SHE GRAY-Loser Streamer Detective・S-
渡士 愉雨(わたし ゆう)
SHE GRAY-Loser Streamer Detective・S-
――――目が覚める。
視線を彷徨わせる。薄暗い部屋、ベッド、枕元、そして銃。
私はぼんやりと拳銃を拾い、頭に銃口を突きつけて――心の奥で呟く。
(さあ、どちらかな?)
そうして、引き金を引いた。
カチッと引鉄の音だけが響く……弾丸は入れ忘れていた。
「っ、はぁ……」
瞬間、停まっていた息を取り戻し、安堵の息を吐く……安堵なんだろうか?
正直どちらなのかよく分からない。
まぁどちらでもいい。とりあえず今日はそっちだったというだけの事。
そうしてベッドから降りた私は、ひとまずシャワーを浴びて寝惚けた意識を強引に起こす。
ランドリーで適当に洗った、馴染みのパーカーを裸の上にそのまま纏う。
身体のラインがハッキリ見えるが、別に構わない。むしろ喜んでもらえるかもしれないのでいいだろう。
朝食は――昨日コンビニで買ったバーガーは食べちゃったっけ。
じゃあ何もないじゃん……しょうがない、サプリで我慢しよう。
いざって時の為に奮発して買っておいた、大企業『
これ一粒齧っていれば、栄養も空腹も全て満たす事が出来る……便利だ。便利過ぎて我ながら嫌気がさす。吐きそうになる。
そんな嫌気を手近にあったペットボトルのコーラ――昨日の飲みかけで喉の奥に流し込む。
空になったボトルを部屋の隅に形成したゴミの山に放り捨てる。
そろそろ捨てに行かないとなぁ――せっかく住まわせてもらってるのに、異臭で追い出されたりされたくはないしね。
とか考えて数週間なので、そろそろマジで捨てないとマズい。
「あー……今日は依頼なしか……」
そうして諸々済ませてから私はパソコンを起動、メールやらを確認する。
どうやら今日はあっちの仕事がないらしい……そろそろ、生活費が不安になってくるなぁ。
「しょうがない、配信しよう――生きてる限りは生きなくちゃだよね……生きてるのかなぁ、私」
正直死んでるんだか生きてるんだか、というか、いい加減見つけたいんだけどなぁ……ままならないや。
その辺りを手探るように私はパソコンと携帯端末の両方で配信の告知を入れる。
幾つか常連の視聴者からの反応があったのを確認した上で、私は髪の毛の色を変える。
最近はナノマシンを身体に入れて、いろいろ調整する事なんか珍しくない。
髪色も、眼の色も、タトゥーも好きに出来る。
ただ身体そのものについてはまだまだ自由自在という訳にはいかない。
なので、私の身体のナイスバディぶりは天然……なのかなぁ。
自分の出自を考えると不安になって来るね、どうも。
閑話休題。
普段の私は黒髪だけど、本来の私は薄紫色+αだ。
そこまで晒すつもりはないので、変化を薄紫色だけに留めた上で、私は目の周りに隈を生成、さらに白いマスクを付けてパーカーのフードを被り、ゲーミングチェアの上に座る。
この椅子はゴミ捨て場で見つけたんだけど、結構気に入ってる。
その座り心地を一瞬だけ堪能した後は、パソコン側に置いていたゲームコントローラーを拾い上げる。
コントローラーって不思議だ。
今時は脳波で操作するヴァーチャルゲームが主流なので尚更にそう思う。
脳から直接操作系統を操った方が思いのままに操作できる。
そこに手足のワンアクションを挟むのは手間だとは思う。
だけど、私はそれにロマンを感じている――まぁヴァーチャルに今一つ馴染みたくないだけかもしれないけど。
そうして準備万端整えた後に、私は諸々のソフトを起動させたパソコンへと向き直る。
今時は使われない三つの実機モニター――最近は空中投影型が主流だ――で、問題ない事を確認し、声を上げる。
「あー……みんな、聴こえる?」
私の言葉に、配信画面内のチャットコメント欄に十数人のコメントが並んでいく。
皆見覚えのある、一応私のファン?だと言ってくれる人達だ。信じ難い事だけど。
まぁゲームプレイとかゲーム自体とか、それ以外に注目してるって人もいるだろうし、その辺りは深く考えないでおこう。
「聴こえるみたいだね。うん、おはよう。グレイだよ。じゃあゲームしてくね」
そう言いつつ私が起動、プレイし始めたのは所謂アクションRPGだ。結構昔の、難しめのゲーム。ダークファンタジーって分類かな。
世界的に有名だった作品なので、いまだに根強いファンも多いらしい。
オリジナルのオンラインサーバーやらは廃れてしまったけど、ファンによる疑似オンラインは楽しめる。
著作権的には相当前に切れちゃってるらしいから深く考えなくていいのは助かるかな。
「っと! ちょ、そこ待ち伏せ!? いや、この会社の作品定番だけどさぁ!」
私に似せた騎士姿のキャラクターが奇襲を受けて死亡する。
正直、私のゲームの腕前は高くない。ゲーム自体は好きなんだけど、腕前は生憎追い付かない。
多分、ヴァーチャル操作なら楽々なんだろうけど、多分それだと――私の場合、簡単になり過ぎてしまう。
なので、コントローラーで……って、ぐあああああっ!? また死んだ!?
