隣の個室

4:15

隣の個室

「最近ね、ちょっと気になることがあって」


その日は朝から蒸し暑かった。


教室の扇風機が気だるく小さい弧を描いて、私とシオリの間にぬるい風が吹き抜ける。


「ケンジくんのこと?」

「ううん、そうじゃなくって……」


シオリは神経質ではないけれど、ちょっとした事に気を揉む方だった。3ヶ月前から付き合ってるケンジくんとの惚気話に、細かい心配事が交じるのもそのせいだったとおもう。


シオリが、ケンジくんの自転車のサドルがいつもより低い、と言ったときには思わず笑いそうになった。誰かに貸したかもしれないし、わかんないじゃん。別の子を後ろに乗せてるとか思ってる?


いろいろとふくらんでいく話を聞きながら、相づちを打つ休み時間。不安がるというより、好きなケンジくんの話を聞いてほしいって気持ち、高校生って感じ。


でもその日は違ってた。


「トイレに入ったらすぐ誰かが隣に入るの。最近。」

「はあ?そんなの当たり前じゃん。トイレなんだから」

「でも向かいもあいてるのに」

「それはねぇ、急いでたらたまたまそういうことはあるの」

「そうかなぁ、そうだよね~あは」


2人して笑って、休憩時間が終わるチャイムが鳴った。


その後しばらくシオリはその話をしなかった。


あの事件があるまでは。



学校の事務の人が女子トイレを盗撮して警察に逮捕されたらしかった。死角になりやすい東棟二階のトイレに仕掛けられていたカメラを、隣のクラスの子が見つけたのがきっかけだったと誰かが言っていた。担任の先生は詳しい話はしなかったけど、申し訳なさそうな表情に嫌悪感を滲ませていた。


−気持ちわるいね

−事務の人って誰?

−ホントは先生じゃない?


しばらくその話題で盛り上がった。


シオリを除いて。


当たり前だけどシオリが考えていることはすぐにわかった。この話が出てきた時にはもうシオリが不安がる表情が頭に浮かんでいた。


そうだよね。心配だよね。でももう大丈夫だってば。


帰り道に何度か私が声をかけても、シオリは「うん…」とうなずくだけだった。


「ケンジくんもそういってくれた」

「でしょー?」


そう言って私が顔を覗くと、はにかんだシオリの顔は可愛かった。


それきり、シオリは学校に来なくなった。


男子の間でシオリの動画が出回ってると聞いたのは、それから数日経ったぐらいだったと思う。私はちゃんと見ていない。


廊下でケンジくんとすれ違いざまに会ったとき、シオリの様子を聞いてみたけど、どうやら向こうも会えていないらしかった。メールは写メつけて毎日送ってるけど、返事こなくてさって、それがダメだって。どーせピースでしょ毎回。


2人でシオリの家にも行ってみたりした。チャイ厶は鳴るけど、誰も出ない。そんなことある?あるんじゃねってあんたさ、もっと心配できないの?


「俺といるのが駄目なんじゃん?」


部活帰りのリュックを掛け替えながら、ケンジくんが帰り道で言った。あたしも連絡取れないのに?一緒に行ったって怒る子じゃないよ。へぇと一言、ケンジくんは間抜けな声を出した。脇腹を肘でつついてやると、逆に胸を人差し指でつつかれた。



私はその指をつかんで、指先を優しくなめた。いつものように。





シオリはあれからも学校に来ていない。担任の先生によるとしばらく休むらしい。


よかった、もう、こなくていいよ。



あたしが先にケンジくんとキスしたんだよ。


あたしが先にケンジくんと手つないだんだよ。


あたしが先にケンジくんのお家行ったんだよ。




ダボダボのスーツの男の人が、女子トイレに入っていくのを見たとき、これだって思った。



私がちゃんと撮れるまで、黙っておこうって。そうしたら、ぜんぶコイツがしたことにできるって。


はぁ、あっつい。


横で私のケンジくんがねてる。かわいいケンジくん。



ちゃんとサドルは元の高さに戻しておいてね、笑いそうになっちゃうから。










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