1話 魔法が使えない隣人さん
「世界は魔法で溢れている」
何時か隣人であるアシェルはそう言った。何処か恨めしそうに、ある時は希望に満ちたキラキラとした瞳でまるでそれが当たり前では無いように言う。
「なぁ、ルカ。お前は魔法が使えるんだろ?俺に教えてくれよ」
そんな人一倍魔法に憧れを抱いているアシェルと知り合ったのは、つい最近のことだ。友人が浮遊魔法で飛ばしたボールを、隣人だからと言う理由で取りに行かされた事がきっかけだった。
「そうしたいけど、魔法は魔力がないと使えないから、僕にはどうしようもできないよ」
僕の言葉に彼はそっかと残念そうに呟いて、不満げに手のひらを見つめる。
「そんな事より、いい加減アシェルも一緒に街へ遊びに行こうよ。きっと楽しいよ」
「駄目だって。あのジジィに怒られる。お前だって知ってるだろう?容赦ないんだから」
こうやってベランダで話をすることはあっても、僕の誘いに乗ることはなく、決まって一緒に暮らす爺さんの話を出して、断ってくる。
彼が一緒に住んでいる爺さんは、昔からこの島に居る人で、僕達子供の間ではおっかない事で有名だ。化け物を飼っているなんて噂もあるものだから、誰も寄り付こうとはしないお陰で、僕らが住むこの集合住宅は幽霊屋敷のような扱いである。
わざとらしく頭を抑えて、舌を出す彼はどうやらそんな爺さんの鉄槌を思い出したらしく、苦笑いをして、前を向いた。
遠くでは今日も観光客で賑わう商店街、島の住人が暮らす住宅街、都心の魔導士の心遣いで作られたという海面を走る汽車の駅には、今日も沢山の観光客が降りているのが豆粒ではあるが、ここから見える。
どこまでも広がるキラキラと輝く海面を見ながら、僕はアシェルにずっと思っている事を口にした。
「どうしてアシェルはそんなに魔法が使いたいの?」
単純な疑問だった。この世界で魔法が使えたとして、魔導士になれるのは僅かひと握り。そうでなければもれなく落ちこぼれ扱いだ。
「別にいいじゃないか。魔法なんて使えなくたって。僕のお父さんやお母さんだって、使えないけど幸せだって毎日言ってるよ」
両親は物を浮かせれる程度の魔力しか持たない人間で、それでも2人共毎日幸せそうに暮らしている。
だからこそ不思議だった。何故彼がそこまで魔法にこだわるのかかが。確かにこの島は宮都とはかけ離れているし、周囲は海で囲まれているから孤立している。島自体が魔法とは無縁なこともあり、他の島からそれを目当てに遊びにやってくる観光客が居るほど珍しい島だった。
魔法とはかけ離れた生活風景、新鮮な食材、手作りの観光品。それら全て真新しく映るようだ。
「せっかくこの世界に生まれたんだ。魔法ぐらい使ってみたいと思うよ。別に特別じゃなくてもいいからさ」
口をとんがらせるアシェルの言葉を聞いても、僕にはさっぱり理解が出来ない。
「じゃあ……今度お父さんに、宮都のお土産頼んでみるよ。魔法道具だったら、アシェルも使えるかもしれないし」
炭鉱を売りにしている父は時々宮都に商品を売りに行く事があり、その時に土産を買ってきてくれることがある。
「本当に!」
あまりに不貞腐れるものだから、何となく零した言葉に真に受けた彼は僕の手を握って、目を輝かしながら嬉しそうに言った。
「その時は1番に見せてくれよ!!」
「……うっ、うん。分かった」
あまりの勢いに若干引きながらも、その日僕は、魔法が使えない隣人と約束を交わした。
所詮、君は隣人さん くろきろく @kuroki6
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