名探偵蘭ちゃん

惣山沙樹

名探偵蘭ちゃん

 そのゲストハウスに到着したのは、あたしが最初だった。

 広いリビングスペースとキッチンの他に、四つの寝室があり、きちんとしたお風呂場もついていた。テラスがあり、そこでバーベキューができるようになっていた。

 寝室は来た者順に決めることにしていた。あたしはトイレに一番近いところを選んだ。折角の惣山会だが、生理だったのだ。しかも二日目。鎮痛剤は飲んでいて、それが効いていたのか気分は悪くなかった。

 あたしはリビングのソファに座り、スマホとタバコを手に他のメンバーが揃うのを待つことにした。


「蘭さん! 来たよ!」


 まずは瞬くんが顔を見せた。続いて伊織くんも。肉と野菜の買い出しを任せていたので、二人とも大荷物だ。彼らはもはや惣山作品の看板キャラと化している兄弟なので、それくらいの役目を負わせてもいいだろう。


「蘭ちゃん、とりあえず冷蔵庫に放り込んだ方がいいよな?」


 伊織くんが聞いてきた。


「せやね。あたしも手伝うわ」


 ここの冷蔵庫はとても大きい。七人分の食材を詰め込んでも余裕があった。そうしていると、次は奏人くんと慧人くんがやってきた。


「蘭さん、企画に呼んでもらってありがとうございます」


 奏人くんが礼儀正しく挨拶をしてくれた。慧人くんもにこやかに微笑んだ。人数としては一人と少ないかもしれないが、開幕身内殺しをしているとんでもない兄弟である。とはいえ、先輩のあたしに歯向かってくることはないだろう。あたしも笑顔で返した。

 来た四人に寝室を選ばせ、しばらくすると、最後の組がきた。


「蘭さーん! 会いたかったぁ!」


 美月くんである。瞬くんにいじめられているのを助けている内に、すっかり懐かれてしまった。蒼士くんも相変わらず変な柄のシャツを着て現れた。彼らには残った寝室に入ってもらった。

 バーベキューの下ごしらえは、料理上手な慧人くんと蒼士くんにやってもらった。その間、残ったメンバーで大富豪だ。それぞれが違うローカルルールを持っていたためけっこう揉めた。

 そうこうしていると、宅配業者が来た。とても手では運べない大量の酒と、それと、とっておきのものを注文しておいたのである。男共に酒を冷蔵庫に入れさせ、あたしは真っ白くて大きな箱を手にして思わず笑みがこぼれてしまった。


「蘭さん、それ何?」


 瞬くんが聞いてきた。


「せやなぁ、ちょっとだけ見せたろ!」


 あたしはダイニングテーブルに箱を置き、中身を取り出した。他のメンバーもわらわらとやってきた。


「わぁっ……」


 それは、フルーツがふんだんにトッピングされた、生クリームたっぷりのロールケーキだった。七人で分けるから、丸い形だとやりにくいと思って、この形を選んだのである。美月くんが叫んだ。


「蘭さん早く食べたい!」

「ちょい待ち。これ、冷凍やねん。冷蔵庫で十時間くらい置いとかなあかんのよ。やから、明日のおやつの時にしよな」


 あたしはケーキを箱に入れ、冷蔵庫のよく見える位置にしまった。

 そこからは、飲んで食べての大騒ぎである。伊織くんと慧人くんが、自分の弟が一番可愛いと譲らず口論を始め、美月くんは蒼士くんにデロデロに甘えまくっていた。最も酒に強い瞬くんがピンピンしていて、醜態を晒しまくる酔っ払いたちを見て笑っており、奏人くんはというとすっかり怯えていた。

 このままだと、どこかの組が一発やらかしかねないので、あたしは手を叩いて声を張り上げた。


「はぁい! 今夜はお開きな! 順番にシャワー浴びてきぃ! あたしは最後でええから!」


 奏人くんが言った。


「じゃ、じゃあ、俺たち先に浴びます!」


 そして、奏人くんはまだ興奮していた慧人くんをぶん殴って黙らせた後、風呂場へ引きずっていった。床に倒れていた蒼士くんがあたしの足を掴んだ。


「蘭さん……美月引きはがして……」

「しゃあないなぁ」


 美月くんの顔を平手で叩いたら泣き出したのだが、いつものことなので放っておいて、あたしは蒼士くんと片付けを始めた。瞬くんはソファに突っ伏していた伊織くんを揺り動かしていた。


「兄さん、ここで寝ちゃダメだよ兄さん!」


 蒼士くんが言った。


「あの分やと時間かかりそうやね。俺と美月次に入るわ」

「うん、そうして」


 七人で飲んだのだ、空き缶は物凄い量だった。あたしはそれをきちんと水ですすいで、蒼士くんに皿洗いを任せて。すると、奏人くんと慧人くんがお風呂から出てきたので、蒼士くんが美月くんをなだめながら入り。あたしも瞬くんと一緒に伊織くんをぺしぺし殴って起こし、彼らも何とか入らせた。


「はぁ……やっと入れたわぁ……」


 あたしはゆっくりとシャワーを浴びた。お酒はほどほどにしておいたので、丁度いい酔い加減だ。お気に入りのパステルピンクのパジャマを着て、鼻歌を歌いながら、洗面所でドライヤーをかけていると、日付が変わってしまっていた。喉が渇いたあたしは、お茶を飲もうと冷蔵庫を開けた。


