想いの時間

磨白

想いの時間

メールが来たのは昨日、丁度昼ごはんを食べているときだったから13時くらいだろうか。


残念ながら、僕には普段から連絡をとって居るような仲のいい友人は居ない。というかそもそも友人がいないので、最初は公式メールかな。とそう思ってスマホを手に取った。


ーゆうくん、久しぶりだね。最後に話したのは2年前、だっけ?全然話してなかったからアドレスが深ーいとこにあって探すのが大変だったよ(笑)。それで本題なんだけど、最近片付けしてたら同棲してたときの荷物が出てきて。捨てようかなーとも思ったんだけど、高そうなバックとかもあったから袋にまとめてるの。家は変わってないから、もし良かったら取りに来てよー


一瞬息が止まった。まさか元カノからの連絡だなんて思っていなかったからだ。


昼ごはんを食べる手は止まり、空いた手で僕は頭を抱えていた。


「既読つけるんじゃなかった」


一番良いのはそっと見なかったフリをすることなんだが……


無視すればいいと頭の中では分かっている。無視じゃなくたって一言、 ー忙しいからごめんー とそう一言送れば済む話なのである。


別れたのは彼女のせいだし、もう2年も前の話だ。


今更、未練なんて……


そう思っているものの、魚の骨が喉に引っかかったような違和感が僕を襲った。


ただ一言、断る旨の連絡を送るだけ。何も悪いことはない。


寧ろ自然なことだろ。別れたカップルが、2年越しに相手の家まで同棲していたときの荷物を取りに行くなんて馬鹿げた話だ。


彼女を見限って逃げ去ったのは僕だ。


浮気した彼女に僕が怒って、その日の夜に家を抜け出した。


もう今更、戻る必要も、資格も、居場所だってない。


散々悩んだ挙げ句、僕は


ー分かった。いつ行けば良い?ー


と連絡していた。


自分でも感情がよくわからない。整理しきれない。


もしかしたら、唐突に終わった2人の関係にちゃんとしたゴールが欲しかったのかもしれない。


かつて愛した人に会える最後のチャンスだとそう思ったからかもしれない。


考えたってわからない自分の心にどうにか折り合いをつけて、元カノと会う約束をした。


日程を尋ねると、早いほうが良いとのことだったので、明日伺うことになった。























そうして今日、約束の時間の2時間前に起床した。


流石に早すぎたかな、と思いながら準備を始める。


といってもメイクなどをするわけでもないし、寝癖を直したり、歯磨きしたりくらいなのだが。


一通り準備が終わったところで、服をタンスから取り出した。


最近の休日はほぼ外出しないので、仕事で使う服が手前に置いてあり、私服は奥の方に追いやられている。


その中からお気に入りだった服を選んで着替える。


服に頓着はなかったが、彼女がいる間は少し気にしていたので、2年前の服だからといってそんなダサい服、というわけではなかった。


って、デートにいくわけでもないんだから今更服装なんて気にしなくていいんだった。































ピーンポーン♪


「はーい、どちら様ですか」


「前田優斗だよ。荷物取りに来た」


「あっ、ゆうくん!時間ぴったりだね!!」


ドタドタと音が聞こえ、勢いよくドアが開けられる。


当たり前のことだが、そこには2年前毎日みていた彼女がいた。


「久しぶりだな美咲。全然変わってない」


「うん、久しぶり。そういうゆうくんはちょっと大人っぽくなったね。流石社会人!会えて嬉しいよ」


そう笑顔で言う彼女に僕はもやっとしてしまう。まるで、何もなかったかのようなその笑顔に。


「よく言うよ、浮気したくせに」


「だから来てくれないと思ってたんだよ。久しぶりに会えてほんとに嬉しい」


皮肉を言ったつもりだったのに、彼女は一切の気まずさを見せずに、そう返してきた。本当にムカつく。


