中編

私は倒壊した建物の、辛うじて空間を成している瓦礫と瓦礫の間で息を殺している。

昼間のくせに嫌に暗い。僅かな隙間から空を覗くと、曇天が天を塗り潰しているのがわかる。


あぁ、まただ。


空を覆う曇天の正体は数ヶ月前に衝突した隕石と、それで破壊された物の破片や塵が巻き上げられた物だという事を、この私は知らない。だから、身体は私の意志から独立して、もう見えない太陽を探すかのように不安げな眼差しを虚空へと向けるのだった。


不意に後ろから肩を抱かれ、音のない父の声に何事かを囁かれる。


突然目の前に、ずるり、という濡れた重量物を引きずる音と共に、巨大な海牛のような化け物が這ってきた。

それの表皮は濁った赤だ。返り血に染まっているわけではない、皮膚の下に通う体液の__その毒々しい赤色が透けているのだ。

たぶん、こちらの気配は察知されている。しかし正確な位置まではわからないらしく、化け物は無い目をキョロキョロと動かすようにして執拗に獲物を探している。

化け物が身体を左右に揺らして辺りを見回すような行動を取るたびに、身体の方の私は元々大きな目をさらに見開き、怯えた表情でそれを注視する。

ずるり、ずるりと身体を引きずる化け物の腹は瓦礫に擦れ、引き裂かれ、傷ついたそこからはけばけばしい真紅が流れている。だが、それよりも目を引くのが奴の頭だ。のっぺりとした体から不自然に盛り出たそれはなんと、3つある。三首だ。

何かで負傷して、そして頭として再生したのだろうか。まぁ、どうであろうが今となっては確認のしようもない。

そんな事を考えていると、またも父が何か喋ったようだ。やはり音は伴わない。それに反応した私の身体は父のいる後ろに向き直り、狭い空間で精一杯イヤイヤをするように首を振った。

「そんな……自分から命を投げ出すようなこと、駄目だよ。何か、二人とも助かる方法がある筈だから……だからそんな怖い顔、しないでよ……」

精一杯赤裸々に告げるが、鼓膜を震わせない父の言葉に一蹴されてしまった。

上目がちに表情を覗うと、視線がぶつかる。そこに宿っていたのは諦観と、何かに対する決意だった。

五十路をとうの昔に迎え、老いの隠せなくなった男のする表情にしては幾分大仰であるが、それでも父のそれには圧倒されるものがあった。

いたたまれない気持ちになった私は、ぷいと視線を逸らした。身体の私と同調している。あの時と__いや、毎度同じだ。

ぎこちない動きで身体を壁に寄せ、父と前後を入れ替わる。

ここで黙っていたら、今にでもこの人は行ってしまう。そうと分かっていても、言うべき言葉が見つからない。行かないで? 死なないで? 一人にしないで? 馬鹿か。

頭の中に浮かんだ安い台詞を打ち消す。そんな言葉に意味は無い。表面を撫でるだけの言葉には、現実に干渉する力なんてこれっぽっちも含まれていない。

それに、今思い浮かんだ言葉は全て独りよがりなワガママだ。そんな事、言えるわけがない。

今しがた否定した言葉を本気で信じられるような大馬鹿者だったら、どれだけ救われただろう。そうだったなら、少なくとも言葉を探し続けて押し黙る私と違って、この物悲しい沈黙を終わらせられるのに。

そんな事を考えている間に、人知れず父は決意を完全な物にしていたのだ。

あっ、と思ったときには遅かった。

一拍遅れて、駆け出す父の背に手を伸ばすが、指先が翻るコートの端を掠めるだけに終わる。

化け物が周りを蹴散らしながら突進してくる音が急速に近づいてくる。咄嗟に顔を背けた次の瞬間、あの日に聴いた骨の弾ける乾いた音と、肉体の轢き潰される水っぽい音の混じり合った物が頭の中で再生された。

