#44 回らない会議

 体育祭に限らず、学校行事の実行委員会は生徒会と別に組織される。もちろん生徒会が何もやらないわけではなく、外部との連携など、実行委員会が受け持たない仕事をやっているらしい。

 だが、それらを差し引いても一から実行委員会を組織するのは不確実な部分がある。もしやる気のない面々ばかりが集まってしまえば、行事が崩壊しかねないのだ。

 だから生徒会から最低二人が出向という形で実行委員会に加入することになっている。


「全クラス揃ったようなので、体育祭実行委員会を始めます。私は生徒会副会長の西園寺詩音。今回は生徒会の代表として、実行委員会に籍を置くことになりました」


 体育祭実行委員会に出向してきたのは、西園寺と鈴木のようだ。

 どうして二人が出向してきたのかは、何となく分かる。選挙のための地盤固めだろう。体育祭が終われば生徒会選挙が始まるからな。一般生徒に近い役割を選ぶ方が選挙対策には最適だ。


「さすが」と呟く俺。……なんか陰の実力者の真の力に気付いてるキャラっぽくなっちゃったな。意識したら恥ずかしくなってきたので、もうこれ以上考えるのはやめておこう。

 ――選挙戦なんて俺には関係ない話だしな。


「私たちが指揮を執ってしまっては意味がありません。まずは実行委員長を決めようと思います。実行委員長には私たちと共に運営本部として動いてもらう予定です」


 考えている間にも西園寺は話を進めている。

 確か去年もこんな感じだったっけ――と俺はぼんやり思い出した。出向してくる生徒会はあくまで補佐・監査のようなニュアンスが強いのだそうだ。


「運営本部に入ってもらうのは、実行委員長と副委員長の二人です。例年、二年生になることが多いですが――もちろん一年生でも問題はありません。立候補してくれる人はいますか?」


