五話 ④

「わたし、コツをつかんだかもしれません。だから……」

「だ、だから……?」

「シラヌイさんは、じっとしていてください。全部、わたしに任せてください」


 アウラが動き始める。


「あっ……あっ、あああああん!」


 シラヌイは情けない声をあげた。

 疲労と快楽の波に呑まれて、シラヌイの意識は朝陽に溶けていく。

 視界が白く染まっていく中、シラヌイは最後にこう思った。


(女って、すごい)



 薄闇の中で、巫女グリグリは未来を視る。

 空色の瞳に映るのは、世界の終わりの光景。

 極彩色の石が地上に降り注ぎ、毒と破滅の獣を撒き散らす。

 避けられない滅びの。

 しかし、運命に抗う者たちの姿もまた、視えていた。

 赤と青。相克する二色の瞳を持つ少女と、六人の賢者たち。

 彼らの戦いの行く末は、わからない。

 視えていないわけではない。幾多の可能性、無数の結末が同時に視えているのだ。

 こんなことは、初めてだった。

 彼らは――否、彼らの要たる日の賢者は、巫女たる自分に与えられた予知の力を超える存在になるのだろうと、グリグリは思う。

 可能性の地平線。その彼方へと至る少女。あらゆる可能性を内包する彼女は、存在そのものが未確定の未来の中にある。彼女が生まれない未来すら、ありえるということだ。

 彼女をこの世界へと導くのは、一組の男女。

 火の賢者シラヌイ。

 水の賢者アウラ。

 宿敵同士でありながら惹かれ合い、夫婦となったふたりは、果たして日の賢者をこの世界に導けるのか。


「面白いではないか」


 グリグリは、未来を視るのが嫌いだった。

 巫女の予知は、自在に操れるものでもなければ、外れることもない。

 視たくもない未来を視せられ、そしてそれは現実のものとなってしまう。

 未来とは、不透明であるからこそ価値があるのだとグリグリは思う。

 結果がどう転ぶかわからないからこそ、人は望んだ未来を手にするために進歩するのだ。希望を抱いて明日へと臨めるのだ。

 約束された絶望の結末と、確定された未来をも覆しうる希望の少女。

 グリグリは、巫女となって以来初めて、未来に期待していた。

 男と女が愛し合い、新たな命を導く。当たり前の人の営みが、未来を切り開く希望を生む。


「大いに励めよ、シラヌイ。……ぷっ」


 今頃、妻にたっぷり搾り取られているであろう男の情けない顔を思い浮かべ、薄闇の中で、世界塔の巫女は一人、噴き出した。

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【電撃ノベコミ+】最強賢者夫婦の子づくり事情 炎と氷が合わさったら世界を救えますか? 志村 一矢/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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