「ううっ、またゲームオーバー……ごめん、ずっと詰まっちゃって――え? 気にしてない? がんばってる姿が好き? ……う、うん、皆がいいならいいんだけど」
私の配信を見に来てくれる人は、そうして私が悪戦苦闘する様を愉しんでいるらしい。
予想され得る死にポイントで案の定とばかりに死んだ際には投げ銭――配信者への報酬ともいうべきおカネだ――を投げてくれる。
他にも、私がゲームしている様子も映っているからか、私の女としての身体に欲情してる人もいるのかもしれない。
私はゲームに熱中すると前のめりになる事があり、その際に大きめのパーカーから胸の谷間が映ったりするので。
もしそうだとすれば、私には正直、
私は――基本引き篭もりだ。
仕事以外他人に関わりたくない。何故なら他人が怖いから。これ以上ないシンプルな理由だと思う。
だけど、ネット上はそんなに怖くない。
むしろ気を許していると言っても過言じゃない。
だから、視聴者が私の身体目当てでも、それはそれでいい。
私だってムラムラする時はあるし、性欲は三大欲求の一つだしね。
でも、この間冗談で裸で配信しようかと言ったら怒られました。
そういうものが許可されてない場所でそんな配信したら、チャンネルが削除されるだろと御尤もな意見でした、納得。
なら水着ならいいんだろうか……今度訊いてみよう。
「……結構みんなおカネ投げてくれたなぁ――と、あれ」
配信を終えて再び確認するとメールが一通。
内容を確認すると……依頼だった。配信者グレイとしてではなく、探偵としての私……シグレへの。
「ここ数日行方不明の息子を探してほしい……成功報酬は10万ヴィー」
そこには依頼者の息子についての詳細と報酬金についてが記されていた。
正直、少し頭が痛い。
この街で行方不明はそう珍しくないし、報酬は――ただの捜索ならともかく、諸々含めると安い。
しかも即日払いではない……明日をも知れない街で、将来の金の約束が一体何になるのか。
でも、それこそが私に相応しいだろう。
それに――ああ、いや、これは余計な懸念だ。
「お引き受けいたします、と」
私はメールにそう書き込んで送信し、着替える。
パーカーを脱ぎ捨てて、セットで購入したブラとパンツを身に纏った上で探偵としての衣服を着込んでいく。
黒いマスク、黒いストッキング、黒いタートルネック、黒いスカート、それからお気に入りのネイビーブルーのロングコート。
コートには必要なものが大体準備済みだ。いつ何時、どんな依頼にも対応できるように。
最後にコートに合わせたネイビーブルーのベレー帽を被れば準備はOK。
ああ、そうそう髪を黒色に染め直して、目の周りの隈も消しとかないと。
「――行ってきます」
配信者としての
途中、この雑居ビルのオーナー、一階でコンビニをやっている家主と遭遇する。
三十代後半ほどの年齢の彼女は、この街では珍しい部類になるマトモな人だ。
いや、身元不明だった私なんかを拾ってる時点でマトモではない気もするけど……人間的には相当にマトモだろう。
私に居場所を提供してくれている彼女の為にも、金は稼いでおきたい。
いや、その、だから、ええ、家賃はもう少し待っていただければ……今は勘弁してください。
平身低頭して、今日の所はその場をどうにか見逃してもらう。
いざという時は、どこぞの上客に商品代わりに売り飛ばすと言われていて、私自身そうなるのは構わないけど……周囲に迷惑を掛けるだけなので、なるべくそれは避けたい。
「だから、どうにか依頼達成したいってか?」
「そう。だから早く情報を渡して」
裏路地の片隅で、私は馴染みの情報屋――二十代半ばの男性だ――を、呼び出していた。
環境によってはそうしたいと思うだけでネットに入り浸れる時代、実体で会うのは無駄な事かもしれない。
だが、ネットでは感じとれないものが現実にはある――なんて言うと、今の世代の子供達には鼻で笑われるらしい。
学校に行った事がなく、同年代の友人がいない私には今一つ分からない感覚なんだけど。
「シグレ、お前幾つだっけ?」
「……肉体年齢は18歳だけど、それが何か関係あるの?」
「だったら、あっちの方で稼げばいいじゃねえか」
クネクネと気持ち悪い仕草をする情報屋。
身体を売って稼げ、そう言いたいのだろう。
国では違法だが、この街ではまかり通っている、馴染みのお金稼ぎの手段だ。
ちなみに、私の年齢を知っているのにそれを話の切り口するのは、いつもの事である。
「お前、身体と顔は良い線いってんだし、何もわざわざ危ない橋を渡らなくてもいいだろうがよ」
「お褒めに預かりどうも」
うんざりしつつ、私の胸を触ろうとしてくる情報屋の手をぺしっと叩く。
彼は仕事の情報を求める度に、私をそちら方面に誘ってくる。
自分だったら良い稼ぎができる店を紹介する、その時はまず俺が客になるから、と。
多分情報を無料で売りたくないだけだろう。多分そうだ。
以前、この街に辿り着いたころに命の危機を助けたから、私への情報はいつでも無料で提供すると言い出したのは彼の方だというのに。
まったく、初志貫徹してほしいものである。
「なんだったら、せめて探偵はやめておけよ。それこそ下のコンビニでバイトすりゃあいい」
「前も言ったでしょ。何かを探すなら探偵業が一番。
私の探し物を見つける事、それが最優先なの。だから、私は探偵やってるの」
何もなければコンビニのバイトも――いや、何もないなら、そもそも生きる理由がないか。
「じゃあ、その探し物がなんなのか教えろよ」
俺が探し出してやる、と鼻息荒く彼は言う。
「最近噂の『灰色の女』とかか?」
『灰色の女』――シー・グレイ。
街に流れている噂によると、どんな相手でも敵に回す、バケモノみたいに強い存在だという。
なんでも『ASTERS』にもなびかず、街の様々な組織にも噛み付いてのける、誰にとっても敵でも味方でもない存在……ゆえに『灰色』。
常識外れの強さによる危険性と、各種組織の深い恨みゆえに、裏側の世界では相当に高い懸賞金が掛けられている。
だけど、今のところ詳細は不明。
ハッキリとした容姿を知っている者は『一般人』にはいないらしい。
「俺は有能だからな、容姿の情報もバッチリだ。
なんでも、光り輝く眼と髪をしてるらしいぜ。
ナノマシンでやってるんだろうが、相当に目立ちたがりだな」
「……もっと詳しい事は?」
「お、やっぱり『灰色の女』なのか?
理由は――復讐とかだったりな。引きこもりの理由もそこにあると見た」
「はいはい、妄想お疲れ様」
一般人には回ってない情報をかき集めてる辺り、私の為に探してくれていたのだろうか?
