第16話

シルヴィは宿の自室を片付けていた。

片付けといっても私物はほとんどなく、使ったもの元に戻すだけだ。


「シルヴィさん…」


背後から声をかけられる。

振り返るとサーシャが何か言いたげに扉から覗いていた。


「どうした?何かあったか?」


サーシャは小さく首を振る。


「いえ、何かお手伝いできないかなって」


「ちょうど終わったところだ。荷物は少ないからな」


サーシャはしばらく黙ってから口を開く。


「帰っちゃうんですね」


「ああ、そうだな。長いし過ぎたくらいだ。帰らないと」


そういうとシルヴィは荷物を担ぐ。

サーシャは黙って道を開ける。

横を通り抜けロビーへ向かう。

サーシャは黙って後ろからついて来ている。

階段を降りるとセリナがいた。


「シルヴィさん。寂しくなるね」


「そうだな。随分と世話になった。どうもありがとう」


「いいえ、こちらこそありがとうございました」


では、と言って去ろうとシルヴィは宿の扉に手をかけた時確かに聞こえた。


『意地悪ですね』


マイルスの声だった。

意地悪なのだろうか。

私は所詮旅人。

時が来れば帰るだけだ。

それ以上何かあるのだろうか。

きっと意地悪なのだろう。

分かっているからタチが悪い。

ふーっと息を吐いて、思い切って振り返った。


「また、いつか必ず来るよ。崖の…妖精の祝福、とても綺麗だったから」


「約束ですよ!」


サーシャが勢いよく言った。


「ああ約束だ。必ず来るよ。それと、私は王都の西側の少し南よりにあるギルドにいる。名前は『風見鶏』だ。目印は梟の描かれた看板だ」


「風見鶏、で目印は梟ですね!覚えました!」


「そうだ。一緒にギルドを作ったやつが風見鶏なのに看板を梟にしてしまったんだ。鳥ならなんでもいいだろうって」


おかしいですね、と笑うサーシャとセリナを見ていると胸の支えが取れたような気がした。

二人に改めて別れを告げ宿を出た。

宿から少し離れたところで遠くに2人の人影が見える。

ファルクの店の辺りだ。


「珍しいな。二人が一緒なんて」


ロブとファルクが店前に並んでいた。


「ちと薄情すぎるんじゃないか?」


不満げに眉間に皺を寄せるロブにシルヴィは思わず笑ってしまう。


「悪かったよ。さっきまで不貞腐れていたんだよ」


それを聞いたロブの眉間の皺が深くなる。


「まあ良いわい。実はお前さんに頼があるんだ」


ロブはファルクに目配せをした。

ファルクは革製の袋から一本の剣を取り出した。


「これを貰ってくれんか?」


真剣な眼差しでファルクは剣を差し出した。

ロブの方に視線を向ける。

同じように真剣な眼をしている。

ファルクに目線を戻して尋ねた。


「ありがたいが、どうして剣を?」


ファルクは空を見上げて、それからゆっくりと話し始める。


「この剣は…マイルスに、マイルスが騎士になった時に渡そうとしていたものだ。迷惑でなければコイツを連れていってくれんか?」


しかし…、と言って受け取りを渋る。

それを見てロブが口を挟む。


「貰ってやってくれんか。お前さんはワシと違ってロクデナシではないだろう」


ロブの言葉を聞いてからあらためて剣をじっと見た。

それからもう一度ファルクに視線を向ける。


「ロブ、私はあなたほど立派な人間じゃないよ」


なんじゃい、とロブは不満を漏らす。


「それで、どうして私なんだ?」


「コイツを色んなところに連れて行ってほしいんだ。お前さんなら色々な所に行ったりもするだろう。それに…マイルスはお前さんを好いていたようだったからな」


思わず言葉に詰まった。

顔が一気に熱くなる。

歯を食いしばって表情を変えないようにする。


「分かった。受け取るよ。大切にする」


シルヴィは覚悟を決めて受け取った。

やっと素直になったか、とロブが言った。


「また遊びにくるよ。サーシャとも約束したしな」


ファルクが手を差し出した。

シルヴィがその手をとって握手を交わす。


「また会えるのを楽しみにしている」


「その時はこの剣の手入れを頼むよ」


シルヴィはロブの方に手を差し出す。

ロブは服で手を拭いてから応じる。


「酒は用意しておく。また来た時のためにな」


「自分が呑みたいだけだろう」


そうかもしれん、と言いながらロブは笑った。


「さあもう行くよ。実は色んなことを放り出して来たんだ」


ロクでもない、とロブが呟いたのを聞こえなかったことにして二人と別れた。

駅へ向かって歩いていく。

相変わらず胸の内は痛んだままだ。

それなのに両足はいつも通りに身体を前へ運んでいく。

投げ出したギルドに帰る。

その心臓を掻くような不安は幸い、別の痛みで感じない。


(マイルスがいたらどうしただろうか)


皆に謝りに帰る。

マイルスがいれば心強い。

しかし、誰かを連れて行くなんて格好のつかないことはしたくない。

もし、彼ならどんなふうに謝るだろうか。

考えながら気がついた。

だったら。もし。

彼は私にとって過去形で想像になっていた。

考えたって仕方がない。

自分は自分でしかない。

だから結論は同じ、謝って許してもらえなければ旅に出よう。

幸運にも相棒が出来た。

とっとと帰ろう。

そう思ったのに中々列車に乗れなかった。

流れる涙が止められなかったから。

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月光の祝福 @e7764

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