ずっと恋人でしょう?

愛工田 伊名電

 


 私と京加の関係のきっかけは、小学3年生の時、所属していたバレーのクラブチームで近いポジションになった事だ。2人でいろいろ作戦について話していくうちに、どんどん仲良くなっていった。時々どちらかを家に招いて、アクアビーズや、スクイーズを作って遊んだり、京加のお兄ちゃんが持っていたカービィのゲームをやらせてもらったりした。家族ぐるみの付き合いにまで発展して、誕生日会に家族で呼ばれたりもした。


 中学生になっても、京加との仲が途切れることは無かった。途切れるどころか、もっと深くなっていった。定期テストの前日、私の家に泊まって徹夜する『お泊まり勉強会』は、3年間通しての私たちだけの恒例イベントになった。『お泊まり勉強会』の度に京加が買ってくるケーキが本当に楽しみだったので、普通は恐れるべきである定期テストでさえも好きになってしまっていた。


 中学3年生の、最後の期末テストの『お泊まり勉強会』の時だった。2人向かい合って筆を走らせつつ、ドラマの展開について喋っていると、ふと思い出した。その日の前日、ドラマに出ていた俳優と同じ苗字で、同級生の池松くんに告白されたことを思い出した。その事を京加に伝えた。


 「私ね、昨日、池松くんに好きって言われちゃった。」話のネタになると思った。悪意などどこにもなかった。その後の京加が口にした祝福の言葉には、普段の彼女の明るさは無かった。違和感は確かにあったが、黙っていた。


 五教科の勉強が終わり、ヘロヘロな私と京加は、並べられた2つの布団に寝転んだ。明日への不安と緊張で眠れずにいた。暗闇の中、部屋の隅をぼーっと見ていると、京加が「ねぇ」と私に話しかけた。目を細めてニコニコしていたから、いつにも増して、可愛く見えた。「ん?」「寝れない感じ?」「…うん」「こっちの布団来て」「なになに?」


 眠れない私を元気づけてくれる、と思った。枕元にスマホがあったから、何かしら勇気が湧くような音楽を教えてくれるんだ、と思った。

まさか、あんなことされるなんて。


 一旦、布団から這い出て、京加の布団に移動した。私の布団より中が暖かくて、すぐに心地良さを感じたのを覚えている。私が京加の枕に頭を置き、京加と目が合った瞬間、私の腰に手が添えられた感触があった。確かな温度さえもあった。

「んふふ」と、京加は目を細めて、幸せそうに笑っていた。私は今から何をされるんだろうか。初めて彼女への不安を抱いた。私の腰を幸せそうに撫でながら、京加は言った。「さっき、池松くんに告白されたって言ったじゃんか。」「うん、言ったけど」「それ聞いた時、あたしなんかムカついた…っていうか」え?京加、池松くんのこと好きだったの?もしそうなら、私はとんでもないことを口走ったぞ。この尊い関係は、ぶっ壊れてしまうぞ。「…ごめんなさい…」「い〜よ、謝んなくて。」「あ…」


 気まずい空気が布団の中に流れた後、京加が小声でいった。「…ちょっと変な事言うけど、多分あたし優のこと好きだと思う」「えっ!」この声は部屋の外まで聞こえていたと思う。それくらい驚いた。え!?私のことが!?は?「いや、そりゃ驚くよね!ごめんごめん…」「いや、いいけどっ」「優が告白されたって聞いて、ムカつくっていうことは、あたし多分優のこと好きだと思うの。」腰に添えられた手の力が少し強くなっていた。私の頭を困惑が占め始めていた。


 「だから、あたしと付き合ってほしい…池松くんなんかじゃなくて、あたしと。」京加の決意に満ちた顔は目の前まで近づいていた。「え〜っと」目を逸らして、なんとかこの場を丸く収める方法を考え続けていた私を、感じたことの無い感触が襲った。京加の唇が、薄くてキレイな唇が、私の唇に触れていた。腰に添えられていた手はいつの間にか肩にまで伸び、私をきつく抱いていた。長い、長いキスだった。唇が離れた直後、京加は目を細めて、ニコニコしながら吐息混じりにこう呟いた。「あたしと付き合ってくれる?」答えはキスの間に決めていた。「うん。」

 

