第6話
スピカがこの星に来て三か月。
スピカはすっかりこの町になじんでいた。
「スピカちゃん、今日はいいのが入ってるよー」
通りがかりに魚屋のおじさんが。
「こっちもどうだい?」
逆側からは八百屋のおばさんが声をかけてくる。
「すまない、今日の買い物は済ませてしまったんだ、またたのむよ」
スピカはかけられた声に頭を下げつつ、歩を進める。
この星にきて最初は生活の違いになれなかったが、ずいぶんとなじんできたものだ。
しかし、ずいぶんあっさりと受け入れられたものだ。
この町に入るには魔道具での検査があるからだろうか、ずいぶんと信頼されているんだな。
そんなことを考えているといつの間にか魔道具店の扉の前についていた。
ドアノブをひねって扉を開ける。
作業場で仕事中のアークの姿が見えた。
「ただいま、言われてたもの買ってきたぞ」
声をかけると初めてこちらに気づいたという様子で顔を上げる。
どうやら仕事に集中していて扉の空いた音には気づいていなかったらしい。
「おーありがとう、二階のキッチンにおいて来てくれ」
「わかった」
アークの言葉に従いスピカが階段へと向かう。
そんなスピカの背中にアークが思い出したように声をかける。
「置いたら、一階に降りてきてくれ。さっき新しい仕事が入ったんだが、今回はスピカにもついてきてもらおうと思う」
「…っ、わかった」
どうやら初めて実際に仕事をすることになるらしい。
スピカは急いで二階のキッチンへと向かった。
♢♢♢
「で、今回の仕事は何をするんだ」
アークに言われたように買い出しを頼まれたものをキッチンにおいて一階に戻ると、二人はすぐに店を発った。
その道中スピカは今回の仕事についてアークに尋ねていた。
「今回はベレニケばあさんの家のコンロの魔道具の修復だ」
「ああ、ベレニケのばあさんか」
依頼主の名前を聞きスピカはすぐにその人物に見当がついた。
彼女はこの国の今は亡き前騎士団長の奥さんで、有名な人物だったからである。
スピカ自身も何度か話をしたことがあった。
長いきれいな髪が特徴的な優しい人だ。
「コンロの魔道具か、だから今回はばあさんの家まで行くんだな」
「ああ、昔のコンロの魔道具は備え付けだし、火に関する魔道具は下手に動かして暴発しても危ないからね」
そうこう話しているうちに、二人はベレニケの家へとたどり着いた。
「ベレニケさーん、アークですー、ごめんくださーい」
アークがドアノッカーをたたきながら扉に向かって声を上げる。
しばらくして、扉が開くと中から優しそうな初老の女性が姿を見せた。
「アークさんにスピカちゃん、わざわざ来てもらって悪いわねぇ」
「いえいえ、かまいませんよ」
アークはそういいながら、ベレニケの案内で家の中へと入る。
アークたちに続いてスピカも家の中へと入っていく。
ベレニケの家は古いながらも清掃は行き届いており落ち着いた雰囲気だった。
ベレニケの案内に従い、二人はリビングを抜けキッチンへと入る。
キッチンの奥には件のコンロがあった。
「かなり古い型だな」
「そうだね…、これなら最新のものを買った方が便利だし安全なんだけど…、ベレニケさん修理のほうがいいんですよね?」
その言葉にベレニケはうなずく。
「ええ、思い出の詰まったものだからできれば直して使いたいのよ」
故障したコンロを見てみると、古いながらも汚れや傷は少なく大切に使われてきたことがわかる。
「わかりました。じゃあ修理する方向で、とりあえず故障箇所を調べてみますね」
アークはそういうと持ってきた工具を使い作業に取り掛かる。
数分もしないうちにコンロに刻まれた魔法陣が見えた。
「うん、思った通りよくある魔法陣の経年劣化だね、これならそんなに難しくないし…、スピカやってみようか」
「私がやるのか?」
アークの唐突な提案にスピカは思わず問い返す。
