学校の怪談八月 夏祭り

学校の怪談八月・後半

 『ご飯が炊けました』という炊飯器の音で目を覚ました。



 ここは知らないアパートの一室のようだ。部屋は8帖ほどで壁紙は白く、床は灰色のカーペットで覆われている。



 見る限りでは俺が今寝かされている布団と少し大きい机しか置かれていない質素な部屋だ。



 どこだ?ここ。確か俺はムカデ退治に行ったら目の前でムカデを倒したやつがいて。そいつと戦って負けたはず。



 何がどうなった?なんか玄関の方からいい匂いがするし、体中に包帯も巻いてある。その他に湿布なり絆創膏なりはってあって痛みもほとんどない。



 誰かに助けられたのか?あの霊能力者を前に俺を庇いながら?だとしたらとんでもなく強力な人だ。



 そんなことを考えていると玄関の方からご飯と野菜炒めをもって女の子がやってきた。



「もう起きたの?案外頑丈なのね」



「お前は!」



 そこに立っていたのはムカデを倒した霊能力者の女だった。



 色んなマイナスな思考が巡り、出した答えは。



……ぐっ」



 先手の攻撃だったのだが、身体強化が出来ない。



 こいつが何かしたのか!まずい、なら逃げるしか。



 しかし体が思うように動かず、その場に転んでしまった。



「……一人で何をやっているの?バカみたい。とりあえず冷める前にご飯食べちゃってよ」



 そう言い机にご飯を置き座る。



 「どういうつもりだ?」



「何が?」



 意図が読み取れない。俺を殺すならこうしてもてなす意味はないし、わざわざ手当てしなくていい。まずはそこを明確化しなくては。



「目的はなんだ」



 はぁというため息とともに立ち目の前まで近づいてきた。



「あなたがバカみたいに暴れるから包帯がずれちゃったじゃない。手、出して」



 悪意は感じられない。母親がいたらこうして心配してくれたのだろうと心が揺れる。



「警戒心が強いわねもう。私の名前は糸織 京子いとおり きょうこ糸織いおりじゃなくて糸織いとおりだからそこ注意。イミトリセの霊能力者よ」



「イミトリセ?」



冠位かんいしん。ほかに何か聞きたいことある?ないなら手だしなさい」



 聞きたいことだらけだがとりあえず手を前に出した。慣れた手つきで包帯を巻きなおし介護するように俺を机近くまで運び、自分も戻る。



「じゃあ手を合わせて、いただきます」



「い、いただきます」



 まだ少し不安が残っていたが、あまりのおいしさに吹き飛ぶ。



「うっま!」



 それを聞いた糸織は優しく目を細め「そうでしょ」とほほ笑んだ。その大人びた笑顔でやっと思い出せた。



「転校生か!7組の」



「今気づいたの?」



「え、そっちは気づいてたの?」



「あんた霊力垂れ流してるんだもん、すぐに気づくわ」



「じゃあ俺が無害だって分かってたよな?だったら最初から話し合いでよかったじゃん」



「私、人の事を『お前』呼びする人と話したくないの」



「そんな理由で俺ここまでやられたの!?」



「嘘よ」



「うそなんかい!」



「ご飯は静かに食べなさい」



「ほんとの理由は教えてくれないのかよ……」






 ご飯を食べ終わり片づけていると糸織が何かを思い出したように話す。



「いまさらなんだけど、親に連絡とかしなくて大丈夫?」



「大丈夫。親いないから」



 言ってからしまったと思った。わざわざ親がいないことを言わなくてもいいのについ言ってしまった。



 この手の話は聞いた側にいらない罪悪感を抱かせてしまう。



「あ、いや……」



「そう。同じだね」



 何かを思い出したかのように視線を下に向け、お皿をシンクに持っていく。その背中はどこか重そうだった。



「洗い物手伝う」



「いいわよ、座ってて」



「お皿拭くやつこれでいいか?」



「うふふ、ガン無視。私の妹みたい」



「妹いるんだ」



「そう。ここには一緒に住んでないけどいる」



「なんで一緒にいないんだ?」



「色々あるのよ。それよりもっと他に聞きたいことがあるんじゃないの?」


 

