第9話 最悪な出会い

 ケープ・シェルから二日も南へ飛ぶと世界の様相は一変してくる。

 ほぼ大陸の最南端にあるケープ・シェルから南は農耕や牧羊に向いた草原地帯であり、そこで大陸は途切れて海となり、海魔渦巻く世界となる。もちろん、陸地は東に伸び続けていくのだが、そこからほんの少し東に進むと、荒涼とした岩石砂漠地帯へとなんの前触れもなく世界は変化する。

 黄土の広漠な世界――

 不自然なほどに植物の生えないこの地域は、異様に暑く、そして風が強い。精霊の力の均衡が崩れて、炎と風の精霊力が強まっている証拠だった。

 この砂漠地帯は南北幅が最大二五キロ。東西には千数百キロ続くと言われている。

 砂漠の北の境界線はすぐにジャイアント・シダーの森が広がっており、その不自然さがこの砂漠の不可解な成立の仕方を物語っていた。


「よぉ。なにを見てる?」

「ん? 砂漠……」

「ああ? ああ……お前を南に連れてきたことはなかったな……」


 バリシュの窓からこの砂漠を見ていたユクシーの隣りにネビルは立ちながら、滑り止めの革をまいたスキットルに口をつけた。


「ベノア砂漠……と呼ばれている謎の砂漠だな。三〇〇年くらい前に突然できたって話だ」

「突然できた?」

「マユツバじゃねえかなって思っていたんだが、あのクラウツェンのレリクスを見た後だと、まんざら伝説も嘘じゃねえって気がしてきたよ」

「どんな伝説があるんだ?」

「巨大な魔物の触手によって土地が汚染された……。そんな伝説だ」


 巨大な魔物の触手と聞き、ユクシーの脳裏にはあのレリクスから出現した不定形の粘性生物が伸びた姿が浮かび上がった。実際、あの粘性生物の死んだ場所からはあらゆる精霊が存在せず、土地が腐って砂と化してしまった。


「そんな場所になんで開拓村が……?」

「ある種の鉱石が出たのさ。一五年ほど前までは、千人規模の町にまで発展してた。近くに遺跡もあったから、それ目当ての賞金稼ぎも来てたしな。ほら、あの塔の群れだ」


 ネビルが指し示した先には、ジャイアント・シダーの森に紛れるように四角い塔が何本も聳え立っていた。あの破滅の剣が隠されていた塔のような印象を受けたが、もっと細長く、塔の高さも相当なものだった。

 壁面の大半がガラスでできているのか、キラキラと陽光に輝き、光って見える。


「なんの遺跡だ?」

「発見された当時は盛り上がったもんだが、すぐに期待外れの遺跡になった。超帝国時代の住居跡地らしい」

「住居? あんな塔が?」


 高さにして二〇〇メートルはあるだろう。そんな高さの住居が、しかも複数もあるなんて信じられなかった。


「ひとつの塔に二千人くらい住んでいたらしい」

「そんなに……?」

「まぁな。だがしょせんは住居跡の遺跡だ。得られる者は古代超帝国の生活遺物だけで、工業的価値のある物もフォートレスもなにもなかった。だからアッという間に賞金稼ぎたちもこなくなった」


 賞金稼ぎの主な目的は産業遺物のレリクスだ。住居跡ではロクな獲得物資もないから探索する意味がない。


「オマケに肝心の鉱石も掘れなくなった。だから人は減り、残ったのは細々と土地を開拓して食糧生産をしていた農家くらいらしい」

「そんな村に……」


 そんな村になぜ偉大な錬金術師が隠れ潜んでいるのか?

 謎が深まるばかりだった。


「ホンット暑いねーっ!」


 近くの船室のドアを開けて姿を見せたのは、珍しくタンクトップにデニムのショートパンツ姿になったバレンシアだった。

 その肉感的な胸の盛り上がりに、思わずユクシーは顔を背けた。


「お前なぁ。年頃の男がいるんだから、少しは気を遣えや」

「ああ? 暑いんだから仕方ないだろ! ベルなんて、着てんだか着てないんだか分かんないような服を着てるじゃないさ!」


 それはそうなのだが、妖精族で線の細さもあり、艶やかさよりも美しさの方が増すリャナン・シーのベルの場合、神聖味があって男の情欲をそそるような姿には到底見えない。だが人族のバレンシアの場合、健康でスタイルもよく、性的対象に見えてしまうのが困りものだった。


