第9話 夢の中で

「俺、その魔女に会いに行こうとしてたんだ」

 興奮気味に言うランに何かを軽快に刻む音と共に「ルディに? 何で?」と男が問う。

「あいつが唯一覚えてたことが燃えた村の跡だったんだ。で、その話聞いた町の人がさ、白魔法士の村がある方角で爆発音を聞いた旅人がいたって言ってて、それで魔法が絡んでるかもってことになって、それなら魔女に訊けば分かるかもって」

 一気に捲くし立てたランに「なるほどなぁ」と男は納得した様子で頷いたが「でも会えないぞ?」と言った。

「何で?」

「かなりのひねくれ者でこの世界で唯一の魔女だからな。彼女が望まない限り彼女の家への道は開かれないらしい」

「世界の均衡を司ってるのにひねくれてるの?」

「ああ。変わってるんだ」

「オジサンもこんなところに住んで変わってるもんね。魔法士って皆そんななの?」

「そんなこと言うなら飯をやらんぞ? せっかくとっておきの肉を焼いてやってるのに」

 そういえば先程からじゅわっと良い匂いが漂い始めていた。

 思わず唾を飲み込むと腹が鳴った。


 この男、名をヴォルペと言い、ランの兄の友人であり、ランとも幼い頃からの馴染みである。

 旅の多いラン達にとって怪我は付き物であり、ヴォルペの作る薬は欠かせない。

 だがヴォルペはただの薬屋ではなく魔法士であり、以前は商人や旅人の警護がメインだった。

 この国における魔法士の多くは軍で働くか要人や商人の護衛をする者が多いがヴォルペのように魔法薬で生計を立てる者もいる。

 部屋の薬草は魔法薬の材料であり、ヴォルペの場合は怪しい薬を作っては高値で売って儲けている。

 人里離れ、薬草の多いこの森に定住しているのはその為である。

 警護が副業になり、魔法薬を売るのが本業になったのはランのお蔭もある。

 ランとルウが弓を売りに旅する際、ヴォルペの魔法薬も一緒に売っている。

 以前は自身で特定の店に卸していたのだが、ランのたくみな交渉術で卸す店も増え、売り上げが五倍になった。

 売り上げの一部をランにも渡しており、最近はランの兄よりも親しくしている。


 今回の旅も兄の作った弓とヴォルペの薬を売り終え、売上金を渡しに行く途中でもあった。

 その道中で立ち寄った町で偶然フィンと出会ったのだ。


「オジサン、今回の分、いつもの棚に置いておくね」

「肉代として色付ける気になったか?」

「えっ、無料タダじゃないの?」

 荷の中から袋を取り出し、部屋の隅の棚の引き出しを開けながらランが振り返ると「冗談だよ」と苦笑する声がした。


「そろそろ出来上がるからカトラリーの準備をしてくれないか?」

 ヴォルペの言葉にランは「はぁい」と返事し、急いで引き出しを閉めてキッチンへ向かった。


 一方、檻の中のフィンは夢を見ていた。

 知らない村に一人立ちすくみ、平和に笑う村人達を眺めていた。


「ここ、どこ?」

 辺りを見回すが誰もフィンを見ない。

 まるでいないかのように日常を生きていた。

 だが、眺めているうちに懐かしい気持ちになり、胸が苦しくなって来た。


「私、知ってる。ここ、知ってる」

 呟いて一歩踏み出す。

「真っ直ぐ行ったら鍛冶屋さん。あの角を曲がったら薬屋さん。それから……その先をずっと真っ直ぐ行って右に曲がったら左側に……」

 言いながら歩いてその場所へ向かう。

「あった……」

 その場所には思い浮かべていたのと同じ小さな家があった。

 ちょうどドアが開き、中から優しそうな女性が現れ、次いで女の子が小走りに出て来た。

 フィンと同じ金色の瞳を持ち、長い髪は薄い茶色をしている。

 そしてその顔は。


「私だ。ここ、私の家……」

 二人共笑顔で何かを話しているが間近にいるのに声が聞こえない。

 笑い合って手を繋いでどこかへ出かけて行く。

