第2話 煩悩カシマシ

 メンバーは私以外に四人。


 身長180cmはあろうか、細身で紺色のカーディガンを羽織り流ちょうな関西弁を話す男が山内良助というらしい。目はキツネのように細く、どこか見透かしたような不思議で余裕のある雰囲気を纏った男である。


 先ほどルールに苦言を呈していた活発な女子クラスメイトは名を伊藤凪紗というらしい。身長は私より少し高く、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。俗にいう良いスタイルというやつであろう。

 ほんのり肌が日焼けしており、おそらく運動部であろうと推察するに難くない見た目である。おそらく、結婚して幸せになるのはこういった女子だ。

 うむ、タイプである。


 他に三上と真琴という男女二人のクラスメイトがおり、2人はどうやら同じ中学校出身らしい。

 三上は特徴のない見た目をした男子生徒であるが、これがまた一番モテそうという、ちょうど良く整った顔をしている。


 一方で真琴さんの方はというと、眼鏡をかけていてわかりにくいがまつげが長く、鼻筋がすっと通っていて、顔も片手に収まってしまいそうである。おそらく、美人といっても過言ではない容貌だ。

 こんなパートナーに「おかえり」といわれた日には私はこれまでの時間を共に浪費してきた全ての本を玉川に投げ捨て、彼女との一語一句に耳を傾け、他愛のないことについて語り合うに違いない。

 うむ、タイプである。



 はてさて、勝負の話に戻ろう。


 ゲームは個人戦形式となり、総合得点で一位だった人が最下位に何でも好きなお願いをすることになった。UNOとトランプは全員で、将棋とオセロはトーナメント形式で行う運びになり、現在は最後のゲームである将棋を始めるところである。時間はすでに午後6時半を超えようとしていた。


「ねーねー、今だれが一位だっけ?」


 伊藤さんがふわっと肩まで伸びる髪の先端を、人差し指と親指でいじいじしながらもう一人の女子に聞く。可愛いの一言である。


「今は山内が一位、私が二位、田中君が三位、三上くんが四位。で、凪紗が最下位よ」


 真琴さんが冷静かつ、少しツンとした雰囲気で答える。うむ、美人のツンは目と耳の保養である。


「えー!私が最下位ー!うーん、まこが言うならそうなのかー」

「自分らまだまだやなぁ!もっと本気でやらなあかんで!ま、俺に勝とうなんて10年は早いけどな」

「10年後もゲームを一緒にしてるくらい仲良しでいれたら良いよね」


 三上がどこかズレているような、マイペースな回答をする。


「もう、三上くんは最下位になる可能性があるんだからもう少し真剣にプレーしたらどう?」

「そうだね。真琴が言うなら頑張ろうかな」


 三上くん..?私の気のせいかもしれないが、「君」がひらがなになったような、どこか他の男子に対してとは違う雰囲気ではなかったか?

 やはりこの世は不平等なのか。結局はちょうど良いイケメンが良いというのか!

 女神は持たざる者には微笑まないのだ。


「…ねーねー。外も暗くなってきたし、そろそろ帰らない?」


 そんなとんでもない発言をしたのは伊藤さんであった。

 冗談ではない。私は今3位、まだ女子クラスメイトとのディズニーランドは生きているのだ。断固として止めてなるものか!


「おいおい、最下位やからってずるいで!...ふむ、ほんなら田中とオレが一局だけ将棋で勝負する。俺が勝ったらお前が最下位、田中が勝ったら勝敗は次回にまわす、でどうや?」


「え、良いの?」


「ええで。もちろん、ハンデをつけての勝負や」


 何やら私をほったらかして話が進んでいく。

 つまりはどういうことだ?私に勝っても得の無い勝負をしろというのか。ーーいや、得はある。山内と伊藤さんのディズニーイチャイチャデートを防ぐことが出来るのだ。なんなら勝った私に伊藤さんか真琴さんが惚れてしまい、一緒にディズニーに行きませんか?となる未来があるやも知れぬ。


 三上と真琴さんはしょうがないな、という表情をしている。すると伊藤さんがざっと椅子を寄せて、私の耳元でささやいた。


「田中、田中。良助は将棋が強くて全国大会にも出たことがあるの。私はよくわからないんだけど、達人?名人?って名前の大会。ハンデを多めにして貰うように頼んでみる!田中頑張ってね!」


 と、言いながら両の腕を身体の正面に寄せガッツポーズをした。なぜ彼女は私の寿命を縮めようとするのか。

 鼠と象が一生にする鼓動の回数は同じで、鼠は鼓動が早いから短命と言う。私は落ち着いて生きることがモットーであるが、これで死ぬのも悪くはない。


 そんな私の雑念をよそに、どうするかと山内が訪ねてきたので私は勝負を受けることにした。




 さて、私が将棋についてどれだけ造詣が深いかというと、駒の配置と動きを覚えている程度である。小学校時代には友人とよく嗜んだものだ。


 将棋は九×九の八十一マスが書かれた台の上で互いに8種20個の駒を動かすことで駒を取り合い、時には手に入れた駒を置き、相手の王様を逃げられなくするゲームである。「王手」と言って、君の王様を次のターンで取っちゃうよと宣言をするのが初心者ルールだったはずだ。


「おい、田中。金と銀の位置が逆やで」


 失敬、ついうっかり間違えてしまった。


「おっけ!ほんなら指そうか。俺は王と歩だけ、自分は駒を全部使いや。先手は田中で良いで」


ふふふ、自分の力を過信し過ぎたな山内。いくら経験者とはいえ、裸の王様で勝てる訳があるまい。

だが私はこの暴挙を指摘しない、全ては勝利に向けた合理的思考の賜物である。

恨むな山内。女子クラスメイトとのディズニーは渡さん。


「承知した。いざ尋常に!」




 

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田中の青春ブルース 家ともてる @TomoteruUchi

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