「……ふふっ」


 ケーキが気になってしまい、そっと箱を開けた。イチゴ、キウイ、ミカン。きっと瑞々しくて甘くて美味しいんだろうなぁ。本当に食べるのが楽しみだ。

 さて、あいつらはどうせろくなことをしていないんだろうな、とはわかりつつも、それぞれの寝室に聞き耳を立てに行ったら……予想通りの結果だった。やっている内容までなんとなくわかるような声まで聞こえてきて、一気に酔いが覚めた。あたしが言えたことではないが、どうして惣山キャラは性欲ばっかり強いのか。

 あたしは自分の寝室に行ってベッドに飛び込んだ。明日は全員昼まで起きてこないだろう。別に予定があるわけでもないし、とアラームはかけずに眠った。




 目が覚めると、まだ朝の六時だった。あまり眠れなかったらしい。とりあえずタバコが吸いたい。あたしはリビングに行って一服した。そういえば、ケーキはきちんと解凍できているだろうか。気になったあたしは、冷蔵庫を開け、箱を開けた……のだが。


「ええー!」


 箱の中にあったのは、ベチャベチャにこびりついた生クリームと、いくつかのスポンジのカスだけ。あの美しいフルーツは一つ残らずなくなっていた。


「だ、だ、誰や! 勝手に食べ散らかしたんは!」


 真っ先に疑った人物の寝室へ行った。


「瞬くん! あんたか!」


 瞬くんと伊織くんは全裸でイビキをかいていた。あたしははいていたスリッパを脱いで瞬くんの頭に振り下ろした。


「痛ぁ!」

「ケーキ食べたやろ!」

「……えっ? 何のこと?」


 むにゃむにゃと伊織くんも起きてきた。


「えっ……蘭ちゃんどうしたの……」

「ケーキやケーキ! あらへんねん!」


 あたしは二人をそのまま冷蔵庫まで連れて行った。瞬くんは首を傾げた。


「ほんとだ。なくなっちゃってる」

「瞬くんやないん?」

「違うよ。食い意地張ってるのは……美月くんじゃないの?」


 ならば、と美月くんを起こしに行った。こっちの二人も全裸だった。


「こらぁ! ケーキ食べたやろ!」

「ぼ、僕じゃない!」


 蒼士くんが言った。


「奏人くん怪しいんちゃう? 昨日あまり肉食べてなかったし」


 奏人くんは……腕にロープを巻かれていた。もちろんこいつらも全裸だった。


「奏人くんやな!」

「何? 何のこと?」


 あたしはとにかく男共をリビングに集めた。事は重大だ。服を着せるのは後回しである。


「ええか! 今正直に言うたら許したる! 食べたん誰や!」


 誰も喋らないし動かない。あたしはタバコに火をつけた。


「あのなぁ……あのケーキはなぁ……今回の企画立ち上げてから、めっちゃ悩んで選んだケーキやってんで? あたしがどれだけ楽しみにしとったんかわかっとんか……?」


 おずおずと伊織くんが手を上げた。


「俺と瞬はずっと寝室にいたぞ。絶対にやってない」

「証拠あるんか? んっ?」

「使用済みのコンドームくらいしかないけど持ってこようか?」

「要らん! そもそも証拠にならへん!」


 蒼士くんが口を開いた。


「俺らも出てへんでぇ。なぁ、美月」

「うん」

「あのケーキは一人やと食べきれへんはずや。二人で共謀しとうに決まっとる。やからアリバイにはならへんで!」


 奏人くんが泣きそうな声で言った。


「……服着たいしロープも切って欲しいんですけど」

「っていうか何でロープ持ってきてんねん!」


 慧人くんが全く悪びれていない様子で言った。


「手錠よりは荷物にならなくていいかなぁって。まあ、ほどけなくなっちゃったんだけど」

「あーもう! 可哀相やけどケーキの犯人わかるまではそのままや!」

「そんなぁ!」


 あたしは改めて一人一人の顔を睨みつけた。全員にアリバイがない。全員に可能性がある。しかし、やった証拠もやっていない証拠もどうあげればいいというのか。ぐしぐしと吸い殻を灰皿に押し付けた。

 考えろ。あのケーキのことを。よく食べる男ばっかり集めるからと、必死に一番大きなサイズを探したのだ。前日にバーベキューもしたし、一人で食べきるのは絶対に無理。二人なら……いや……待てよ。


「全員やな?」


 そう言うと、奴らは互いの顔を見比べ始めた。


「二人でも無理なはずや。あんだけ大きいケーキやってんから。あたし以外の全員で食べたな……?」


 叫んだのは、奏人くんだった。


「ごめんなさい! 俺、ケイちゃんと一緒に食べちゃいました! でも、でも、食べたのはほんのちょっとで……俺とケイちゃんが見た時にはほとんど残ってなくて……」

「奏人くんおいで、ロープ切ったる」

「はい……」


 あたしはキッチン用のハサミでロープを切り離した。


「よう正直に言うてくれたな。で、最初に食べたわけやないってことやな?」

「そうなんです……」


 美月くんが寄ってきた。


「ごめん蘭さん! 僕と蒼士も食べてしもた! でも、誰かが半分食べた後やった!」

「……ってことは、瞬くんと伊織くんやな!」

「あー。バレたね兄さん」

「そうだな。ごめんな蘭ちゃん、瞬がちょっとだけならいいよねって言うからさぁ……」


 もう頭にきた。


「瞬くんケツ出せ!」

「えっ、まぁ、もう出てるけど……えっ」

「あんたが一番悪い!」

「ええー!」


 そして、スリッパでしこたま瞬くんの尻を叩いた。

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名探偵蘭ちゃん 惣山沙樹 @saki-souyama

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