いや、情報屋として、他のお客にも求められてるものを探してただけだろうね。
悪いけど、現実世界の人間を深くは信用できない。
というか、そもそも。
生憎だが……私の探し物は、彼にはきっと探し出せないものだろう。
「無用の詮索はしない――それが貴方が私に最初に教えてくれた、この街のルールでしょう」
「……あの時の俺はなんであんな事言っちまったかね。スリーサイズとか聞くのダメ?」
「……89・57・90。これで満足?」
「?! う、うおおおおお! マジか! 言ってみるもんだな!」
渋々伝えると、情報屋は歓喜を全身で表現、飛び回ってガッツポーズする始末。
……嘘言っとけばよかったかなぁ――いや、でも、流石にそれはね。お世話になってるのは事実だし、現実世界の人間だけど、まぁ数字位なら。
「つうかマジエロい身体してんな、シグレ! よし、テキストに刻み込んでおこう」
彼は情報屋として、脳や情報を整理するためのナノマシンを注入している。
流石に先天的な才能や圧倒的な努力を生めるほどではないけど、そうして必要な能力を後付けで注入できるのもナノマシンの便利な……ああ、気持ち悪い。
「……いいから、早く情報を渡して」
「なんだよ、えらく焦ってるじゃねえか」
「依頼は行方不明者探しだから。この街だと見失った時間が長引けば長引く程に、生きていられる可能性が減るのは知ってるでしょ」
そうして情報屋を急かし、依頼人の息子さんの情報を聞き出した私は足早に歩き出す。
足を進めた先、目標の半ばで通りかかったのは大通り――この街の中心。
街を支配する大企業『ASTERS』の本拠地、観光名所のタワーよりも大きなビルから展開されている、一見ハイテクに満ちた理想郷……コーユーキョー。
大企業『ASTERS』が開発した事になっている最先端のナノマシンは、最早この街はおろか、世界でも欠かせない代物だからだ。
生体用ナノマシンは金に糸目を付けなければ、あらゆる臓器を再生可能。欠損した部位さえも一週間あれば元通りだ。
ナノマシンで形成された各種食品は万能の栄養食となり、ナノマシンを設計から組み込んだ機器は少しの故障なら自ら再生する。
これだけの代物なので『ASTERS』のナノマシン技術は当然世界各国から求められている。
他の企業では、『ASTERS』製のナノマシンの解析すらおぼつかない現在、国でさえも『ASTERS』に媚びを売る。
大企業『ASTERS』には出来ない事など何もない――それはこの世界で生きる大半の人間なら知っている……知らず気付かず口にする、非公式のフレーズだ。
旧世紀では一般的でなかったナノマシンの導入により、世界は大きく発展した、それは間違いないだろう。
そんな『ASTERS』が根を張る街・コーユーキョーは、『ASTERS』の新たな商品のテストも行っている事から『
だけど、この街の実態は理想郷からかけ離れた、悪意の泥で浸かった世界でしかない。
世界各国から求められているという
むしろ、この街は『実験』の為に存在していると言っても過言じゃない。
『ASTERS』関係者は幸せな生活をほぼ確約される半面、そうでない者達がどうなのか、など語るまでもないだろう。
だけど、それゆえに、この街はありとあらゆるものを受け入れる。
多種多様、老若男女、普通、異常、犯罪者――――私でさえも、だ。
他はともかくとして、ありとあらゆる全てを受け入れてくれる部分だけは、正直私であっても利点だと認めざるを得ない。
そんな街の支配者である『ASTERS』なら、街のあらゆる情報を把握している筈だ。
「……探し物がどこか、なんて、教えてくれるわけないよね」
巨大な『ASTERS』の総合本社ビルを見上げ、私は呟く。
ほぼ確信しているが、ここには合法非合法問わず街に関する全てのデータが日々蓄えられ、解析されている――あらゆる意味で、ここなら私は『探し物』を見つけられるのかもしれない。
「うう、おぇっ……」
だけど、そうしてビルを見上げているだけで胸が締め付けられる。頭が痛い。吐き気を催してくる。涙が零れてくる。
そんな私に周囲から視線の雨が降り注ぐ――その誰もが、ナノマシンの存在を認め、その恩恵を享受している。
(きもちわるいきもちわるいこわいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいこわいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいこわいこわいきもちわるいきもちわるいいやだいやだいだいやだかえるかえるおうちにかえるかえりたいきもちわるいかえるかえるかえるかえるこわいきもちわるいこわいきもちわるいやだやだやだやだやだやだかえるかえるきもちわるいぃぃ……っ)
彼らそのものに嫌悪感はないけれど、それでも、ただただ気持ち悪くて、恐ろしく怖かった。
早く依頼を終わらせて帰りたい……私は引き篭もりなのだから。それが正しい形なのだから。
そうして私はそれ以上その場に存在する事が堪えきれず、私は再び歩き出した――多分、私が生きている間、『ASTERS』絡みの事で積極的に関わる事はないだろうと思いながら。
「あん?」
「おおー!」
「へぇ……?」
そうして足を進めて約十分。
私が辿り着いたのは、この街の歓楽エリアの片隅にある一件のバー。
窓のない、締め切った薄暗い店内は如何にも『夜の店』の風情だ。
真っ当じゃない匂いを漂わせるそこには情報通り若者達が十数人ほど屯っていた。
彼らは店に入って来た私を見るなり、ニタニタと下卑た視線を無遠慮に向けてきた。
配信でも向けられているかもしれない視線だけど、決定的な違いがある。
ここにいる彼らは『女なら誰でもいい』――そういう目をしている。
私である事を許容してくれている人達と、今ここにいる人達――人によっては似たり寄ったりかもしれないけど、私にとっては天と地ほどの差があった。
いや、ホント、早く帰りたい。
「……貴方達のリーダーは?」