震えながら目を開けると、真一文字に引かれた真紅の血線の先で、赤い化け物が人から物体へと還元された父の亡骸の上に鎮座し、ただ無感情にそれを啜っているのがはっきりと見えた。胸の締め付けられるような感情に支配され、涙と胃液と共に漠然とした後悔が身体をせり上がってきたが、吐き気だけはなんとか抑え、化け物と反対方向へと震える足で駆け出した。

激しく上下する背中に品定めするような粘ついた視線を注がれ、地を蹴る足が縺れそうになりなる。

この視線は錯覚だ、私の思い違いだと必死に言い聞かせながら、ただ化け物から逃げるために走り続けた。


宛もなくただ遠くまで走って、疲れて膝を付いた私は今まで堪えていた胃液を全てその場に吐き出した。けれど、特有の嫌な酸味が口腔内に残っただけで、この感情は少したりとも出て行ってはくれなかった。

すでに悲しみは時間に分解され、どうしようもない不安へと姿を変えている。

それでも、これだけは本能から分かっていた。


不安だろうが孤独だろうが、すぐに行動を起こさなければ、何処にあるかも分からない未来が、本当に暗闇へと姿を隠してしまう事を。








パチリという音と共に、世界がオレンジの炎に書き変わる。


目の前で焚き火が揺れている。コンクリートの地面から起き上がろうとした私は、身体のあちこちに鈍い痛みを覚えた。

こんな所で寝たせいだ。喉だってカラカラに乾いている。

ぼんやりとする目を擦りながら冷たいろ過水の入った水筒を手に取り、一口含む。

氷へと変化する直前まで冷やされたろ過水は、火照った身体を現実へと急速に覚醒させるかのように、するすると内臓を流れ落ちていく。

ようやく頭が冴えてきた。そうすると、自然と先程の夢を思い返してしまう。

音を忘れた父。あれは、思い出の中の私が耳を塞いだせいだ。

恐怖の中に悲壮感と優しさを潜ませたあの声を、もう聞きたくなかったから。だが皮肉なことに、その情景は崩落した天井の下敷きになった母や兄との記憶よりも心の深い部分に刻みつけられてしまったのだ。

だから何度も、夢に見る。内容は既に知っていて、心の準備もできている筈なのに、それでも気が萎えるのに変わりはない。夢の身体と同調するところからは、もっと。


一方的に取りつけた約束を思い出して、アンナの方に目を向けると、彼女は緩く瞼を閉じて船を漕いでいた。……悪化している。そのくせ焚き火を弄る手は変わらず動いている。才能があるというのはあながち嘘では無いのかもしれないなと思いながら、私の起きた事に全く気付かない火の番の天才と仕事を交代する為に、彼女の肩を優しく揺すった。








今の地球に日の出も日没も存在しない。

あるのはかつてそう呼ばれた事象の気配だけだ。

瓦礫のベールも、宇宙から降り注ぐ全ての光を遮ることは出来ない。だから塵の幕の向こうで日が昇れば、最低限周囲を確認出来るだけの明るさは確保される。

しかし、それは束の間の解放でしかない。

一度日が落ちれば、太陽の何百倍も弱々しい月や星の光は完全に打ち消され、全ては漆黒と等しい闇に雁字搦めにされる。そして、私達は藻掻く隙も与えられず、無限の深度を手に入れた水底へと引き摺り込まれるのだ。

光彩から光を奪ってゆくような本物の闇と、静まり返る致死性の冷気をもたらす"夜"は、まるで本当の深海だ。

そんな"夜"の匂いをふんだんに湛える広大な陰りを、私達が"朝"と呼ぶなんて、到底無理な話だった。

まぁ、それはそれとして。

まずは直前の問題をパスしなければ。朝だ何だと曖昧な事をぼやくのは、今の私達にはまだ早いのだ。

愛用、というより殆ど常時着用しているモッズコートの襟をきつく合わせ、手袋を二重に装着する。厚い手袋のせいで少しばかり扱いづらい両の手で防塵マスクとゴーグルを装備してからマフラーをきつく巻き、ファーのついたフードを深く被って準備完了。

