第7話

「これが私の色か」


「驚いたな…、単色じゃないなんて初めて見たよ」


アークが目を見開く。


スピカの星の石は濃藍から白藍までの色が石の中に夜空を描いているようだった。


『きれいな色ですねー』


「ありがとう。アーク、石の色を見ているのもいいがそろそろ修理を始めないか?」


その言葉に、石に目を奪われていたアークはハッと気が付く。


「すまない、すぐに始めよう。とりあえず俺は手伝わないから、できるところまで自分の力だけでやってみてくれ」


「わかった」


スピカはアークに代わり壊れた魔法陣の前に立つ。


…全体的に経年劣化で魔法陣自体が薄くなっているが、特に火をつける発火の魔法陣がひどいな、ところどころほとんど消えかかってる。


消えかかってるところは刻み直す必要があるな。


つけた火のサイズの調整と消火の魔法陣は薄くはなっているけど特別悪いところはなさそうだ。


薄くなっているところの塗りなおしだけで済みそうだ。


「うん、悪いところはわかった。早速刻印していこうと思う」


スピカがペンに刻印魔法を流そうとするとアークから待ったがかかる。


「わかっていると思うが、星の石を使って刻印魔法を使えば祝福ギフトが発現する。基本的に祝福ギフトで魔道具の作成や修復に害を及ぼすものが発現することはないといわれているが、もし何か危険を感じたらすぐに作業を中断してくれ」


アークの言葉にスピカはうなずき、再び魔法陣のほうへと向き直る。


スピカがペンに刻印魔法を流していく。


ペンは淡く発行し始め星の石まで光が到達すると、石もまた淡い光を放ち始めた。


ペン全体が淡く発行し始めるとスピカはペンの先を魔法陣へとつけた。


その瞬間星の石からいくつかの柔らかい光がまるで夜空に輝く星のようにあたりを漂い始めた。


「これが、スピカの祝福ギフト…」


「きれいねぇ」


スピカが魔法陣の修復へと取り掛かり始める。


するとそれぞれの光の中に別々の光景が流れ始めた


[彼は何を作ったら喜んでくれるかしら]


一つの光の中では一人の女性が誰かのことを考えながら料理をしている。


[今日もうまい。ありがとう]


別の光では先ほどの光の中の女性がだれかとご飯を食べている。


[おかあさーん、今日の夕ご飯何ー?やったー私それ大好きー]


また別の光では小さな女の子が母に夕飯を聞いて喜んでいる。


「これはいったい」


アークが困惑する中ベレニケは光の中の映像に見入っていた。


「ああ、懐かしいわねぇ…」


いつの間にかベレニケの頬には涙が伝っていた。


ベレニケはそんなことには気づいていないようで、光に向かって手を伸ばす。


しかし、どれだけ手を伸ばそうとも光の中の光景にベレニケの手が触れることはなかった。


そんなベレニケの様子に今まで無言で作業をしていたスピカが口を開く。


「これはたぶん、この魔道具の記憶なんだ。だから、ばあさんの手が向こう側に届くことはない」


「そうなのね…」


ベレニケは少し寂しそうにうつむく。


「夫が死んでからいつも考えるのよ…夫はわたしといて幸せだったんだろうかって」


若いころは言葉で伝えてくれていたのに、年を取ってからはあまり気持ちを言葉で伝えてくれなくった。


そのことでベレニケはもしかしたら何か不満があったのではないかと後悔していた。


ベレニケのその言葉を聞いてスピカは作業を続けながら答える。


「この魔法を使っていると、この魔道具に込められた思いが私に流れ込んでくるみたいなんだ。例えば、ばあさんが作った料理がおいしいと言わてとてもうれしかった時の感情とかがね。旦那さんはこの魔道具を使って料理をしたことがあった?」


「ええ、それは何度か…でもなんでそんなことを?」


「じゃあ、さっきから伝わってくる感謝の気持ちはたぶん旦那さんの物なんだね。私の想像だけど、こんなに強い感謝の気持ちが流れてくるってことは、旦那さんはきっと幸せだったんだと思うよ」


スピカの言葉を聞いて、ベレニケはあたりを漂う光を見渡す。


[お母さん、彼においしいもの食べさせてあげたいの。だから料理教えてー。えっ、そんな男認めないって?お父さんに認めてもらわなくても結構ですー]


[お母さんの料理久しぶりー、楽しみー]


家族の楽しかった食事風景が映し出される。


まぶしい思い出にベレニケは目を細める。


そんな中、娘が出て行ってからの食事の光景が目に映る。


キッチンではベレニケが料理をしており、夫はリビングでご飯を食べている。


キッチンからはリビングでご飯を食べる夫の背中しか見えない。


「…っ」


光の中の光景は位置をずらし、ごはんを食べている夫の正面に移った。


光の中の夫はご飯を食べながらとても幸せそうな表情をしていた。


ベレニケは口を手で覆い、目からはとめどない涙があふれていた。


「よかった…ちゃんと喜んでくれてたのね…」


しばらくベレニケの鼻をすする音とスピカのペンの音だけが響いていた。



♢♢♢



しばらくしてスピカは無事に仕事を終え、二人は帰路についていた。


「スピカの祝福ギフトは記憶と思いか…、人の感情を知りたい君にはぴったりな魔法だったね」


「ああ、今回のことで人間の感情に直接触れて少しだけだが、感情というものがわかった気がするよ。まあ、0が1になった程度だが」


『まあ、0と1では大きな変化ですよ!やったじゃないですか!』


「ああ、人の感情が流れ込んでくるというのは私にはとても良い経験だったみたいだ」


そういうスピカがアークにはどこかうれしそうに見えた。


「この仕事は続けていけそうかな」


「もちろん、この仕事をしていけばいつか私が真に人の感情を理解できる日が来そうだからな」


そういうスピカはやはり勘違いではなくどこかうれしそうにアークには見えた。





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星の魔道具師 如月 梓 @Azusa00

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