スペシャルゲストは【Be happy! Welcome Live】

「―——え、皆さん、長らくお待たせいたしました。これより、

『クリスマスだ!学園祭』を開催したいと思いまーす!!」

春斗の声で、舞台の幕が上がっていくと並行に調和のとれた楽器音が流れ出す。


「え、え、え?」

「な、なに?」


ザワつく客席にパッとグラデーションの照明が落ちる―――。


それに伴い舞台照明に照らされた【Be happy】のメンバーが顔を出す。


「え!!? マジで!?」


「なんで、Be happyのメンバーが!!」


驚きのあまり続々と生徒達が立ち上がる。


先生方も驚いている様子である。



思わず客席から『ゴクッ』と唾を飲み込むような緊張感のある音がして、

身体中から込み上げてくる熱気と汗、まさに、その情景はライブハウスの

雰囲気を醸し出す納得のいく春斗のイメージ通りの舞台構成だった。

              

考案したのは全て春斗だった―――ーーー。


春斗のサプライズ計画は半年前から始まっていたーーー。




半年前―――。


ライブハウスの店内。


嵐が去ったように静まり返った店内で春斗はカウンターで客達が

飲み干したグラスを片付けていた。

『ハル、何か作ってくれる? 喉、カラ、カラ』

ライブ終了後のユウジがカウンターに座り、飲み物を要求してきた。

『はい、どうぞ』

春斗が出したのは牛乳だった。

『なに? これは…』

『牛乳だけど…』

『お前は舐めてるのか…』

『ライブ後はスカッとビールでしょ?』

『ユウジさん、酒癖悪いからビール1杯じゃすまないでしょ?

それに俺、未成年だからマスターにお酒提供するの禁止されてるし』

『じゃ、お前は何でここでバイトしてんだよ』

『え、資金稼ぎかな。この町でバイトできるとこ、ここくらいしか

なかったから……市内まで出るのめんどくさいし 』

『なんで、そんなに金が必要なんだ』

『卒業後…東京に上京しようかと思って…』

『東京に…何かあるのか?』

『今はやりたいこと見つかってないけど、いつかさ

アイツが夢を叶えた時に一緒に東京に上京しようかなって…』

『女か?』

『男か女かって言えば一応、女に当てはまるんかな』

『お前はややこしい物の言い方するな』

『え?』

『ユウにぃは彼女なの? って聞いてるんだよねー』

ユウジの左隣に座ってきた璃音がサラリと言った。

『え、か、彼女じゃないっスよ』

春斗は璃音に視線を向けて断固拒否するように身振り手振りで否定する。

『そんなにムキになって言わなくても…』

『あ、いや…。そういうとこはハッキリしとかないと…』

『じゃ…なに?』

『アオは…まあ、兄弟というか同士というか…』

『へぇ…アオちゃんって言うんだね』

『ホントはめちゃくちゃ才能があるのに、それがまだ開花されてないというか…』

『ふーん、そうなんだ。ってかさ、牛乳はないだろ?