私は携帯用のストーブ兼ランタンを持って、闇が支配する渓谷の外へと出て行った。

携帯ストーブの中でゆっくりと燃えゆく炎が零す仄かな灯りが、ぼうっと足下を照らし出す。

時間はだいたい深夜ごろだが、化け物達にそんな事は関係ないらしく、もずもずと雪の上を這う音だけが、遠くの方から聴こえてくる。

彼らは夜の寒さが平気なのだろうかと毎回考えてしまう。普段の寒さに耐えている時点で充分におかしいが、それにも増して夜は冷えるのだ。

人間なんてゴーグルをしていなければ、-50℃に迫る風に吹かれた瞬間に眼球が凍結してしまうというのに。そうでなくとも、呼吸する度に危うく肺が凍るんじゃないかと思うような空気は確実にこちらを殺しにきている。

手にする小型ストーブさえ、自らの暖房性能を上回る冷気に圧倒され役割を果たさない。そんな頭痛さえ引き起こす寒さから逃げるように、殆ど固定砲台と化している多脚戦車のコクピットへと潜り込んだ。

一通りの行程を終えて起動が完了すると、8機の175mm砲のうち4機の砲弾を照明弾へと切り替え、十分に角度をつけて発射する。暗闇を一直線に切り裂いた4発の照明弾は、高度600mまで達すると次々に時限信管を作動させパラシュートを展開する。

同時に爆発的な光が発生し、それを一面に積もった雪が目の眩む程に白く反射した。140万カンデラに達する光が、辺りに人工の昼を作り出したのだ。

これが無いことには、この時間帯の"鴨撃ち"はお話にならない。

というのも、デレルT9にも搭載されているパッシブ型の暗視装置は微弱な可視光線を増幅して視界を補助するが、今のように瓦礫の雲が立ち込める状況で可視光線など降ってくるわけもなく、結果全くの役立たずに成り果てる。その為、こいつを夜間に使おうとした場合、照明弾による光源の確保が必須となるのだ。

照明弾に詰められたマグネシウムと硫酸ナトリウムの混合物が燃え尽きるまでの時間は約120秒。それまでに仕事を終えるか、そうでなければ次弾を発射する。

今までも散々やってきた作業だ、どうって事はない。気持ちを切り替えるように胸の内で呟くと、モニターの向こうを睨みつける。

押し合いへし合いしながら近づいてくる化け物の脳天にレチクルを合わせ、いつも通りトリガーを引き、的外れな位置に着弾したのを確認したら修正。そして射撃。

彼女が指先に少しの力を加える度、自然の静寂は暴力的な機械の嬌声に引き裂かれ、放たれた火線に交差した化け物達は頭部に炸裂する75mm砲弾によって体液を撒き散らし、少しの間のたうち回った後に沈黙する。

頭を吹き飛ばされた死骸が数を増すのに比例して、撒き散らすように排莢される空薬莢も山を成し、その有り余る熱で雪の深くへと沈んでいった。


そうこうしていると高度を落とした照明弾が1つ2つと燃え尽き始める。

そろそろ頃合いだ、そう思い照明弾の引き金に指をかけた瞬間、ふと、なにか恐ろしい予感が思考に割り込みレバーを掴む左手を硬直させた。

これはたぶん、視線だ。分厚い装甲板越しにこちらを観察する、その全身を舐めるような視線に本能が敏感に反応しているのだ。

でも、何が。カメラを回転させ周囲を確認するが、白い化け物がぽつぽつと蠢いているだけで、それらしき影は見当たらない。

照明の範囲外から? そう思い至ると同時に最後の照明弾が寿命を迎え、火花を残して闇が顔を覗かせた。

暫し、張りつめた静寂に包まれる。それは突如として、何かが荒々しく雪原を滑る音によって断ち切られた。

それに意識を引き戻され、一拍遅れて弾かれたように引き金を引いた私は、既に夜の暗幕越しにこちらを覗く何者かの正体を確信していた。そいつがどれだけ厄介で、どんな因縁を持っているかも、全部。