 翌日の期末テストは上手く行き、高校受験にも合格した。嬉しすぎて、お互いの受験番号を見つけた瞬間、あの夜同様、抱き合ってキスしてしまった。その場はもちろん、家に帰る車の中も少しだけ気まずかった。私と京加は同じ高校に通っていた。お互いの家からちょっと遠い高校だったので、双方の親が話し合って、同じマンションの、同じ階の、隣の部屋に引っ越した。

 

 また、引っ越しとともに親の仕事もガラッと変わり、父は21時頃に、母は18時頃に帰ってくるのが普通になったので、私と京加が家に帰ってからの短い1時間を愛の営みに使った。たまに、両方ダウンしている時にお母さんが帰ってくることがあったので、どちらも薄々やめようと思っていたのかもしれないが、結局ズルズルと続けていた。


 そして、新学期の際、キャラ付けと私と京加の関係性を周りに分からせるため、わざと、私たちの深すぎる友情を同級生に見せつけたりもした。例えば、ランチの時間に仲良しグループで昼食を取っている時、天然なのかそうでないのかは分からないが、京加が口元にお弁当の米粒をつけているときがある。この時は、私が京加の口元にキスをして米粒をとってあげる。その後、イチャイチャしまくる。そうすることで、「あの2人は女の子同士で付き合っているんじゃないのか」と噂が流れ、私たちのキャラ付けが大勢の人にされる。こうすることで、ある程度の地位は絶対に保たれる、というわけである。そもそも、2人とも高校でもバレーボール部に所属していたので、「キャピキャピした背の高い女の子」のイメージは絶対にあるわけだけど。


 順調に大学受験も合格し、私たちは大学に4年間通った。大学近くの安めのアパートを借りて、居酒屋のバイトと、経済学の勉強と、就職活動を頑張っている。2人っきりの時間がかなり増えたので、愛の営みの為に課題やレポートを爆速で終わらせる能力が身についた。私は、本当に、本当に充実した毎日を送っていると思った。

 

 大学2年生になって、人生で初めて『ゼミ』に参加した。隣の席に、見覚えのある顔の男性が座った。私の身長は169cmだったが、彼の肩はそれ以上の位置にある、と予想できた。肌は焼けていて、彼の屈強な腕を、シンプルな白い半袖Tシャツが引き立てていた。ゼミでも、真面目な顔と紳士な態度で私たちを引っ張ってくれた。彼の苗字は『池松』だった。

 

 正直、私は彼に惚れていた。京加の隣で寝る時も、ついつい池松くんの顔が浮かぶ。京加に申し訳ない、池松くんのことは考えないようにしよう、と思いつつ、ついつい池松くんを思ってしまう。京加が他のメンバーと話している時に、池松くんに好きな女性のタイプを聞いた時なんか、ゼミの後自分が恥ずかしくなって、自分の頬を引っぱたいた。

 

 そういう嫌な感情が、京加にも伝わっていたんだと思う。大学3年生の11月だった。私がバイトが終わって、ヘトヘトで帰路につき、借りている部屋のドアを開けると、玄関に京加が立っていた。悲しさと、憎みが混じったような目を向けた。「え、どうしたの…」「話があるんだけど、いい?」普段はゆったりと喋る京加に、食い気味に言われた。普段の彼女の明るさは無かった。「優、多分池松くんのこと好きでしょ?」言い逃れは出来ないんだ、と悟った。「うん、好き…」「じゃあ、あたしの事は?」多分、こう言ったら、丸く収まるのだろう。「大好き」「…池松くんより?」「京加の方がもっと好き」


 「ありがとう」目を細めて、ニコっと笑った。気まずい空気は明るくなり、まかないをアレンジした、京加が作ってくれる晩御飯も、なんだかいつもより美味しかった。それに、ベッドの上では、いつもよりグイグイ来られた感じがした。キスの回数も、互いの絶頂した回数も、普段より増えた気がした。


 その後、池松くんや、その他男の人に接触することをできる限り避けて、無事卒業した。私はすっかり反省して、京加との関係をぶっ壊すような行為はしない、と京加に誓ったからだ。


 人はこれを『束縛されている』と捉えるかもしれないが、私はどうだっていい。京加と一緒に生きていきたいし、京加だってそのハズだ。


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