子供じゃねーし、もう成長期、止まってるっつの』

横からユウジがブツブツと、小言をぼやく。

『はっはっはっ…ユウジは時々、脳みそ子供に戻る時があるからな』

そう言って、ユウジの右隣に要が座ってきた。

『あ、俺も何か飲み物入れて。牛乳以外でヨロシク』

再び、要の目の前に牛乳が出て来た。

『え、何? これは…』

『牛乳!!』

ユウジと璃音が口を揃えて言う。

『俺は牛乳以外って言ったよな?』

『なーに、おもしろい話?』

要の隣に葎が、その隣に亨が座ってきた。

そして、再び牛乳が登場した。

『俺達は頼んでねーよ』

『はい、璃音さん』

そして、璃音の前にも牛乳が出てきた。

『なんで、私まで?』

『だって、マスターからの伝言だから』

『え、ライブの後は『牛乳でも飲んどけ!!』ってさ。

お酒みたいなは刺激物は喉に良くないからって…』

『俺達は歌わないから関係ないよな? 』

『ユウにぃだけでいいでしょ』

要と葎が珍しく兄弟一致の結束を固め、個々に言葉を発した。

『おっ、珍しく意見が一致したな、お前ら。いつもはケンカしてるくせに』

クールに亨があっさりと口を開く。

『兄弟みな、平等。楽しみも喜びも悲しみも全て平等!!だって。マスターが…』

『結婚式の誓いの言葉か!! …ったく、あのオヤジはーーー』

『え? もしかしてマスターって…』

『そっ。私達のお父さんよ』

『そうだったんですか。だから、こんな小さな町にもライブハウスがーーー』

『一応、俺達は音楽一家だからな。 親父がジャズとかロックやポップスが

好きでさ』

『お母さんはピアノの先生だったしね。あ、でもさ、葎だけ一時期

反発してサッカーしてたよね』

『璃音は、なぜ俺のことを呼び捨てにする? 一応、俺もお前の兄貴なんだけど…』

『っていうか、全然、兄貴に見えないし……1コしか歳、変わんないし…』

『ほんと、兄妹きょうだい仲いいですね』

『そうでもないけどね(笑)』

少々不満あり気な顔で璃音がグラスの上部に人差指を置いて言う。

グラスの中で白い液体が揺れている。

気を取り直して、ユウジが口を開く。

『―——で、マスターは?』

『さあ、どっか行ってくるってフラっと出て行きましたけど…』

『どうせ、また隣に行って飲んでるんだろ』

『そう言えば、隣はカラオケスナックでしたもんね』

『あそこ、お母さんの店…』

『え? お母さんってピアノの先生だったんじゃ…』

『ああ…私が小6の時まではね』

『え?』

『私もピアノやめちゃったし、生徒数も減ってきたからピアノ教室をやめて、

その後、カラオケスナックを建てたのよ。でもさ、やっぱピアノだけは捨てきれ

ないみたいで、あの店には今もピアノだけは残っているけどね』

『時々、ユウにぃも弾きに行ってるよね』

頬杖をついてユウジに視線をむけた葎が悪戯いたずらに笑って言う。

『ま、ユウジの場合、ほぼ気まぐれだし…』

言葉を重ねるように要が言った。


グラスの中で揺れている牛乳にユウジの視線が向く――ーーー。


『じゃ、そろそろ一気に飲みますかーー』

ユウジがメンバーに合図を送り、『用意はいいか』と確認を入れる。

『だなーーー』

『そろそろ、眠たくなったし…』

『これ飲まなきゃ、ハルも帰れないんでしょ?』

『はい…ヨロシクお願いします』

『よし、いいか、一気にいくぞ』

そう言って、メンバー等は一斉にグラスを手にして『ゴクッ』と、

一気に牛乳を飲み干す。

『ぷっわあああ…』

最初に飲み干したのは負けず嫌いのユウジである。

続いて、葎、要、亨。最後に璃音ーーー。

『ねぇ、このルールいつまで続くの?』

『さあ…』

『誰が最初に言い出したっけ?』

『葎じゃね?』

『違うでしょ? 要にぃだよ』

『いや…亨にぃでしょ』

『もう、言い出しっぺはユウにぃじゃん。面白がってさ…』

『え、俺? 違う、違う、俺じゃね…』

『元々神谷家のルール作ったのは父さんだ。でも、ま、そこにユウジが

【ライブの後は牛乳を飲む】って、書き加えたんだけどな」

『ほら、やっぱり、ユウにぃじゃん』

『あ、思い出したわ。あの頃、葎と璃音がチビだったから親父が

『牛乳を飲ませ、飲ませ』ってうるさかったんだ』

『おかげさまで、小6くらいからぐんぐん成長したんですけど…。

バスに乗ると、高校生扱いされちゃって大人料金とられちゃうし…』

『あ、俺もだ…』

璃音に便乗して葎が言う。


『あの、ユウジさん、お願いがあるんですけど…』

話の中を割って春斗が入り込んできた。

