学校の怪談八月 どくむし

学校の怪談八月

 西ノ谷中学校の最寄り駅は商店街の中にある形になっていていつもにぎわっている。



 だいたいの店はそこの商店街に入っていて町のみんなに多く広く利用されている場所だ。今はその中にあるファミレスで矢幡と飯を食べている。といっても、ドリンクバー耐久なのだが……。



 一通り会話も終わり本題に入る。今日は矢幡からの遊びの誘いなのだが、いつもより妙に空気が張り詰めている。



「んで、なにかあったか?」



「『虎ネット』って聞いたことある?」



「『虎ネット』?わからん」



「簡単に説明するとのこと。最近学校の誰かが作ったって話だけど、そこを覗いてみるとちょっと気になる話題が出てて」



 矢幡は素早くスマホを操作し、画面を見せる。そこにはいくつかの話題が上がっていて、トップは『夏休み何して過ごす?』といった、いかにも中学生らしいかわいい話題が上がっている。



 そのほとんどはこういったかわいい内容なのだが、1つ気になる話題がある。



 『学校裏に住む巨大どくむし!その正体はいかに……』ぶれているが画像まで貼ってある。そこには森の木ほどの大きさのムカデ?が映っていた。



「これ、どう思う?」



「どうって、まず疑うのは合成だったり画像編集だな」



「僕も聞きかじった知識だから断言はできないけど、これに合成後は見つからなかった」



「じゃあ突然変異のムカデ。昔の地球では酸素濃度の関係で巨大化してる生物が多かったって聞くしな」



 矢幡がムッとした顔で見てくる。メロンソーダを飲み干してからまじめに話す。



「もしくは霊とかだな」



「え!?」



「自分で深堀して驚くなよ……」



「ふふ、さっきとぼけたお返し。それで幽霊とかって写真に写るの?」



「場所によっては映るんじゃないか?俺もあんまりわからんけど、負のオーラがたまってればそれなりにバッチリと」



「なるほど。じゃあ、これが霊的なものである可能性も捨てきれないね」



「なんでちょっとノリノリなんだよ」



「やっぱり早め早めの対処が大事でしょ。その調査がてらカブトムシとかいてりして……」



「……虫好きだっけ?」



「割と好き」



「もしかしてただ森に入りたいだけの人?霊とか関係なく」



「てへ」



「かわいくねーよ」



 虎ネットの数人しか見つけてない話題をすぐに見つけられたもの、裏の森について一人で調べてたからだな。どっちみちうわさになる前に問題を見つけられてよかったというべきか。



「それにしてもこの人のトリプルインセクターって名前面白いよね」



「なんだろう、絶妙に……。それより、矢幡は何て名前でやってるんだ?」



「矢幡だからアロー」



「だっさ!」






 学校からはあまり奥に入る場と言われている裏の森。



 自然豊かなため、野生動物がたびたび目撃されている。そのためお互いに適切な距離を測ることで共存しているのが現状だ。



 「どう?なんか感じる?」



「うっすらと、かな。でも、森とか山とかってまた別の感じがするんだよな。だからわからないが正しい表現かな」



 矢幡はそれを聞くとおもむろに虫取り網を構えた。



「じゃあもう少し見て回ろうか!」



「……そうだな」



 夏の暑い日差しも森の木陰に入ると幾分か涼しい。いたるところでセミが鳴いている。



 そんな夏に浸っていると矢幡はもう虫を捕まえたようだ。



「見てみてこれ!めっちゃでかくない!?」



「あんまり虫好きじゃないから分らんけど、大きいんじゃない」



 いつも以上にはしゃぐ矢幡を見てこっちも嬉しくなったような感覚になる。



「それにしても、ここマジに自然豊かだな。見ろ、鹿がいる」



「え、ほんとだ」



 「そうなると霊以外に、猪や熊にも注意しなきゃだな」



「あんまり離れないでよ夜風」



「なんで矢幡が母親ポジなんだよ」



 そのまま2人で1時間ほど探索し森の出口へと向かっていたその時。



「うわぁぁぁぁ!」



 男の叫び声が聞こえた。



「夜風、今のって」



「森から出てて。見てくる」



 矢幡と別れ、声のした方向に走る。ただ虫にビビっただけなら問題はない。面倒で野生動物、最悪でうわさのムカデってところか。



 「どれにせよ、ここの森学校で立ち入り禁止されてんだろ。まったく」



 2,3分ほど走ったところで足を止める。さっきまで異常なしだと思っていたが、そこには負のオーラが広がっていた。



「『全体オール!」



 戦闘態勢に入る。五感を研ぎ澄ませ、あたりを警戒しつつゆっくり進む。



 すぐに人の足跡と何かを引きずった跡のようなものを見つけた。



「最悪引いたな」



 足跡をたどりさらに奥へ行く。



 この跡はどこまで続いているのやら……あ。



 今まで続いていた跡がぱたりと無くなった。


 

 空中に飛んだ?それとも人間もろとも消えた?いや、どれも違う!



