言い逃げ

 自分のことが好きな人がいる――。


 予想外のところからそう言われた経験はない?


「あれ?矢野さんって誰かと付き合ってなかったっけ?」


 そう言ったのは、同じクラスのミヤタク。名字が宮藤で名前がたくや、なんだけど、苗字も名前もどっちかが2クラスしかないこの学年の誰かと被ってるので、みんなからそう呼ばれてる。


「付き合ってるよ?えーっと、藤原くんとだっけ?」

「そうそう。ふーちゃんから告ったって言ってた」


 小清水さんの言葉にミヤタクが首を傾げた。


「藤原と……?あれ?ちょっと前に清水と付き合ってるって言ってなかった?」


 清水は学年でも比較的イケメンな部類の男子で、同学年はもちろんのこと、後輩や先輩からも告白をされてるヤツだ。一緒にいる連中とバカなことをやってケラケラ笑ってる印象しかないんだけどなあ。


「別れたんだって。なんでかは聞いてないけど」

「え。そうなの?マジで?いつ?」

「この前?って言ってた」

「へえ。そうなんだ。本人情報?」

「もち。まあ、そんなに長く続くとは思ってなかったけどね」

「わかる~!」


 ミヤタクの家がやってる書店の前で僕を挟んで話す3人。この3人は幼稚園からのただの友達らしい。恋愛感情とかもない、ホントにただしゃべって終わり、くらいの友達レベルなんだとか。


 それにしてもおかしいな。僕とミヤタクがここに来たときは2人だけだったはずなのに、気付いたら2人増えて、さらについさっきもう1人増えて5人になってしまった。


「え?なに?好きなの?ふーちゃんが」

「いや、全然」


 一番最後に話に参加してきた進藤さんから急に話を振られた僕は反射的に首を横に振った。


「あれ?違うの?そういう話かと思ってたんだけど」

「全然違うよ?」

「え?マジ?」

「ほら見ろ。だから言ったじゃん。勘違いじゃね?ってさあ。勘違いやば。ウケる」

「うっせ!うっせ!」


 煽られた清水さんが八つ当たり気味に小林さんの肩を叩いた。


「いたっ!痛いって!」

「ん?あれ?じゃあ、ウチのクラスで付き合ってんのって、誰?」

「えっと――」


 こうして女子連中から赤裸々に暴露されていくんだなあ、と思いながら花咲く恋バナに僕は耳を傾ける。話を聞いてるうちにふと似たような話を聞いたのを思い出した。


 そういえば、この前一緒に帰った女子が誰かのことが好きって言ってたっけ。


 でも、思い出したのはそれだけ。話をしたから隣の席の女子ってところまでは覚えてるけど、そこから先は、こう言っちゃあれだけど、自分以外なら誰でもいいや、くらいしか覚えてない。


 そもそも明日、どころか今日の夜にでも変わってそうな伝聞情報を信じる方がおかしい。


「そんくらい?」

「かなあ?」


 女子2人による付き合って別れてまた別の人と付き合って~の話を聞いてるうちになんとなくクラスの人間関係が分かってきた。まあ、だからって何かあるわけじゃないんだけど、そういうのまったく知らなかったからなんだか別世界を眺めてるような気分になる。


 意外だったのは、お互い別々のクラスなのに付き合ってる人たちがいること。付き合ってるからってお昼休みを一緒に過ごすかと思ってたんだけど、想像していたより友達と過ごしてる人たちが多い。もしかしたら僕が気付いてないだけで、人によっては付き合ってる人同士で一緒に食べてる可能性はあるけど。


「2人はいないの?好きな子」


 ひとしきり話して満足した小清水さんが僕らに振ってきた。が、僕らは揃って首を横に振る。

 

「いない」

「俺も」

「気になってる子でもいいよ?」

「いないなあ」

「同じく。なんかさ、女子と一緒にいるってのあんまイメージできないよなあ。話すのはフツーにできるけどさ。ずっと一緒ってキツくない?」

「それ。間が持たないよね」

「そうそう」


 頷き合う僕らに小清水さんが唸った。

 

「え~?そんなことないでしょ?」

「話題が尽きてもいられる?」

「ん~どうだろ?好きだったらいられるんじゃないの?わかんないけど。ねえ?」


 小清水さんの視線が進藤さんに向いた。


 そう言えば進藤さんは誰かと付き合った経験があるんだっけ?


