リンドウの蕾

 二人の子供、蓮太郎と健太郎は、大学生になりました。

 二人とも、今はアメリカに留学中です。二人とも大学で心理学を専攻しておりましたが、心理学の臨床をアメリカで経験したいのだそうです。

 海外への留学には不安もありましたが、私は、二人が留学したいと言って説明するそのお話を、もう半分も理解できませんでした。ずっと以前、奥様が坊ちゃんを東京の大学に通わせるというお話をされていたことを思い出し、浩一さんとも話し合って、了承することにしました。


 二人が海外に旅たち、浩一さんと寂しくなったと話していたときでした。浩一さんが、珍しくお仕事の資料を見せてくださったのです。

「ハナ、見てごらん、ここのところ……」

 私は、自分の目を疑いました。資料の内容については、正直、何をすることを目的にしたものなのか、よくわかっておりませんでしたが、プロジェクトリーダーとして書かれていたお名前は、あの、おたなの坊ちゃんのお名前だったのです。


「まさか、坊ちゃんのお仕事が、浩一さんのお仕事と関わりを持つようになるなんて……」

 私は、信じられないという風に独り言ちました。浩一さんが、それに応えて言いました。

「なあ、君もそう思うだろう? 僕は、とても愉快なんだ。面白そうな話をもってくる奴がいるっていうから、資料を送ってくるように伝えたら、資料にあの男の子の名前があったんだから。勿論、仕事の話だからね、出資するかは、内容を細かく聞いてからでないと判断はできないけれど、あの子がどんな仕事をしているのか、大いに興味があるね」

 浩一さんは、いたずらっぽく笑ってそう言いました。私は、一つ思いついて、私の宝物の一つ、昔坊ちゃんからいただいて、押し花にしたリンドウの花を浩一さんに渡して言いました。

「お仕事のお話が終わったあとでよいですから、これを坊ちゃんに見せてあげてください。これは、あなたとの結婚する少し前に、坊ちゃんからいただいたお花を押し花にしたものなのです」


 浩一さんは、くすくす笑って言いました。

「いいね! あの子の驚く顔が目に浮かぶようだ」


 ~~~


 私は、とても緊張していた。今や業界では知らない者のいない、あの国産家具大手の社長が、あの村長の息子だった人だったとは、思いもよらなかったのだ。

 よくよく調べてみると、あの会社の創業時、私の村の主産業だった林業と、その地方の伝統工芸技術を組み合わせて高級家具として製品化し、主に海外向けに販売したところ、諸外国から高い評価を受けた。海外の評価が高いものは、国内での受けも良くなる。それから、一気に会社を大きくしていったのだそうだ。


「昔から、卒のない人だったよな、そういえば」

 私は独り言ちた。あの村長の息子には、どうも敵わないような印象をずっと持っていたのだ。それに比べて……、と私は手土産に買い込んだ鉢植えを見ながら思った。 久しぶりにハナに会うのに、私はリンドウの花以外のものを思いつかなかったが、まだ季節が早く、蕾の状態の鉢しか手に入らなかったのだ。

「こんなものでも、喜んでくれるかな……」


 改めて独り言ちた私は、一つ深呼吸をした後、周囲と比べても、ひと際大きな家の呼び鈴のボタンを押した。



End.

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リンドウの蕾 マキシ @Tokyo_Rose

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