「これは、!?」

 (動物が敵の追跡から逃れるために自らの足跡を踏みながら後退し、その途中で別方向へ跳ぶなどの行為)



 考えるよりも先に体が動き回避をした。背中を何かが高速で通り過ぎるのを感じ上を見る。



「っぶね」



 そこには10メートルを優に超えているであろうムカデが男子生徒をくわえてこちらをじっと観察していた。



 口には牙のようなものが2本生えていて、鎌のようになっている。最優先はくわえられている人を助けることだ。



 そして再度男子生徒に目をやると、頭を大きく振り空中に放り投げた。



「え」



 そっちに意識が割かれていると体をくねらせながら大きな鎌のような牙が生えてる口を開け向かってきた。



 反応が遅れた分、この鎌避けきれない。手で受け止めるか?いや、まずい!!



 力一杯体を使い服一枚分ギリギリかわせた。意識を切り替え、空中に放り投げられた男子生徒をキャッチし、その場を離れる。



「ごぼ、ごぼ」



 男子生徒の呼吸が荒い。聞いたことのない咳もしてる。顔色も悪い。これは、毒か。



 感染経路は多分腕の切り付けられたような傷口だな。やっぱりあの鎌、触らないで正解だった。



 それよりも人ひとり抱えたまま戦えるほど器用じゃないし、守りながら戦うもの厳しい。なら……。



 離れたところに生徒を運び、すぐさまムカデの方へ戻る。追いかけてきていたのですぐに会えた。



「ほら、これで公平フェアだ」



 わざとらしく両手を見せ挑発する。奴のような小細工バックトラックなどは何もできなかったがこれでいい。



 男子生徒をややムカデ側に近くなるように置いてきた。最速で向こうに行っても俺の反応速度でカバーできる。



 ムカデはあたりを見回すと猛スピードで男子中学生のところに向かおうとした。



 こっちへの意識がそれた瞬間、安全な側面から打撃を打ち込んでやった。



 進路を少し変え木に巻き付いて上に登る。今の一連の行動でいくつか分かったことがある。



 奴は完全に悪意をもってこっちに攻撃を仕掛けている。だが思考能力自体は高くない。あくまで人質をとって事を有利に進めることしか考えていない。



 申し訳ないが、俺はさっき助けた男子生徒をおとりに使って調べた。もし思考能力を持っているのなら、俺を気にかけずに男子生徒のほうに行くわけがない。



 あんな見え見えの囮に引っかかるようじゃ思考の幅はたかが知れてる。



「お前が人質に使うんなら俺は囮に使う。俺がいなきゃ終わってた命だ、倫理を説くなよ」



 カカカカと音を立て明らかに怒っている。すかさず煽る。



「ほら、もう1回行ってみろよ。今度はたどり着けるかも知れないぜ?」



 ゆっくりと口を開け鎌を広げる。いつ飛び掛かってきてもおかしくない。



 殴ってみて分かったが、一発じゃダメージにならないくらい硬い。そして奴も俺の攻撃を何とも思っていない。



 俺は力のないただ逃げ足の速い奴としか映らないだろう、お前の頭じゃ。だからこそ、これが刺さる!