 いつだったか席の近くで話してたのが漏れ聞こえてたのを思い出した。


「や。そうでもないっていうか、居心地悪いなって思うときはあるよ?っていうか、あたしはそれで別れたし」

「そうなの?別れたとき、なんとなくって言ってなかった?」


 答えた進藤さんに小林さんが首を傾げた。


「今考えると、って話よ。最初は付き合ってるってだけで嬉しかったし、楽しかったけどさあ。1か月くらいでそういうの急になくなっちゃったよね。なんか夢から醒めた~みたいな」

「ふうん。そういうもの?」

「や、私に振られても……」


 小林さんは目をそらした。

 

「あれ?でも小林も誰かと付き合ってなかったっけ?」

「中学んときね」

「あ~いたね。柏木くんだっけ」

「そうそう。何がよかったんだっけなあ……顔?」 

「身長はそんなでもなかったよね」

「私よりかは大きかったけどね。こんくらい。ほんのちょっと」

 

 と、親指と人差し指をほどほどに広げてみせた。


「でも、中身はやっぱガキだったなあ。今も変わんないけど」

「ふうん」


 一時期は僕も柏木くんのグループにいたことがあったけど、なんだかんだあって一緒にいてもそんなに面白くないことに気づいて離れた記憶がある。もしかしたら小林さんもそうだったのかもしれないなあ。


 なんて考えてると、小林さんがボソッと一言。


「そういえばさ。すーさんが好きって言ってたよね」

「誰を?」

「え?あんた――」


 と、小林さんが僕を指そうとしたところで、小清水さんが割って入った。

 

「え、ちょっと待って。それ、言っちゃって大丈夫なヤツだっけ?」

「え?あ――」


 ちょっと?やべって顔しないで欲しいんだけど?あれ?もしかしてガチのヤツ?


「き、聞いてないことにしといて!」


 パン!と両手を合わせた。

 

「いや、ムリでしょ」


 けど、そんなお願いを小清水さんがバッサリ切り捨てる。


「や、でもさ。こいつ表情に出ないでしょ。バレなければセーフってならない?」

「ならない」

「んなわけないでしょ。ねえ?話しかけられたら困るでしょ」


 正直、僕からすれば又聞きの情報だからほとんど信用も信頼もしてないし、「ふーん」くらいなものなんだけど、女子連中が慌てはじめててどう声をかけるべきか悩む。


「いや、まあ別に聞かなかったことにしておいてもいいけど」

「ほんと!?」

 

 そんな地獄で救世主が現れた!みたいな顔しなくても。


 そもそもすーさんがいまいちわかってないのに。一応、心当たりは探っておこうかな。


「すーさんって新海さんだっけ?」

「まあ、この際誰だっていいじゃん。細かいこと気にしたら負けだよ。ね?」

「ええ?」


 それはそれでなんか気持ち悪くない?


「そうそう!知らないなら知らない方がいいって!」


 こいつら、僕がすーさんが誰を指してるのかいまいち把握してないことをいいことに失態を踏み倒す気だ!


「でもさ。知らないんなら誰か知ったところで『だからなに?』って話にならない?」

「そうそう」


 そう言われるとたしかにそうだ。いや、でもなあ……。そんなこと言ったらここで話してるのだって似たようなもんじゃないか。


 って言ったら、白い目で見られること請け合いなので、僕は口から出かかった言葉を飲み込んだ。


 と、進藤さんがケータイを開いた。

 

「あ!やば!そろそろ帰らないと!んじゃ!」

「え?」


 手を挙げて進藤さんは僕らから離れていく。


「あ!ちょっ!待って!――ってことでウチらも帰るわ!んじゃ!」


 小清水さんと小林さんもそれだけ言って僕らから離れて進藤さんを追いかけていってしまった。


「……すーさん、マジで知らない?」

「新海さんじゃないの?」


 質問に質問で返した僕にミヤタクは何とも言えないため息のようなものを吐いた。


「ま、そのうちわかるんじゃない?」

「そうかなあ?」


 投げやりな気がしなくもないけど、いい加減真っ暗になってきた。


 僕はミヤタクに「また明日」とだけ告げて家に帰った。

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雑多な短編の集まり 素人友 @tomo_shiroto007

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