でも、いや、だからこそ。

私がこれを狩らなければ。過去の無力さに躾けられ、夢にまで見るのはもう、散々だから。

変わらない過去の繰り返しも、虚しさの自家中毒も、今日で終わりにしようじゃないか。

まるで覚めぬ悪夢を吹き払うかのように、閃光が爆ぜた。

「久しぶり。いつかお前が辿り着いて__相手する日が来るって、思ってたよ」

ただの独白。しかし遠くに佇む"表皮まで赤い三首の化け物"は、こちらの言葉にじっと耳を傾けるようにピクリとも動かない。

今も痛いほど感じる眼差しは、奴の生物的な強さに起因するこちらの錯覚だ。そもそも目の無い奴がどうして視線なんて送れるだろう。奴の生き物としての異常な性能が、心眼なんていうオカルトめいた勘違いを引き起こしたのは間違いない。

そんな事、昔と違ってお見通しだ。

つまみが絞られる。

レチクルが3点に収束する。

動くな、じっとしていろ。

不思議と思考が澄んでゆく。

ぞっとするほどの冷気さえ忘れさせる明鏡止水の中、引き金だけが小さな音を立てた。

12門の砲身が狂ったように回転し、これでもかと発射炎が吹き出す。一斉砲火で繰り出される音速の何倍も速い砲弾が、獲物の喉笛に噛みつかんとする猟犬のごとく、雪原を駆ける。

直撃するかと思われた刹那、直前で前進し始めた化け物は一瞬にして10数発の弾丸にその身を貫かれ、しかしその全ては脳天を外れていた。

無意味な傷痕だった。いや、彼らにとってそれは傷とすら呼べないものなのかも知れない。現に今、体液をとめどなく垂れ流す風穴は、目に見える程の速度で塞がりつつある。

初撃を外した焦りが心を揺さぶる。私はその動揺を隠すかのように残りの雑兵を標準し、一撃のもとに葬った。

これで一対一。気が紛れることもなくなった。

再び標準を戻し、トリガーを引き続ける。

今までのどの個体よりも素早く、力強く雪の上を滑る赤い化け物を、絶え間のない火線がいたぶるように追いかけ、時たま身体を掠めた砲弾によって真っ赤な体液が花のように咲き誇り雪の大地を色づける。

まるでキャンバスに未稀釈の絵の具を乱雑に塗りたくったような、そんな光景だった。

キャンバスを固定するイーゼルの前に立ち、筆を握るのは機械の死神を受肉した私だ。凍える世界でただ一人、私の一撃だけが、このキャンバスに薄桃色から赤色のグラデーションを作り上げる__。

いけない、相手を狙う事以外に頭を使うな。

弾を惜しむな。この速度の相手を弾を節約して倒す技量など、私には無いのだから。

照明弾に切り替えていない方の175mm砲も使いながら絶えず攻撃を仕掛けるが、外れた弾が馬鹿でかい雪煙を起こすだけで一向に弱点に当たらない。それなのに奴はどんどんと距離を縮めて来る。

渓谷まで残り約1km。奴なら1分とかからないであろう距離だ。

どうすればいい。頭に浮かんだその問は、即座に意味を失った。方法は既に思いついている。

けれどそれはあまりにも直線的で、一発勝負だ。

しかし、こうやって考える間にも距離は詰められつつある。

一か八か、やるしかない。

悩む気持ちに見切りをつけた私は、滅多に使わない脚部の操作に悪戦苦闘しながら渓谷の入口50m程前にデレルT9の巨体を移動させた。

真正面から真っ赤な怪物が迫ってくる。もう何秒後にはこちらと衝突するだろう。

頭の中でデモンストレーションをしようとしてやめた。これからやる事で懸念すべきなのは、この機械がどれだけの負荷に耐えられるか、ただそれだけなのだから。

前方右側の脚を可動域の限界近くまで持ち上げ、待ち構える。

突っ込んでくる相手と接触するまで、残り4……3……2……1……

タイミングを見誤るな。

「今だ! 」

叫ぶと同時に右脚を振り下ろし、化け物をその場に押さえつけると踏みつけた箇所がぐにゅりと陥没し、デレルT9に真紅の返り血を浴びせた。

捉えた、そう理解すると同時に間髪入れずガトリング砲を発射する。が、こちらに負けず劣らずの巨体が繰り出す力に右脚を押し戻され思うように頭部に当たらない。

思っていたよりもずっと抵抗する力が強い。この距離ですら正確な射撃は困難であり、安全択を採るしか無い。

そう判断するとフットペダルにかける力を強め、ガトリング砲の砲身をギリギリまで密着させてから接射した。ぐちゃぐちゃに飛び散った肉片の1つがメインカメラにへばりつく。短い射撃だったが、ゼロ距離の砲火は確実に1つの脳をズタズタに引き裂いた。

