優先順位が違う。

 ルウにとって金が一番ではない。

 ビビを売り飛ばすのは反対するはずだ。

 これまでにも死んだ獣に対しては意見が一致するがまだ息のある獣に関しては意見が割れることがしばしばあった。


 例えば親鹿を仕留めた後、小鹿も仕留めようとした時、ルウは反対した。

 小鹿から取れる肉も毛皮も少ないから逃がしてやろう、とルウは言ったが親を失った小鹿が成獣になれる可能性は低い。

 守ってくれるものがいなくなるからだ。

 そう言ってみたが交渉術の長けるランでもルウは説得できなかった。

 恐らくルウも頭では分かっているが感情の面で小さく愛らしい小鹿を狩るのを嫌がる。

 今回もまだ幼い少女のビビを妹のように世話を焼いていたから売ると言えば反対するだろう。


 ランがそんなことを考えている間、蔦の絡まる檻ではフィンとレオが再会を果たしていた。


「レオ? そこにいるの、レオなの?」

 蔦の向こうからフィンの声がし、レオが「フィンッ」と叫びながら爪でガリガリやってみたり、牙で蔦を剥がそうとするが全くびくともしない。

 その様子を見ていたヴォルペはランを自分の背後へと移動させ、片手をレオに向かって伸ばした。

「アウラ・ウェニアースッ」と呪文を唱えると小さなレオの体が吹き飛び、壁の棚に当たって落下した。


「やはりな。喋れるだけのただの猫か。呪いで姿だけでなく魔力まで封じられている。私達は本当に幸運だぞ、ランッ」

 笑いが止まらないといった風のヴォルペにランも目を輝かせる。


「アウラ・ウェニアースッ」と再度呪文を唱え、レオの体を浮かせては床へ叩きつけるのを繰り返した。

 檻の中のフィンは外の様子が分からず、ただ何かが叩きつけられる音だけを聞き、不安で檻を叩いてレオの名を叫んだ。


 すると傷だらけのレオの体が青く光り始めたかと思うと一瞬で黒豹の姿になった。


「これがこいつの正体か?」

 その変貌にヴォルペは驚くと共に「アドウェルサ・ウィルトゥーテ・レペッロー」と呪文を唱え、防御の膜を張る。

 が、レオの咆哮ほうこうで瞬時に消し去られ、ヴォルペとランは後方へ弾き飛ばされた。

 背中を強打したランは痛みですぐには起き上がれず、ランをクッションにする形となったヴォルペは様々な呪文を一気にくし立てたがいずれもレオには通用しなかった。

 それどころか狭い家の中で互いに魔法を使ったせいで屋根も床もあちこちに穴が開き、半壊状態となっていた。


 形成は完全に逆転し、ひるむ二人を前にレオは大きくなった前足と口を使ってフィンが囚われている檻を今度はいとも簡単に破壊し、助け出すことに成功する。

「レオッ」

 フィンが駆け寄り、大きな黒豹となったレオの首に抱きつくとレオの傷は一気に癒えた。

「怪我は?」

 レオに訊かれ、フィンは首を横に振る。

 目視でもフィンの状態を確認してからレオは再び二人を睨みつけた。


「フィンに何をしようとしたっ」

 吠えるレオの姿と半壊した屋内を見たフィンは突如脳裏に恐ろしい光景が浮かんだ。

 一瞬浮かんだ光景が何だったのか、確かめるようにそっと目を閉じて思い出そうとした。


 黒く大きな影。

 人々の悲鳴が聞こえ、炎がまるで生きているかの如く自在に動いて燃え広がっていく。

 ゆっくりと振り返った影は目が燃えるように赤く、恐ろしい形相で。


 でもその顔は、その姿は。


「レオ?」


 呟いた瞬間、バラバラに散らばっていたパズルのピースが物凄い速さで完成されていくように失われていた記憶の断片が徐々に繋ぎ合わされて行くような感覚が体中を駆け抜けた。


「私の村を燃やしたのは……レオ?」

 それはとても小さな囁くような独り言だったがレオの耳には良く響いた。


「思い……出したのか?」

 レオが振り返るとフィンが怯えた目でレオを見上げていた。

 真っ直ぐに向けられた恐怖の浮かんだ目から逃げるようにレオは反射的に視線を逸らした。

 その視界の外でフィンが倒れる音がして再度振り返る。

「フィンッ」

 叫ぶが気絶したままのフィンは小さく丸まって今度は自らシャボン玉のようなものに包まれて宙に浮かんだ。


 それにレオがそっと触れるが柔らかく弾力もあるのに爪を立てても割れる気配がない。

 恐らく力を込めても割れないだろうと思われた。

 そして、レオの姿も再び縮んで黒猫の姿に戻ってしまった。


 再び形勢は変わり、状況を見守っていたヴォルペはニヤリと笑んだ。


「今の内に捕まえるぞ」

 ようやく上半身を起こしたランにヴォルペが小声で魔法のかかった小袋を持って来るよう指示し、「フォルティウス! アウラ・ウェニアースッ」と呪文を唱えた。


 黒猫に戻ったレオはただの猫と化し、またボールのようにヴォルペの魔法に翻弄され始めた。

 先程よりも強力な魔法でレオの体には幾つもあざと傷ができた。

 立つ力もなくなり、血を吐いてぐったりとするレオのところにランが小袋を持って戻った。

 その時、どこからか矢が真っ直ぐにヴォルペの頬を掠めて壁に突き立った。


 その矢の細工は二人には見慣れた物だった。


「ルウッ」

 二人の視線の先には弓を構えたルウの姿があった。

 ドアのあった方角の壁は既に無く、それ故ルウの姿がはっきりと見えた。


「今のは警告よ、ヴォルペおじさん」

 ゆっくりとした足取りで壊れた家の中に入るとルウは屋内の様子を見回し、二人に何があったのか、なぜレオを痛めつけているのか問いただした。

 二人は互いに顔を見合わせ、ルウにどこまで話すか、その前に真実を話すか迷う素振りを見せた。

 そして先に口を開いたのはヴォルペだった。


「ルウ、この黒猫はただの黒猫じゃない。デカい化け物だった。私達を襲って来たから私の魔法で倒していたところだ。今はまた黒猫に戻っているがいつまたデカくなるか分からない。ラン、早く袋に入れろ。その袋は魔力を封じる袋だ」

 頷いてランがレオに近づこうとしたのをルウがまた弓を射って行く手を阻んだ。

「ルウッ! お前だってこいつを狙ってただろ? お前が仕留めたいのか?」

 ランが怒鳴るとルウはランをキッと睨みつけた。

「仕留めるつもりはないわ。それに化け物だって知ってる」

「知ってたのか? じゃあ、なんでっ」

「あたしを助けてくれたからよ。弓も取り戻してくれた。だから今度はあたしが助けてあげる。これで貸し借り無しチャラね、レオ」

 ルウの言葉でレオはゆっくりと立ち上がり、肩で大きく息を吐いた。

「礼は……言わないからな」

 そう言ってレオはヴォルペを睨みつけた。


 クソッ。

 なんでオレはこんな目に遭ってるんだよ。

 放っておけばいいのに。

 フィンはあいつらの仲間で殺し損ねた一匹に過ぎないのに。

 羽虫のような奴等だろ。

 なのになんでオレはフィンどころかルウまで助けてやったんだ?

 こんな低俗な奴等にボロボロにされてまで……


 レオはここに駆けつける前からずっとそんなことを考えていた。

 抑えようのない強い怒りが込み上げて全身に満ちて行くのを感じていた。

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