3分で恋に落ちた瞬間―——ーーー

私はユウジさんに恋をした―――ーーー。


それは3分で恋に落ちた瞬間だった――――――――ーーー。


あなたは漫才師でもなく、落語家でもなく、マジシャンでもなかった。


あなたの正体はミュージシャンだったんだね。



ユウジさんの青い瞳には引き寄せられる力がある。一度、吸い込まれたら

もう二度と同じ場所には戻って来れないようなそんな感じがした―――。


私の記憶が巻き戻されていく……過去が蘇っていく―――ーーー。


忘れていた記憶の中にユウジさんと同じ瞳をした青い左目の少年が飛び込んできた。

その瞬間、私の記憶の最後のピースが埋まっていくーーー。


決して交わることのない接点が、今―――――ーーー、


              交わった――――ーーー。


瞬きする間もなく、私の心はあなたに向かって走り出していた――――ーーー。


この目で焼き付けいてもまだ足りないほど、この白いスケッチブックを

あなた色で染めたいと思った―――――ーーー。


あなたを追いかけたい――――ーーー。


ずっとあなたを追いかけていたい――――ーーーー。

気づいたら私はペンを持っていた―――。


無性にあなたを追いかけずにはいられなくなる。


私の視線は夢中でユウジさんを追いかけていた。


オープニング曲はしっとりとした曲調から始まって、可愛いポップス系や

アップテンポな激しく盛り上がる曲も選曲されていた。


溢れ出す想いはもう止められない。


曲のエンディングが終わると同時に照明が消え、その一瞬でガラリとその場の雰囲気が変わった。曲に合わせ照明の色彩や明暗が変わり、次の曲へと繋がっていく。

その光はどんな光にでも変化していく。Be happyの魅力とはメンバー、それぞれが

主役にも脇役にもなれるってことだ。スタッフがいなくても照明や音響を自由自在に操っている。何だかんだスタッフの一員としてBe happyのライブを手伝ってきた春斗も一応、一通りのことはメンバーやマスターから指導されてきた。

というより、雑用を押し付けられているうちに自然に体が動くようになっていたのだ。それも一種の特技といえよう。長年の付き合いであるメンバーは勿論、ユウジの無茶振りな行動も演出も当然わかっている。恋人よりも息がぴったり合っている。

高1の時からライブハウスでバイトをして、Be happyのライブを見てきた春斗で

さえ、最近、ようやく次の流れがわかってきた所である。

客席の照明はダウンライトに切り替わり、しんなりと弾き語るピアノのメロディーに客席は静まり返る。ステージの客席から向かって左側の袖端口にあるピアノにスポットライトが照らされた。客席の視線はピアノの音色に向けられ、弾き語るユウジに

注目する。


ユウジさんの歌声は心に秘めた想いを感情のまま、人の心を涙にも

笑顔にも変えるようなそんな声色だった。


どうして、そんな風に切なく歌うの? 気づいたら涙が溢れ出していた…。

悲しくもないのに涙が溢れ出して止まらない、、、。


ねぇ、あなたは今、誰を想って歌っているの?

あなたが歌うラブソングを聴いているだけで心が締め付けられるように

せつなくなる、、、。ドキドキする…… ーーーどうして? 

