#43 ハーレムってる……?

「文ちゃん、頑張って~!」

「うんっ! 伏見文、行ってきまーすっ!」

「吾妻も頑張れよー」

「伏見さんに迷惑かけるんじゃねぇぞ」

「俺の味方はどこにもいないのかよっ!?」


 早速、放課後に実行委員会があるらしい。クラスメイトに送られる俺とふーちゃんだったが、扱いの差が酷すぎてツッコまずにはいられなかった。

 けらけらとクラスメイトたちが笑う。……扱いが酷いと言っても、俺への風当たりが強いわけではないんだよな。いいクラスではあるのだろう。ふーちゃんを贔屓しすぎているだけで!


「がんば吾妻」教室を出る直前、稲荷が小さな声で言う。

「……サッカーチームの名前みたいな応援の仕方だな」

「あ・ず・ま?」

「冗談だっつーの」俺はくつくつ笑って言った。「頑張ってくる。ふーちゃんと一緒にな」


 俺が頑張ったところで何かが変わるわけではないだろう。

 でも、ふーちゃんのお荷物にならない程度には頑張りたいものだ。特別で普通なふーちゃんの隣に立ち続けるためにも、せめてそれくらいのことはしてあげたい――と思う。


「……? こたくん、どうかしたの?」


 そちらを見つめていたせいだろう。ふーちゃんが不思議そうに首を傾げる。俺は廊下を歩きながら答えた。


「ふーちゃんが実行委員をやろうとするの珍しいな、って思ったんだよ」

「あはは、そうかも」ふーちゃんは頷く。「私もこの前のことがなかったら、立候補しようと思わなかったかなー」

「この前?」

「こたくんや祈里ちゃんと話したこと」


 それのどこが実行委員に立候補することと繋がるんだろう?

 考えても分からなかった俺は、ふーちゃんに話の続きを促す。答えるふーちゃんの横顔は、ほんの少しだけ大人びているように見えた。


「今までの私は、『学校生活とアイドルを両立』って口で言ってるだけで、全然できてなかったなーって思ったの。……だからこたくんとの距離を縮められなかった」

「そんなことは――」俺は否定しようとする。ふーちゃんは距離を縮めようとしてくれたはずだ。だけど、ふーちゃんはかぶりを振って俺の言葉を制した。

「たまたま会えたから、勇気を出せただけだもん」


 それでも十分だろう、と俺は思うけれど――。

 ふーちゃんにとっては違うらしい。


「私はもっともーっと、自分が欲しいもののために頑張りたいんだーっ! 一歩踏み出す勇気じゃ足りなくて、いっぱい走って追いかけたいの」

「そっか」俺は眩しさから目を逸らすまいと意地を張りながら言う。「どっちも楽しもうとしてるんだな、ふーちゃんは」

「うんっ!」


 と言ってから、ふーちゃんは訝しむような視線をこちらに向けてくる。はてと首を傾げて応えると、ふーちゃんは呆れた声で呟いた。


「はぁ……こたくんはにぶちんさんだなぁー」

「えっ、どうして?」

「だって私の気持ち、半分しか分かってくれてないんだもーんっ!」

「えぇ……?」

「まったくもう。しょうがないから教えてあげるね?」


 ふーちゃんは百点満点中一億点のウインクをぱちんと決めて、言う。


「もちろん学校生活を楽しみたいって気持ちをすっごーくあるよ? だけどそれ以上に、こたくんと一緒に何かやりたいなーって思ってたのっ!」

「俺と?」

「私もちゃんとできるんだーってところを見せたかったし、こたくんのかっこいいところも傍で見たかったから!」


 ……本当にこの幼馴染は最強に可愛すぎてズルい。

 無性に照れ臭くて、つい卑屈なことを言いそうになってしまう。『俺がかっこいいところを見せられるとは限らないけどな』って。

 その情けない台詞はふーちゃんの隣に立つ奴にはふさわしくない気がしたから、別の照れ隠しを見つけ出す。……照れ隠すことに変わりはないが。


「じゃあ、居眠りして正解だったかもな」

「そうかなー? 居眠りはよくないことだと思うよ?」

「そうだけどさ」と俺は開き直る。「先にふーちゃんが立候補してたら、俺は実行委員になれてなかったかもしれないだろ? 居眠りしてたから、真っ先に男子の実行委員になれたわけだ」


 幼稚園の頃のように『こたくんがいい』なんて言われたら、とんでもないことになる。そういう意味では、居眠りに命を救われたとすら言えるかもしれない。


「そうかなぁ……? なんか、こたくんに騙されてる気がする」

「そんなことないって」


 ふーちゃんと他愛もないやり取りをしているうちに、実行委員会が行われる会議室に到着する。既に他の実行委員も集まり始めているようだった。ふーちゃんが会議室に入ると、部屋の中がざわつく。


「うそっ!? 伏見先輩がいる!」

「実行委員になったってこと……だよね?」

「神展開キタコレ!」

「実行委員になってよかった……うっ、うぅぅぅぅぅ」


 だいたいは予想通りの反応だ。不人気な実行委員に入ったら憧れの現役アイドルがいるわけだし、ざわつくのも仕方がない。それにしたって号泣してる奴は感極まりすぎだと思うけどな!?


