【神の使い】掌編小説

統失2級

1話完結

昔々、草原の地にリハーダという名の村があり、その村には2人の兄弟が住んでいた。兄はヨウという18歳の少年で、弟はムサーカという14歳の少年であった。そして、この兄弟の両親は残酷にも侵略者たちの蛮行によって、5ヶ月前に命を落としていた。侵略者たちは50人程度で徒党を組み夜陰に紛れて突然、村にやって来ると、リーダーらしき人物が声高らかに「この土地は神が我々、カヤダ族に与えた聖なる土地である。よって、お前たちは3年以内にこの土地から出て行くのだ。3年後もこの土地に住んでいるリハーダ族は皆殺しにするので、覚悟しておくが良い」と宣言した後、この貧しい村から貴重な食料と6人の女性を奪って、北西の地に向かい去って行くのだった。この侵略でのリハーダ村の死者は兄弟の両親を含めて36人で侵略者側の死者は0人だった。侵略によって只でさえ貧しかったリハーダ村は益々、貧しくなり村民たちは苦難の生活を強いられる事になっていた。リハーダ村に残された86人の村民は皆、温厚で大人しく戦いには不向きな人々であり、復讐を計画する者は誰も居なかった。村民たちは絶望感の中、どうする事も出来ず、侵略者たちの要求を受け入れて近い内に先祖代々、住み慣れたリハーダの土地を捨て、新天地に旅立つ計画を立ていた。


兄のヨウはこの数日、奇妙な夢を見る様になっていた。その夢とはリハーダ村の精霊を名乗るカシミという老女が出て来る夢だった。カシミは夢の中でこう言うのだ。「若き獅子ヨウよ、お前とムサーカは古えの尊き戦士パレの血を引く者である。お前たち兄弟の体には偉大なる力が眠っている。その力を覚醒させる為にはユーリ砂漠に生息する聖なる林檎の実を食す必要がある。ユーリ砂漠の林檎を食し、偉大なる力を解放して邪悪なるカヤダ族を討ち滅ぼすのだ」


ヨウは村の長老に夢の話をした。すると長老は、「それは、お告げの可能性が高い。ヨウよ、お前はムサーカを連れて直ちに旅立つのだ」とヨウに命じるのだった。そして、2人の兄弟は村民たちから盛大に見送られ旅に出る事となった。ヨウとムサーカは先祖伝来の家宝である白銀の食器を近隣の町の町民に売り払うと、その代金とリハーダの村民たちからのカンパを旅費に当てる事にした。道中の2人は時には人拐いに間違われたり、時にはヨウに婚姻の話が舞い込んだりと、様々な想定外の出来事を経験しながらも、灼熱の太陽の下を潜り抜け過酷な旅を続けた。そして、旅立ちから18ヶ月後、2人は遂にユーリ砂漠で林檎の木を発見する事になる。感極まった2人はこれまでの困難の旅路を互いに労い涙を流しては歓喜の声を上げ、1個ずつの林檎の実を食べるのだった。その林檎の味は2人がこれまでに食した事のある全ての食べ物の中で最高の美味だったと言っても過言ではなかった、その味に感動しつつも林檎を食べ終えると2人は次に強烈な睡魔に襲われ、口数も次第に少なくなり短時間の内に眠りに落ちるのだった。すると、暫くして2人の体には異変が起き始める。ヨウとムサーカの体は徐々に縮んでいき、いつの間にか、ゼリー状の赤い半球体に変わり果ててしまう。沈黙に支配された砂漠の中、その状態のままで4回目の夜を迎えると、2個の半球体からは大量の蜂が発生し、三日月が輝く空に向かって飛び立つのだった。


蜂の大群は不眠不休の7日間の空の旅を続け、カヤダ族の村に到達すると、一気にカヤダ族の者たちに襲い掛かった。カヤダ族の者たちは混乱の中、悲鳴を上げながら逃げ惑ったが、蜂の大群は4歳以下の子供を除くカヤダ族の者を誰一人逃す事なく、その柔肌に針を刺しまくった。蜂に刺されたカヤダ族の者たちは哀れにも全身が麻痺状態に陥って地べたに倒れ込み、三日三晩苦しみながら絶命するのだった。こうして、遂に4歳以下の子供を除いた邪悪なるカヤダ族は絶滅したのだ。


カヤダ族に拉致されていた6人の女性の内の2人がまずリハーダ村に帰還し、一連の出来事を村民に報告すると、18人の村民がカヤダ族の村を訪れ、生き残った19人の子供たちを保護して、その子供たちと拉致されていた4人の女性たちと共にリハーダ村に帰還する事になった。リハーダの村民たちは話に聞いた蜂の大群を神の使いと信じ、蜂を信仰する様になっていく。そして、村民たちは2人の兄弟の帰りを待ちつつも、いつまでもリハーダの土地でカヤダ族の子供たちと共に平等で平和な暮らしを送る事になるのだった。だけれども、あの蜂の大群の行方を知る人間は地上には誰も存在せず、どれだけ待ってもヨウとムサーカの兄弟はリハーダ村には帰還しなかった。また、リハーダの村民たちは子々孫々に至るまで、誰一人として蜂に刺される事は一度足りとも無かったという事です。

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