第7話

 小さい頃、私は独りだった。


 父親は元からいなかったし、母親は奇怪な邪教に傾倒し、私には構わず、殆ど村にさえいなかった。

 だから、聖女の家でもあった教会が経営していた孤児院で私は育った。


 当時の私は深く傷ついていて、周りの人間を誰も信用せず、遠ざけた。

 そんな私は当然のように孤立していて……、構ってくれる人なんていなかった。


  後に、聖女、戦士、勇者となる、3人を除いて。


 3人は、私がどんなに冷たい態度を取っても、優しく接してくれた。


 ある日、いつものように話しかけてくる3人に、私は尋ねた。


「……なんで私なんかに構うの」


今までなかった私からの質問に、3人は、顔を見合わせた。

 

 心なしか、嬉しそうだった。


 聖女が代表するように言った。


「教えにこんなものがありますわ。『汝、人を愛せよ。神の前に、等しく人は皆兄弟である』と」


「……どういう意味それ」


「そうですわね、平たく言うと……」


聖女は、両隣の戦士と勇者を見てから言った。


わたくし達みんな、友達ということですわ」


 にっこり笑って、聖女、戦士、勇者が私に手を差し伸べた。

 特に聖女は、全てを包み込んでくれるような、柔らかい笑みをしていた。


ーーその言葉に、どれだけ私が救われて、傷つくことになるのか。

 とっくに意味をなさくなり、ヒビが入ってしまった今でも、その言葉は、大切な宝石のように、心の奥に大事に大事にしまわれている。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 


 「さあ、ヴェンデッタ。存分にわたくしに復讐して下さいまし」


聖女が私にそんなことを言ってくる。


 私はしばらく反応ができなかった。

 ディアベルですら、沈黙していた。

 ようやく正気に戻った私は、動揺を隠すように叫んだ。


 「ふ、ふざけないでよ!相手に監禁されてやる復讐がどこにあるってのよ!私を舐めているんでしょう!?」


 聖女を突き飛ばし、手を開く。


 「何が死が分つまでよ!今すぐ殺してあげるわ!」


 手に、バチバチ、と黒い稲妻を宿す。

 家を破壊した時に使ったのと同じ、いやそれをさらにパワーアップさせたものだ。


 「見たでしょう?家を跡形もなく吹き飛ばしたのを!聖女でも、まともに当たれば命は助からないわ!」


 「見てませんわ。ヴェンデッタしか目に入りませんでしたもの」


 ば、馬鹿にしてるの!?

 カチンときて、私は叫んだ。


「だったら……!その身で知りなさい!」


 私の手から勢いよく飛び出した雷は、聖女の顔を……スレスレで避け、そのまま聖女の背後の結界にぶち当たり、消えた。


「あら?外してしまわれたのですか?次は確実に当たるようにいたしましょうか?」


 聖女が私の手を取り、自身の胸に当てる。


「ち、違うわよ!わざと外したのよ!結界を解除しないと、殺すわよって見せつけるために!」


「そうでしたの。ですが、生憎ですわ、ヴェンデッタ。解除する気にはなりませんわ」


「〜〜っ!もういい!」


私は、聖女の背後、結界の雷が当たった辺りを見る。

 傷一つついている気配がない。


 「……どうするんです?さっきのでビクともしないとなると、私達の力で結界を壊すのは不可能ですよ」


 ディアベルが言った。

 同じことを考えていたらしい。


 ディアベルの姿や声は、私以外には見えないし聞こえない。

 聖女に不審に思われないように、小声で返す。


 「分かってるわよ。そんなこと」


……自力が不可能となると、聖女に解除させるしかないけれど……。


 聖女を睨むと、気味の悪いくらい、柔らかい笑みを浮かべていた。

 こんな何もない、ただ、石壁のような結界に囲まれた、息が詰まりそうな空間に他人を閉じ込めている最中とは到底思えない顔だ。

 

 イライラする。

 何を企んでいるのか、全く分からない。

 ……本当に、死ぬまで私と一緒にここにいるつもりなの?

 私と、2度と離れたくないから…………?

 

「……ありえないわ、そんなこと」

 

 言い聞かせる様に、私はひとりごちる。

 

 もう一度、聖女と向き合う。

 

「……最後に一度だけ忠告してあげるわ。苦しい思いをしたくないのなら、私をここから出しなさい」


「嫌ですわ。ヴェンデッタがいなくなることより、苦しいことなんてありませんもの」


 聖女の平然とした顔が、私の神経を逆撫でする。


「よ、よくもまあ抜け抜けとそんなことが言えるものね……!だ、大体何よ、今更……っ!あの時、私を見捨てたくせして……っ」

 

 大声でそう怒鳴りつけると、


「…………」


 初めて聖女は笑うのを止め、複雑そうな顔を見せた。


「……わたくし、反省しましたの。あの時のわたくしには、あなたがどれほど大切か、理解し切れていませんでしたわ。……随分と酷いことも言ってしまいましたわね。本当に申し訳なく思っていますわ」


 聖女が深々と私に頭を下げる。


 「ですからお好きなだけ、わたくしにヴェンデッタの恨みをぶつけてくださいまし。そうして、今度はもう2度と離れ離れにならないように……、ずっとずっと、2人でいましょう?」

 

な、なによ、それ……。

 

 反省した、とかそんなの……。

 信じられるわけ……。


 聖女を見る。

 聖女は、また、微笑んでいた。

 

 まるで、あの時と、初めて友達と言ってくれた時と、同じようにーー。

 

 


 …………もし、もしも万が一、聖女の言うことが、本心からだとしたら…………。

 もし、あの日みたいに、みんなで仲が良かった戻れるとしたら、私は…………。


 「だめですよ、ヴェンデッタさん」


 私を咎める、ディアベルの声。

 ハッと我に返る。


 「聖女に騙されてはだめです。……本当に殺してみてはどうですか」

 

「……わ、私は……」


「忘れないで下さいよ。聖女は一度あなたを殺したも同然なんです。そのあと多少反省したのかもしれませんが、もうとっくに遅いんですよ。それに、私に言わせれば本当に反省しているのかどうかだって、怪しい話です」


「…………」


「冷静になって考えてくださいよ。魔法を使って監禁するなんて、どう考えてもイカれてます。魔王との戦いのせいで、精神的におかしくなったんでしょう。

 もしかしたら、親しいふりをして、また裏切って……、より深くあなたを傷つけて愉しもうとしているだけかも知れませんよ」


 『ぷっ……あはは!友達?わたくし達とあなたが?』

 

 そう言って、私を裏切って、楽しそうに笑う聖女の顔……、それを思い出すと、ディアベルの言うことが正しいように思えた。


 だけど……。


 今、目の前の聖女は、私を裏切る前の、優しい笑顔を見せている。


「……殺すのは……」


「どうしてです?向こうは、あなたを一度殺したのに?」


「…………で、でも……」


「『でも……』なんですか?私も困るんですよね、これ以上壊れた聖女に付き合って、他の2人への復讐心まで有耶無耶にされたら。

 もう十分じゃないですか。さっさと殺して、次にいきましょうよ」


「……だ、だけど……そ、そうよ。殺したからと言ってこの結界が無くなるとも限らないわ。永遠に出られなくなったらどうするのよ」


「一理ありますけど、言い訳ですよね、それ」


ディアベルが、はぁ、とため息をつく。


「なら、仕方ありませんね。……向こうに嫌だと思わせて、解除させるしかありませんよ」

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【GL】勇者パーティに裏切られた私、悪魔の力を借りて復讐するはずが、復讐相手が溺愛してきます @fujinobu

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