 彼ら彼女らの視界には、俺は全く入っていない。まぁ、『どうしてお前みたいな奴が隣に……』って絡まれるよりはマシだと言えよう。


 黒板を見ると、クラスごとに座る場所が書かれていた。

 二年B組の場所を探していると、


「あら、吾妻くん。やっぱり今年も実行委員になったのね」


 と声を掛けられた。

 振り返ると、そこには二人の少女がいる。


 一人は――西園寺詩音。

 太陽のような金色のロングヘアーと西洋人形みたいな顔立ちは、ふーちゃんに負けずとも劣らない。学年一の才媛にして、『鉄の王女様』と呼ぶ声もあるS級美少女だ。

 そしてもう一人は、


「その調子で生徒会にも入ってくれたら嬉しいのだけれどね。スズもそう思わない?」

「あはは。しぃちゃんは本当に吾妻くんがお気に入りだなぁ」


 当たり前のように西園寺の隣にいる――『モブデレラ』こと鈴木だった。

 道端のたんぽぽみたいな笑顔は素朴だけど可愛らしい。B級美少女だなぁ、としみじみ思った。


「こ――吾妻くん、お友達?」って、ふーちゃんが訊いてくる。


 俺は何て答えるべきか迷う。鈴木は間違いなく友達だし、『ちょうどいい同盟』の仲間だ。でも西園寺とはそこまで交流があるわけではない。

「あー」と煮え切らない反応をしていると、


「少し違うわね。今のところは、私が彼に片思いしているだけだもの」


 と西園寺が答える。


「か、片思いっ!? そ、それってつまり……」

「何度か想いを告げているのだけれど、断られているのよ。私としては、吾妻くん以外には考えられないくらいなのに」

「っ、そ、そうなんだ……?」


 ふーちゃんがこちらに視線を寄越してくる。

 間違ったことは何一つ言ってないのに、めちゃくちゃ勘違いが生じてる気がする。つーか、西園寺がわざと勘違いされそうな言葉を選んでいるとしか思えない。


「生徒会に誘われたのを断ってるだけだからな?」

「っ!? こ、告白されてるんじゃないの?」

「西園寺は、『告白』とは言ってなかっただろ。『生徒会に入ってほしい』っていう想いを告げられてるだけだ」

「そ、そっかぁーっ!」


 心底ホッとしたような声を漏らすふーちゃん。何とか誤解を解けたことに胸を撫で下ろしつつ、西園寺にジト目を向ける。


「わざとだろ?」

「ふふっ、ごめんなさい。吾妻くんが女性と仲良くしているのを見るのは初めてだったものだから、ついからかいたくなってしまったわ」

「そんなに意外か?」

「いいえ」と西園寺が首を横に振る。「吾妻くんは素敵な男性だもの。意外だとは思わないわ。ただ……」


 西園寺は何故かそこで言い淀む。

 それから、


「さっきの言葉、訂正するわ。吾妻くんが女性と仲良くしているのを見るのは初めてだったものだから、つい意地悪したくなったの」


 と少し頬を朱に染めながら言った。

 ……恥ずかしがるポイントなんてあったか? よく分からないが、西園寺はお嬢様だし、きっと何かあったのだろう。


「……しぃちゃん、デレが分かりにくいなぁ」

「う、うるさいわよ、スズ!」


 んんっ、と赤らむ頬を誤魔化すように西園寺が咳払いをする。


「ともかく体育祭だけでも吾妻くんと一緒に働けて嬉しいわ」

「そうだな。……あんまり期待しないでくれると助かる」


 俺は言うが、西園寺は笑顔のみを返してくる。どっちつかずの答えだった。どうしてそこまで俺に期待するのかね……と苦笑いを浮かべずにはいられない。


「吾妻さんがいる!? もしかして吾妻さんも体育祭の実行委員になられたんですか!?」


 西園寺たちと話していると、また入口の方から声が聞こえた。

 月の兎みたいに元気な声に振り向く――よりも先に、その少女はこちらへ駆けてくる。


「吾妻さんだけじゃなくて、西園寺さんや伏見さんもいる!? えっと……ここはどういう集まりなんでしょうかっ?」

「どういう集まりでもねぇよ。……てか、狛井も実行委員になったのか」

「はい! クラスのみんなにお願いされまして! 陸上部の好感度アップのためにも、私が一肌脱ぐことにしたんです!」


 ――狛井舞。

 小町の双子の妹にして、陸上部のエースがそこにいた。陸上部のための『勝利の女神』活動は、なんと体育祭実行委員にも適応されるらしい。


「……こずまくん、お友達?」とふーちゃんが訊いてくる。こずまって誰だ。『こたくん』と『吾妻くん』がミックスされていた。

 既視感のあるやり取りだけど、さっきみたいに答えに手間取ればややこしくなる可能性がある。学ぶ男であるところの俺は、即答することにした。


「西園寺と似たような関係だな。狛井からは陸上部に誘われてる」

「へぇー、そうなんだ」

「へぇ?」


 ほら見ろ、スムーズに話が進んだ! ……その割にはふーちゃんの目が笑っていない気もするけど。ついでに何故か西園寺も目を細めてるけど、見なかったことにする。


「あ、しぃちゃん。そろそろ準備しないと」

「……そうね。私たちは実行委員会の準備をするわ。三人も指定の席で待っておいてくれるかしら?」

「はーいっ!」「おう」「分かりました!」


 ふーちゃんに西園寺、そして狛井。

 まさか実行委員会にS級美少女三人が集まるとは思いもしなかった。


 いったいどうなることやら。

 ワクワクと不安のちょうど中間地点のような気持ちになりながら、俺は二年B組の席に向かった。

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