不遇の吸血鬼と清廉の聖女

嘆き雀

第1話 そんなものよりも、なによりも血がほしい

 腹が減ったから食う。


 生きるものはみんなやっていることだから、悪いことなんてない。だって生きるためだから。生きるためなら、何だって許される。

 でも、食うには自分以外を食うことになる。


 弱肉強食。


 そのときに、絶対に起こること。強いやつが食える。弱いやつはだめ。ばつ。死ぬ。強いやつに食われる。


 食うことは、ときには悪いこととされる。食われたくないから、悔しいから、悲しいから、終わるから、悪いこととする。食ってくるやつを、悪くする。


 そうされているのが私たち。

 もっと詳しく言うと、私含め人間じゃないもの。



 吸血鬼のことだよ。



 人間は自分たちを食ってくる吸血鬼を、食いもしないのに襲ってくる。反撃じゃなく、見つけ次第攻撃だ。


 人間恐い。


 人間なんて屁でもない強い吸血鬼はいるが、私はとっても弱い吸血鬼だ。最弱と言ってもいいだろう。……いや、というか最弱なのだ。

 いつ殺されてしまうかびくびく怯える。でも吸血鬼は人間の血しか栄養とならないから、どうにかこうにか頑張って襲って食おうとし、どうにもならないのでひもじい思いをする。


 そんな日々に報いが来た。

 街中で無防備に、ごろんと寝転んで寝ている人間がいる。場所も路地でちょうどいい。中年男性人間というのが気に食わないが、限界まで腹が減っている状態だ。選り好みなんてしない。


 貪り食う。

 ……のは、人間たちの反撃が恐いので、ほどほどにしておく。ああ、でもうまい。久しぶりの食事だ。たまらない。


 もうちょっと。もうちょっと。


 そんな名残惜しさがいけなかった。

 とてもきれいで、まるで陽光のように眩しくてその場にいてもいられないと感じさせる女人間がいる。私を見ている。


 名残惜しさは吹っ飛んで、男人間の肌に引っ掛けながらも牙を抜き、逃亡する。女人間から速く速くと遠ざかる。


「そいつのてあてぇ!」


 その言葉を置き去りにして、わたしを追いかけるのをやめさせる。つい先程まで餓えで死にそうになっていた私だ。鬼ごっこで勝てるはずがない。鬼の立場が反対なのが滑稽だ。




 なんで食べることが許されないんだろう。

 私が吸血鬼だから。吸血鬼は貪り食って、人間を殺すから。

 私は殺されたくないから、食うときに人間を殺さないのに同じく許されない。


「どんなのでもいいから、ちがほしい……」


 夜の活動時間であるが、地面に寝転がったまま動けない。前回の吸血から何も食えていない。人間以外の動物では全くエネルギーとならないので、どんなのといいつつそれは人間に限られている。


 一番楽な死体でも落ちていないかな。反撃されないから楽だ。でもできたてほやほやでないと、とても食べられるものではないんだよな。腐臭がすごい。


 壁に体を持たれて足を引きずりながらでも、食い物探しのため歩く。口を閉じ、牙さえ隠しておけば、吸血鬼と思われず浮浪者の人間と思われるし、元気な人間は近寄ってはこない。


「……あの」


 でも、食事を見られて吸血鬼だと知っている人間は駄目だよ!?


「!?!?????!」

「待ってくださ―――」


 昨日会ったばかりの女人間が余裕ぶって話しかけてきたので、とにかく逃げる。こういうときは残っている力も惜しまず、全力である。といっても残っている力は少ないため、走っているつもりだが遅い。今にも倒れそうな駆け足である。

 頭がろくに回らないが、慣れ親しんだ逃走ルートがある。体が覚えているため、気づいたときには女人間を振り切っていた。


「ふはっ、ぜえ、ぜえ、ぜえ、ごほっ…………うえぇ」


 胃の中身はないのに吐く。でも空腹を誤魔化すために泥水はすすったっけ。


「もうやだよぉ」


 気付いたら町に誕生していた。どこのどいつか知らないが私よりは強い吸血鬼によって作らされたのが私だ。

 私を誕生させた理由? 知らない。

 なんで知っているかって? 知らないけど、知っているんだよ! 吸血鬼によって作られた吸血鬼だって、なんか知ってるもん、私が!


 理由を求めたことは最初こそあったが、今はいらない。そんなものよりも、なによりも血がほしい。飢えて死ぬ。

 あ、やばい。意識が―――






 真っ暗な世界。地面より心地よい柔らかさが頭にある。

 起きろ、というには優しすぎる手つきも頭にある。


「ううん……」

「起こすつもりはなかったのですが…………もっと寝ていていいですよ」

「ねる? ねむい………ねる……………………………………くー」










「ふわっ、だ、誰!?」


 ほんと誰!?


「おはようございます」


 まいたんじゃなかったの!?

 女人間がいる。


「もっと寝ていてもよかったのですが……」


 なぜか残念そうな顔をしている。って、いやいや逃げなきゃ!

 おっとりとした雰囲気にのまれた。ごろごろごろと横回転で、女人間から逃げる。もしかして膝枕されてた?


 寝起きであり、横回転したせいで頭がぐらぐらするが、一生懸命起き上がる。奮え、私の足!