 奴は俺を囲い込むように木から木へ移りながら地面付近まで来て噛みついて来る。



 するりとかわし次の攻撃に備えたが突然、視界がふさがれたと同時に目に痛みが走った。



 すぐに顔を拭き確認すると地面の土がついている。



「こいつ!」



 悪意だけは一丁前だ。攻撃をかわされたら通過していく足で地面の土や落ち葉を蹴り上げている。



 そのせいでどこに顔があるのか見失ってしまった。急いで胴体を遡り確認するが、一向に見つからない。



 どこから始まってどこで終わってるのか分からない。まずいな。そう思ったのもつかの間、地面が小さく揺れていることに気づいた。



 「まさか……」



 その瞬間、足元からムカデが生えてきた。



 何とかかわしたが、間髪入れずに四方の木に巻き付いていた体に霊力を込め、木もろとも紐を結ぶように体を絞めてきた。

 


 それもギリギリでかわせた。しかし、無理な体勢でかわしてしまったため、噛みつき攻撃をどう足掻いても避けきることができなくなってしまった。



 大きく縦に開いた口、逃すまいと横に広がった鎌が容赦なく迫ってくる。次の瞬間バキッという鈍い音と共に何かが飛んで行った。



 ムカデはバランスを崩し顔面から地面をえぐるように転んだ。そう、飛んで行ったのは奴の鎌だ。



 攻撃される直前に両手を組み、霊力を集中させた。手の中に霊力で外殻を覆った小さな玉を作り、手を放す。



 それと同時に玉をソフトボールサイズに大きくし、中の空気を抜きつつ真空に霊力を込める。



 その玉の破壊力は身体強化したパンチとは比にならないほど強い。



 それに加え完全に油断しているところに入った。このダメージは大きい。



「これで終わりだ!」



 人質を取り戻そうとしたときに攻撃した部分。ダメージが全く入って無いわけじゃない。少しだけだが蓄積されている。そこを一気に攻める!



 後ろを振り返り、走って距離を詰め奴が起き上がる前にもう一度攻撃を叩き込んだ。



「くっそ」



 が、しかし。寸前のところで玉が壊れてしまい、素手での追撃となった。



 それでもダウン中の一撃としては申し分ない。奴はその場に叩きつけられるとのたうち回って、あたりをめちゃくちゃにした。



 その混乱に乗じ逃げて行く。追いかける気はない。今は人質にされていた子を助けなくては。



 男子生徒を背中におぶり森を抜ける。



 俺は成長している。あんなに硬い奴にもパワーで引けを取らなかった。これは大きな進歩だ。と、心の中で嬉しく思った。






 矢幡に話をし、家に帰した後で救急車を呼んだ。



 それから妙な胸騒ぎがした。あの毒は医者に治せるのか……と。



 もし既存の毒だった場合何も心配はいらないが、現代医学で解明できない毒だったらどうする?



 所詮自分に関係のない人がどこで不幸になってようが関係ない。全部が全部助けることが正しい事だとは思っていない。この考えは変えない。だが、一度見てしまった以上、目を逸らす訳にはいかない。



 それは矢幡との約束を破ることになる。



 気が付いたら病院に向かっていた。



 病院のロビーに入ると救急車に乗っていた人に声をかけられた。



「君、通報してくれた子だね」



「はい」



「ちょうどよかった。君も検査を受けてくれないかい?」



「え?」



「いや、深い意味はないんだけど少し珍しい症状でね。感染経路は傷口だったから人伝えには感染しないんだけど、一応ね」



「あぁそういうことでしたら」



 俺としても気になっていたところだ。しかし、珍しいってことはかなりまずい状況なんじゃないか?



 疑問を胸に診察室に入った。検査は案外早く終わり話を聞くことができた。



「ちなみに、あの男の子の体に入った毒って治せるんですか?」



「……こちらも手を尽くしているがなんとも」



「そうですか」



「それより君、なにか見てない?熊とか猪とか。それくらい大きな動物」



「動物ですか」



「腕の切り傷以以外に、お腹と背中に噛まれたような跡があったんだ。それが何の跡か分かればもしかしたら……」



「すみません。俺が見つけた時には男の子だけでした」



「そうか。話に付き合ってくれてありがとう。帰り道、気を付けて帰るんだよ」



「はい。ありがとうございました」



 診察室を後にし色々考える。今回の件、腑に落ちないことが多すぎる。



 俺と矢幡で森に入った時はムカデに会った時ほどの負のオーラは感じなかった。本来あれほど大きな霊が出現するなら、森全体が負のオーラで満ちていてもおかしくはない。



 すくなくとも学校で感じる以上の負のオーラがあるべきだ。



 それに加え、うわさのムカデ。あの掲示板虎ネットでムカデの話を見たのはほんの数人だったはず。そんな小さな認識で顕現出来る力は優に超えている。



 最後に戦い方。頭自体はそんなに賢い方じゃない。なのに人質をとることを第一に考え行動していた。人を殺すだけならそんなことはしなくていい。じゃあなぜ?