どうしようもなく、ユウジさんの事が気になってたまらない……。


多分、こんな想いをしているのは私だけじゃない、、、

きっと、ユウジさんの歌声を聴いた人達は皆、私と同じ想いで聴いている。


そして、この同じ時間を共有した仲間達と一緒に過ごしたひと時は

決して忘れることのできない青春の1ページに刻まれていくーーー。


この感動とこの時 感じた想いは決して消えることなく永遠に

心に刻まれていくのだろう……


ーーー私はあなたを描き続き続けたい……


――――あなたに恋したこの瞬間から私の物語は始まったーーー


あなたを追い続けたい……


この想いは永遠だ……好きだという想いは永遠に―――消えることはない……




客席は誰も席を立たなかった。一人も帰る生徒はいなかった。


ユウジさんが歌う曲の全てには歌詞の中に思い描いているドラマが存在している。

出会いの曲から別れの曲、男女の失恋の曲。片想いを歌った曲―——。


涙が出るほど、切なく歌うバラード。


青春は今しかないと熱い思いを歌った曲。



「あきらめるな、踏ん張れ、もっと、もっと、お前ならやれる―――」


「夢を夢のまま終わりにするな―――」


その言葉、一言、一言が胸に突き刺さる。


「いまこそ、立ち上がれ! 夢は永遠だと証明してみせろーー」


私に向ってエールを送っているみたいだったーーー。


「今、この瞬間、感じたまま思い描けーーー」


感じたまま…本能のまま……



「お前だけにしか描けないストーリーをーーー……」


私だけにしか描けないストーリー……


『あれ? ユウにぃ歌詞変えてる?』

『…いや、曲もちょっとアレンジしてる…』


璃音と葎が視線を合わせ、ユウジのギターのテンポに合わせる。


『ユウジのヤツ…暴走してやがる……』

要のギターの音色が横やりで調和しながら入ってくる。


「きゃああああああ……Be happyサイコー――」

客席から黄色い声援が飛び交っている。


スターになる人は生まれつき秘めた才能がある。努力は天性には叶わない。

例えば勉強しなくてもテストで毎回100点を取る人がいるが、それと同じ

ようなものだ。周りからは授業を聞いていないように見えても、ちゃんと

授業内容が耳に入っている。いくら努力しても生まれつき持った天性には

叶わないーーー。


予定時刻の1時間半が過ぎても止まらない熱狂と終わりを知らないBe happyの

ライブは盛況に大好評だった。

ステージから見下ろす客席の満足気に笑う幸福顔がBe happyのメンバーの

視界に映る。


「最後にたった一つだけ星に願う…きっと、あの大空に飛び立てるはずさ……」


クライマックスの伴奏はユウジのギターとメンバーのバックバンドの完璧な

旋律で締めくくり、音響が消えゆくまで体育館内には残響していた。


『そろそろ行こうか』というユウジの視線が春斗に合図を送る。

『はい…』と、春斗は頷くと一回、照明を落とす―――。

そして、ステージと客席に真っ暗闇の世界を作り出し、演出を盛り上げる。


他のメンバーは舞台奥へと回り、照明や音響のサポートで演出する。


さっきまでまでのステージとはまた再びガラリと変わり、メンバー達の

ポジションもサポートへと移動する。

ボワァァ…っと白いスモークが沸き上がると並行に舞台上にスターライトが光る。

客席の照明が少しずつ灯し始めると、ステージに平行に並ぶパイプ椅子に座る

ユウジとハルが現れた。


え、ハル?


「うそ…ハル君…」


「春斗先輩…」


客席は騒めき出し、衝撃を受け、唖然とする者もいた。

ポカーンと空いた口が塞がらないとはこういうことなのかと、

誰もが『狐につままれた』気分となり、ステージで肩を並べている

ユウジと春斗をぼんやりと眺めていた。


「えー、我が母校、みんな、ただいま―」

ユウジが口を開くと、

その言葉に応えるように

「Be happy、おかえりー!!」

後輩たちは元気よく声援を送る。

「先生も久しぶりー」

ユウジは後方の円形テーブルに座る先生方に向って言葉を放つ。

当時、ユウジ等がいた時と先生方も変っているが、中には昔から

ユウジ達の事を知っている先生もいる。

先生等もニッコリと見守るように微笑んでいた。


『ハル…』

ユウジはハルに視線を向け、合図を送る。

『えーっと、俺の暴走を最後まで何も言わず、聞かず待っていてくれた

生徒会役員のみんな、どうもありがとう!』

春斗は心に秘めた思いを打ち明け出す。


「清野君…」


「全ての始まりは、俺がユウジさん達と出会った時から始まったんだーーー」


ハルーーー。


「俺はこの日の為にユウジさんにギターを習い、練習を重ねてきました。

ユウジさん、メンバーのみんな、ありがとう…」

春斗がユウジとメンバーの皆に視線を向けてお礼を言うと、見守るような

優しい眼差しでユウジとメンバー達は微笑む。


「それから、アオー、」

青葉の目を覚ますように春斗が思いっきり叫ぶ。


え?


「俺とお前は足して2で割たらちょうどいいんだよ。アホか、お前は、グダグダと

考えてんじゃねーよ。つまんね―人生にすんな、もっと、青春を楽しめ!!

青春は今しかないんだ!」


ハルーーー


「それでは聞いて下さい…【青春はアオ・ハルの世界に輝くメモリアル~】」


(そこで聴いとけよ、アオ。この曲をお前に捧げる――)



ハルとユウジはギターを手にする。

ユウジがハルに視線を合わせ『いくぞ』と合図を送る。

『はい』と、ハルが小さく頷く。

ユウジの前奏にハルが入ってくる。バック演奏はBe happyのメンバーである。





「はじめてキミに会ったのは小4の頃ーーー

無口なキミを笑わすことが俺のルーティーンーーーー」



その空間だけが時間が止まっているようだった……


 

 「夢にしがみ付いて、悩んでるキミに何もしてやれない

もどかしさがここにあった―――」


過去の自分が蘇ってくるように頭の中に映像が浮かんできていたーーー。




ハルの想いが痛いほどわかるから、



「一度きりの青春、二度と戻ってこないのなら、今―—思いっきり

楽しもうよ、lets try――――」


涙が溢れ出してきて止まらなくなるーーー。


「―——いつか思い出に変わっていくのなら、その時、笑い合っていたい…

アオ・ハルの世界に輝くメモリアル――」


ハルが教えてくれたーーー18の冬。青春は今しか輝けない……と。


10年後、20年後の未来の私達に向けてのメッセージだったんだね。


同じ時を過ごした仲間を、色褪せない輝いた日々を思い出せるように……


この学園祭は仕組まれたハルからの贈り物だったーーー。


「たった一つのスターを掴んで輝き続けてーーー

                 ――can be happy(幸せになれる)~」



春から新しい自分になって成長する為の卒業式ーーーーー。




静まり返った客席内にハルの歌声が響いていた。


曲のエンディングが終わりかけた時、「わああああああああ……」と、

春斗の歌声に魅了した客席内から声援が飛び交っていた。


「春斗先輩―—サイコー」


「いいぞ、清野―——ーーー」


ハル…ありがとう……   目が覚めたよ……

 