うんざりしながら尋ねると一番奥のソファーに座り込んでいた男性が立ち上がりもせずに、こちらに軽く手を振ってきた。
如何にもおカネ掛けてますよーと言わんばかりの全身だ。
髪、衣服、傾けたグラス、その中身、持っている品々、身体に注入したナノマシン。
これでも一応探偵なので、必要な事だと判断すれば嫌なものでも注意深く観察しますとも――私の能力をしっかと使って。
あんまり気は進まないんだけどね、他人の秘密を暴き立てるみたいで。
「俺だけど? 何か用?」
「人探しをしてるんだけど……貴方達と同じ大学の男子のこと」
そう言って私は端末から立体映像を表示――依頼を受けた男性・息子さんの情報を空中に投影する。
すると、ここにいる七割がニヤニヤと笑みを浮かべ、残りの何人かは気まずそうに眼を逸らしていた。
そんな中で、リーダーとして名乗りを上げた青年がわざとらしく手鼓を打った。
「ああ、知ってる知ってる。よーくよーく知ってるよ」
「そう。なら居場所を教えてくれると助かるんだけど。ああ、申し遅れたわね。私は親御さんから捜索を依頼された探偵、シグレ」
行方不明者探し――普通の街なら探偵じゃなくて警察に依頼する所だろう。
だけど、この街において警察は当てになるのかならないのか、それさえも不透明で分からない。
警察にも確実に『ASTERS』の息はかかっている。
それが有効活用される事ばかりならありがたいが、おそらくは基本的に真逆の利用ばかりだろう。
態度の悪い警察官は山のように見掛けても、熱血刑事や純粋刑事は基本的にフィクションの中にしか見つからないのがこの街だ。
なんでも『ASTERS』提供の特別性ナノマシンでの供与を受けているらしい……というか、なんどか遭遇してろくでもない目に遭わされている。
酷い時には疑いを掛けられて、道の真ん中で服を脱がされ、武器や不審物を持っていないか徹底的に調べられた時もあった。
かろうじて存在しているマトモ側の警官も、割と倫理観は終わっているのが困りものだ。
そんなロクでもない存在に頼って、手遅れになる前に――そういう依頼を引き受ける存在がこの街には多い。
私は探偵を自称し、実際そのつもりだけど……人によっては何でも屋、人によっては用心棒……それぞれ呼び方が違う。
それらをひっくるめて『解決屋』とする人も結構多いんだけど、私はあえて探偵を名乗っている。
情報屋に話した理由の他、かつて――いつかどこかで見かけた正義のヒーローが、探偵だったから、なのかもしれない。
生憎、私はその探偵とは違って正義の味方などとは口が裂けても言えないんだけど。
「探偵ね。解決屋じゃないんだな。珍しい」
「私は探偵を名乗ってるってだけ。それで彼の居場所について……」
そう話しかけている最中で、リーダーくんが立ち上がり、男達が私を取り囲んでいく。
彼らの手には様々な道具が握られていた。それはもう、色々と。
武器の類だけじゃなく、手錠や注射器――性的な玩具まで。
気が早い人になると、何かを撮影するの為のカメラまで持ち出してくる始末だ。
ただただ圧倒的な疲労感を覚えながら私は溜息をついた。
「――彼が行方知れずになって二日経とうとしてるの。遊んでる暇はないんだけど」
「魔の二日、って奴だね。知り合いを二日見失ってしまったら、この街じゃどうなっているか分からない。」
そう、この街にはそういうデッドラインめいたものがある。
だからこそ、私は焦っていた。
家族を心配しての依頼――そこに至るまでの経緯や本当の所はともかく、そういう綺麗な依頼は大事にしたかった。
狂っているこの街の中だからこそ、少なからず光るものくらいは。
「分かっているんなら、早く知っている事を教えてほしいのだけど」
「分かってる分かってる。だから、その手間を省くために、俺達と仲良く遊ぼうよ。少しでいいからさ。
あ、無駄な抵抗はしない方がいいと思うよ。
そんな旧時代の玩具みたいな拳銃と幾つかのナイフ位で俺達全員をどうにかできないだろうし。
それより、胸に二つ付いてるものの方がよっぽど俺達には有効だよ」
リーダーの言葉に、男達は下品な笑い声を上げた。
発言自体には呆れたが――そんな事よりも重要な情報があった。
「軍用の最新式解析機能付きコンタクトね。一応遮断機能付いてるコートを情報貫通するのは流石ね。
どこから流れて来たものなのか知らないけど、それを持ってるって事は、それなりの家の出身ね、あなたは……」
ズバリを言い当てた私の言葉にリーダーの青年は一瞬顔を引きつらせた。
だけど、すぐに表情を取り繕い、余裕ぶって私に言った。
「へえ? それがわかるって、君もそれなりの探偵って事かな」
「基本的には引き篭もりなんだけどね。
貴方達のような人がいるから仕事には困らない。
私としては不本意と本意半々といった所かした。
……そんな事よりも、いいの? 犯罪行為への加担は、貴方の家にも少なくない影響が出るんじゃない?
ご両親の仕事が終わってしまうかもしれない……貴方の我が儘のせいで」
そう言うとリーダーくんはあからさまに不機嫌そうな表情で舌打ちした。
なるほど、どうやら反抗期な年頃らしい。
別にいつそうなっても構わないとは思うけど、そういうので人に迷惑を掛けて許される年齢は明確にあると思うので、そこは自重してほしいなぁ。
「ふん、ご心配どうも。でもこの程度いくらでも揉み消せるし、どうとでもなるさ……なんせ俺達にはすごい仲間が――」
「最近噂になってる『ダスト』でしょ。やっぱり『ヴァイオレット・ヘヴィ・レイン』絡みなのね」
「……!! ふ、ふーん。そこまで知ってるんだ」
そう言うとリーダーの青年は大仰に肩を竦めてみせた。
周囲のお友達の様子も、若干真剣みを帯びたモノへと変わっていく。
なるほど、情報屋のくれたあれこれと照らし合わせた推論――ハッタリだったけど、予想以上の効果があったみたいだ。
「残念だ。実に残念だよ。ちょっとした遊びのつもりで、君には気持ちよくなってもらおうと思ってただけだったんだけど……君を帰すわけにはいかなくなった」
「ああ、そう。それで? 知っている事を教えてくれるの? くれないの?