「逃げなくてもいいのですよ、わたしは貴方に危害を加えるつもりはありません」

「そんなの嘘!」


 信じられるか! なんか体びりびりするもん! 特に口の中とか喉とかお腹! 

 よくよく考えたら、聖職者だ! どうりで陽光みたいに眩しいと思った! この場にいてもいられないと思うわけだよ。


 びりびり攻撃を受けてやっと吸血鬼の天敵、聖職者だと分かり逃げる。ちらりと振り返ってみたら、聖職女は追いかけようとする動きはなく、膝枕をしていた状態のまま動いていなかった。そのときは。



「なんで何度も何度もつきまとってくるの!?」


 吸血鬼だから!? そりゃそうだろうけど!


 毎日決まって夜の吸血鬼の活動時間、一回は遭遇してるよ!?

 おかげで私は血を求めるどころか、聖職女から逃げることしかできていない。

 運良く私から聖職女を発見し、反対方向に逃げようとしても、聖職女は背中に目でもついているようでくるりと振り向き私を見つけ出してしまう。


 もういやだ。私何か悪いことした? 聖職女はつきまとうだけつきまとい、追いかけることはしない。

 私自身の力で逃げ切れたと自信をもって言いたいところだが、聖職女は全く足を動かしていなかった。


「意味わかんない」


 とっとと私を殺せばいいのに。逃げきれる力は私にはなく、殺せる力は聖職女にはあった。

 だというのに、なぜ殺さないのか。人間は吸血鬼を見つけ次第殺しにかかるほど嫌っているのに。



「あー、むかつく。あの賭けさえ勝てたら!」


 地面をだんだんと踏み鳴らす人間がいたため、地面に寝転がっている私は寝心地が悪い。騒音だ、早くどっかいけ。

 勿論声には出さない。こんな人間程度に、残り僅かなエネルギーを使ってはいられない。


「ったく、どっかに金でも落ちてねえか、なッ!」


 人間の声が、足音が近くなっていく。騒音程度、路地にいれば何度も起こるので慣れてはいた。興味関心が薄くろくに見ていたかったせいで、避けられなかった。衝撃がお腹にくる。人間が私を盛大に踏みつけてくる。


「こんなゴミでも役に立つこともあるんだなあ!」

「っぅ、ぐぅぅう」


 耐える、耐える、耐える。体の痛みに、聖職者でもない人間に踏まれることに。

 うめき声のみで反応を抑えられたため、憂さばらしさせてやった人間はすぐにどこかに行った。


 あ、そっか。聖職女も甚振りたいの?。


 エネルギーの足らない頭だったため、実体験があってようやく思い至る。


 惨めだ。人間なんて嫌いだ。

 なんで私はこんなにも弱い。もっと生みの親強くしてくれ。



「大丈夫ですか?」


 あと、運もよくしてくれないかなあ。


 今一番会いたくなかった人間が、私を見下ろしている。終わりを想像して、出てきそうになった涙をぐっと堪える。これ以上、惨めになってたまるか。


「はやくころせばいい」


 もう甚振られるのには疲れた。どうせ逃げられないのなら、早い方がいい。疲れる思いを何度も繰り返したとしても、結局死は訪れるのだから。


「殺すつもりはありません」

「うそつき」

「分かってくださるまで、何度だってわたしは伝えますよ。殺すつもりも、危害を加えるつもりもありません」

「…………なら、何がしたいの?」


 人間と吸血鬼が遭遇して、そうならない訳がない。だが、この聖職女は頑なに嘘だと言わないから、話を進めるために聞いてみる。


「救うため」


 端的な言葉だ。だが、意味が分からない。これまでの常識と一致しない。


「はっ」


 乾いた笑みが零れる。嘘もたいがいにしろ。私を馬鹿にしすぎだ。

 衝動のまま、手に触れた小石を聖職女に投げつける。咄嗟に小石を手で塞ぎ、鋭利だったのか手から血がたらりと垂れる。その血に見とれる。

 聖職女は私の視線に気付いて、血のついた手を差し出してくる。


「好きなようにしていいのですよ」

「…………うそ」

「嘘ではないです。お腹、空いていますよね。今夜血を摂取しないと、生命反応からして生きられません」


 ごくりと喉が鳴る。

 お腹が空いて空いて、我慢できそうにない。涎が垂れる。血が目の前にある。呼吸が荒くなる。人間が隙を見せている。目の奥が熱い。


「救える命を救わないなんて、わたしにはできません。なので、救いたいのです。例え、吸血鬼だとしても」


 更に血の付いた手を、目の前に差し出されて限界だった。血を舐める。それだけでは足りないから、牙を突き立て啜る。


「おいしい?」


 おいしくなんか、あるものか。

 聖職者なため血には聖力が含まれていて、私の身を焼いてくる。それでも血は血に変わりはない。熱さに構わず、そこらの獣に成り下がって血を啜り続ける。ぎりぎり持ち合わせていた吸血鬼の誇りなんてなかった。


 暫くして聖職女の手から口を離す。満腹感はあるが、聖力のせいで頭がぼうっとする。横になりたい。


 ぐらりと倒れるようにして横になる私の頭は、想像していた痛みはなかった。


「ゆっくり休んでくださいね」


 私の意識はそこで途切れた。

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不遇の吸血鬼と清廉の聖女 嘆き雀 @amai-mio

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