「あぁ。えーっと。なんであの森にいたんだ?」



「この前あなたが一人担いで森から出て来たでしょ?その時、担がれている子の体から微かな呪力を感じて気になったの」



「呪力?はもう一旦置いといて、俺が無害だって分かった上で勝負をした理由は?」



「あなたの強さを知りたかったから」



「まださっきの理由の方が可愛くていいな」



「そう?」



「じゃあ『あのお方』って呼ばれてる奴を知ってるか?」



「知らないわ」



「嘘はない?」



「ないわよ」



 そこで最後のお皿を拭き終えた。



 糸織はコップを2つ取り冷蔵庫から麦茶を出して、さっきまでいた机にもっていく。



「じゃあ次は私からの質問」



「まだ聞きたいことあるんだけどな」



「質問が多い男と人の事を『お前』呼びする男はモテないわよ」



「やっぱちょっと寝に持ってるじゃん」



「さあ?」



 顔を傾け明後日の方向を見る。ここだけは子供っぽくて可愛らしい仕草だった。



「話を戻すけど、あなたイミトリセに所属してる?」



「イミトリセが何かわからない」



「やっぱりね。じゃあ冠位かんいとか霊の存在感そんざいかんとかの言葉の意味も分からない?」



「うん」



「それはそれでまた別の問題が出て来るんだけど……とりあえずざっくり説明するわ。イミトリセは霊能力者の組織で、冠位はそこにいる霊能力者の強さ。逆に存在感は残留思念ざんりゅうしねんによって発生した事象の強さのこと」



「残留思念?」



「あなたそれも分からないの!?今までどうやって対処してたんだか心配になるわ」



「残留……思念?あ、負のオーラのこと?」



「負のオーラ?」



「人が持つマイナスの気が空気みたいに漂ってることだろ?」



「あってる、けど……ぷぷ。負の、オーラとか言って、笑っちゃいけないんだけど、ふふふ。いかにも中学生の考えそうな単語ね」



 今まで矢幡に説明してた記憶が走馬灯の様に駆け巡る。



 すぐにでもここから離れたい、けどこのままじゃ下がれない。



 「べ、別に何て呼んでもいいだろうが!」



「悪いなんて言ってないわよ。ただちょっと、うふ」



 あぁ、やばい、めっちゃ恥ずかしくなってきた。死にたい。



「もうかえる」



「あーごめんごめん。もう笑わないから待って、真面目な話」



「なんだよ」



 涙を手で拭いながら呼吸を整え、話し始める。



「存在感っていうのは残留思念によって引き起こされる事象の強さって話したでしょ?それは5段階の数字で表すの」



「なるほど?」

 

 

「存在感1は霊感があれば見える程度で害はほぼない」

 

「次に2。見境なく人に悪さをするよになる。ざっくりここから除霊の任務に入ってくるわね」

 

「そして色々ややこしい3。下位と上位に分けられていて、 下位ですら人を殺めるほどの力をもっているわ。そして上位になると残留思念を使いこなすようになって厄介。ここまでくると霊感のない人でもちらほら見える人が出て来るらしいわ」

 

「そして4。しっかりとした思考能力を持ち対人戦の様に考えることが多くなる。故に戦える人は限られている」

 