やっぱり僕はもう彼女に未練なんてないんだろう。


「折角だから、中入らない?お茶くらいだすよ」


「彼氏いるんじゃないのか?」


「もう別れたよ、今は独り身だから大丈夫」


さ、入って。と手招きをする彼女。


特に断る理由もないので少しだけ躊躇ったが、家に上がらせて貰うことにした。


「お邪魔します……」


以前までここに入る時は「ただいま」だったのにな、なんてどうでも良いことを考えながら家に入る。


「おかえり」


「美咲はエスパーか何か?」


「?違うよ。なんとなくゆうくんが入って来るとそう言っちゃうだけ。あ、適当に座ってて。お茶持って来るから」


美咲は慌ただしく台所の方に向かって行った。


リビングの扉を開け、部屋に入るとそこはもう僕の知っている部屋ではなかった。


時間の流れは早いものだ。ってこの歳の人の感想じゃないな。


ソファーに腰を掛ける。このソファーも僕が家にいる時は2人で選んだ黒色のものだったが、今は少しくすんだ赤色のものに変わっていた。


その中で部屋の隅っこに置かれた、袋に詰められた僕の痕跡。


そこだけ世界から取り残されたような感覚になって、とても居心地が悪かった。


早く荷物を持って帰ろう、そう思ったとき、美咲がコーヒーを持って来た。


「おまたせ、砂糖はここに置いとくね」


そう言って、2人分のコーヒーがソファーの前の小さなテーブル置かれる。


これだけ飲み干して帰ろうと思い、口をつけるが、思いの外熱くて飲めない。


そうだった、僕猫舌だったわ。


それでもなんとか飲もうと悪戦苦闘していると、彼女が話しかけてきた。


「ゆうくんはさ、私と別れた後何してたの?」


「なんだよ、急に」


「良いじゃん、ただの世間話だよ。こんだけ会ってなかったら前と色々変わってるんじゃない?」


そう言われて思い返すが、彼女と別れてから仕事以外に特に思い出はなかった。


「まぁ、特にないかな。強いて言うなら休日遊ばなくなったくらいだな」


「彼女とかいないの?」


「居たら家なんて上がってないだろ」


「それもそうだね。ゆうくんって誠実だし」


「美咲と違ってな」


「あはは、それ言われると何も反論できないね」


彼女は気まずそうに頬をかく。


「……そっちは何してたんだ」


「へ?」


「僕と別れた後だよ。……浮気相手のこととか」


これは美咲に会ったら聞いておきたかったことだった。


別れていたのは意外だったが、自分の気持ちに区切りをつけるためには知って置く必要があると思った。


知りたくないんだけどな。


「3ヶ月で別れたよ」


「どうして?」


「う〜ん、浮気を勧めてくるような人にまともな人は居ないってことかな。いやぁ〜運命の人だと思ったんだけどねぇ」


「何があったんだ?」


そういった僕を彼女は驚いたような顔をして見つめてくる。


「ゆうくんなら深堀って聞いてこないと思ったんだけど、珍しいね」


「生憎だが空気なんて読まないよ。僕には知る権利があるだろ。どうせ、今日が終わったら会わないんだし、気まずくなっても関係ないしさ」


「ま、それもそうだね」


彼女は一泊置いて、


「殴られたんだよね、彼に」


とゆっくり話し始めた。


「何か、最初の方はそんな素振り見せなかったんだけど、同棲するようになってから、私を下に見てこき使うようになってね。言った通りに出来ないとすぐに怒鳴られて。私も我慢してたんだけど、手を挙げられてね。流石に身の危険を感じたから、警察に相談して別れることになったんだ」


「そっか」


「それからもまぁ、彼氏は作ろうとしたけど、私騙されやすいのかな?弱みに漬け込まれただけかもしれないけど。ホテルに行って。散々遊ばれて、その後放置って事が多かったかな。人の事なんだと思ってるんだろうね……まぁ、ただの天罰かもしれないけどね」