この三か月間の間に魔法陣の勉強はしてきたし、魔道具の修理の練習もしてきた。
修理に関してもアークたち三人は問題ないと言われてはいたが、実際に仕事として魔道具を修理したことはまだない。
「少し前から考えてはいたんだけど、今回の魔道具は古い分構造が単純だから初仕事にはちょうどいいと思う」
「いや、しかしばあさんはいいのか、私がやって」
思い出のある品だと言っていた。
それならば私がやるよりアークにやってほしいのではないだろうか。
「実はね、アークさんに依頼に行ったときにすでにアークさんに言われていたのよ、スピカちゃんにやらせてもいいかって。スピカちゃんがほとんど経験がないのは知ってるわ」
「でも、大切なものなのだろう?」
「ええ。でもねスピカちゃんがこの町に来てから数か月。あなたが町の人の手伝いをよくしていて、とてもいい子だっていうのも知っているわ。それに、あのアークさんがやらせてもいいって判断したのなら実力もお墨付き。私は心配してないわよ」
そんなことでいいのだろうか。
スピカは確かにこの町に来てから三か月、人の感情を観察するため時間があれば町の人間とかかわるようにしてきた。
ベレニケと知り合ったのも買い物袋を重そうに持っているのを見て会話のきっかけになればと、声をかけたことだった。
確かに私ははたから見れば人の手助けばかりしているいい人に見えるのだろう。
町の人間との関係もよく、まじめ。
しかし、実際には他人の感情がわからない。
いや、正確に言うと今他人がどういう感情なのかその感情の名前は予想がついても、その感情を自分は実際に感じたことがないから名前を知っているだけ。
言葉では説明できるが、感覚としてはわからない。
今回のベレニケのばあさんの思いだって、知識としては知っているから話を合わせることはできるけれど、感情を共感してあげられるわけじゃない。
それにばあさんの信頼は半分はアークの今までの積み重ねによる信頼だ。
私はこの仕事を受けてもいいんだろうか。
『スピカ、私は何事も経験だと思いますよ』
スピカが迷っていると、足元からレグルスの声が聞こえた。
いつの間に入ってきたんだろうか。
レグルスがスピカの方に飛び乗りながらまた口を開く。
『スピカの考えていることはなんとなくわかります。ですが、この仕事を続けていくのならいつかは必ずこういった誰かの思いの詰まったものに触れる機会は来ます。それならせっかく信頼してくれている彼女たちにこたえてみませんか?それに思いの深いものに触れることで何かスピカの感情にも影響があるかもしれませんよ』
レグルスの言葉を聞いてスピカは考える。
確かに、いつまでも感情が理解できないからと避けるわけにもいかない。
それならいっそ信頼してくれているばあさんの思いにこたえてあげたい。
「ばあさん、精一杯やらせてもらうよ」
「ええ、お願いね」
ベレニケはスピカに微笑む。
スピカが自身の大切なものを大切に扱ってくれていることが伝わってきたのがベレニケはうれしかった。
「決まりだな。スピカ、初仕事の前に渡しておきたいものがある」
そう言ってアークは木の箱を取り出しスピカへと手渡す。
スピカがその箱を開けると中には一本のペンが入っていた。
「これは…」
「まだ何色にも染まっていない星の石のはめ込まれたペンだ。これから、本格的に仕事を始めるなら必要だからね」
スピカが箱の中のペンを手に取る。
スピカが手に取ったペンには透明な鉱石がはめ込まれていた。
「刻印魔法を流せば、もうそれはスピカだけのものだ。何色に染まるかな」
スピカはペンを持ちながらペンに少しづつ魔法を流していく。
ペン全体が淡い光を放ったかと思うと透明だったはずの鉱石が色づき始める。
それは星の輝く夜空のような色だった。
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