真新しい靴がステップ

達見ゆう

春、それは新人の季節

 爽快な気分で目が覚めた。天気も良くて気持ちのいい朝だ。昨日は本社で入社式だったから、今日から会社へ初出勤となる。遅まきながら社会人となる。


 フラフラと世界中をバックパッカーしてて無職期間がある奴が就職できるのは公務員だ。例え旅してても、引きこもりであっても、シングルマザーであっても、試験さえ乗り越えれば受け入れてくれる民間には無い懐の深い職場。それが公務員だ。


 昨日の入社式で履いたパンプスは靴擦れが起きたから今日は別の靴を履こう。これも海外旅行中に気に入って買った真新しい靴だけど、ウォーキングシューズっぽい黒い靴だし、昨日のよりは足に馴染むはずだ。

 うん、ちょっと重いが足がとても楽だ。この靴も今日がデビューの日と思うとちょっとステップを踏みたくなる。


 いや、しかし、これでも社会人だ。そこはこらえて普通に歩こう。でも、ちょっとだけ、ちょっ〜とだけ、人気の無い路地裏でステップを踏んでみる、うんやはりタイル張りの道路はいい音がする。なんか人が集まってしまったから早めに退散して出勤しよう。


 そうして元の道に戻り、速歩きする。少し重い靴のためか、アスファルトでも足音が気になるが良しとする。また人々の注目を集めてしまうかな。


「おはようございます。本日から配属の竜野です」


 庁舎に入り、配属先にて元気よく挨拶をするが、なんだか部署内の人が妙な顔をする。変だな、確か総務課はここだったはず。間違えてはいないよね?


「あ、はい。私は穂積と言います。あの、もしかしたら先ほどからの足音は竜野さんのもの?」


「足音、そんなにうるさかったですか? 昨日のパンプスが靴擦れ起こして別のものにしたのですが」


 やはりうるさかったか、絨毯敷きのオフィスならば気にならないと思ったが、この庁舎はタイルとコンクリだった。そこは誤算だがもう遅い。


「え、えーと、なんというか独特の音というかタップダンスみたいな靴音だったのだけど」


「ああ、それですか。見た目はウォーキングシューズですが、中に鉄板を仕込んであるのです」


 途端に周りが「て、鉄板?!」ザワッとして見る視線が変わった。まあ、普通はそんなことしないよね。


「あ、あの誤解しないでください。海外旅行している時に防犯用とこれを買ったのですが、使う機会がなくて。

 怪しい人が来たらキックで威力増すし、足腰鍛えられるし、あ、鉄板の下に非常時の一ドル札も仕込めるスグレモノです。日本は平和だから今日おろしたてなんです」


「それ、どうやって税関を通過したのか気になる、ではなくて簡単にオリエンテーションするから座って待っててください」


 説明はしたが、先ほどの穂積さん始め、なんだが奇異な視線は収まらない。まあ、猫を被るつもりはなかったが、初日からバレてしまったか。


 こうして「今年の新人はやべぇ奴」という私の評判が立ってしまったのだった。ま、いっか。事実だし。


 〜〜〜


「だからね、悪口というわけではないけど先輩の竜野さんには気をつけた方がいいわよ」


 県庁に転職して同じ総務課に配属された僕は穂積先輩にそう注意された。


「竜野さんのことなら、ちょっとした知り合いなので存じてます。強い方ですよね」


 ひょうひょうと答える僕に穂積さんはまた微妙な顔をした。


「え? 知り合い? 昔からあんな人だったの?」


「武闘派なら自衛隊でも良かったような気もするのですけど、県庁は様々な仕事できると言ってました。初出勤に鉄板入り靴とは彼女らしいですね」


 気の所為か穂積先輩も「こいつ……! 動じてない!」と顔に書いてある。


「あ、竜野さん。お久しぶりです。たまたま同じ課になりましたがよろしくお願いいたします」


「おう、森山君か。久しぶりだな。ビシビシしごくからな」


「竜野さん、それは今はパワハ……」


「よろしくお願いします。僕も見習って靴には強化プラスチックを仕込みました。便利ですね。通勤ラッシュでヒールに踏まれても痛くないし。今日、早速役に立って嬉しくてステップ踏んじゃいました」


「な、便利だろ?」


 課内の空気が「二年連続でやべえ奴が配属された」という空気になっている。公務員はどんな人でも試験をクリアすれば受け入れる。とても良い職場だと思うのだが、現場はまだまだ受け入れ土壌が育っていない。


 〜〜〜


「どうしたリョウタ?」


「いや、昔のSNS見てたら新人のころの投稿が出てきて懐かしさに浸ってた。ほら、靴に仕込み板をした話」


「あったなあ、リョウタは今も何か仕込んでいるの?」


「強化プラスチックは耐久性に問題あったからステンレスにしてるよ。相変わらずラッシュ時に踏まれても防衛できてる。でも夏場が蒸れるんだよなあ」


「そこは難点だが職場用の靴に履き替えるとかすれば改善するぞ」


「あ、そっか」


「その代わりに不審者には対応できないがな」


「ユウさん、いくら県庁でもそんな人が来ないよ、来ないと思いたい。でも、役所はいろんな人が来るからなあ」


「リョウタはその前にメタボをなんとかしろ。ステンレスよりやはり鉄板か鉛がいいのじゃないか?」


「う、それは歩けなくなる」


 やはり、ユウさんには敵わない。リョウタは自分の腹の肉を見てため息をついた。


 そして、職場ではリョウタは「ドМなビーストテイマー」と呼ばれているのはまだ知らない。








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真新しい靴がステップ 達見ゆう @tatsumi-12

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