それともその気持ちいい事やらをしたいの?」
あくまで淡々と訊ねる――それが気に障ったのか、リーダーくんはハッとこちらを小馬鹿にするように息を吐き、笑った。
「うん、そういう態度に出るのなら、丁寧に教えてあげるよ……正確には、君自身がこれ以上ない体験をする事で正しく、そして身体の隅隅まで思い知らされる、だけどね」
そう言いながら気取って指を鳴らした次の瞬間――男達が一斉に私へと殺到してくる……はぁ、まったく。
「――――――え?」
指が鳴ってから数十秒、それだけあれば十分だった。
私は素手で彼ら全員を叩きのめし、気絶させた――徒手空拳でも内臓を抉る位は余裕だけど、まだ学生さんだし、この位にしておいてあげよう。
正直、ちょっと早くて驚いたけど、予想の範疇内だった。
そうして自分以外の全員が意識を失った状況が信じられないのか、リーダーくんは目を瞬かせていた。
「で。私と遊ぶ意欲がありそうなのは、後は貴方ぐらいだけど――まだ遊ぶの? 話した方が良くない?」
「な、なんで――!? みんな『ヴァヴィレ』使ってたんだぞ?! ま、まさか、お前も……!」
などと言ってくるが、極めて心外というかなんというか。
「違法サプリとか基本使わないから。面倒じゃないの、いろいろと。それで警官に絡まれたらと思うと、ただただ気持ち悪いし。まぁ、私の答を確かめるために使うのは吝かじゃないけど――」
言いながらリーダーくんに歩み寄ろうと身体の方向を変える。
その瞬間、リーダーくんは懐から何かを取り出した……あれは――そう思った瞬間、閃光が店内を覆いつくした。
「っ!! ……こっちも軍用か」
リーダーくんが使用したのは閃光手榴弾――といっても、音は出ないかわりに、閃光とナノマシンの活動阻害の効果を持つ、アンチナノマシン仕様だけど。
そのせいで、彼をすぐさま追跡するのは困難となった。
アンチナノマシンは、正直ちょっと面倒なので。
「……しょうがない――」
私は自分を納得させるためにあえて呟いてから、私の包囲に参加しなかった――気まずげにしていた数人に話を聞く事にした。
学生達を叩きのめした姿を恐れたのか、あるいは元よりこのグループの活動に乗り気ではなかったのか、尋ねると彼らは素直に全てを話してくれた。
捜索依頼を受けた男子学生・息子さんは、成績優秀――いずれ『ASTERS』への就職が有望視されている奨学生だった事から彼らのグループへ勧誘された事。
しかし、息子さんは彼らの実態や狙いを概ね見抜いていて、それゆえに断わったのだという事。
そりゃあまぁ当然だろう。
彼らが使用を仄めかしていた――いや、実際に使用していた違法ナノマシンサプリ『ヴァイオレット・ヘヴィ・レイン』。
あれは数年前に街に入って来た組織『ダスト』が試験運用し、流していたものだ。
ニュアンス的には旧世紀でいう麻薬に近い……という事らしい。
麻薬はナノマシンにとって代わられているので、最早ごく一部の医者にしか扱えないらしいけど。
その違法ナノマシンサプリは凄まじい肉体増強や高い情報処理能力を使用者に与えるが、一度使えば再び使わずにはいられない高い依存性がある。
どうやら『ASTERS』のサプリを改良したものらしいとは言われているけど実際の所はどうなんでしょうね、ええ。
私はむしろ『ASTERS』そのものが、新しいサプリの実験として『ダスト』に濡れ気味を着せた上でばら撒いてるんじゃとも思っているんだけど――真実は分からないままだろう。
いや、私的にはかなり『ASTERS』を疑ってました、ええ。
ともかく、そんな違法サプリを使っているグループに参加しようものなら『ASTERS』への就職という、この街で約束された、間違いない栄光を手放す事になってしまう。
だから、くだらない誘いを断るのは当然――だけど、彼らはそれではいそうですか、と納得いかなかったようだ。まあそこも当然と言えば当然だろうね。
この辺りは、もしも『ダスト』が私の想像と違って『ASTERS』と繋がりがない組織なら有能な研究員(見込み)として必要だからかもしれないなぁ。
……その場合、きっと――多分全部無意味になると思うけど。
どんなものをどう作ろうと、どう逆らおうとしても、最終的に『ASTERS』には絶対に勝てない。敗北する。
その事は他でもないこの私が一番理解していた。
いずれにせよ『ダスト』は男子学生をかーなーり必要としている――であるなら、今の所息子さんは無事である可能性は高い。
唯一の懸念は『ヴァイオレット・ヘヴィ・レイン』を使われていないかどうか。
違法サプリの依存性を利用して、協力を約束させられてしまう可能性も大いにある。
だけど……彼を利用するのなら、それは最終手段の筈だ。
そんな事をすればせっかくの元々の頭脳に何かしらの悪影響が出ないとは限らない。
他でもない、違法サプリなのだから。
『ASTERS』から販売されているのならともかくとして。
そして、最後にもっとも重要な事も教えてもらった――『
「……ここか」
彼らの屯していたバーから少し離れたコーユーキョー旧工業地帯、その片隅にある大きめの廃工場。
ここは、今のコーユーキョーの発展途上に追随出来なかった人達の……言うなれば夢の墓場だ。
この辺りには、夢破れたままここを住処にしている人達がいる他、良からぬ人達の隠れ蓑にもよく使われている。
ぶっちゃけて言えば犯罪者達だ。悪い悪い人達である。
というか、その辺は『ASTERS』や警察も重々知っている筈なので、あえて放置されている辺り、そういう用途として使う事を見越しているんじゃないかと思う。
……ただ、それはそれとして。
この辺りを漂っている滅びを思わせる雰囲気は嫌いじゃない。
私は――最後に死ぬのならこういう場所が相応しい気がする。