「最後に5。霊感のない人でも見えるし何より残留思念無しでも形を保つことが出来る。場合によるけど、見た目は限りなく人に近い形になるわ」



「なるほど。ちなみにあのムカデの存在感はいくつなんだ?」



「3の下位。その中でも弱い方ね」



「俺ってもしかしてそんな強くない?」



「前提としてあなたは私より弱い。そして相性にもよるけど、今の私が確実に祓えるのは存在感3の下位が限界」



「はっきり言ったな。じゃあ状況から考えて俺が確実に祓えるのは存在感2の霊だけか」



「そう言うことになるわね。1



「?」



「除霊はチームで祓うのが基本なの。だからあなたと私で組めば存在感4までなら祓える」



「足し算なら5の上位を祓えるんだけどな」



「ほんと男の子ってバカね。次に身体強化はだれから教わった?」



「五月ごろのうわさになってた霊がやってたのをまねした。ん?その場合あの霊は、霊力操作をしてたから3の上位ってことになるのか?」



「下位から上位への成長する前だったのかも。あなたどうやってそれを祓ったの?」



「足だけしか身体強化できなかったからいろいろ工夫してって感じかな」



「足にだけ?聞いたことないわ。でも祓ったわけね」



「うん」



「じゃあ実際は2にも満たない程度の霊が誰かの手によって強制的に力をあげさせられていたんだわ」



「そう思う根拠はあるのか?」



「身体強化なしで祓えるほど存在感3は甘くない。それに身体強化は人が霊に立ち向かうために編み出された技術なの。だから霊がそれを使うだなんてまずおかしい」



「だが実際に使って俺に祓われてる」



「ということはその程度の存在感だったってこと。そんな霊が身体強化なんて高等な技術を身に付けられる訳が無い」



「裏に誰かがいるかもって話だと六月に祓った『おつゆさん』っていう霊も気になることを言ってたな。あのお方がなんたらって」



「そうなると裏で暗躍してるものがいることは確定かな」



「だな」



「まだいろいろ聞きたいけど今日はもう遅いから帰りな」



 時計を見ると6時30分過ぎになっていた。



「そうだな。手当て感謝する」



「最後に名前聞かせてよ」



夜風 直斗よかぜ なおと



「気をつけて帰ってね夜風」



「ありがとう」



 帰り道、今日あったことを思い返す。大変だった、でもまた一人仲間が出来た。






 ※残留思念は姿を見せるためのものじゃなく、人に干渉するためのパワー。一定以上あっても見えない人は見えないし、『なにかいる』とだけしか分からない。






 今日は男二人で商店街を回っている。なんでも、矢幡が本を買いたいというので付いてきた。



 俺も新しい文房具が欲しかったからちょうど良かった。それはそれとして……。



「なんか矢幡怒ってる?」



「どうだろうね」



 怒ってるじゃん。こわぁ。なんかしたっけ俺?



 ここ数日を振り返ってよく考える。しかし、思い当たる節が見つからない。



「その考えてる風やめようね。なんかしったけ俺?じゃないんだよ」



「よくお分かりで。んでマジで俺何かした?」



 矢幡は「はぁ」っとため息を1つこぼし足を止める。吐いた分大きく酸素を吸って向かい合う。



「ムカデ退治の時。僕にいつ連絡した?」



「えーと。ムカデ退治して、糸織と戦って、寝て、ご飯食って、家帰って、また寝て。次の日かな?」



 今度はさっきより大きい、ため息をついて膝に手を置いた。ガックシという表現がこれほど似合う状況はそうないだろう。



「僕がどれほど心配したと思う?おつゆさんの時もそうだったけど、友達が死んでいるかもしれないって思いながら待つのは、生きた心地がしないんだよ。ましてや連絡が一日途絶えるなんて」



