第9話 ポリワン

よく通るいい声だったので、養成所の生徒なのだろうと思った。見た目もなんとなく芸人に向いていそうな感じだ。


「あ、いや、人を待ってて」


「誰?ここ通ってる人?」


「はい。北野っていう人なんですけど」


「聞いたことないなあ。下の名前は?」


そういえば北野さんの下の名前知らないな。


「分からないです」


「ふーん。その人もう誰かと組んでる?」


「えっと...分からないです」


「そっか。俺最近解散してさ、新しい相方探してんの。もしその北野って人に会えたらさ、コンビ組まないかって言っといて」


「あ、分かりました。お名前は...?」


「かろうじて人の形をしたスライム」


「え?」


「だから、かろうじて人の形をしたスライム」


「それはコンビ名ですか?」


「いや最近解散したってさっき言ったじゃん」


「え、じゃあお名前ですか?」


「そうだよ」


「芸名ですよね?」


「あのさ、こういうのはそんな、なんていうか問い詰めないでもらっていい?」


「学生時代のあだ名とかですか?」


「まだ聞く?」


この人、声はいいのに返しが終わってる。普通のことしか言わないじゃん。しかも養成所の前なのに。


「ね、俺とコンビ組もうよ」


なんでそうなる。


「今の掛け合いよくなかった?俺手応え感じた」


自分は何もしていないのに僕の功績で手応えを感じないでほしい。


「今日って授業ありますか?」


「今日?ないよ」


やっぱりないんだ。ていうことは今北野さんはどこにいるんだろう。


「本当に北野さんのこと知らないですか?傷んだ茶髪みたいな金髪みたいな髪の毛で、めっちゃタバコ顔なんですけど」


「そんなやつ山ほどいるよ」


「そういう人はいっぱいいますけど、すこぶるタバコ顔なんです。見たことないですか?」


「今のところ見たことないけど、見つけたら連絡するよ。連絡先教えて」


「いや、今すぐ見つけないと意味無いんで。失礼します」


絶対この人、連絡先教えたらコンビ組もうって連絡してくるじゃん。

後ろから電話番号を叫ぶ声が聞こえたけど無視して走った。





僕は、とりあえず近くにあったファミレスに入った。北野さんが何か養成所について話していなかったか思い返してみた。

北野さんは卒業公演に向けて練習をしていると言っていた。

もしかして、練習ってきっとネタ合わせのことだ。芸人のネタ合わせといえばファミレスや公園でしているイメージがある。ということは今いるかもしれない。

周りを見渡したが、北野さんどころか芸人っぽい人もいない。でも、きっと今ネタ合わせをしているのだろうと分かっただけで、見つけれそうな気がしてきた。




僕はファミレスを出て、地図アプリの目的地に公園と入力した。近くにいくつかあったので、1番近いところへ向かった。

徒歩3分と書いてあったが7分かかって公園に到着した。その時ベンチの前で立っている2人を見て僕はすぐに来た道を引き返した。警察だ。走馬灯シネマに来た警察と同じ人たちかは分からないが、何にしろ今1番見たくない人たちだ。


時計を見ると、そろそろ電車に乗らないと最後の上映に間に合わなそうだ。

僕の方向音痴とかろうじて芸人に捕まったせいで、かなりの時間を無駄にしてしまった。




また明日、養成所の周りをうろつこうかと考えながら走馬灯シネマに戻った。

円周率室の扉を開けると、そこに北野さんがいたので、肩を大きく跳ねさせて驚いてしまった。

北野さんはタバコを吸いながらコーラを飲んでいた。


「ここ禁煙ですよ」


「俺が支配人のうちは禁煙じゃないよ」


「北野さん全然来ないから僕ワンオペだったんですけど」


「ハハハごめんごめん。そんなに俺に来てほしかったの?」


「タバコとコーラって合うんですか」


「合う合う。天津飯と大五郎ぐらい合う」


分からないから聞いているのに分からない例えで言われても分からない。


「今日警察来ました」


「ありゃりゃ」


「え、そんな軽い感じなんですか。僕めちゃくちゃ焦ったんですけど」


「でも避難訓練してたから大丈夫だったでしょ?」


「大丈夫じゃなかったです。まあでも本物の警察じゃなかったんですけど」


「警察、2人来たでしょ」


「え、はい。なんで知ってるんですか」


北野さんはハハハと笑いだした。北野さんの笑い方は母音をハッキリと発音している感じがする。そしてやっぱり笑った顔は胡散臭い。


「だって俺が頼んだもん」


「え?どういうことですか」


「湊斗くんがさ〜避難訓練真剣にやってないからさ〜警察来た時の体験させてあげようと思って」


「騙したってことですか」


「いざ警察来たら避難訓練通りにも動けないって分かったでしょ」


ぐうの音も出ないとはこのことか。実際、頭が真っ白になって自分がした判断が正しかったのか分からなくて不安になった。そして結局北野さんに助けを求めようとした。


「あの2人養成所の同期でさ、元警察官だから頼んだの。今は2人で警察漫才やってる」


確かに2人ともめっちゃ警察顔だった。


「たぶん今度の卒業公演で優勝すると思うな。みんな、どうせポリスインワンダーランドでしょって言ってる」


あの2人ポリスインワンダーランドっていうんだ。警察漫才する人たちがポリスインワンダーランドってポップすぎない?てか警察漫才ってなんだよ。


あ、そういえば。


「北野さん。かろうじてなんちゃらかんちゃらみたいな名前の人知ってますか?」


「え?なんて?」


「かろうじて、なんちゃらかんちゃら」


「なにそれことわざ?」


「いや、芸人です。芸人というか北野さんと同じ養成所に通ってる人で、今日養成所の前で話しかけられたんです」


「そんなやつ知らないな〜てか湊斗くん、養成所まで来たの?」


あ、しまった。


「へ〜わざわざ来てくれたんだ〜警察来たよって報告しようと思って〜?そっかそっか〜」


この人本当に面倒くさい。かろうじてなんちゃらかんちゃらは面白くないから、コンビは組まない方がいいって忠告しようと思ってたけど辞めた。


「卒業公演いつなんですか?」


「明後日。だから明後日で支配人辞める。あとはよろしくね」


北野さんに振り回される日々も、これでもう終わる。







それから北野さんは養成所を無事卒業して、走馬灯シネマの支配人を辞めた。

卒業公演の優勝は、やっぱりポリスインワンダーランドだったらしい。北野さんはポリスインワンダーランドとトリオを組みたいと言っていたけど、元警察官と元脱税者のトリオは良くなさそうなので、止めておいた。


北野さんに連絡先を教えてほしいと言うと「湊斗くん、芸能人の連絡先ほしいタイプなんだ」と言われたので、さっさと携帯をしまった。


北野さんは最後に「俺の単独ライブやる時は、ゲストで呼ぶからその時何やるか考えといてねね」と言って走馬灯シネマをあとにした。

絶対に何もやらないけど、北野さんの単独ライブは見たいなと思った。

円周率室に残ったタバコと香水の匂いが僕をちょっと感傷的にさせた。

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