こんな場所で、全てをグチャグチャにされて、踏み躙られて、暴かれて、開かれて、裁かれて、汚されて、抉られて、犯されて、圧し折られて、叩き潰されて、屈服させられて、服従させられて、それでいて、さらに、踏み躙られて、暴かれて、開かれて、裁かれて、汚されて、抉られて、犯されて、圧し折られて、叩き潰されて、屈服させられて、服従させられて、踏み躙られて、暴かれて、開かれて、裁かれて、汚されて、抉られて、犯されて、圧し折られて、叩き潰されて、屈服させられて、服従させられて、踏み躙られて、暴かれて、開かれて、裁かれて、汚されて、抉られて、犯されて、圧し折られて、叩き潰されて、屈服させられて、服従させられて、踏み躙られて、暴かれて、開かれて、裁かれて、汚されて、抉られて、犯されて、圧し折られて、叩き潰されて、屈服させられて、服従させられて、踏み躙られて、暴かれて、開かれて、裁かれて、汚されて、抉られて、犯されて、圧し折られて、叩き潰されて、屈服させられて、服従させられて、踏み躙られて暴かれて開かれて裁かれて汚されて抉られて犯されて圧し折られて叩き潰されて屈服させられて服従させられて、蹂躙踏躙暴開裁汚抉犯されて犯されて犯されて圧し折られて叩き潰されて圧壊屈服服従、蹂躙踏躙暴開裁汚抉犯犯犯圧折叩潰圧壊屈服服従、蹂躙踏躙暴開裁汚抉犯犯犯圧折叩潰圧壊屈服服従……と、いけないいけない。
それはさておき、ここに来るまで結構時間が掛かってしまった。
すっかり日が傾いて辺りは薄暗い。
こうなると、単純な視力での待ち伏せの目視も難しい。
……ナノマシンをフル発動させて工場の全体感知をするべきだろうか。
そう考えながら廃工場の中に足を踏み入れた、その時だった。
突然に。
あまりにも突然に圧倒的な閃光が私の眼を焼いた。
「ぎぃ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!!!?」
思わず獣染みた咆哮を口から上げながら、私はたまらずたたらを踏んだ――そう感じた瞬間には。
連続する射出音が四方八方から響き渡っていた。
それは――私の全身が銃弾に晒された……他に認識しようのない絶対の現実を知らしめるものだった。
「よし、こんなもんだろ」
数時間前、シグレから逃げ出した若者グループのリーダー。
彼はおそるおそる、シグレへと容赦のない銃撃を繰り出した者達の一人である『ダスト』の現場責任者の陰から顔を出した。
そんな彼の視線……数メートル先には、衣服がズタズタになって倒れたシグレがいた。
思ったよりも原形を留めているが――。
「坊ちゃん、お前の事前情報があって助かったぜ」
「い、いえいえ」
現場責任者からのお褒めの言葉に、リーダーは気を取り直す。
「ナノマシンに効くヤツに全然近付こうとしてなかったんで、多分ナノマシン強化されてると思ったんですよ」
「良い観察眼だ。そういう奴が俺らには必要だからな。今度ボスに推薦してやる」
「ま、マジですか!」
「おう、期待してろ」
リーダーは、彼の言葉に表情を綻ばせた。
今若者の間で人気の組織――街を牛耳る『ASTERS』に逆らおうとしている『ダスト』。
両親が『ASTERS』に関わっているリーダーにとっては、本来は敵対存在だ。
だが、現在酷く幼い反抗期に囚われている彼にはどうでもいい事だった。
両親のつてを利用して揃えた各種装備を使用して『ダスト』にアピールしているという、一つの矛盾にさえ気づいていない。
彼はただ、若者らしい反抗心と仲間内での自慢、承認欲求――それらに振り回されているだけ。
それゆえに『ダスト』にささやかな資金や貴重な品の横流しに利用されているだけである事にも気づいていない。
このままの道を進んだ所で、彼の望むようなものが手に入るのはほんの一瞬のみである事にも。
そして――実の所、彼はとっくに
その事に気付く事もなく、彼はシグレに少し近付きながら呟く。
それを、十数人いた『ダスト』の構成員の誰も止める事はなかった。
誰もが、哀れな探偵は死んだと思っていたからだ。
「あー……勿体なかったよなぁ――」
蹴り飛ばし、仰向けにさせた女探偵の身体は、見ているだけで劣情を催してくる肉欲に溢れていた。
衣服が破れた事で露わになった双丘は、大きく豊満で、平時であれば、今見ているものを見た瞬間に襲い掛かっていたかもしれない。
「実際、結構綺麗、で……」
そして、リーダーは気づく。
あれだけ。あれだけ銃撃の嵐に晒されたというのに、流れた血が少な過ぎるし、肉体が原形を留め過ぎている。
その事に気付いた時には、もう、遅かった。
「――か、はっ……?!」
リーダーは、中身を抉られた。人が人として生きていく為に必要な中身を。そして、あろう事かそれを投げ捨てられた。
「あ、あ、あ……?!」
「――勿体ないと思うのなら、相応に対応してくれればよかったのに」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
悲しそうにも無感情にも聞こえたのは、遠ざかる意識のせいだったのだろうか。
ただ、いつの間にか立ち上がっていた探偵の女の目が、薄暗闇の中で光を放っていた事だけは間違いなかった。
そして、それが彼の人生最後に見たものであり、彼の誤った選択の結末だった。
(――――綺麗だ―――――)
ただ、最後にそう思った事が幸せだったのかそうでなかったのかは、彼にしか分からない。
「ハァ――」
出来れば中途半端な人間は殺したくなかったんだけど――私以外にこれを向けられていたら誰かが無条件に死んでいただろう。
いや、あるいはもうとっくに何人か死んでいたのかもしれない。
別に正義の味方のつもりはない。私が正義の味方であるならリーダーくんは殺さなかった。
私は――ただの哀れな負け犬に過ぎない。
ただ、負け犬なりの生き方をしている。いや、死に方か。
ともあれ、最大限警戒してナノマシンをフル稼働させていたのが功を奏した。
だから服がボロボロになった位で済んだし、それもすぐに塞がっていく。
おっぱいを見られてしまったのは恥ずかしいが……恥ずかしいけれど。ええ。