 そうしないと勝てない相手があの森にいる?いや、奴はそんなことをしなくてもあの森に入ってくる、または元々いる生物に負けるわけがない。



 だが実際そういう戦い方をしていた。可能性としては、裏で何者かが糸を引いている。多分『あのお方』と言われている者だ。



 「ごぼ、ごぼ、ごぼ」



 この咳の仕方は、さっきの。



 そこの病室で見たのは苦しみに悶え、苦しんでいる男子生徒だった。



 医者じゃなくても見ればわかる。この命は一週間も持たないと。呼吸が思うように出来ていない。体は小さく痙攣していて、口がガクガク動いている。目は大きく開いていて頭をぶるぶると震わせている。



 言葉で表すなら『異常』と表せるだろう。



 男子生徒の体からムカデの霊力を感じる。一刻も早く奴を倒さなくては。



「絶対に突き止めてやる」



 まずは調査から始めよう。






 病院から帰った次の日すぐに夜風は矢幡と駅近くのファミレスで合流し、起きたことの確認と対策を考える。夏休みの昼時というのもあってそれなりに込んでいる。



「なるほど。じゃあ一刻も早くあの巨大ムカデを倒さなくちゃいけないわけか」



「そういうことだな。んで、あのムカデのことで何か知らないか?」



 「夜風の話だとムカデのうわさの規模と、ムカデ自身の力が比例してないってことだよね。てことはおつゆさんの時みたいな伝承とかのパターンが有力かな?」



「この際だから話すけど俺、親いないんだ。俺が小さい頃に事故で死んじゃったらしい。そういう事が相まってこの地域の事とか全然知らないんだ。だからどんな話でもいい、今は少しでも情報が欲しい」