残るは2つだ。

急に抵抗を強めた化け物をその場に押し留めながらつまみを弄り、次の的へ狙いを定める。

こいつが焦るのも無理はない。脳を複数抱えて、しかもその1つを吹き飛ばされる感覚なんて理解できる筈もないが、それが本能に危機を訴えかけるに十分な出来事であったというのは想像に難くない。

そんな事を思いながらまたも短くガトリング砲を吹かすと、いよいよ化け物の抵抗も激しくなった。

残り1つとなった脳を死守するかのように、どこに残っていたのか不思議なくらいの馬鹿力で突進され、後ろ脚が積み上げられた瓦礫に乗り上げる衝撃がコクピットを揺るがす。

携帯ストーブで白く燃える木片がパチリと崩れる。

まるでそれが合図であったかのように、照明弾が燃え尽きた。

全てが押し寄せる闇の濁流に飲み込まれ、携帯ストーブと火器管制装置、そして漆黒を完全には再現しきれないモニターのバックライトだけが弱々しく灯りを零す。

はっとして発射桿に手を伸ばしたが、すんでのところで引き金を引かなかった。ここでは照明弾を打ち上げようにも十分な角度をつけるのは不可能だし、無理に発射すれば渓谷の天井をぶち抜きかねないからだ。

闇の中で倒しきるしかない。

変に傷をつけると分裂する化け物を相手に、視界の失われた状態で限られた一点を貫く。普通なら絶対に不可能な注文だ。

そう、普通なら。

「呆れた……。最後の最後になって、結局トリガーハッピーが最適解だなんて」

呟くと同時にフッと息が漏れた。

長引き過ぎた戦いも、これで幕引きとしよう。



デレルT9と赤い化け物はお互い睨み合いながら、一方は最大限の力で獲物を求め、もう一方はそれを押さえつけている。傍目に見れば拮抗していると思うだろう。

しかし決着は余りにも唐突に、そしてあっけなく訪れた。

張り出した両肩から吊り下げる12門のガトリング砲が一斉に火を吹き、暗闇は一転し閃光に染まる。

硝煙を吹き散らし、次々と飛び出していく弾丸が化け物の身体をミンチ状に変えるほどにこそぎ落としては後ろへと抜けていく。

発射炎が瞬く隙間から、吹き出した真紅の血液が一瞬顔を覗かせては、直後の発射炎がそれを隠す。

狙う事を知らない一斉掃射。それは余りにも強引で、確実な攻略法だった。

吹き荒れる鉄の嵐に引き千切られた肉片はどれもボロ雑巾のようで、とても再生出来るとは思えなかった。



いつしか周囲は吹き飛ばされた肉片と無数の空薬莢で埋め尽くされ、機体は全身に絵の具を被ったかのように真っ赤に染まっていた。

身体の3分の1程を削り取られた化け物は既に息絶え、地面にへばりつくように力なく倒れている。

操縦席から抜け出すと、辺りに立ち込める血液と火薬の臭気にやられたようで強い吐き気に襲われた。これではいつもの不味い飯も喉を通らないだろう。機体の清掃や死骸の後始末も面倒だ。

そんな鬱々とした心とは別の憂いを抱えたまま、携帯ストーブの僅かな灯りを頼りにもと来た道を帰っていく。

因縁の敵を倒したにも関わらず心が晴れないのは相手が理性のない害獣故か、無くした物は戻ってこないという現実故か、わからなかった。

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狩り場、あるいは一人の絶対防衛線 ねこ殿様 @nekotonosama

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