ともかく、なんせ特注の――私のナノマシンと同調する探偵としての装備一式だ。
この程度で使い物にならなくなるのは困る……あ、マスクだけは市販の普通のなんでボロボロです。
「な、なんだ?!」
「ど、どうして生きてやがる!?」
「その顔……! まさかお前――企業用の戦闘クローンか?!」
私を殺しきれなかった事に驚愕して、『ダスト』の構成員が口々に声を上げる。
あの現場責任者の人、
最早原型を留めてなかったマスクを懐に仕舞いながら、私は答える。
「……クローンと言えばそうだけど、その括りじゃないかな」
私の髪が、ナノマシンのフル稼働――すなわち、本来の私となった事で、風もないのにふわふわ浮力を持っていた。
それに伴い、髪の色も光を帯びた薄紫の中に煌めく灰色が混ざり合う。
「輝く眼に髪……そうか、お前が噂の
「前々から思ってたけど、その噂何処から出てるんだろうね?」
私は一応全開で能力を使った時は完全に痕跡を消している。
可能な限り口封じもしているんだけど――何故か、噂になっていた。
まあ『ASTERS』の力を持ってすれば可能な事ではある。
だけど、とうの昔に負け犬になった、存在価値のない女の為に噂を流す意図が分からない。
まだ何か、利用価値があるとでも思っているんだろうか。
私からは全てを抉り取ったはずなのに。
いや、今はそんな事はどうでもいい――今はただ、依頼を果たすのみだ。
「……貴方達が誘拐したと思しき人物の場所を教えてください。であるなら――可能な限り、悪いようにはしません」
そう、可能な限り。
例え死が避けられないのだとしても、希望には沿おう――その程度のこと。
「はっ! 冗談じゃねえ――いや、むしろ好都合だ!
おい、お前ら! コイツを何としても手に入れるぞ!! 死体でいい!
そしたら俺達『ダスト』は『ASTERS』にさえ立ち向かえる……!」
「……それは、やめておいた方がいいと思う。叩き潰された事があるんでせめてもの忠告――あ、いや、意味がないのかも、ここで死ぬのなら。
うーん、どっちかな?」
「――やっちまえ!!」
私の言葉を戯言と思ったのか挑発と思ったのか、いずれにせよ現場責任者の指示で再び彼らは発砲する。
私は反省する――無意味な事をさせてしまった。
「ぎゃっ!?」
「ああっ!!」
「ぶべぇっ!?」
周囲から悲鳴いや、絶命の声が上がる。
私が展開したナノマシンの力場で反射した銃弾が、そのまま本人をハチの巣にしたからだ。
あーあ、可哀想に……話をせずに殴り倒せばよかったな――そしたら銃弾を無駄撃ちさせなかったのに。
散布したアンチナノマシンが、彼らにとっては逆効果となった。
「これは、人を呪わば穴二つ、って奴かな?」
「な、なんで――馬鹿な――アンチナノマシンは、まだ効果が……それに、あの坊主の話だと――」
私の力場を本能的に察知したのか、現場責任者の人は微妙に銃撃の軸をずらしていた。
だから即死はしなかったみたいで、正直感心する。
「うん、今も確かにアンチナノマシンの効果働いてるよ。ちょっと出力下がってる。アンチナノマシンは厄介だね。
でも、それは、アンチナノマシンの効果を打ち消すにはフルパワーに近いナノマシンを駆動させなくちゃいけないってだけの話でしかない。
それに――――元々、アンチだろうがそうでなかろうが、私から生まれたものだもの。
どういう形であれ、最終的には無力化するのは難しくないかな」
探りを入れるべく注意深く情報を紡いだ私に、現場責任者の人は、驚愕のあまり口を大きく開き、身体を震えさせていた。
「……まさか、お前――《ファーストロッ……!!?」
その単語を認識した瞬間、私はコートの内ポケットに入れていた拳銃を抜き放ち、迷わず心臓を撃ち貫いた。
回避など当然できる筈もない彼は、衝撃で地面へ仰向けに倒れていった。
私は――ただ、それを静かに見下ろすのみだ。
「がっ―――は―――――」
「それを知ってるって事は、『ASTERS』の始めの頃にいた人だね……。
じゃあ、今撃った弾丸を味わってもらう資格がある」
「ぎ、がああああっ!? あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? わ、ヴぁあああああがぁぁああああああああああああああああああああああ!!!??」
「それは私が作った、私を――ファーストロットの面々を殺せる弾丸だから。
一度ナノマシンの作用を完全停止させた後に、ナノマシンの毒素を全開にする。
私みたいにナノマシンで出来ているに等しい存在や、ナノマシンへの依存度が高い人ほど長く苦しみながら死んでいく事になる。
でも、不思議だね……『ASTERS』の中核近くを知ってるのに『ダスト』にいるなんて……いや、怖くもなるか、あんなとこ」
「ぎ、が……ああああああああああああああ、ぐぎいいいいいいいいいいいいいい、ど、どど―――」
「ど?」
せめて最後の言葉を聞こうと、私は彼の側に跪いて耳を傾けた。
そうして聞いた彼の言葉は――――。
「……それは――分かんないんだ、私にも」
そう答えた私は、拳銃のマガジンを通常の弾丸へと変更――彼の眉間を撃ち貫いた。
「……はぁ、疲れた」
今日の依頼を終えた私は、シャワーを浴びた後、ゲーミングチェアの上に深く腰掛け、身体を全体重をチェアに委ねた。
あの後、私は構成員全員の死亡を確認した上で、ナノマシンで遺体を分解、証拠隠滅しておいた。
それから廃工場の奥、元は事務所だったところの電子ロックを解除し、中に入るとそこに目的の人物――創作依頼された大学生の息子さんを発見した。
息子さんは賢い人のようで、絶対に助けられない状況で助けた私の事をバケモノと恐れた。そりゃそうだ。
そんな息子さんを私は殴り付けた――あ、いや、別に腹が立ったから、とかじゃなくて。
その上で『ダスト』の構成員を始末したバケモノに自分も襲われて、今後も狙われそうだ――と、周囲に言っておくようにお願いしておいた。