「うん……え?」



「いやまぁいつか話そうと思てたし、ちょうどいいかなって」



 少し遅れて困惑する矢幡をよそに夜風はケロッと話す。そのあと肩の力を抜いて矢幡が仕切り治す。



「よ、夜風がいいならいいけど。うーんムカデの話か……聞いたことないな」



「そっか」



 情報無しとなると、また訳の分からない勝負からスタートか。気が引けるな。そう思いながら夜風と矢幡は悩む。



 その時、ピコンと矢幡のスマホが鳴った。



「だいぶ話変わるけど、昔あった流行りとかって何か覚えてる?」



 夜風は困惑したが昔を思い出し話す。



「消しカスを集めてもう一個の消しゴムを作るみたいなやつとかか?」



「あったねそんなの。あれってここら辺の地域全体でやってたのかな?」



 笑いながら話す矢幡に夜風が切り込む。



「急になんなんだ」



「今、虎ネットで1位の話題が変わって、『昔あった懐かしいことを話してー』になっててさ。空気が重たかったから雰囲気変えようと思って」



 そんなことか、と夜風は笑う。心なしか肩の荷が下りたようだ。



 夜風も気になり虎ネットを開いて話題を見る。



『消しカスを集めて消しゴムにするとかあったなぁ』

『定規をはじいて相手の定規を落とすの懐かしい。もう一回中学校でやろうかな?』

『それ消しゴムバージョンもあったよね』

『階段の手すりで滑ってた』



 昔見たことのあるものが多く語られている。そこで夜風の目に留まったのはヒーロー戦隊の話だった。



「矢幡これ!」



「昆虫戦隊、ムシレンジャー?夜風ってこういうの興味あったんだね。意外」



「次ボケたら顎ガーンてするからな」



「ごめんごめん。えーっと。『ムシレンジャーの巨大ムカデムカデの話怖かった』!?」



 そこに書かれていたのは戦隊モノの敵である巨大ムカデの話だった。その話によると歴代でも屈指のトラウマ回な様で、親からのクレームが絶えなかったそうだ。



 この話は多くの人に触れられている。



『あの森で戦うやつでしょ!』

『あれ見てから虫全般無理になったわ』

『妙にリアルで獲物の殺し方が毒で弱らせてからってのが嫌だったなー』



 など反応は様々だ。



「なるほど、これだけ多くの人に知られている回だから作中での森の戦いと学校の裏の森で連想して今に至ったってわけか」



「しかも毒で弱らせてからっていうのも同じだ。」



「夜風、ここみて。『ムカデの倒し方も頭を完全に爆破して体だけ残ってたの泣いた』。っていうのなんか使えないかな?」



 みんなの思いが形を成したものが霊になる。想像上の生き物の弱点は想像通りの弱点になる。



 この話に出て来るムカデの倒され方は頭の完全破壊。ってことは頭が弱点として共通で認識されている。つまり、ムカデの頭をつぶすことが正しい祓い方ということになる。



「突破口は頭への集中攻撃だな」



 思いもよらない収穫で一歩前進することができた。






 とりあえずその回だけ見てみようということになり、DVDを借りて比較的ここの商店街から近い俺の家に行くことになった。



 なったのはいいのだが……。



「そのお菓子とジュースはなんだ」



「友達の家でビデオみるならポテチと炭酸は必須でしょ!」



「目的忘れてないよな」



「もちろん!さらなる手がかりを探しすために夜風の家で戦隊モノの観賞」



 ならいいけど、と言ったはいいものの明らかにテンションが高い。本当に大丈夫だろうか。



 そんなこんなで家に着いた。



 「おじゃまします」



 矢幡は俺以外だれも住んでいない家に挨拶し、靴をそろえて上がる。



「別にそんなことしなくてもいいよ」



「ううん。礼儀は大事なことだよ」



 育ちが良いなと思いながらリビングに案内しデッキにDVDを差し込む。



 コップと大きめの皿をもってきてテーブルに置いた後で再生した。



 



 内容はムシレンジャーがある少年と出会うところから始まった。



 話を聞くと、その少年は森で大きいムカデを見たらしい。そしてそれをクラスのみんなに話すとそんなわけがないと馬鹿にする一方、ヤンチャそうな子が面白半分で見に行こうとした。



 そこまで案内しろと言われ、恐る恐る連れて行くと道中でムカデが現れ2人は一目散に逃げた。



 少年は何とか森を抜けることができたがヤンチャそうな子がいつになっても出てこない。



 そこで取り返しのつかないことをしてしまったと思った少年はムシレンジャーに相談に来たという。



 ムシレンジャーの4人がその森に入ると、『ごぼ、ごぼ』と咳をしている人たちが一ヶ所に集められているのを発見する。



 その奥で大きなムカデが毒で動けなくなった人を食べていた。ムシレンジャーはムシたちと会話することのできる力を持っているため会話を試みた。



 しかし、食事を邪魔されたと思ったムカデは怒り襲い掛かってきた。そこから戦うシーンに移り、あと一歩のところまで追いつめたが口から毒を吐き、4人が怯んだ隙に体を大きくうねらせながら逃げた。



 だが、逃げた先には2人の男が立っていた。軽快な音楽がかかり、必殺技を叫びながら迫力のある一撃で頭を攻撃すると、なぜか爆発して頭のないムカデの足だけがビクビクとしながらその場に倒れ込んだ。



「わり、おくれた」



「おまえらはいつもいつもおそいんだよ!」



 といったやり取りを終えると毒で苦しんでいた人たちがみるみるよくなり物語は終わった。



 



 確かにムカデの食事シーンはなんで入れたのか分からないくらいに生々しい。これはクレーム殺到するわ、とポテチをつまみながら思う。それよりも……。



 「なんで頭爆発したんだ?」



「爆発系の力を持ったムシレンジャーだったんだよきっと」



「物騒な能力。てか矢幡はこういうのよく見る方か?」



「いや全く見ないかな」



「なんか意外って言ったら意外だけど、そうじゃないと言ったらそうじゃないな」



「どっちなんだい?それより今の映像を見て何かわかった?」



「大きなことは特に、でもムカデを倒せば毒が消えるってことは確信に変わったからそれは収穫だな」



 だが気になることもある。作中に出てきたムカデには鎌がなかったし、人質をとるような戦い方もしていない。誰かしらの悪意が絡んでいるとみて間違いないだろう。



「そういえば、ムカデの鎌をへし折るほどの威力を持った技を編み出したんだよね?」



「そこからいい話になる未来が見えないんだが」



「その技さ、名前つけない?あったほうがかっこいいと思うんだよね!」



「絶対にヤダ」



「うーんとね。空気を抜いて真空の中に……」



「矢幡?おーい。矢幡くーん」



「真空、何もない。虚無……あ!虚無の空気の拳で『虚空拳』なんてどう!?」



「…………いやだ」



「今ちょっといいかもって思ったでしょ?」



「なんでわかるんだよ」


 