『―—ん?』

『俺にギターを教えて下さい』

突然、春斗が口を開いた。

『俺、そんな暇ないし…』

ユウジの答えは即答で『NO』である。

『それはわかっているんですけど…そこを何とかお願いします』

『ダメだ』

『ユウにぃ、こんなにハルが頼んでんのに教えてあげれば?』

葎が軽い気持ちで言う。

『俺達にそんな暇、ねーだろ』

『何かあるのか、ハル』

兄弟妹きょうだいの中でも一番冷静な亨が聞く。

『俺、今、高3なんっスけど、俺達の高校、毎年12月25日に

学園祭があって出し物、どうしようかなって…。一応、俺、

生徒会の副会長だし…』

『え、ハルが副会長? こんなにバイトしてて役員会も出てんの?』

『……いえ、一回も出てないっス』

『なんじゃ、そりゃ、幽霊部員じゃん』

『だから、Be happyに出てもらえないかなって思っているんですけど…』

『あー、あー無理、無理。クリスマスは超ー、忙しい――』

『それで、ハルがなんでギター?』

『Be happyを見てたら、俺もギター無性にやりたくなって、特に

ユウジさんのソロめっちゃかっくいいっスよね。俺もあんな風に

弾き語りできたらサイコーだって思って…体がブルブル震えてきたっス』

『ハルの高校どこだっけ?』

『富士ノ里学園です』

『え、マジで? 私らも富士学の卒業生だよ』

【富士ノ里学園⇒略して富士学】

『え、ほんとっスか…』

『ねぇ、ユウにぃ…ギター教えてあげれば?』

『一応、母校の後輩なんだしな…』

『ま、母校には恩返ししたいしな』

『スケジュールの調整があえば出演していいわよ』

『え…』

『おい、お前らな…。璃音、勝手な事、言うな!』

『だって、ハルが可哀想じゃん。私、ハルの気持ちわかるもん。

あの舞台で一人でパフォーマンスするのめっちゃ恥ずかしかったんだからね』

『そうか? 堂々と歌ってたように見えたけど』

『え、葎、見に来てたの?』

『たまたま、通りかかっただけだよ』

『ったく、わかったよ…。基本は教えるけど後はハル次第だ…。

半年でどうにかできるレベルになれば考えてやってもいいよ』

『マジっスか。ありがとうございます』

『俺は考えるって言ったんだ。出るとは言ってないからな!』


『ほんと、素直じゃねーからなユウジは……』


メンバー等がユウジに優しい眼差しを向け微笑む。






 そして、この日の為に春斗はバイトの合間にユウジにギターを習い、

家で練習すると青葉にバレるのでライブが始まる前と終わった後に毎日、

練習していた。


ユウジも春斗の努力には魅了されていた。まだ、粗削りな部分もあるけど

確実に春斗の腕は伸びてきている。

『やっぱ…ハルは若いから呑み込みもいい。まるで、あの時の葎みたいだ』

たった半年で上達した春斗のギターを聴きながら、ユウジは葎に教えていた時の

若かれし日の自分と重なっていた。







「本日のスペシャルゲストは【Be happy】だ―――っ」



舞台の上部には【Be happy! Welcome Live】としるされた

デザインライトの看板が掛けられている。



Be happyの前奏で始まったオンステージが今、動き出す―――ーーー。



「わああああああああああ…… 」


客席から歓声が沸き上がった―――――ーーー。



中央テーブルのド真ん中の席を用意された青葉の

ユウジの姿がスポットライトに照らされて映る―――ーーー。


右隣には那波が、左隣には千里が座っている。


「ねぇ、誰?」

「え、アオ、知らない? 今、SNSやYouTubeでめっちゃ人気の、

Be happyじゃん。登録者数1000万人越え。確か、4月からメジャーデビュー

するんだよね。なんで、Be happyがうちの高校にいるのー。キャー」

右隣から那波の声が入り込んできたが、私の視線はユウジさんに釘付けだった。

「グループは知らないけど…真ん中にいる人…さっき屋上で話してた人だ…」

「え…ユウジと?」

「ユウジ…? 名前は知ってる神谷ユウジ…って言ってたーーー」

呆然と口が開く。


何だろ…この感覚…指が震える…指だけじゃない…


体全身が震える……


初めて感じるこの感覚は何?


あなたを追いかけずにはいられない。視線が勝手にあなたを追いかける―――。



その瞬間、私はあなたに心を奪われた――――ーーー。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る