皮肉げに笑った後。「満足した?」と尋ねられた。


気の利いた言葉は何も思いつかず、僕は軽く頷くことしか出来なかった。










そこから暫く、気まずい雰囲気が流れた後、互いに近況方向などちょっとした雑談をした。


最近流行ったあのグミ食べた?とか、部長がうざくてさ。とか新作のゲームなど話題は多岐に渡った。


それこそ、2年分の隙間を埋めるように。


気がつけば、コーヒーは冷たくなっていた。









もう何時間たったか分からなくなり、そろそろお腹が空き始めた頃、彼女が妙なことを言い放った。


「ゆうくんは、私のことどう思ってる?」


「今更何言ってんだ。嫌いに決まってるだろ?自分でしたこと覚えてないのか」


「いや、覚えてるよ。勿論。だから、ゆうくんを私の家に呼んだのは私にとって大きな賭けだった。本当に勝算の低い、ね」


「何が言いたいんだ?」


含みのある言い方をする彼女に、少し苛つきを覚える。


今更、自分が悪くないと言い訳でもするつもりだろうか。


「私が言いたかったのは、家に来てくれるってことは、私のことそこまで嫌ってないのかなってこと。普通なら浮気したような人の家になんて来ないでしょ?」


「あのな?僕は荷物を取りに来ただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「バックとか服とか今更取りに来なくても良かったんじゃないの?外出も最近してないんだよね?今更なんで必要なの?」


「それは、美咲が連絡してくるまで気が付かなかったから取りに来なかっただけで……」


「連絡してくるまで忘れているようなものが、今のゆうくんに必要だったの?」


そう言われ言葉が詰まる。


「ゆうくんはそれを言い訳にして、私に会いに来たんじゃないの」


図星だ。僕がここに来た理由は心の違和感を取り除くためであって、荷物のためではなかった。


「ゆうくん、ここに来て何時間も話してるけど、ずっと楽しそうだったよ。ねぇ優くん。私のこと本当に嫌い?元カノとして割り切れているの?」


先程からの言葉に反論できずただうつむいていた。わからない。こんなにも悩んでいる理由も言葉にできない理由も。2年前、別れも告げずに離れた彼女に、今更なぜ、こんなにも心を動かされるかも。


「愛していたよ」


そう結論付けた僕に、


「私は今も愛してるよゆうくん」


彼女はそう返した。


今の僕が一番望んでいなかった言葉。


やめてくれ、これ以上揺さぶらないでくれ。


僕はここにゴールを、終わりを見つけに来たんだ。


そんな僕の気持ちを余所に、彼女は言葉を続ける。


「私が知ってる誰よりも、ゆうくん。貴方が一番素敵な人だったんだって、やっと気付いたの。時間が経てば経つほど思い起こされるの、あの頃が一番楽しかった。一番、人を愛せてたって。ゆうくんもそうだよね」


「ッ違う!!!違う僕は!!!!」


「違くない!!」


珍しく彼女が声を荒げた。


「ゆうくんはまだ私のことを美咲ってそう呼んでくれてるから!ゆうくんだって2年前で止まってるんでしょ」


急に距離を詰められる。


下がろうと考える暇もなく、僕の唇は塞がれた。


奪うように乱暴なキス。何度も重ねた人の唇のはずなのに、何かが違った。


ゆっくり、頭の中までかき回されるような長いキスを交わした後、彼女は僕を押し倒した。


「嫌だったら押しのけれた。そうだよね、ゆうくん?」


彼女の言葉はもう耳には入って来ない。


ふわふわとした意識のまま、ただ彼女に身を預けていた。


「私、ゆうくんみたいにシャイじゃないからさ。色んな人とこういう事してきたけど、今が一番幸せだよ」


彼女は僕の服に手をかけ、脱がせていく。


「浮気したのは私だし、前みたいに愛してくれなんて思わない。都合のいい女でいいから、側にいさせて。心ではもう繋がっていられないけど、せめて体だけは繋がっていたい。私はもう、ゆうくんしかいないから」


縋るように僕の頬を撫でる彼女は泣いていた。


「愛してるよ」










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

想いの時間 磨白 @sen_mahaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