【第2話】不思議な少年

あれは、小学生の頃だった。

両親と泊まりがけで旅行へ向かったあの日。


光差し込む、緑の中。


「わーーーー、きれーーーーいっっ」


パタパタと、興奮して走る、私。


「あんまり、遠くまで行っちゃ駄目よー。」


「はーい!」


元気よく、母の声に返事をした。



…………したのに。


景色に夢中になって、

見事に迷子になってしまった。


「うぇぇ………、

おかーさん、おとーさん、どこぉ………?」


泣きべそをかきながら、両親を呼ぶけれど、

返ってくる気配はない。


ここは、緑の広がる自然公園、といった所で。

面積が広く、両親と来た場所は明るかったのに、今いる場所は、草木が生い茂り、少し暗くなっていて。


「うぅ…………」


不安になっていたところ、


「きみ、どうしたの?」


木の上から、声がした。


「えっ!?」


驚いて、きょろきょろと周りを見渡すと、

近くの木から、ザザッと音を立てて、1人の少年が降りてきた。


歳は、同じ位だろうか。

不思議な、空気を纏った、男の子。


「もしかして………、迷子?」


その少年は、私の顔を覗き込み、優しく尋ねた。


「う………うん」

こくり、と頷く。


「そっかぁ。1人で、不安だったよね?

僕、この辺、詳しいんだ。

明るい道まで、連れてってあげるよ。」


そう言って、少年は、

私に手を差し出した。


「えっ………」


きらきらとした、王子様みたいだー………


幼心に、そう思った。


「ほら、こっち。」


なかなか動き出さない私の手を引き、

その少年は歩き出した。


「あんまり、見ない顔だね。

旅行とかで、ここ来たの?」


「あ………うん」


ずっと、優しく、話しかけてくれているのに、そんな一言でしか返せない自分が、なんだか悔しい。


だけど、少年は、そんな事、気にも留めない様子で。


「そっか。実は、僕も旅行。でも、このへん気に入っちゃって。よく、親にねだって、連れてきてもらってるんだ。

そしたら、道、覚えちゃってさ。」


楽しそうに、きらきらとした笑顔で話しながら、

ザッ、ザッと、

私の手を引いて、歩いていく。


「…………普段から、木登りも、してるの……?」


緊張しながら、頑張って話しかけた。

話していたかった。

なぜだか、

少しでも、長く。


「そうだね。

親からは、危ないからやめろって、言われるんだけど。

僕、運動神経とかバランス感覚とかいいみたいで、ひょいひょい登っていけるんだ。

枝に腰かけて、景色を眺めるのが、

すごく、好きでさ。」


「………いいなぁ………」


気付けば、声に出ていた。

私自身は、わんぱくでもなんでもないし、男兄弟も、いなかったから。

知らない世界の話に、胸がときめいた。


「よかったら、さ。

僕、しばらくここにいる予定だから、

また、遊びに来なよ。

今度は、明るい所で、

待っててあげる。」


そう言って、少年は

眩しく、笑った。


「………うん。来る…………」


また、会いたい。

素直に、そう思った。


この、

陽だまりのような、少年に。


「………ほら、着いたよ。」


言われて、周りを見渡してみれば、

零れ落ちる光と、緑の中に

気付くと私たちは立っていた。


「あ………、ありがとう…………」


「………ん。助けになれたんなら、よかった。」


天使のような笑顔だ。


「じゃ………、また、」


くるりと向きを変えそうな少年に、


「あ………っの、名前っ………!」


私は思わず、呼びかけた。


「…………、ハルト。」


「はる………と?」


「……うん。

僕の名前は、ハルト。」


私を迷子から救い出してくれた少年は、

そう名乗った。


「………あっ、あたし、梨南…………!」


少年……ハルトが立ち去ってしまう前に、

自分の名前を叫んだ。


「……りな、ちゃんかぁ。

また、遊びたくなったら、おいでね。」


ふふ、と、ハルトは

口元に人差し指をあてて笑った。

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〜記憶のカケラ〜 巫女乃 @mikostaa_

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