いまさら素直になんて

ながる

言えよ

 目覚めたのはそれから三日後だった。

 エラリオはくっついた隣のベッドでまだ眠っていた。俺は何故か彼の手を握りしめたままで、その手がほんのり温かくて、ちゃんと生きてると実感出来たら泣けてきた。

 ギシギシいう身体で寝返りを打って、彼を抱きしめる。

 8年だ。エラリオが彼女を連れて逃げて――俺の隣から居なくなって8年。

 すぐさま看護師に見つかって、えらい剣幕で怒られた。

 呼ばれた医師は「目覚めたのなら部屋を移す」と忌々しそうな顔で言う。俺は断固として拒否した。

 ここで離されたら、もう並んで歩くのは無理かもしれない。

 騒ぎを聞きつけて、国家安全省の幹部がやってきた。エラリオ追跡の間、嫌というほど顔を突き合わせたお偉いさん。相変わらず地獄耳だ。釈然とはしないが、こいつに任せておくのが一番面倒がない。村に帰れば……もう会うこともないだろう。


 * * *


 村に戻れば戻ったで、親に音信不通だったことを怒られ、なじられ、泣かれた。エラリオの母親おばさんはただ黙って彼と、彼の連れて来た少女を抱きしめただけだったのに。

 彼女は他の入村者と同じように空き家を与えられ、村の一員として担う仕事を割り振られる。慣れるまでは大変かもしれないが、もう何からも逃げなくていいのだから、ゆっくりと馴染んでいけばいい。エラリオも手助けすることだろう。


「レン」


 衛兵業務の基本、巡回中にエラリオが話しかけてきた。

 エラリオは護国士の資格を剥奪されてしまったので、家畜の世話や畑の手伝いをして過ごしている。目の前にいる相棒が……鏡合わせのように同じ眼帯をしている相棒が、同じ制服を着ていないのが、なんとも寂しかった。


「そんな顔するな。護国士じゃなくても有事には剣を持てるから、個人的に訓練は続けるよ」

「いつでも相手になってやるから」

「お前とはもうしばらくはやりたくないな……っと、その話をしに来たんじゃないんだ」


 苦笑する彼になんの話かと首を傾げる。

 エラリオはちょっと辺りを見渡してから一歩近づき、声を潜めた。


「お前さ、戻ってきてからエストと話しもしてないだろ」

「……それが?」


 初対面の時に剣を向けたことを、再会後も許されなかった。

 それでも俺といたのはひとえに「エラリオがそう言った」から、だ。

 さらに、そのエラリオを殺しかねなかった俺を彼女はますます嫌いになっただろう。

 現に、面会を許可された時、彼女は俺に目もくれずにエラリオに飛びついた。


「村のこと、教えてやれよ。ほら昔、俺にしてくれたみたいにさ」

「お前が面倒見てやればいいだろ。俺がするよりずっと素直に聞く」

「そうだとしても、前科者よりは、お国に仕えてる人間が目をかけてやった方が他の人たちの心証もいいだろ。頼むよ」


 それはもっともな意見だが。だがだがだが。


「……俺、嫌われてんだよ。嫌いなやつにあれこれ言われたくねぇじゃん……」

「……は?」


 エラリオの綺麗な青い瞳がまんまるに見開かれた。


「え……でも、レン、お前は好きだよな? ずっと、

「……っだぁ!? なに、なんっ……ちち、ちが……」

「そりゃ、最初の時の『好き』はそういうのじゃなかったかもだけど、再会した時はもう完全に堕ちてたもんな。から間違いない。お前、好み変わんないよなー」


 青い瞳を指差され、確かにその瞳があったから見張られてる気がして、できるだけ目を逸らしてきたのに! マジで見てたんかよ!

 いや、待て。見てたんなら知ってるはずじゃん。


「見てたんなら知ってるだろ? 俺たちずっと喧嘩してたじゃん」

「表面上はね。でもさぁ、視線は意外と誤魔化せないから」

「はぁ?」

「俺はレンのカッコいいとこ、結構見せられたよ?」

「はぁ???」


 訳のわからないことを言ったエラリオは、ひとしきり可笑しそうに笑った。ちょっとムカついたけど、彼女と出会う前の俺たちに戻れたようで、なんだかじんとした。


「はぁ。まあ、だからさ、ちゃんと言えよ。意地張ってないでさ。もう全部終わったんだから」

「そんなこと言って、全部お前の憶測じゃん。俺から見りゃ、あいつはお前にメロメロじゃないか。俺は無駄な戦いはしない」

「ふぅん。そこは引くんだ。言っとくけど、エストのあれは兄とか父に対するもので、恋愛感情じゃないからね」

「そんなの、本人に訊いてみないとわからないだろ!」

「だから、訊いてみなって」


 ん? あれ? どこで間違えた?

 答えに窮した俺をもう一度可笑しそうに笑って、エラリオは山の方を指差した。


「今日はオレンの収穫を手伝ってる。豊作みたいで量があるから、運ぶの手伝うといいよ」

「だから、見えてるならお前が……」

「俺は俺の仕事があるし。これ以上こじれる前に何とかして」


 何とかって……

 逡巡した隙に、エラリオはじゃあ、と行ってしまった。

 確かにこれからそっちの方は通るけど。

 山が近づき、裾野に広がる果樹園に目をやれば、確かにエストがオレンの実満載の木箱をふらつきながら運んでる。

 こけそう、とか言ったら、また怒るんだろうな。

 あ。目が合った。

 あいつと同じ、というか、あいつの青い瞳。片方はエラリオに返して義眼になったけど、いいものを入れてもらえたから言わなきゃわからない。

 あんまり見るのもおかしいか。やっぱり目を逸らそうか。嫌な顔をされたら、何でもないって巡回に戻って……

 思考とは裏腹に、足は立ち止まってしまった彼女の前まで進んでいた。


「貸せよ。入れすぎだ。八分目くらいまでにしとけ」


 箱を奪うようにして抱え、振り返る。怒った声が追いかけてくるだろうと身構えていたのに、どうもそんな様子がない。それはそれで心配になって振り向けば、泣きそうな表情に心臓が跳ねた。

 なんだ? どうしたっていうんだ?


「……レン」

「な、なんだよ」

「エラリオを助けてくれて、ありがとう……」

「……はぁ?! 今? 何だよ。意味わかんねぇ!」

「エラリオが目覚めてから、言う機会逃してたから……レン、私のこと避けてたし」

「それは……」


 違うと言えなくて口ごもる。


「レンは、エラリオとその目を奪った私のこと、嫌いだもんね。それなのに故郷までのこのこついてきて……」

「……は? いつ誰がそんなこと言ったよ?」

「言わなくても、そういう態度だったじゃない」

「あのなぁ、人の気持ちを勝手に……」


 はたとエラリオの声がよみがえる。『ちゃんと言えよ』。

 え? これ、言う流れ? 今?

 言葉の途中でフリーズした俺を、エストが不思議そうに見つめている。その青の瞳の奥でエラリオがニヤついてる気がした。

 やべぇ。あいつと剣を交えたときより緊張してきた……



*いまさら素直になんて 終*

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