こうでもしないとまた息子さんが『ダスト』に絡まれないとも限らないし。
狂人『シー・グレイ』の獲物に手を出せばただじゃすまない、と勝手な誤解をして手出しを控えてくれれば御の字だ。
後は、『ASTERS』の知り合いにそれとなく伝えて、護衛を頼んでおこう。
あと最後に――私は息子さんに伝えておいた。
周囲にはくれぐれも気を付けるように、と。
その意味を彼がどう受け取ったかは分からない――身内からも売られる可能性があるとまでは、私からは言いたくなかった。
今回依頼主である女性は息子さんの救出を願ったわけだが――それが、後から怖くなったからじゃないとは限らない。
なにせ、この街は狂った実験場なのだから。
いつ誰が正気を失って、狂気に陥って、いつしか正気を取り戻し、更に失うか、わかったもんじゃないのだから。
――――私に出来るのは精々それ位だ。
そうして、私は息子さんと別れた――依頼完遂は息子さんに伝えてもらおう。
わざわざ顔を合わせたくない……私は、基本他人が怖いのだから。
ああ、怖い。私は怖い。怖くてたまらない。ずっとずっと恐怖に震えている。
かつて、私達三人が――ファーストロットが生み出された。
何者かのクローンを、それぞれの形で調整して。
その何者かが持つ、特殊な力を移植できるかどうかの実験体――それが私たちだった。
私は、その実験の成功体だった。
無機有機、どちらにも多岐に渡って作用する生体ナノマシンを備えた存在――それが私。
私は、全てを利用された。研究されつくされた。
その成果が今世界中に流通しているナノマシンだ。
世界中の人間が、私の血を、細胞を、骨を、肉を、命を、何も知らずに消費している。
血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、血を、細胞を、骨を、肉を、命を、私の全てを、消費して、陵辱しているのだ。ずっと、ずっと、今に至るこの時まで、そして、これからの未来ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
私には、それが堪えがたかった。
だから抗おうとした。私の
でも、負けた。完膚なきまでに無様に敗北した。
白い私には、中途半端な偽善だと踏みつけられた。
黒い私には、お間抜けなエゴだと跪かされた。
そして、私の子供達には――自分達の役目を奪うな、と拒絶された。
そうして――完全に砕かれた私は逃げ出した。
自分が抱いた正しさもエゴも、他者への想いだと信じていたはずのものからさえも。
逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ続けた先に、結局同じところに戻ってきた。
私のせいで、世界は狂った。
世界のせいで、私は狂った。
ここでしか生きる事が許されないのだと思い知らされて。
同時に、安易に死ぬことも許されないのだと思い知らされて。
そうして前に進めなくなった私は部屋に閉じ籠った。
ネットという部屋に、あるいはコーユーキョーという部屋に。
そんな、生きているかも死んでいるかも分からないのが――今の私だ。
(どちら、なんだ?)
数時間前に殺した彼の最後の言葉が頭を過ぎる。
私は、復讐者なのか? 逃亡者なのか?
私は、罪人なのか? 裁くものなのか?
私は、生きていいのか? 死んでいいのか?
「配信――配信、しよう」
藁にもすがる思いで、私は配信の告知をした。
よく分からない、何か追い立てられる感情に後押しされて。
この私にとって狂った世界で、平和なのはネットの世界位だ。
少なくとも、ネット上では誰かが物理的に人を傷つける事はない。
それが私が配信を始めた理由で、配信を続けている理由だ。
いつか、それさえも信じられなくなる日まで――そんな思いを抱えながら、私は急ぎ配信者グレイの姿を整えた。
「――――こんばんは……グレイだけど」
思い立ったのが深夜の三時だ。
誰も来なくて当然――だけど……彼らはやってきた。
「え? どうかしたのかって? うん――凹む事が、あってね。
……! みんな、もう、三時だよ――なのに、どうして――」
気が付けば、いつも配信に集まる面々が大体揃っていた。
ゲームもしてないのに。面白い話が出来る訳でもないのに。
「……ずるいなぁ、いつもは変な事とかしか言わないのに……ありがとう」
特に内容のない配信で、内容のない会話――だけど、それは私の正体不明の感情を和らげてくれた。
――――目が覚める。
視線を彷徨わせる。薄暗い部屋、ベッド、枕元、そして銃。
私は、銃の手入れをしていた? 弾丸はちゃんと抜いていた? うっかりで弾丸を込めたままになってないか?
私は――死ぬべきなのか、それとも生きるべきなのか。
わからないわからないわからないわからないわからないわからない。
昨日の事は嬉しかったけど、今日も同じだなんて誰が決めた?
きっと、私は狂っている――みんなに、あんなにやさしくして貰ったのに。
でもしょうがない。しょうがないんだ。
ここは狂った街で、この狂った街の大本は私なんだから。
私は何のために生きている? なんのために死ねばいい?
私が探しているもの、それは――本当に生きるべき理由と、本当に死ぬべき理由。
そのどちらかを見つける為に。
そして先に見つけた方を運命として受け入れる為に。
そもそも、そんな資格があるかどうかを私は毎朝確認する。
そうでもしないと、私はこの世界に立っていられないから。
私はぼんやりと虚ろな眼で拳銃を拾い、頭に銃口を突きつけて――心の奥で呟く。
(さあ、どちらかな?)
そうして、私は引き金を引いた。
カチッと引鉄の音が響き―――――――――轟音が。
SHE GRAY-Loser Streamer Detective・S- 渡士 愉雨(わたし ゆう) @stemaku
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