「それは本当にごめんなさいだな」



「まったく。生きてて本当によかったよ」



「ありがとな」



 これほど人に心配されているとは思わなかったから、申し訳ないという気持ち反面、嬉しい気持ちもある。だからこそ変な心配をさせないために連絡はこまめにしなくては。



「そいういば来週にある西ノ谷祭り行こうよ」



「いいね。1回行ってみたかった。」



 ここ西ノ谷では八月の終わりになると毎年祭りが行われる。俺は行ったことはないが、家から聞こえる花火の音だったり祭りの音が好きだから一度行ってみたかった。



 しかし、祭りなどには人じゃない者も多く集まってきてしまう。そんな中楽しめるのだろうか。



「糸織さんも誘って三人で行こうか」



「矢幡それ天才」



 自分以上の力を持った人と一緒にいれば面倒ごとにもすぐに対処できる。せっかく知り合ったのも何かの縁だしこの期に誘ってみよう。






 いつもの商店街とは違い、提灯がいたるところにぶら下がっている。時刻は六時を過ぎたところ。



 屋台も多く出ていてそこかしこからいい匂いと楽しそうな声がする。楽しみすぎて集合時間より早く来てしまった。



 でも、いつもとは違う華やかな商店街を見ながら1人で干渉に浸るのも悪くないと思える。



 そんな人ごみの中から聞きなれた声で呼ばれる。



「夜風ー!来るの早いね」



「楽しみでつい」



 先に合流できたのは矢幡だった。この前会った時とは打って変わってとても楽しそうなのがみて分かる。



「あら、二人とも来るのが早いのね」



 ちょうど糸織も同じタイミングで合流できた。矢幡とは違いとても落ち着いていて相変わらず大人びた印象を受ける。



「初めまして矢幡潤です」



「初めまして糸織京子よ。同年代なんだし敬語じゃなくて大丈夫よ」



「そうですか」



「いや敬語じゃん」



 思わず突っ込んでしまった。でもこれで三人そろったことだし屋台めぐりをしながら花火の時間まで待とう。



「僕お腹すいてるから、たこ焼き食べたいな」



「私はかき氷」



「俺めっちゃじゃがバター食べたいんだけど」



 こんなにも意見が合わないことがあるだろうか。口に出すだけなら自由なのだが、お互いがお互いに食べたいものを言い合うのはちょっと面白い。



「え?糸織さん最初にかき氷行くんですか?」



「なによ自由でしょ」



「何か食べてきたんですか?」



「いえ何も」



「最初からデザートに行く人っているんですね」



 こればっかりは矢幡と同意見。でも最初にかき氷はちょっと嫌かもしれない……。



 そうこうしてるうちに人がどんどん増えていきより賑やかになっていく。このままじゃらちが明かない。


 

「じゃあ三人で別れて買ってまた集合するってのはどう?結構いい案だと思うんだけど」



 そういうと矢幡と糸織は「分かってないな」と言わんばかりに首を横に振り腕を組む。



「いいかい夜風。待ち時間も楽しんでこそのお祭りだよ」



「そうよ。三人がばらばらに並んでってほぼ一人行動じゃない」



「おま……あんたらの話し合いが進展しなさそうだから案を出したんだろうがよ」



「まったく。じゃあ僕あそこの屋台並んでくる」



「私は向こうの方に」



 気づいたら二人はそそくさと屋台の列に並びに行ってしまった。一人残された孤独感が俺の怒りを増殖させる。



「結局バラバラにならぶんじゃねーか!」



 



 とりあえず俺もじゃがバターの屋台に並ぶ。ここでふと考える。こういう場合人数分買っていくべきかと。



 これだけ矢幡と長くいるが嫌いな食べ物とか全然分からない。糸織はもっとだ。もし二人のうちどっちかがじゃがいもを嫌いだった場合、なんか申し訳ない。いや、そうなったら余った分は俺が食べればいいか。