 西園寺が全体を見渡して、言う。

 だが、立候補者は現れない。そりゃそうだろう。『鉄の王女様』と並んでリーダーになりたいと思う奴はいない。西園寺と比較されるのがオチだ。


「……しぃちゃん」


 空気が重くなっているのを察知したのか、鈴木が西園寺に声をかける。

「ええ、そうね」と頷くと、西園寺は気の抜けた溜息を吐く。


「ごめんなさい、少し堅くなりすぎてしまったわ」

「あはは、本当だよ。しぃちゃんのよくないところだと思うなぁ」

「つくづくそう思うわ。――ということで、ここからはラフにいきましょうか。せっかくのお祭りだもの。実行委員会もアゲアゲな方がいいでしょう?」


 ぷっ、と小さく笑う声が聞こえた。

 真面目な顔で西園寺が『アゲアゲ』なんて言うんだから、笑ってもしかたない。俺も笑いそうになったくらいだ。


「正直な話をしてしまうと、実行委員長はものすごく大変よ。一時的に生徒会長をやるようなもの――って言ってしまったら分かりやすいかしら?」

「えぇ……しぃちゃん、そんなこと話しちゃったら誰もなってくれないんじゃないかなぁ」

「嘘を言っても仕方がないでしょう? それに、大変ではあるけれど、私やスズがいる。実行委員長一人に全てを任せることはしないわ」


 安易に『楽だから』と騙すことはせず、それでも自分たちがいることを安心材料として提供してみせる西園寺。

 実行委員長のハードルを適度に下げたうえで、西園寺への信頼度と好感度は上げられる。見事な話し運びだった――が、


「「「…………」」」


 それでも立候補者は現れない。

 俺は何となく気になって、ふーちゃんの方を一瞥する。ふーちゃんも俺を見ていたようで、ぱちっと目が合った。


「……やらないのか?」と小声で尋ねる。

「やってみたいなーとは思うんだけど、迷惑かけちゃう気がするから」

「そっか」


 そうだよなぁ。実行委員と実行委員長では、挑戦の重みが違う。流石のふーちゃんでも、実行委員長は荷が重いらしい。


「こたくんは?」

「俺がやっても迷惑かけちゃいそうだからな」

「そうかなー?」とふーちゃんが首を傾げる。

「そうだよ」


 ふーちゃんは俺が何でもできる超人だと思っている節がある。実際は全くそんなことなくて、出来ないことばっかりなんだけどな……。


 俺は再び西園寺の方に向き直る。

 すると今度は、西園寺と目が合った。


『やってくれないかしら?』


 西園寺の目がそう言っている。

 ――あえかな期待。

 この場を切り抜けるためじゃなく、もっと先の未来を映す瞳だった。


 この場で手を挙げて、実行委員長になるのは簡単だ。西園寺や鈴木がいるのだから、なんだかんだ仕事も上手くやりきれるだろう。

 だけど、それは俺にとって背伸びでしかない。

 だから、いつまでも応えることはできない。

 それなのに、今だけ応えるのは不誠実だ。


「あの――私がやってもいいでしょうかっ!?」


 沈殿した重い空気を蹴散らすように、とびきり元気な声が響いた。部屋中の視線が声の主の方へと集まる。

 手を挙げたのは、狛井だった。

 西園寺は目を眇め、狛井に言う。


「狛井さんは陸上部の部長もやっていると記憶しているのだけれど……大丈夫かしら?」

「問題ありません! 陸上部の皆は、私がいなくても練習で手を抜くような人たちではないですから!」

「……心配しているのはそこではないのだけれど」


 正直、俺も西園寺と同じ気持ちだった。

 狛井は陸上部の部長だし、それ以上に陸上選手としての飛躍を期待されている。ただの実行委員ならまだしも、実行委員長になるのは負担が重すぎる――と思う。


「私の練習時間を心配してくださっているんでしょうかっ!? であれば、その点も問題はありません! 実行委員の仕事が終わってから練習すればいいだけですから!」

「……そう」


 西園寺の反応は未だに渋い。しかし、立候補者がいない以上、狛井の立候補を却下することもできない。


「狛井さんが実行委員長になることに反対の人はいるかしら? ……いないようね。では、体育祭実行委員長は狛井さんにお任せするわ」

「はいっ! 皆さんのご期待に沿えるよう、頑張ります!」


 ぱちぱちぱち、と拍手が起こる。

 中には、


「狛井さんがやってくれるなら安心できそー」

「困ったら、いつも何とかしてくれるもんね」


 といった声も混じっていた。

 狛井への信頼の厚さを感じる。『勝利の女神』は伊達じゃないらしい。その信頼は素晴らしいと思う。だけど、納得できない部分もあった。

 だから、


「副委員長、やってもいいか? 実行委員長って柄ではないけど、そのサポートくらいならできると思う。去年も体育祭実行委員をやってたからな」


 俺は拍手が止むより先に手を挙げた。

 狛井が実行委員長になったのだ。おまけに西園寺もサポートに就く。比較的簡単そうな副委員長になって、S級美少女二人とお近づきになろうとする奴はきっといるだろう。

 そういう奴らが悪いとは言わない。でも、そういう奴らに副委員長の座を譲ったら、後で色んな奴から恨まれそうな気がした。


「経験があるのなら安心して狛井さんの補佐を任せられそうね。吾妻くんが副委員長になることに反対の人はいるかしら? ……いないようだから、副委員長は吾妻くんにお任せするわ」

「二年B組の吾妻虎太郎だ。よろしく頼む」


 ぱちぱちとまばらな義務拍手が起こるなか、俺は席を立って軽く自己紹介を済ませる。狛井と違って、顔が売れてるわけじゃないからな。……最近はゴシップの対象にはなってるけど。


「これで実行委員長と副委員長が決まったわね。あとは……紅組と白組の応援団長も決めたら今日はお開きよ」

「応援団長ーっ!? それって、実行委員会から出すんだ? ……あっ、出すんですか?」

「ふふっ」西園寺が微笑を零す。「ええ、そうよ。それと、敬語は使わなくていいわ。ラフに話しましょう」


 流石はふーちゃん。俺の登場によって微妙になりかけていた空気が一瞬にして軽くなった。もはやふーちゃんの領域魔法なのかもしれない。『ふみふみ☆領域』みたいな――ってダサすぎるな。

 ま、それはいいとして。


「応援団自体は毎年、実行委員とは別に有志で募っているわ。でも、その団長は実行委員会から出すことになっているの」

「へぇー! それ、私がやってもいいかなーっ?」ふーちゃんが部屋を見渡して言う。

「いいと思う!」

「最高じゃん!!!」

「伏見さんが応援してくれる、だと……!?」

「ふふっ、みんなありがとーっ! ……じゃあ、紅組の応援団長は私がやるってことで。どうかな?」

「反対意見がなければ、私としては大歓迎よ。よろしくお願いするわね」


 流れるようにふーちゃんが紅組の応援団長に任命された。ふーちゃんの方を見ると、えっへん、と誇らしそうな笑みが返ってくる。

 実行委員長よりはハードルが低いし、アイドルのふーちゃんには適任かもしれない。むしろ役不足なくらいだ。


「となると、後は白組の応援団長ね……」


 と呟く西園寺の声が少し困っているように聞こえたのは、多分気のせいじゃない。

 うちの学校では、各クラスをランダムで紅白に分けられる。今年はA組・D組・F組・H組が白組で、B組・C組・E組・F組が紅組だ。

 つまり――


「やっぱり狛井さんじゃない……?」

「それすぎる。伏見さんに対抗できるのは狛井さんしかいない!」

「我らが『勝利の女神』だしな」


 ――こうなってしまう。

 S級美少女と釣り合うのはS級美少女だけ。しかし、西園寺は紅組だ。残るS級美少女は狛井しかいない。


「皆さんにそう言っていただけるのなら……ぜひ白組の応援団長もやりたいです!」


 そして、狛井は期待や信頼に必ず応える。

 一切の屈託なく言ってのけたその姿は眩しかった。


「狛井さんは実行委員長もやってくれるのよね?」

「掛け持ちするのは難しいでしょうか!?」

「そう、ではないけれど……」と煮え切らない反応をする西園寺。


 分かっているのだろう。ただでさえ高かった立候補のハードルは、狛井の名前が出たことで更に上がった。『狛井の代わり』というニュアンスが生まれてしまったから。

 おまけに、実行委員全体の空気はもう決まってしまっている。『現役アイドルvs美少女アスリート』の分かりやすい構図を求めているのだ。


「お任せください! 皆さんのご期待に応えてみせます!」

「……ええ。他にやりたい人がいなければ、白組の団長は狛井さんに任せるわ。実行委員会の方は私やスズ、副委員長で可能な限りサポートしましょう」

「ありがとうございますっ!」


 押し切られる形で、西園寺は狛井の団長就任を認めた。ぱちぱちと拍手が弾ける。


「今日のところはここで終わり。明日からしばらくは放課後に集まって話し合いや準備を進めることになると思うから、可能な限り参加してもらえると嬉しいわ」


 かくして。

 体育祭実行委員会の第一回目は、面倒ごとの気配と共に幕を閉じた。

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【一章完結】S級美少女たちから興味を持たれてる俺は、今日も二番目くらいに可愛いB級美少女たちと気軽にエッチする。 兎夢 @tomu_USA

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