第6.5話 素敵なお名前

 セスファリナに帰った後、二人は昨日と同じ宿を訪れた。予約はしていなかったが幸運にも一部屋空いており、モンスターを連れ込む事についても追加料金を払えば可能という事で特に問題無く宿にありつけた。


「……元気だなあ」


 風呂を終えて一息ついた内海はモススライムの様子を観察していた。

 出会った時とはまるで違う。快活とまではいかないが、こちらからの干渉に対して元気に反応を見せてくれる。その様が何とも可愛らしくて、最初は様態の確認のつもりだった内海は次第にただ可愛くて構っている状態になりつつあった。


「ふうう。上がりましたあ」


 ユーゴがタオルで頭をガシガシと擦りながら風呂から上がる。そしてモゾモゾと肌着を着始めた。

 今日は内海が先に風呂に入っていた。旅人達との揉め事でボロボロになっていた事もありユーゴが頑として先を譲っていたのだ。


「モススライムの状態はどうです?」


「みるみる元気になっていくよ。とりあえずこのバケツさえあればしばらくは大丈夫そうだ」


「……ふと思ったんですけど、いつまでも"モススライム"と呼び続けるのはちょっと可哀想ですね」


「確かに。連れて行くって決めたんだからちゃんとした呼び名を決めないとだな」


 ユーゴが内海の隣に屈み、髪の毛の水滴を拭きながらモススライムを覗き込む。


「どんな感じの名前にします?」


「どうしよう。確か高科さんが連れてたモンスターはクレスとノイスって名前だったよな」


「はい」


「で、チェルスさんが連れてたのはマーナ」


「皆ちゃんと名前っぽい名前ですよね」


「そうだな、人間でも違和感が無いというか……」


 改めてモススライムを見つめる。果たしてそのような系統の名前でこの子に似合う物があるのかどうか。

 生き物を飼った事が無く、そして創作の経験も無い内海にとって名付けは難しい物であった。


「この子は男の子? 女の子?」


「どちらでもありません」


「うーん…… やっぱりそうか」


 しばし考える。何か名前の由来となる物が欲しいと考えた内海はモススライムと出会ってからの事を順に思い浮かべた。

 体が砂っぽくなり、頭の苔に水分を奪われ、乾燥によって死に瀕していた。

 そこに水を与えて土を少量混ぜると元気になり人懐こい一面を見せてくれた。

 出会った場所はリエンシという名の村の川辺、時間帯は昼頃、天気は腫れ。

 由来になりそうな物を一通り思い浮かべても案が浮かばない。


「……」


「……」


 部屋が静寂に包まれる。

 何も思いつかないまま内海はブラシとドライヤーを手に取りユーゴに渡した。するとユーゴは面倒そうな表情を浮かべつつ渋々自身の頭髪の手入れを始めた。


「あの、人間らしい名前でなければならないという訳ではありませんからね。"その子らしい名前"を付けてあげて下さい」


「まあ、それはなんとなく分かるよ。ただなあ…… この子らしさか……」


「与えた土の名前から取るのはどうです? こちらの世界の言語では右から順にラパート、セルイオーセ、ワルクオーセって言うんですよ」


 部屋の隅に置いてある赤玉土、バーク堆肥、骨粉肥料を順に指さしながら名称を読み上げる。


「そんな名前なのか」


「ええ。生き物の名前に使うなら"ラパー"とか…… 内海様の世界の言語を使うなら"バーク"とかどうです?」


「名前としては悪くないけど、モススライムには合わないような気がするな…… もっとこう、例えばリッキーみたいな可愛らしいのが似合いそうな気がするんだ」


「ほう、リッキー」


 ガシガシと乱暴に髪の毛を乾かしながら目元に笑みを浮かべる。


「良いじゃないですか、親しみやすさを感じます」


「仮の話だからな? こういう系統が似合いそうっていう──」


「いや、良いと思いますけど。 ──リッキー!」


 ドライヤーを止めたユーゴが呼びかけるようにモススライムへ声をかける。

 リッキーと呼ばれたモススライムはブルブルと表面を揺らして反応した。


「ちょ待…… よく考えてくれ。例えに出されただけの名前で本当に良いのか?」


「リッキー、いいよねー。ほら反応してる」


 ユーゴの呼びかけに対して再びリッキーが揺れる。


「定着しちゃうから! 一旦やめよ!」


「でも他に良い名前思い浮かびます?」


「……」


「とまあ一通りからかった所で…… 実はこの名前が良いという明確な理由があるんです」


「え?」


 手櫛で髪の毛を整えたユーゴが背後のベッドに腰を掛ける。

 何が何だか分からなくなった内海がユーゴの方を振り向くと解説が始まった。


「モススライムの聴覚はかなり曖昧です。例えるならば全てが曇って聞こえているような状態だとよく言われます」


「そうなのか……」


「だから名付けの際には"促音があって波形にメリハリができる単語"や"破裂音があって響きやすい単語"を使う事が望ましいんです。その点"リッキー"は促音の次に破裂音があるのでまさに理想的な名前と言えます」


 試しにユーゴが『あーあー』と声を出す。それに対する反応は微妙だった。

 続いて手を叩いて音を出す。するとリッキーは呼ばれた時の様にブルブルと反応した。


「このように、この子はリッキーという名前が気に入って反応しているのではなく、より一層聞こえやすい音に興味を示しているという状態です」


「へえー」


「名前を定着させるには、まずその単語を聞き取らせて多少なりとも興味を持たせることが大事です。その単語を聞かせながらコミュニケーションを重ねる事で名前になるという事ですね。 ──リッキー」


 ユーゴが名前を呼びながら立ち上がり、リッキーに触れる。


「なるほどな。確かにこの子自身が聞き取りやすい名前にするってのも大事だよな。うん」


「そうなんです。で、どうします? 他の名前を考えてみますか?」


「うーん…… いや、そう聞くとリッキーが一番しっくりくるような気がしてきたな」


「じゃあ決まりですね、リッキー!」 


「リッキー。よろしくな」


 二人揃って笑顔でバケツを覗き込む。呼ばれている事はまだ理解していないだろうが、黒い二つの点はしっかりと内海とユーゴを見つめていた。

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異世界でも嫌われる俺は一流のモンスタートレーナーを目指す事にした タブ崎 @humming_march

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