 そんなことを考えていと後ろから肩をトントンされ、振り返る。



「おい、にいちゃん前進んでるぞ」



「え?進んでないですよ」



 前には八人ほど並んでいて列は進んでい……あれ?七人目と八人目の間が少し空いてる。



 そこで今目の前に立ってる人が人ではないことに気づいた。



「すみません。前進んでましたね」



 そういいながら、前に並んでいた霊を俺の霊力で包み込む。すぐに体が崩壊し成仏した。



 この距離にいる霊にすら気づかないほど浮かれている事に危機感を覚え気を引き締める。そしてさらに気づく。



「じゃがバターって二個入りかよ」



 この場合三個買って行ったら迷惑か?俺の悩みはさらに増えた。






 何とか無事に買え、さっきのところへ戻ってくると、糸織が先にかき氷を3つ持って待っていた。



 よく見るとそれぞれ一口ずつ、というか上の大部分が食べられている。



「いや確かに溶けたら元も子のないけど、そんなに食う?」



「三人分買ってきただけでも感謝しなさい」



「えぇ……。あ、言い忘れてたけど矢幡には黒幕がいそうって話はしないで欲しい」



 かき氷を食べる手を止め首をかしげる。そんなに不思議だったのだろうか。



「矢幡くんには全部話してるものだとばっかり」



「矢幡は俺らみたいに霊力があるわけじゃないし、何より俺が巻き込んだ被害者だ。これ以上危険にさらしたくないし、心配もさせたくない」



「もし私が口を滑らせて言ったらどうする」



「そうなったらたたじゃおかない。矢幡は普通の中学生だ。これ以上巻き込ませない」



 糸織はかき氷を一口食べ、少し考えてから「そう」とだけ言った。この問答にどんな意味があるのか分からない。だが、俺の覚悟を示さなくてはと思った。



 会話が一段落ついたところで、ちょうど矢幡もたこ焼き片手に向かってくる。



 タイミングとしては完璧。だが。



「なんでたこ焼き一パックなんだよ」



「え?僕が食べるからだよ。夜風こそなんで二パック買ってきたの?」



「みんなで食べようの会じゃないのかよこれ」



「矢幡君、兄弟いる?」



「はい、いますけど」



 「末っ子でしょ?」



「よくわかりましたね!」



 糸織の何とも言えない目が矢幡を突き刺す。その構図があまりにおかしく笑ってしまった。






 軽く食事も済ませ、屋台を回る。結局じゃがバターは二個入りを俺が食べてもう1つを矢幡と糸織で分けた。



 一パック丸々一人で行くんかい、と言うような微妙な表情をされたのは気のせいだと信じたい。こういう場合何が正解だったのだろう?ちょっと多かったし。



「花火までもうちょっと時間かかりそうだね」



 たこ焼きを食べてご満悦な矢幡が楽しそうに話す。



「ほかの屋台に行ってみる?」



 かき氷をほとんど食べた糸織が続く。



「あそこの射的とかどう?」



 昔から射的というものをやってみたかった。思い返せば俺はいつから祭りに行ってないのだろう?昔の事はあまり思い出せない。両親が事故でいなくなってから外に行くこともほとんどなくなった。



 もしかしたら今日何か思い出せるかもしれないと、期待している。両親はどんな人だったか……。



「せっかく三人いるんですし勝負しません?」



「勝負ってどうするのよ」



「一番取ってインパクトのある人が勝ちで!」



「メッチャ曖昧なルールだな。でも面白そう」



「私が勝ったらかき氷奢んなさいよ」



「まだ食べるのかよ」

「まだ食べるんですか」



 矢幡と同じタイミングで突っ込んだ。






 屋台のおじさんが銃を持ちながら意気揚々とルール説明をしてくれる。俺は早く撃ってみたくてうずうずしていた。



「弾は全部で五発。当たって後ろに倒れたら商品ゲットだ。じゃあ頑張れよ」



 射的の台は三段構造で、下からおかし、おもちゃ、でかいクマぬいぐるみだ。



 インパクトで言ったら一番上のぬいぐるみだがこのコルク銃で落とせる気がしない。手堅くおかしやおもちゃで点を稼ごう。



 そんなことを考えてるうちに矢幡が身を乗り出す勢いで体を前に出し、近距離からお菓子を撃ち抜く。



「先手必勝ってことで、インパクトポイント一点プラスかな」



「インパクトポイントってなんだよ」



 話しているうちに、糸織が一発で2つのお菓子を撃ち抜く。まるで映画に出てくる凄腕のヒットマンの様だ。



「じゃあ私のインパクトポイントは二点追加で」



「だからインパクトポイントってなんなんだよ」



 ここまで後手に回ってしまったらインパクトポイントが稼げない。……インパクトポイントってなんだ?とにかく一か八かのぬいぐるみいってみるか。



 ボルトを引きコルクを詰め、矢幡のように身を乗り出し構えて撃った。しかし、ビクともしない。



「よくそれ落とせると思ったね夜風」



「バカね」



 唇を噛みしめながらボルトを引き次の景品を狙う。その間にも二人はどんどん景品を撃ち抜いていく。



 矢幡は残り一発でおかし二個とおもちゃ一個。糸織も残り一発でおかし三個とおもちゃ二個。俺は残り二発でおかし一個だ。



「じゃあ終わりにしようかしら」



 そう言い糸織はぬいぐるみに照準を合わせる。このままじゃ大差がついてしまうため彼女なりの手加減だろうか。



 と思ったのも束の間、ぽとっと大きいクマのぬいぐるみが落ちた。矢幡は唖然、店主は驚愕。俺は白い目で見る。



 というのも、糸織は足元から糸を景品の後ろに回り込ませ、コルクが当たった瞬間に引っ張った。いうなればインチキだ。しかし、それまで全く気が付かなかったし言っても誰にも分からない完全犯罪だ。こちら側としては泣き寝入りするしかない。