 矢幡が笑う。少しでもいいと思った自分が恥ずかしい。



 それはそれとして明日にでも森に入ってムカデを祓わなくては。






 風が吹き、周りの木が揺れている。学校から入るなと言われているが、ダメと言われたことほどやりたくなるのが子供というのもだ。



 その証拠に人が歩いた形跡がいくつもある。耳をすませば子供たちが楽しそうにしている声が聞こえてきそうなほどに。



 しかし、ここには楽しそうに遊ぶ子供ではなく、人を喰らう巨大ムカデがいる。



 ……いるはずのなのだが。まったく気配がつかめない。



 まだムカデがどのように現れたのか分かっていない以上、足でこの広い森を探すしかない。



 見つける手がかりも無しに奥へ歩いていくと、足元から何かが急速に動いて奥へ入っていく。



「何かわからないけど、追うか」



 その何かは周りの草をほとんど動かすことなくするすると抜けていく。この森に生きている生物じゃなさそうだ。



 追っていたがあまりの素早さに見失ってしまった。と同時に奥で木が何本か揺れた。



 地震だとかの揺れじゃなく、そこだけが狙ったかのように揺れている。そんな事が出来るのはあの巨大ムカデしかいない。



「早めに見つかってよかった。『全体オール



 戦闘態勢に切り替え近づく。するとそこにはムカデに襲われかけている女の子がいた。



「逃げ……ぐっ」



 助けに入ろうとしたが首元に紐のような細長いものが絡まり、後ろの木に拘束されてしまった。



 まさか罠か!?どうやって俺の位置を掴んだんだ。それよりこの紐みたいなのはなんだ。



「動くと首、飛ぶよ」



「なに?」



 この女の子、どこかで。いやそれより、敵なのか。まさか地蔵の言ってた『あのお方』か?



 そんな考えを破壊するようにムカデは女の子に尻尾を叩きつけようとしている。



「(どうなってる。あいつらは互いに見方じゃないのか!?)前!危ない!」



 バキバキバキと鈍い音と共に落ちたのはムカデの頭部だった。



 「だから言ったのに」



 何が起こったのか分からない。ムカデが攻撃したと思ったら逆にムカデの首が飛んでいった。



 ……いや、今はそんなことどうでもいい。次に考えなきゃいけないのは俺の生死だ。



 この首元に絡まっている紐から霊力を感じる。切れるとは考えない方がいいか。



 なら指に霊力を集中させて、少しでもいいから輪っかを広げる。



 広げられた瞬間に服を脱ぐようにしてやっと紐から抜け出す事が出来た。



 「よく抜け出せたわね」



「その言い方だとこの紐お前ので確定だな」



「紐じゃなくて『糸』ね」



「……お前、さっきのムカデと何か関係があるか?」



「ある方かな」



「話を聞かせてくれるか」



「どうしよう、言葉遣い荒い人とは話したくないわ」



 女の子はポケットから護符を取り出し構え、霊力を流す。


 

「『』」



 身体強化ってことは霊能力者だな。あの護符も気になる。聞きたいことだらけだ。



 息を吐き、冷静になる。相変わらずセミはないている。緊張からか前来た時よりも暑い。



「無理にでも聞かせてもらう。お前の事を」



「そう。出来るといいわね」



 全速力で木から木へ、ジグザグに近づく。



 最初は小手調べとして反撃に警戒しながらジャブを放ったが避けられる。



 すぐに距離をとったが、女の子が手を引くと後ろから石が飛んできて直撃した。



 何が起こった!