 フィンはふらりと二人の後を追う。


「左に曲がって少し行ったらまた左に曲がるの。そしたら見えるの。父さまは魔法の……お医者さまで……」

 白衣を着た男性が二人に気づいて笑顔を見せ、片手を振る。

 小さな病院の外で杖を突く患者を見送っているところだった。


 ああ、そうだ。

 お昼をいつも母さまと届けていたんだった。

 午前の診察の最後の患者を見送ってたんだ。


 フィンが思い出したところで急に目の前が真っ暗になる。

 何が起こったのか不安になって辺りを見回すが何も見えない。


「父さまっ、母さまっ」

 叫ぶが返答はない。

「皆、どこ? どこに行ったの?」

 フィンはその場に座り込み、不安で涙が溢れる。


「……を壊してやった」

 不意に声がしてフィンは顔を上げて辺りを確かめる。

 だが、相変わらず辺りは暗く誰もいない。

「なんてことをしたんだ。そんなことをすれば……が怒り狂うぞ」

 誰かの話し声がする。

「構やしないさ。だってわしらは魔法士だぞ? 返り討ちにすればいい」

「それは過信だ。我々は白魔法士であって黒魔法士ではない」

「白魔法士だからって黒魔法が使えぬ訳じゃない」

「そうだが、だからって威力は無いに等しいじゃないか」

「ハハッ。最高の白魔法士のお前が何弱気になってる? 黒魔法士に比べればの話でそれなりに威力はあるだろ?」

「これは弱気とかそう言うんじゃない。あなたのそれは過信だっ。村全部を巻き込むつもりかっ」

 話し声じゃない、これは言い争う声だとフィンが気づいた時、もう一つ気づいたことがあった。

 争っている者の一人はフィンの父親の声だ。


「父さま? 何の話をしているの?」

 問いかけるが返答はない。

 代わりに父と母の会話が聞こえて来た。

「……を頼む。時間が無い。森の奥の洞窟へ逃げろ」

「ダメよ。私と……だけ逃げる訳にはいかないわ」

「頼む。一生に一度のお願いだ」

「……は守るわ。でも私はここに残ります。私だって白魔法士の一人よ。まだ魔法士として一人前でない娘を逃すことは許されても私まで逃げるなんて許されないわ。私もあなたと一緒に村を守る為に力を尽くさせて?」

「そうだな。君はそういう人だ……」


 これは何の話なの?

 逃げるって何から?

 何があったの?


 混乱するフィンはそこで目が覚めた。

 そして自分の置かれている状況がすぐには理解できなかった。


「これ、何?」


 狭い空間。

 触れると冷たい氷の檻。

 そしてそれを覆う蔦。


「誰かっ。助けてっ」

 叫びながら両手で叩くが硬い壁のように頑丈で叩いた手が痛む。


「チッ、もう目が覚めたのか」

 ヴォルペが舌打ちをした瞬間、何か小さなものが窓を割って入って来た。


 床に音もなく着地したのは一匹の黒猫だった。

「なんだ、猫か」と溜息を吐くヴォルペとは対照的にランは眉間に皺を寄せて警戒する。

「まさかレオか?」

 食事中の席を立って問うと猫は尻尾をピンと立て、二人を睨みつけた。


「フィンは何処だ?」

 その言葉は猫から発せられた。

 驚く二人にレオはチラと天井からぶら下がる奇妙な物体を見た。

 蔦の絡まるオブジェのような物は魔法の気を放っているのがレオには分かった。


「あそこかっ」

 言ってレオが跳躍してオブジェの上に飛び乗る。

 爪を立てて蔦を剥がそうとするがびくともしない。


「ラン、あれがルウが追ってる猫か?」

 ヴォルペの問いにランが頷くとヴォルペの目が輝くのが分かった。

「ルウは流石だな。あれには魔女の呪いがかかってる。正体は分からないがあれは猫じゃない。別なモノだ」

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