私の中に秘めた想いがMaxまで上昇していたーーー。



「Be happyサイコー」


こうして2時間に渡ったライブは無事に成功したのだった―――。



「ハルもやるな…」

舞台袖からステージを見ていた要がボソッと呟く。

隣には葎がいる。

「葎…お前のポジション ヤバくない?」

「俺はベースだから大丈夫だよ。それより、要にぃの方が

ヤバいんじゃない?」

「っだって?」

「だって、ユウにぃはギターもできるし、ハルを仕込んで

ハルが一人前になったらギター、3人もいらなくなるしね」

「アホか、葎…忘れたのか…、ユウジはベースだって、キーボードだって

ドラムだってピアノだって何だってできるんだぞ」

「そうだった…ユウにぃはオールマイティ…」

「何をバカなこと言ってんだ…」

亨が会話に入ってくる。

「それにしてもさ、ハルトは歌も上手だね。音楽のセンスあるかも…」

璃音も会話に入ってくる。


パッっと客席の電気が明るくなり、舞台上も照明が明るくなった。


舞台上の袖でメンバーが会話している間にユウジと春斗によってステージに

長机が用意され、間隔をあけて紙コップが6つ用意された。


『お前らも早く出て来い』という合図がステージに立つユウジから送られ

渋々、メンバー達が出ていくと、

再び「わああああああ……」という、歓声が客席から沸き上がる。


「ジャーン」

春斗が持ってきたのは1本350円の紙パックに入った牛乳2パックだった。

「え、それって…」

「ま、まさか…‗」

「お、おいハル、ちょっと待った、こんなとこまで来て何やってんだ」

前に出て来て、要が口を開いた。

「なにって、マスターから持たされたもんで、すみません…」

「何やってんだよ、オヤジは!!」

と、要がツッコミを入れる。

「お父さん、どこからか見てるんじゃない」

と、璃音が挙動不審のようにキョロキョロと辺りを見渡す。


春斗はみんなの紙コップに牛乳を注ぎ入れる。


「えっと、ライブの後は牛乳を飲むという、恒例ルールがBe happyには

ありまして、みんなもどうぞテーブルの飲み物を紙コップに入れて

付き合ってください」


「なんか、意外な情報…でも楽しそう…」


「え、うちらも牛乳―がいい」

「Be happyと同じ物が飲みたい―」

「―—よね」

と、女子達のブーイングにも春斗は即時に対応する。

「ごめんね、みんなのテーブルまで用意できなかった。

今日はテーブルの飲み物で我慢してね。そのかわり、

この後、Be happyと握手あります―」

「え、マジで?」

「マジです(笑)」


『おい、ハル、聞いてねーぞ』

隣のユウジが小声で問いただす。

『この後、追っかけされて大変っすよ』

『え?』

メンバー達も春斗とユウジの会話に耳を傾ける。

『ウチの女子どもネチっこくてひつこいですからね。

もしかしたら、Be happyのアジトまでつきとめるかもね』

『え、それはちょっと困るかも……』

『―—だから、ここは後くされなく、握手してお開き! ―—の方が、

Be happyの宣伝効果もグーンと上がると思うし…』

『ーーーっていうか、ハル、俺等のマネージャーか!』

『でも、ハルって…マネージャー向いているかも……』

『じゃ、意見、一致でいいですね。それと、後でみんなにはSNSの配信も

頼んでおきますから。きっと、バズリますよ』

『よし、乗った! それでいこう!』

『了解』



「―—なので、スムーズに終われるように、握手をした後は待たないで

すぐに帰ってね(笑)余韻は心の中のメモリーに保存しておいてください」

再び、春斗が客席に向かって言葉を放つ。

『ハルト、うまい!』ドキッ…

璃音の心のバイブレーターが上昇していた。 


「―—っていうか、清野君って…意外とロマンティックなの?」

「でもさ、Be happyの生歌聞けたから感謝だよね」

「うん」

「Be happyのメンバーにもプライバシーがあるもんね」


春斗の一言で風向きが変わっていく―――ーーー。


「はーい」

「了解!!」


メンバー達は視線を合わせ優しい眼差しで微笑んでいる。


「それでは、皆、立って! 立って!! 起立―――」


個々のテーブルから席を立つ音が次々と響く。


「じゃ、これからもBe happyを盛り上げていくぞー」

「おおおーーー」

「推し活、頑張るぞー」

「おおおお――――――ーーー」


「カンパーイ―――――ーーー」


その場にいた全ての人等に祝福されーーー、


皆、一斉に紙コップに入った飲み物を飲み干す――――ーーー。




「これにて、Be happyのライブを終了しまーす―ーー。

              お疲れさまでした(笑)―——ーーー」








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3分で恋に落ちた瞬間―——ーーー 栗原みるく @pink-5865

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