 その答えは糸だとすぐに分かった。と同時にヒットアンドアウェイは失敗だと気が付く。



 だが時すでに遅し。石の直撃を喰らって怯んでいる間に腕に糸が巻き付いていた。



「私も君に聞きたいことがあるんだ。生きてたら教えてよ」



 腕にかかった糸が食い込む。



「力勝負で勝てると思ってんのかよ!」



 俺の腕に絡んでる糸は奴が握っている。なら綱引きのようにして糸を取り上げてやる。



 渾身の力を込め引っ張ったがビクともしない。それどころか逆に引っ張られる。



 その勢いはとどまる所を知らず、俺の体はとうとう宙に浮いた。



「嘘だろ」



 カウボーイが投げ縄をするように振り回し、勢いがついては木や地面にぶつけダメージを負わせてくる。



 ぶつかってバウンドするたびに、逆方向に糸を引き勢いを殺さず淡々と攻撃を繰り返す。



 早くこの腕に絡まった糸をとらなくちゃいけないのに、体勢が整う前に体を叩きつけられる。もはや地面にぶつけられてるのか木にぶつけられているのかすら分からない。



 強烈に叩きつけられた後目を開けると森を抜けていた。



 ただ、



 まずい!と思ったが何も出来ず、今までの攻撃で一番勢いのついた叩きつけを全身に喰らった。体が跳ねてバウンドし、うつ伏せでその場に倒れた。



「どう?生きてる?」



 余裕たっぷりに近づいて来る。死んではいないが思うように体に力が入らない。



 むかつくが今は死んだふりが一番いい。



 今の攻撃で俺が動けないと思って近づいてきたところに一撃ぶち込んでやる。



「あら、本当に死んじゃったの?」



 あと5メートル。3メートル。1メートル……ここだ!



 立ち上がり油断しきってる奴に完璧な不意打ちをした。しかし、手にある感触は空気のみ。



「くっそ」



「私がその程度で油断すると思った?」



 ご丁寧に、『お前の攻撃を分かっていた』とでも言うように後ろに回り込んでいた。



「思ったより元気があるのね。ならもう1回逝ってきなさい」



 今度は首に糸を絡め引っ張る。



 だが今回ばかりは状況が違う。奴は俺の後ろにいる。その状況でさっきみたいに引っ張る助走はない。



 ならどこかの木を支えに引っ張って助走をつけるしかない。そこに俺の勝機がある!



 一切抵抗せず逆に引っ張られる方向へ走った。



「そんなことしても無駄よ」



 木をターンした瞬間、今まで以上の力で引っ張られるがそれより早く木を蹴り勢いをつけた。



 だが、そこまで勢いがついたのなら、体を宙に浮かせるだけの力もついたという事。



「バカね。さっきと何も変わらないわ!」



 奴の言葉を気にせず次に叩きつけられる場所を見極める。木か、地面か。



 この角度、勢いからして木だ!



 空中で身動きは自由に取れない。だが少しだけなら位置をずらす事は出来る。



 木に当たる直前に体をひねり直撃を避けると同時に木を蹴ってさらに加速する。



 この攻撃は見た目以上に繊細な技だ。1回でも思った所と違う場所に当たれば勢いがつかず失速するはず。



 「その程度で破れるほどやわな攻撃じゃないわよ」



 奴はすぐさま地面に打ち付ける構えをとった。



 だがこの木の数だ。さっきまでみたいにやすやすと喰らう訳にはいかない。



 叩きつけられる前にわざと木にぶつかりながら減速する。さっきまではこうならないように、木が近い地面には打ち付けなかった。



 これならいける!



 十分に減速した後、前回り受け身をとり両手を組みながら奴のほうへ向かう。



「うそ!」



 今この糸は俺と奴を真っ直ぐ繋げている。つまり、何も小細工していないといってるようなもの。



 途端に首の糸がきつく締まる。ただ、そんなことは想定内だ。この糸は霊力によって伸縮自在に操れるのだろう。



 現にさっきの攻撃の中で微妙に長さが変わっていた。



 勝負は一瞬。奴は俺の攻撃くらい難なくかわせると思っている。



 最初のジャブはあくまで様子見。本気で踏み込めばもっと鋭く、もっと強力に打ち込める!


 

 仮に喰らったとしてもすぐに離れて距離をとればいいと考えているだろう。その油断を刺す。



 間合いに入りさらに加速。手を放しながら霊力を込める。



「喰らえ!!」



 相手は反応出来ていない。入った!



 そう思ったが、奴はワイヤーアクションのように不自然な挙動で後ろに回避した。



「まじ……かよ」



 違和感を覚え腕を見ると糸が巻き付いていた。



 奴は攻撃を受ける直前1を、俺が地面に到達する前に木を回らせて自分の前に出していた。



 俺が腕を振り抜けば、自動で腕に巻き付き自分が後ろに下がれるように。



 どんな状況でも油断せずに防御手段を怠らなかった奴の勝ちだ。最後に残していた霊力も今ので使い切った。勝ち目はない。



「ごめ……やは」



 俺は膝から崩れ落ちた。



 奴は草を踏みしめながら歩いて近づいて来る。



 何も出来ず、ただゆっくり目を閉じた。 

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