第10話 パブサ

走馬灯シネマの支配人になって5年が経った。

今では、駅から走馬灯シネマまで音楽を聴きながら通えるほど余裕がある。

相変わらず変わった走馬灯の人もいれば、本当に素敵な人生だったんだろうなと思う走馬灯の人もいる。

飛び癖のある北野さんが、初めて仕事を続けられたのは人の走馬灯を見るということが単純におもしろいからではないかと思う。




ここ5年の僕の日課は、若手芸人のSNSをチェックすることだ。

今のところ北野さんを見つけることはできていない。北野さんは自分の愛称はKだと言っていた。Kを芸名にしているかもしれないと思って検索したこともあったけど、アルファベット1文字は色んなものにヒットしすぎて何の情報も得られなかった。


そういえばおじいちゃんの走馬灯は、見つけることはできたけど見て損した気持ちになった。ほぼ麻雀の走馬灯だったからだ。

あれから僕は人の走馬灯に期待をしていない。


期待外れといえば、北野さんの同期で養成所を首席で卒業したポリスインワンダーランドが解散した。それも全く売れなかった。


逆に、かろうじてなんちゃらかんちゃらを最近はテレビでよく見るようになった。どうやらネタを書ける相方と組んだようで、平場はおもしろくなかったがネタはおもしろかった。

ちなみに芸名は『可もなく不可もなく石ころ』に変わっていたし、コンビ名は『馬の背中のシャンプー台』だった。質より長さで勝負するな。


そういえば僕は北野さんの連絡先どころか下の名前も知らないし、コンビを組んでいるのかトリオなのかピンなのか、漫才をしているのかコントをしているのか、何も知らない。北野さんのネタも見たことがない。僕が聞かなかったのもあるかもしれないけど、北野さんは自分から何も話してくれていない。

そもそも北野さんは芸人を続けているのだろうか。元々北野さんは飛び癖のある人だから、芸人どころかバイトさえ続けれなくて生活できていないかもしれない。


そう思いながらも、日々色んなワードで検索したり、若手芸人のフォロー欄やいいね欄を漁ったりして、北野さんを探すのが習慣だった。







タバコと香水の匂いが消えた円周率室で、すっかり慣れた支配人の仕事をこなす。

走馬灯の名前を見ながら「北野」の文字が見えるとドキッとする。今見ていたのは1992年だから北野さんは産まれてもないのに。

昨日の走馬灯でも見てみようと思って、2029年8月7日を開いた。ぼーっと名前の羅列を見ていたら「北野」の文字が見えて、またドキッとした。北野さんがよくある名字なことにイラついてきた。

だけど下の名前がなんだか引っかかった。


"北野 國季"


くにき?こくき?珍しい名前だな。

走馬灯を開いて、スロー再生に編集して見てみた。

爪を切ってもらっている。手の大きさから、子供が大人に切ってもらっていると分かる。ずっと爪を切っている。父親と思われる人の顔が映った。この人が爪にこだわりがある人だったのだろうか。

散々爪を切るシーンを見せられたあとは、バイクに乗っているかモンスターを飲んでいるシーンばかりになった。散々爪かバイクかモンスターを見たのち、車に乗っているかコーラを飲んでいるシーンばかりになった。


北野國季という名前で車とコーラは引っかかる。北野さんは、歩くたびにカチャカチャと音が鳴っていた。初めて会った時は殺されると思っていたので刃物の音だと思っていたが、ポケットから鳴っていたあの音は車の鍵の可能性が高い。あと、僕が知る限り北野さんはコーラ以外の飲み物を飲んでいなかった。

今のところ確実に北野さんだと断定できる情報はないけど、これから出てくるかもしれないと思うと少し怖い。


恐る恐る続きを再生した。


そこには見覚えのある部屋が映っていた。今僕がいる部屋だ。この時点で僕は北野さんの走馬灯で確定だと思った。

北野さんと同じぐらいタバコ顔の人とピザを食べている。この人が北野さんに支配人を引き継いだ地元の先輩なのだろう。


その次に僕が映って息を飲んだ。北野さんから見た僕は、無愛想で可愛げがなかった。だけど、北野さんの走馬灯に自分がいることがとても嬉しかった。


次に、20人ぐらいの人がこちらを見ている景色になった。光が眩しい。

少しして舞台に立っていると気づいた。

画面の左下にマイクが映っているのが見えて、胸がギュッと締め付けられた。北野さんは芸人を辞めていなかった。

お客さんの顔をよく見るとあんまり笑っていないけど、北野さんが芸人として舞台に立てたことが分かって心の底から嬉しい。


だけど同時にやるせない気持ちが溢れた。

僕は芸人として活動する北野さんを見つけたかったのに、走馬灯で見つけるなんて悔しい。

北野さんが支配人を辞める時、単独ライブをやる時はゲストで呼ぶから何やるか考えといてって言ってたのに。絶対何もやらないけど、北野さんの単独ライブは絶対に見たかった。

北野さんのことだから、またすぐに遊びに来るだろうと思ってたのに。もう会えないどころか見ることもできないなんて信じられない。




一度見た走馬灯は、絶対に上映しなければならない。そして一度上映した走馬灯は、二度と見ることができない。

僕は北野さんの走馬灯を目に焼き付けようと、何度も何度も見た。そして今日の1番最後に北野さんの走馬灯を上映することにした。


北野さんと一緒に過ごした時間はたったの1ヶ月ぐらいだったけど、間違いなく僕の人生に大きな影響を与えた人だった。

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