五話 ③
不可能魔術、
そして、使ってみてわかったことがある。あの術は、やはり炎と氷、相反する二属性の適正を、一つの身体に共存させている者にしか使いこなせないということだ。
術の使用後、シラヌイは今までに味わったことのない疲労感に見舞われた。アウラも同じだったという。
あれは、自分の生命そのもの、あるいは魂の一部が、ここではないどこかへ吸い上げられていったような感覚だった。
おそらくは、自分もアウラも、数ヶ月、あるいは数年単位で寿命が縮まってしまったのではないかと、シラヌイは考えている。
自分はともかく、アウラには、もう二度と使わせるわけにはいかない。
「日の賢者にしか、あの術は使えん。子作りを急げ」
巫女グリグリは姿勢を正し真剣な面持ちで言い、シラヌイとアウラは深く頭を垂れた。
テラスの窓から、月明かりが差し込んでいる。
見慣れつつある天井を眺めながら、シラヌイはアウラの寝息を聞いていた。
(子作りを急げ、か……)
巫女にそう言われた日から、五日が過ぎようとしていた。
(わかってはいる。いるのだが……)
シラヌイは未だ、アウラと子作りに至れていなかった。
それは、シラヌイに意気地がないから……という理由ではない。
シラヌイにもアウラにも、ヤマとの戦いでの疲れ、正確には、不可能魔術を使ったことによる疲労が、重くのしかかっていたのだ。
動けないというほどではなく、日常生活は問題なく送れてはいたのだが、身体は重く、魔力も不安定になっていた。
しかし、それも日に日に回復し、六日目の今日には身体はずいぶん軽くなっていた。魔力も正常に戻りつつある。
つまり、子作りは十分できる状態にあったのだが、そういった空気にならないまま、アウラは眠ってしまった。
シラヌイは妻の寝顔を見る。
その寝顔は穏やかで、幸せそうだった。もう額に包帯はしていない。傷もすっかり消えている。
(綺麗だ……)
シラヌイは美しい妻の顔に手をかざし、思い止まった。眠っている女性に勝手に触れるのはいかがなものか、という自制心が働いたのだ。
ふと、アウラが目を開けた。
「触ってもいいんですよ?」
アウラはそう言うと、シラヌイの手に自分の手を重ね、指を絡めて微笑んだ。
愛する妻と手を繋いで眠る。それはなんという贅沢だろうか。
そう思いながら、シラヌイが目をつむろうとした時、不意に、アウラの手に力が入った。
シラヌイは押されて仰向けにされ、その上に、アウラがまたがった。
「ア、アウラ?」
「シラヌイさん。わたし、本当は知ってるんです」
シラヌイに馬乗りになった格好で、アウラは言う。
「赤ちゃんの、作り方」
「……!」
シラヌイは絶句する。
「い、いつから……」
「シラヌイさんが、白虎の里を訪れる前の日に。フロロ叔母様に教わりました」
「な……」
「わたし、ずっと待っていました。シラヌイさんが、その……してくれるのを」
「な、な……」
「やっぱり、初めては、男の人にリードしてほしいって」
「な、な、な……」
シラヌイは狼狽える。
アウラが子供の作り方を知っていたのだとすると、手を出せずにいた自分が、本当にただの意気地なしになってしまう。アウラには子作りの知識がないから、という言い訳が利かなくなってしまうのだから。
「でも、わたし、もう待てません」
言いながら、アウラは寝間着の帯を解いた。
「不可能魔術を使った時、シラヌイさんと心が一つになったのがわかりました。でも、足りないんです。心だけでなく、身体も一つになりたいんです」
アウラは躊躇いなく寝間着を脱ぎ落とした。
寝間着の下には、夫婦になって初めての夜に着た、極薄の夜着を身につけていた。
窓からの月明かりが、アウラの肢体を鮮明に浮かび上がらせる。
(こ、これではまるで)
アウラの手が、シラヌイの寝間着の帯に伸びてきた。
するりと帯が解かれ、前がはだけさせられてしまう。
(私が襲われているみたいではないか!)
露になったシラヌイの胸板を撫でて、アウラは恍惚とした笑みを浮かべる。
「シラヌイさん」
シラヌイの上に、アウラが自分の身体を重ねてきた。
アウラの肌のやわらかさと温もりを全身で受け止めて、シラヌイの思考はいよいよ砕けた。
「わたしは何も知りません。わたしの子作りは、どこか間違っているかもしれません。でも、わたしは、わたしの心と身体の求めるままに、あなたを愛します」
アウラが耳元に唇を寄せて話す。
「だから、どうか、あなたも」
アウラがゆっくり言葉を紡ぐ度に、シラヌイの耳に、頬に、吐息がかかる。
「心と身体の求めるままに、わたしを愛してください」
くわっ! とシラヌイは目を見開いた。
(認めよう! 男女の色恋に関して、私は意気地なしだ。だが、意気地なしにだって意地はある!)
最愛の妻が、ここまで言ってくれているのだ。こうも求めてくれているのだ。そして、アウラに子作りの知識があるのであれば、もう、躊躇うことはなにもない。
「アウラっ!」
雄だ! 雄になれ、シラヌイ!
シラヌイは心の中で己を鼓舞しつつ、アウラを組み敷いた。
ついに、成し遂げた。
最高の子作りを。
成し遂げた?
最高か最高じゃなかったかといえば間違いなく最高だった。
しかし、主導権は終始アウラが握っていた。
勢いよくアウラを組み敷いたシラヌイだったが、すぐにひっくり返され、そこから先はもう、アウラの為すがままだった。
アウラの愛は、激しかった。
普段の彼女は控えめで温和な性格だが、しかし、その本質は、激しい気性の持ち主であることを、シラヌイは誰よりも知っている。
そんな彼女の本性が、戦いではなく子作りに向けられたらどうなってしまうのか。その答えを、シラヌイは身を以て味わうことになったのだった。
魂の抜けた目で、シラヌイは天井を仰いでいる。
テラス窓から差し込む光は、月明かりから朝陽に変わっていた。
アウラはシラヌイの腕を枕に、安らかな寝息を立てている。シーツが掛かってはいるが、その下は生まれたままの姿だ。
シラヌイは空いているほうの手で、自分の頬に触れた。心なしか痩けているように感じる。
全身を、強い疲労感が支配していた。ヤマと戦った時よりも疲れているかもしれない。
シラヌイは一睡もしていなかった。遂にアウラと結ばれた喜びと興奮で眠れなかったわけではない。
本当に、ついさっきまで、文字どおり一晩中、子作りに励んでいたのだ。
少しでも眠ろうと試みたものの、疲れすぎて、逆に目が冴えてしまっていた。
アウラを見る。満ち足りた寝顔。窶れて肌色も青白くなっているシラヌイとは対称的に、アウラの肌には張りがあり、艶々と輝いてさえ見えた。
「んっ……」
アウラが小さく身じろぎして、目を開けた。
「シラヌイさん、わたし、今、夢を見ていました」
甘える子猫のように目を細めて、アウラは言う。
「あの子の……ユメの、夢です」
アウラの手が、シラヌイの胸を撫でる。
「シラヌイさん。わたしを、早くあの子に会わせてください」
「それは、もちろん……」
シラヌイが言い終えないうちに、アウラは耳に唇を寄せて囁いた。
「なら、もう一回、いいですか……?」
「え……?」
アウラはくすっと笑い、シラヌイの腹の下に跨がった。
「ア、アウラ……?」
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