「ゆだって熱中症でぶっ倒れるよりゃマシだろ?」

「まぁ、ここじゃレザーの服はなぁ……」

「外に出る時は、ショールでも羽織るよ! もうじき目的地のペロー村だよ」


 ペロー村。そこがバネッサが教えてくれた錬金術師が潜むという開拓村だった。

 人口はおよそ二〇〇人程度。あちこちにドームが点在し、乾燥した土壁の家がポツポツと点在していた。

 駐機場と呼ばれるような物は存在していない。

 ただ、どこまでもだだっ広い荒れ地が広がっているため、邪魔にならなそうな場所に停めるしかなかった。


「あのドームはなんだい?」

「ありゃ農地だ。あの囲いの中だけ、水と土の精霊が活性化できる仕組みになっているらしい」

「そんな技術が?」

「なんかのレリクスの応用らしい。さて、降りるぞ」


 ネビルに促されて村に降りたまでは良かったが、道に人影はなく、暑く照りつける陽射しと埃っぽい風にすぐにユクシーも顔をしかめる有り様だった。


「なんなんだ……ここは……?」

「そこに店があるようだ。やってるか知らんが、行ってみよう」


 ゴーストタウンさながらの開拓村の風景にユクシーは思わず弓を構えかけたが、ネビルは辺りを気にした様子もなく、ズンズンと村の中に入っていった。


「行こう。多分、武器は構えなくても大丈夫だよ」

「ああ……そうだな……」


 後から出てきたアルフィンに促され、ユクシーは弓を背負い直して後に続いた。

 ネビルが店と言った建物は、この村唯一の二階建ての建造物だった。

 一階が酒場のようなものになっているのだろう。軒先に古びた看板がかけられており、風に揺れてキコキコと音を鳴らしていたものの、肝心の看板は汚れきっていてなにが描かれているのかサッパリ分からない。しかし店の作りから、酒場のように見えた。


「やってるかい?」


 押戸を開き、薄暗い店内にネビルが入ると、カウンターの奥に座っていた店主が手を上げ、入ってもいいと促してきた。


「いつでも開いてるよ。ただし水も金がかかる。店に入るなら、それを承知しておいてくれ」

「分かってるよ」


 店の中に入ったのは、ネビルとユクシー、アルフィンにバレンシア、そしてランディとガリクソンだった。ベルは日焼けを嫌がり、ボブは暑さにダウンして共に艦内に残った。

 ガリクソンが出てきたのは純粋に話題の錬金術師に興味があったためだった。


「今、食べられるものはなにがある?」

「この暑さなら……ハルボゼかな……」

「じゃあ、それを人数分」


 店主がすぐに持ってきたものは、瓜の仲間と思しき果物だった。大きさは直径が二〇センチほどで細長く、幅は三〇センチくらいあった。ふたつに割られた半身で出され、それぞれに金属のスプーンが添えられていた。


「この辺の砂漠で海際に自生している唯一の植物だ。暑さ対策に調度いい」


 無愛想な店主の説明にバレンシアは恐る恐るスプーンで身をすくって食べてみる。一口食べるとすぐさまがっつくように食べ始めた。シャリシャリとした食感で、甘く水気が多いものだった。


「コイツは美味え……」

「身体に染みる……」

「良い香り……」


 全員、ハルボゼの甘さに酔いしれ、夢中で貪るように食べていると、ギイッと押戸が開かれ、また一人人が入ってきた。


「やあ、マスター。珍しくドラグーンが村に来てるよ。やはり羽ばたく飛行船は美しいねぇ……」


 なにやらうっとりとした調子で店主に話しかける声は、顔なじみの様子だった。


「この水筒に水をおくれ。あと、ハルボゼを二玉」

「はいよ。酒はいいかい?」

「僕が飲めないのを知っていているだろう? いちいち訊くなよ」

「訊くのが商売でね」


 店主が差し出された水筒に煮沸し、冷ました水を入れはじめると、客がいきなり機械の駆動音を鳴らし始めたためアルフィンとガリクソンが気になって顔を上げた。

 その客はもじゃもじゃの爆発頭に不可解なレンズがついたゴーグルをつけた魔族の男だった。魔族と言えばネビルのような筋骨隆々とした印象があるが、その男からはそんな雰囲気がなかった。いや、タンクトップの下から見える肉体は筋骨隆々としているのだが、どこか身体のバランスがおかしく、魔族にしては背が小さいのだ。悪く言うなら頭が大きく、足が短いと言えばいいのか……。


「あのさ……。バネッサは……目的の人の特徴をどんな風に言ってたっけ?」

「あん?」


 アルフィンに訊かれてバレンシアは食べる手を止め、思い出すように薄暗い天井に目を向けた。


「確か……立てばカリフラワー、座ればキノコ、歩く姿はブロッコリー……だったかな。そんな男いるかっての。あはん、ははは……は……はぁ?」


 と笑ったバレンシアは、カウンターの前に立ち、カシュカシュとゴーグルのレンズを動かして遊んでいる男の姿を見て顔を引きつらせた。

 目の前の男が、まさにその特徴を備えたいるように思えたからだ。


「あんた……魔窟のハーバートかい?」


 バレンシアの声に彼女の姿を見た男はギョッとして両手で顔を隠した。


「なんて破廉恥な格好をした娘さんだ!」

「は、破廉恥……!?」

「そんなに肌を露出するなんて、恥を知りなさい恥を!」

「は、は、恥!?」


 無言でハルボゼを貪っていたネビルは、顔を上げて頷いた。


「ほれ見ろ……。言われたじゃねえか」

「だ、黙んなさい! こんな格好、街じゃ普通だっての!」

「そんなことを言って僕を誘惑しようとしても、その言葉には乗らないぞ!」

「誰も誘惑なんかしちゃいねえよ! アルフィンだって上着脱げば変わんねえだろ!」


 そう言いながらバレンシアはアルフィンの上着の襟首をひっつかんだ。

 するとそれを見たハーバートは再び悲鳴を上げた。


「なんだって!? そんな破廉恥娘が揃っているなんて! 世も末だ! きゃーっ!」

「いい年こいたおっさんが、なにがキャーだよ!」


 こうして、魔窟のハーバートとの出会いは、最悪な形ではじまった。

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エリジウムズ・エッジ~竜騎士の棺~ くしまちみなと @minato666

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