「言ったでしょ終わりにするって」



 ふうっと銃口に息を吹きかけドヤ顔をする。結局この勝負は糸織の一人勝ちだった。



 



 美味しそうに2つのかき氷を食べる糸織を横目に矢幡と別の屋台で第2回線が始まった。



 内容は金魚すくいだ。これなら勝てる希望がある。矢幡には悪いが俺もズルをさせてもらう!



「ルールは単純に数でいいよな?」



「もちろん!負けた方は勝った方の言うことを1つ聞くってのでどう?」



「乗った!」



 二人でポイとお椀を手に、配置につきスタート。俺は金魚を狙うより先に霊力をポイに集めた。虚空拳の応用でポイの周りに真空を作れば絶対に敗れない最強のポイが完成する!この勝負もらった。



 結果は俺一匹、矢幡十七匹で完敗だった。



 後ろで見ていた糸織が笑いながら説明をする。



「夜風は本当にバカね。道具に霊力を乗せるのは至難の業よ。『じん(上から二番目の冠位)』でも出来ない人がいるのにあなたが一朝一夕で出来るわけないでしょ」

 ※糸織の冠位は上から四番目の『しん』。



「夜風やっぱりなんかずるしてたろ」



「すみません」



「おかしいと思ったよ。ポイが急に爆発したんだもん」



 俺の霊力操作が雑すぎるあまり一匹取った後に虚空拳が崩壊し、一気に空気が送り込まれたことによりポイがバラバラにはじけ飛んだ。



 言い訳のできないほどやらかしてしまった。それにしても十七匹って……。



「そろそろ花火始まるわよ」



「じゃあ始まる前に飲み物買ってきてもらおうかな?」



「パシリかよ」



「私炭酸じゃないので」



 百五十円を渡してくる。



「僕はラムネが良いな」



 同じく百五十円を渡してくる。どうやら逃れられないようだ。






 夜風が飲み物を買いに行った後、糸織が少し暗い声で話す。


 

 「意外ね。私の事何も聞いてこないの」


 

「夜風はあんまり人に興味を持ちませんから」


 

「あなたに言ってるのよ」



 糸織はまっすぐ矢幡を見る。祭りの賑やかさがそこだけ取り残されたような沈黙が二人を包んだ。少し間を置いた後矢幡はゆっくりと口を開く。


 

「あー、じゃあ一個だけ。   じゃないですよね?糸織さん」



 そこを言い当てられるとは思っておらず表情が動きかけた。しかし、眉一つ動かさず余裕をもって答える。


 

「……さあ、どうかしら。仮にそうだったとして何か問題でもある?」

 

 

「いえ。でも、今までいろんな苦労を背負って夜風は生きてきたんだ。これ以上、青春を取り上げるようなら僕はあなたを許さない。夜風は普通の中学生だ」



 いつか聞いたセリフをもう一度聞いて糸織はほほが緩む。これは決して嘲笑している訳ではない。友情というものが少しうらやましいと思ったからでた笑みだ。



「ふふ。そう」



 その会話が終わったタイミングで夜風が飲み物を三本もって戻って来た。



「早かったね夜風」



「花火三人で見たかったから爆速で行ってきた」



 その答えに矢幡は優しく笑った。糸織はいつも通りの大人びた雰囲気を醸し出してはいるがまんざらでもない様子だった。



 その時、大きな音と共に空に花が咲いた。色鮮やかでどこか切ない、夏の夜にしか咲かない花。



 三人は静かに夜空を見上げる。これで夏も終わりなんだと思いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イミトリセ こどくな学校 黒野 良樹 @nasyu89

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