第11話 K
本日4回目の上映を終え、残すは北野さんの走馬灯だけになった。
おじいちゃんの走馬灯は、ほぼ麻雀だったので2回ぐらいしか見なかったけど、北野さんの走馬灯は時間が許す限り何度も見た。
北野さんのことを思い返しながら走馬灯を見ていると、円周率室の扉を開ける暗証番号が入力された。
慣れた様子で番号を打つ音が聞こえる。
ピッピッピッピッピッピッ
途中で暗証番号を間違えたのだろう。北野さんもよく打ち直してたなと思い出す。
ピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッ
そして扉が開いて、勢いよく入ってきた人の顔を見て震えた。僕はついに霊が見えるようになったのか。
北野さんだ。
5年ぶりに見てもやっぱりタバコ顔だなとあらためて思った。
ていうか幽霊になるの早いな。昨日死んだばっかなのにもう幽霊になって、来るところが走馬灯シネマって暇なんだな。
北野さんは、僕の肩を掴んで言った。
「昨日の走馬灯ってなんか上映した?」
「これから1本上映しようとしてますけど」
幽霊って結構普通に話せるんだ。
「ほんと!?俺のなかった?」
「北野くにき?こくき?って人のはありましたけど」
「あ!それ俺!あと"こくき"ね」
あの走馬灯が北野さんだと正式に判明して、頭が真っ白になった。
「北野さん、ほんとに死んじゃったんですね。僕、北野さんが支配人辞めてから毎日SNSチェックして北野さんが出てこないか調べてたんです。芸人として舞台に立って人を笑顔にしてるとこを自分の目で見たかったんです。なのにその姿を走馬灯で見るなんてやるせないです。たまには遊びに来てくれると思ってたのに来てくれないし、来てくれたと思ったら幽霊だし、北野さんなんで死んじゃったんですか?」
自分でもびっくりするぐらい気持ちが溢れ出した。たぶん北野さんが幽霊だから、僕は今自分の素直な気持ちを言えている。
「湊斗くん。俺さ、人に怒られんのめっちゃ嫌いなんだよね」
「はい?」
「ほんとに悪いんだけどさ、俺死んでないんだよね」
「は?どういうことですか。死んでるじゃないですか。走馬灯見ましたよ」
「俺昨日さ、海で足つって溺れたんだよね。そん時に走馬灯見た」
「は?」
「だから死んでないけど走馬灯は見たから、走馬灯シネマで見れんじゃないかと思って来た」
僕はいつもいつもこの人には振り回されてばっかりだ。
「何発までなら殴っていいですか」
「ごめんごめん!そこまで湊斗くんが俺のこと想ってくれてるとは思ってなくて!」
めちゃめちゃ腹が立つのに、死んでいなかったことが嬉しくて、ホッして、ちょっと涙が出そうで急いでパソコンの画面に目を移した。
「編集終わってるんで一緒に見ましょう」
円周率室で、僕が編集した北野さんの走馬灯を北野さんと見ている。世にも奇妙な物語みたいだ。
爪を父親と思われる人に切ってもらっているシーンで、北野さんが大きな声を出したので驚いた。
「ねえ!この人!」
そう言って北野さんが父親と思われる人を指さした。
「この人って俺の父親?」
「僕に聞かれても分からないですよ」
「いや俺も分かんないんだよね。俺が4歳の時に離婚してて、写真も見たことなかったから」
「でも北野さん似てる気もしますし、お父さんじゃないですか?」
「この人マジシャンだよ」
情報量が多すぎる。
「この人KEIKIってマジシャンだよ。俺が小学生の時、ガス屋のイベントにマジックしに来てて、俺最前で見ててタネ見破ったんだよね」
「最悪なことしてるじゃないですか」
「だってバレバレだったもん。だから俺めっちゃ覚えてんだよね。まさか自分の父親だとは思わなかった」
お父さんも自分の息子にタネ見破られるとは思ってなかっただろう。
「でもさ、昔に聞いたんだけど母さんが父親と結婚した理由は、名前をローマ字にした時にかっこよかったからって言ってたんだよね」
確かにKEIKIってなんかかっこいい。本名かは分かんないけど。
「特にKが萌えるって言ってた」
「へ〜」
その萌えはちょっと分からない。
「だから俺も弟も妹も名前をローマ字にしたらかっこいいし、Kがめっちゃ入ってる」
"KOKUKI"
確かに。Kが過多だ。そりゃ愛称もKになるでしょ。
「弟が
"KAKUKI" "KIKI"
すごい。北野さんのお母さん出生届書く時大丈夫だったのかな。萌えの過剰摂取で手震えるでしょ。
「北野さんと弟さんは、フルネームでKが4つも入ってるんですね」
「そう。けど妹は最近結婚して宇野季々になったから、Kが2つになっちゃって。それで結構母さんと揉めてたよ」
ちょっとお母さん本気すぎるな。それも自分の萌えのために...
あれ?妹さん最近結婚...?
僕が、おじいちゃんの走馬灯を探していた時に出会った、大御所俳優みたいに溜めて話すおじいさんがいた。あのおじいさんが、北野さんが妹の走馬灯を探していたって言っていたけど、どういうことだろう。
「あの...妹さんに最後に会ったのっていつですか?」
「え〜もう何年も会ってないな」
「あの大変無礼極まりない質問なんですけど、妹さんは生きていらっしゃいますか?」
「湊斗くんそんないっぱい敬語使えんの?」
敬語にいっぱいってなんだよ。量じゃないだろ。
「はい。いっぱい使えます」
「妹めっちゃ生きてるよ?この前も朝の星占いのラッキーアイテムがパラシュートだったからって速攻スカイダイビング行ってたって母さんから聞いた」
「それは元気すぎますね」
どうやら妹さんは生きているようなので、口の上手い北野さんのことだからとっさにおじいさんを納得させるために言ったのだろう。
真に受けた僕がバカだった。
「湊斗くんも元気そうで良かったよ〜湊斗くん老けないタイプだね」
「北野さん芸人ちゃんとやってるんですか」
「やってるけどオーディションは受かんないし、たまに地下ライブ呼んでもらって出ても全然ウケないし。まあ分かってたけど厳しい世界だよね」
「お金はどうしてるんですか。バイト続けれてるんですか」
「つい3日前ぐらいに飛んだよ〜もう飛びすぎてトビウオの北野って言われてる」
絶対言われてないだろ。
「ねえ湊斗くん雇って」
「売れてから脱税してたことバレたら終わりますよ」
「え誰がバラすの?湊斗くん?」
「いや僕は自分もリスクあるんだからバラさないですよ。お客さんとか」
「そんなのもう常連さんには顔バレてんだから一緒じゃん」
「まあそうですけど」
「支配人ってさワンオペだからしんどくない?俺が入ったらシフト制にできるよ」
確かに1日中ワンオペで仕事をする生活を年中ほぼ休み無しでしている。
北野さんが入れば、僕も休めるし北野さんも支配人は唯一飛んだことがない仕事なのでお金を稼ぐことができる。
上手く言いくるめられてる気もするけど、一石二鳥なのでは...?
「絶対売れてくれるなら雇います」
「ほんとに!?絶対売れる!俺の単独ライブで絶対何かやってね!」
そう言って僕をバシバシ叩く北野さんから、タバコと香水が混じった香りがする。
この香りが今日から懐かしくならないことが嬉しくて、素直に頷いた。
走馬灯シネマ 三好みそ @miyoshimiso
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